2012年02月17日
福音へのコメント
ありがとうございます
Posted by Roseblanche at 2012年02月17日 09:02
朝の混雑した電車内で読んで、人前をはばかることなく泣きたいのをこらえてます……。
素晴らしいシェアをありがとうございます!
Posted by Take at 2012年02月17日 09:06
あべっちおはようございまーす
すごーい!
今日もいい日ですね~
Posted by ss at 2012年02月17日 09:07
中途半端に格闘しているうちはまだまだなんですね(*_*)
まるごと自分を預ける、ゆだねる事が必要なんですね。
Posted by 三毛猫 at 2012年02月17日 09:09
阿部さん花岡さんありがとございます。
また朝から泣いちゃいました。(T_T)
私は今まで「おまかせ」というのは、無責任な言葉に響いてました。
でもそれは、私が私自身を愛さず信用せず、神様を信頼しなかったからでした。
ごめんなさい。
Posted by 大阪のおねえさん at 2012年02月17日 09:17
今朝目が覚めて外を見たら
一面雪景色です。
空も太陽もとてもきれいです。
雲の上には
いつも変わらず
空と太陽がありますね^^
どんなに苦しいことがあっても
本当の自分である大いなる存在は
いつも変わらずありますね^^
Posted by 大空 at 2012年02月17日 09:18
私はまさに今、主人の病気の治療と出産が重なるため生活がかなり限界です。
ただまだその事実に対して執着があるため、苦しい心境です。
どうしたら一切の執着から解放されるのでしょうか。
死にたくても産まれてくる命を思うと自分がしっかりしなくては!と気が張り、かといって収入が増えるわけではなく
むしろ、減っていく一方です。
ただ一切を受け入れるとは
どんな心境になったら出来るのか
毎日苦しいです。
Posted by 小波 at 2012年02月17日 09:21
素晴らしいお話ですね。
シェアありがとうございます。
自分も認知症の父と二人で暮らしており、思うところがたくさんありました。涙でました。すっと力がぬけました。
ありがとうございました。
Posted by てくてく at 2012年02月17日 09:22
みんなが福音の中に生きられますように
起ることに囚われることなく、胸の中の幸せを深呼吸できますように
今日のお話を読んで、このスパイラルが広がることを願わずにいられません。
花岡さん、阿部さん、素敵なシェアをありがとうございます♪
くぅぅぅ~幸せだねぇ^.^/
今日も一日安心・笑顔の中にありますように☆
Posted by 美和(南国でQ♪) at 2012年02月17日 09:28
流される。流れる。流されるプール。流れるプール。「さ」とると結構イメージ変わってきますねぇ。 でもドキドキハラハラしたい時は流されプールもおつですね☆ 今年はとしまえんに行ってみよっと♪
Posted by hilo氏 at 2012年02月17日 09:2
小波さんへ
いまあなたにできることは、昨日と明日をたちきって、今日一日という枠の中で生きることです。
いまできることは、誰でも一つだけです。
やれると思った事を、精一杯やってみるのです。
その時、あなたに必要なアイデアや機会がやってきます。
あなたが投げ出さなければ、それは必ずやってきます。
あなたは見捨てられていません。
あなたが生まれてくる子供を愛するように、天はあなたを愛し見守っています。
これは信仰ではなく、事実です。
Posted by Toshiro Abe at 2012年02月17日 09:29
本当の意味で『覚悟』が決まった、ということなんでしょうね。
『覚悟』というのは、ある意味『開き直り』とも言えるのかも知れません。
自分の人生にどんなことが起ころうと、すべて受け容れよう、
もう、なんでも来てくれればいい、と、すべてを手放してしまう感覚。
自我がいくらあれこれ考えても、自然の摂理、この世界を動かしている
ご縁の力には及ばない、ならそれにすべてを任せてしまおう、
という心境なのかな、と思います。
『諦め』と違うのは、そこに自然の摂理、成り行きに任せればうまくいく、
という、強い『信頼』があるということですね^-^
Posted by YoShi@左脳系スピリチュアリスト at 2012年02月17日 09:31
不覚にも泣いてしまった…!
Posted by 都忘れ at 2012年02月17日 09:31
ありがとうございます。
言葉にならないハートの奥の奥が喜んで深く振動しています。
花岡さん、ありがとう。
阿部さん、ありがとう。
Posted by まゆ at 2012年02月17日 09:33
おはようございます!
朝から素敵なお話を(出会い)読むことが出来、幸せです。
これだから人生って素敵なんですね・・・・
安部さんや皆さんに感謝です。
読んでいて涙があふれました・・・・ありがとうございます☆
皆さんにとって素晴らしい一日になりますように!
Posted by matsu at 2012年02月17日 09:36
おはようございます^^
とてもとても、胸がふるえました。
感動で、ハートが熱くなります。
ほんと、言葉になりません・・
花岡さん、
素晴らしいお話、ありがとうございました。
Posted by とまとま at 2012年02月17日 09:39
ただただ、感動しました。
自身の内なる魂が揺さぶられたかんじです。
今日もいい日になりそうだぁ~。
Posted by まさやん at 2012年02月17日 09:39
花岡さん、阿部さん。本当にありがとうございます。何だか私も幸せで胸が暖かくなりました。
Posted by なあすけ at 2012年02月17日 09:39
ありがとうございます。「福音」とうタイトルがメールで届いても、「どうせまた・・」という気持ちもありましたが、読んでよかったです。
私も裏切りと借金を背負う、という状況で、子どもも抱えており、「すべて神の御心のままに」とゆだねるのは「逃げではないか。抵抗しないから、こんなことが起きるのではないか」と責める声がして身動き取れないでいました。
天にゆだねる覚悟と、目の前にくる一つを全力ですること
精一杯してみようと思いました。
Posted by ひまわり at 2012年02月17日 09:46
何度も何度も、読み返しています。
わたしは、祝福の体験の入り口に立ち、
ドアに手をかけるだけ。そういう、感覚でいます。
大いなる存在の『道具』として、全ての流れに身をまかせる。
『神の思し召すままに』。
阿部さん、花岡さん、ありがとうございました。
Posted by よね at 2012年02月17日 09:49
阿部さんおはようございます^ー^)人(^ー^
そして素晴らしいお話しをシェアして下さった事に心から感謝します。今の私にとって本当に必要な文章だったので涙が止まりませんでした。私も最高に幸せになりました!
いつも感謝します
Posted by まりや at 2012年02月17日 09:49
今日のお話、涙が出てきます。
私も認知症の父と癌を患っている母と暮らしています。
家のこと、仕事のことと、
一生懸命にまじめにやっていたら、
何か、いつか、必ず道が開けるに違いないと思い、
頑張っていたら、
私まで癌になり、先日手術を受けました。
一時は、いったい私の生き方のどこが間違っていたのだろうと
自分を責める毎日でした。
今も、どうやって生きていったらいいのか
思い煩うことからは開放されていません。
委ねよう、もう委ねた、と思っても、次の瞬間にはまた考えてしまう。
努力してしまう。
結果を求めてしまう。
正直、つらいです。
でも、こんなことを考えていても、幸せだ、平安だと思うこともあるのです。
自分がよくわからなくなっています。
そのとき、そのときの状況に、ただ反応している、
アメーバーのようなもの、
それが自分のような気がすることもあります。
いったい、私は何をしているのでしょう。
Posted by debe at 2012年02月17日 09:51
ありがとうございます。
やっぱり本当だったんですね。
信じますよ。
自分の中にも、そんな力がある気がするので。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。
うまくいっても、いかなくても、
大丈夫だあ~?
どこかで聞いた気が•••
Posted by Kenji at 2012年02月17日 09:51
直球!
どストレート!
きましたよー ここに!
身体がふわふわして幸せ!
今日も一日にこにこ過ごしま~す!
Posted by ひろこ at 2012年02月17日 09:53
今、涙が溢れて、溢れて止まりません……
ありがとうございます。
Posted by 智恵 at 2012年02月17日 09:54
おはようございます。
こちらも清々しい朝。
立春ぶりに利尻富士。
おととい風速30mを超えて。
北北西の三寒四温?恐るべし。
白銀の世界にも春の萌しみっけ。
おてての
しわとしわを
あわせて
しあわせ~
南ぁ無ぅ~(ー人ー)
Posted by etsu at 2012年02月17日 09:54
安部さん、花岡さん、シェアをありがとうございました!!
>この至福の世界こそ、法然の言う浄土であることを。
まさに。
意識がどこに在るか、という事で、この世界が浄土になるんですね。
私も、「3次元の(肉体を含めた)全てのモノを手放す」という壮絶な体験があり
それが、大いなる宇宙の根源の、ありえないくらいの深い愛だ、と気付くのに
そんなに時間はかかりませんでした。
…そして、全ての人に、その瞬間は必ずやってくるのだ、と、
全ての人は神なのだ、と、確信できることに、至福を感じます。
Posted by オンプ♪ちゃん at 2012年02月17日 09:54
共鳴し、ふるえました。
花岡さん、阿部さん 、シェアありがとうございます゚+.・゚+。+゚・.+゚
Posted by エゴエゴアザラク at 2012年02月17日 09:57
すばらしい、ありがとう。
Posted by あるがまーま at 2012年02月17日 09:59
阿部さん。花岡さん。ありがとうございます。
心が温かくなりました。
辛い人がいっぱいいると思うんですけど
少しでも届くといいなと思います。
Posted by きしめん at 2012年02月17日 09:59
阿部さん、おはようございます。
初コメです。
花岡さんのお話、とても感動しました。
私も、旦那の出張なのに、子供のひとりは骨折、もう一人は高熱出して寝込んでいて、その上仕事もあり、昨日はパニックでした。
でしたので、今日のブログは大変、心に染みました。
ありがとうございました。
Posted by ゆか at 2012年02月17日 10:15
涙がでました。本当に良かった。
共有してくれてありがとうございます。
Posted by はち at 2012年02月17日 10:20
昨日の記事を読ませて頂き、自分の中でも小さくない心のわだかまりを思い出し昨日はその事ばかりを考えておりました。
自分が大変お世話になった義父は、信心深い浄土真宗の檀家でした。
晩年、その人は自分で自分の命を絶ちました。
あれから数年、自分の中では亡くなれば誰でもが救われるという思いが少しでも最後の心境に影響があったのではないか?
また、どんな想いがあったのだろうか?とずっと心の隅で考えておりました。
何のせい、などと言うつもりは決してありませんが自分がそこに考えを逃がしてきたことは間違いありませんでした。
時間が戻ることもやり直すことも出来ませんが、花岡さんのお話を読んで生きている自分が自分なりの生き方をのんびりと歩き、いつか答えが少しでも見えるときが来れば良いなぁ…とちょっとだけ肩が軽くなりました。
Posted by まきさき at 2012年02月17日 10:21
なぜだか、涙が止まりません。
なので、おもいっきり泣きます。
泣かせてくれて、ありがとうございました!
Posted by 千 at 2012年02月17日 10:23
おはようございます。
花岡さんのお話、凄い説得力です!!
素晴らしい体験ですね。
シャアして頂き本当にありがとうございます!!
Posted by kazuko at 2012年02月17日 10:23
あぁ、気持ちいい~。
読んでいて、またあの至福の体験がやってきたのかと思うくらい胸が膨らみあたたかくなりました。
花岡さん、阿部さん、ありがとうございます。
魂からの言の葉は、ダイレクトに魂に響きますね。
Posted by 和奏 at 2012年02月17日 10:30
こんにちは!
阿部さん。みなさん。
すべてを捨てたときに神にであえたのですね。
よかったですね。
ほっこりしましたよ。
素直な気持ちが一番です・・・・。
Posted by サラ at 2012年02月17日 10:31
阿部さん。
おはようございます。
人生のアイテムに
[戦う][逃げる]しかなかったけど…
[神様にお任せ]が最強アイテムだったなんて。
Posted by てるりん at 2012年02月17日 10:40
ありがとうございます。
わざわざコメントを頂き、本当ありがとうございます。
そうですね。
(今)しかないんだから、今何が出来るか
それだけですね。
まさに分かった気になっていただけで
実践出来てないことを認識しました。
出来ていないということは、信用していなということなのか、、、
自分をもう一度内観してみます。
お忙しいなか、
ありがとうございました。
Posted by 小波 at 2012年02月17日 10:44
涙と鼻水が出ました。
花岡さんがお伝えくださった事、上手く言葉で表せないけど、すごく、うんうんて頷いてます。
これを味わうために、あべっちさんのいまここをふと思い出したのかな。
昨日今日と、なんともくだらない事でやさぐれてたので、リセットさせていただいたようなスッキリ感です。
ありがとう。
Posted by あぱこ at 2012年02月17日 10:50
こんにちは。
今日のお話しは素晴らしいですね。
琴線に触れるお話しです。
きょうもありがとうございます。
Posted by 方位鑑定士 at 2012年02月17日 10:57
mixi経由で来ました(笑)
全ての体験は「大いなる存在」に戻るためのプロセスですね。
そして、そのプロセスは人それぞれ違います。
改めて、自分のプロセスを信じて、身を委ねようと思いました。
アベッチ、花岡さん、始め皆様それぞれのプロセスを祝福します。
おめでとううううううううう・・・・・・・←シャンタンさんの影響(笑)
Posted by ラブ☆マエピ at 2012年02月17日 10:58
どういう訳か『南無阿弥陀仏』と聞くと
個人的には『皆(みな)阿弥陀仏』と頭に響きます。
変でしょうか?(>_<)
Posted by 大地の聖樹 空也 at 2012年02月17日 11:00
花岡修平さん
ありがとうございます。わかちあってくださって。
本当によかったですね。
私も、父の介護と母の入院で疲れ果てていたときがありました。
昨年父が施設に入ることができ、母の健康も少しずつ回復してきたので、すべてに感謝しています。
母は、夢のようだ、って言ってます。不思議なくらいに救いの手が差し伸べられたことを。
Posted by あん at 2012年02月17日 11:20
体験をシェアして下さり
ありがとうございます
もう言うこと無し
Posted by 風 at 2012年02月17日 11:21
花岡さん ありがとうございます
世の中にこんなにも真面目で善良な人たちがつらく苦しい
思いをするのはなんでだろうと思うことがよく有ります。
神も仏も有るものかって・・
でも いましたね
この胸のここに・・
苦しみや困難って
それを教えてくれる神の大いなる愛かもしれませんね
Posted by カズ at 2012年02月17日 11:22
すごい話です本当に泣きそうになりました
私もそうですが、本気で信じようと決心すると
信ずるに値するような出来事が内にも外にも現れてきますね
ありがたいことです、感謝です
(-^〇^-)
Posted by 直弘です at 2012年02月17日 11:22
ありがとうございます♪
私はまだまだ手の中にたっくさん握りしめてます。
それを手放させるために、これでもかと言わんばかりにしんどいことが起こるんだな。
まだ、自分でなんとかしようと思ってる。
何とかできないかもしれないことに怯えてる。
ヽ(´Д`;)ノアゥア...
Posted by Kei at 2012年02月17日 11:27
素晴らしいです。感じたことがとても大きくて、言葉で表現できないです・・・。花岡さん、素晴らしい体験のコメントをありがとうございました。
Posted by chamomile at 2012年02月17日 11:27
>debeさんへ
そのようなつらい状況で、「委ねる」というのは本当に難しいことですよね。
私も同じような心境なので、よくわかります。
Posted by yuri at 2012年02月17日 11:32
ありがとうございます。
ふぅ~ 深呼吸。
Posted by JAC at 2012年02月17日 11:38
「明け渡す」「お任せする」「信頼する」「降参する」「諦める」「信じきる」というようなことばかりに囚われていました。
【差し出す】
これだ!!と思いました。
積極的に差し出してみます。
ありがとうございました。
Posted by marimo at 2012年02月17日 11:48
感動しました
有難うございます!(^O^)
Posted by みきこ at 2012年02月17日 11:49
起こる事と、戦うのは辞めよう。
心にしみます。
身を任せる。任せるって事が、こんなに継続できないとは、、
苦しい最中なので、今日のブログで、少し、いまここに戻ってこれました。ありがとうございます。
Posted by 太陽 at 2012年02月17日 11:49
花岡さん、安部さん、
魂がふるえるような素晴らしいお話をシェアしてくださり、
ありがとうございました。
Posted by モロコ at 2012年02月17日 11:50
感動しました!
何だか、その至福の感覚、気持ちが私にも伝わって流れてくるような、少しそこに触れられたような、幸せな気持ちになりました。ありがとうございました。
Posted by リラリラ at 2012年02月17日 11:50
親の介護に、子どもの障害とか考えてしまって、いっぱいいっぱい!になったこともあります。
でも、自分のいまできることを精一杯やって、あとは、「おまかせします!」って思ったら、だれかに背中をおされたように心も軽く、事が無事に進んでくれた経験がありました。
だから、大変なときは、あとは、「おまかせします!」って言っちゃいます。「O型は、のーてんきでいいね!」って言われたこともあるけど、やっぱり「これでいいのだ!」と思いました。
いつも、ほんとに ありがとうございます!!
Posted by しまちゃん at 2012年02月17日 11:54
感動して心が静かになりました…。
debeさんにも至福の時が訪れますように…。
Posted by てなんつ at 2012年02月17日 11:55
わたしにも至福の時が訪れますように…。
Posted by てなんつ at 2012年02月17日 11:58
わたしも感動で涙(T_T)
お話、ありがとうございます(^_^)
Posted by タルジャ at 2012年02月17日 12:03
「生活も、家のローンも、治療費も出してあげよう。返さなくてもいい。」と言ってくれた方はどんな人なのですか?
どうしてそこまで大金を?
可能でしたら教えて頂きたいです。
花岡さんの善行がご自身に返っただけなのではないか、と思ってしまうのです。
Posted by こたろう at 2012年02月17日 12:09
やっぱ、そういうこと、あるんですねぇ。
私はまだまだその心境には至っていません。
阿部さんや他の方のブログ読んで、
そうなんだろうな、と思ってはいても、
そしてそれらの言葉を信じるからこそ、毎日頑張っているのですが、
花岡さんのコメントを読んで、
改めて、やっぱりそういう世界があるんだ!と
目を洗われた気分です。
シェア、ありがとうございます。
Posted by まかろん at 2012年02月17日 12:10
深い・・・。ほんとうに深いお話でした。
ありがとうございます。
私も、親鸞さんや法然さんの唱える内容を、
表面的にしか理解できていなかったのだと痛感します。
でも、こりゃ理解出来ないわ。。。すぐには。(笑)
という私も、まだ理解できているわけではないです。
その時がくれば、理解できるのでしょう。
理解しようと努力するのではなく、委ねる・・・ということですかね。
Posted by HinaHaruパパ at 2012年02月17日 12:12
結局、やることは、やってしまうので、
その時、胸が、苦しくなったら、只その状態に抵抗することなく、受け入れて
ください。
あなたのペースで、かまいませんから。
苦しく、辛くなった時、
あなたが、自分の魂に抵抗している時ですから。
Posted by みどり at 2012年02月17日 12:21
泣く!!!!
Posted by 心吾 at 2012年02月17日 12:23
内に向き合う人には気づきが訪れるのですね。
良いお話をありがとうございます。
外は久しぶりに晴れて、気持ちも晴れやかです。
Posted by くり at 2012年02月17日 12:26
阿部さん、花岡さん、ありがとうございます。
全てお任せで本当に大丈夫なんだって、思わせて貰いました。
でも、いまの僕は頑張って頑張って、自分の人生を切り開く必要があると思っています。ねばならないではなく、そうしたいのです。意識の上でも、この世界にいる間の人間としても。
ここ最近、いままでの僕は「自分のものは自分のもの」という心で歩んできたことに気付かされました。上っ面は、「皆のために」なんて顔をしながら…
今日の記事を読んで、少し、その自我の鎖が綻んだ気がします。
いまからその気持ちを携えて「頑張ろう」とおもいます。
ありがとう。ありがとう。
合唱。
Posted by ひのいろ at 2012年02月17日 12:29
素晴らしいです。
今日もありがとうございます (^ー^)
Posted by TOMOKO at 2012年02月17日 12:30
今、涙があふれそうです、やばい。
振り向けない。会社の昼休みです。
Posted by ほよよ at 2012年02月17日 12:33
私も泣きはいりました。
胸に何かがやってきて幸せにつつまれるって
いいですね。すごいです。
とても聞けてよかったです。
あと、以前このコメント欄で瞑想の質問をかいたとき
お答えいただいたかたがた、誠にありがとうございます。
PCを借りられないとコメント書き込みができないもので
お礼すぐいえなくてすみません。
閲覧もなかなか困難だったのですみません。
ありがとうございました。
Posted by kiki at 2012年02月17日 12:34
劇的なサレンダーですな。
私はたぶんゆるやかなサレンダーをしているのかな。
バルセカール風に言うならそのような精神肉体機構に生まれついたとか。
南無(ー人ー)
Posted by 洗剤 at 2012年02月17日 12:40
勇気をありがとうございます。
Posted by KOJI at 2012年02月17日 12:43
感じました。
何を握り締めているのかは、まだわかりませんが、
とにかく自分は何かを握り締めている。執着している。
その事を。
どなたかも書かれてましたが、これは逃げじゃないか?って思いがホントによく出てきます。
それが出ると、そこでグジャグジャさせちゃうんですが、
なんか、そこから先?って言い方が合ってるかわかんないっすけど、ヒントが、チャンスが隠れてるような気もしてます。
逃げって何だ?ん~多分、「立ち向かう事を避ける事」ってイメージ。
んでもって、僕は、立ち向かう事を避けることは、よくないと思ってるなぁ。
ってか、そもそも、立ち向かう事って何だ?
「こいつは、立ち向かう相手だ!」って自分で決めちゃってるのか?
ご飯食べる時、「このご飯は立ち向かう相手だ!よし食べるぞ!頑張れオレ!」なんて事、考えないなぁ。
・・・むー。なんとなく、少しだけ、自分の中の何かが、解体というか、ほぐれたというか、ギュッとしてたものに隙間が出来たような・・・そげな感じ・・・
はい、恒例になりましたが、皆様、ありがとうございます~。
Posted by ジョン・檸檬 at 2012年02月17日 12:45
阿部さん、花岡さん
シェアありがとうございます。
>もう起こる事と戦うのをやめよう。
わたしも自分のペースで少しづつ
そういう状態になってきています。
そういう風になる為には
「やる事は全部やった。
精一杯もがいた。
たけど、どうにもならない・・・。」
という状態にならないと、
なかなかそういう風になれませんね。
わたしにも、みなさんにも
一日でもはやく福音が訪れますように。
Posted by はな at 2012年02月17日 12:47
今日のブログは読んでいて、胸が熱くなりました。
もう、
言葉が出ない…。
ありがとう。
Posted by オヤちゃん at 2012年02月17日 12:48
自分の中の純粋無垢な魂が打ち
ふるえました。心に染みる深いお話
本当にありがとうございます。
人間の共感力を引き出す、究極の
いまここですね。
Posted by Z at 2012年02月17日 12:49
花岡さん、素晴らしい経験を表現してくださりありがとうございました。
本当にわかると、こんなにもすばらしいのだと思いました。
阿部さん、花岡さんの文章を載せてくださり、本当にありがとうございました。
皆さまのコメントを毎回は読んでいないので、載せてくださらなかったら、知らないままでした。
いつもありがとうございます。
Posted by S at 2012年02月17日 13:07
花岡さんのお話をうかがって
ヨブがあっけなく神様に降参するときの場面と
全財産を投げ打って一粒の真珠を買う男のお話とを
なぜか思い出しました
絶望の淵を覗き込んだことのある身としては
死の恐怖をこえて 信頼の道に進まれたことは
なんと素晴らしいことだろうと思います
Posted by bee at 2012年02月17日 13:09
花岡さん 阿部さんありがとうございます。
言葉に出来ないけど、胸が一杯です。
Posted by ゆた at 2012年02月17日 13:14
花岡さんの文章をしみじみ読み返しつつ、
これって、どこからが結果なんだろうって、ふと思いました。
支援者が現れたのが結果? 考えに考えたところから結果?それとも文章のずっとずっと前から結果?
原因についても同様に。
人間の体と視点でいる以上、誰にも断言できないことでしょうね。
もっと狭い範囲で、それぞれのアドバイザーはいるけど。
でもそれでもうーん?っと思い巡らせていたら、
自分の人生がずーーっと広がって、
全てが結果で、同時に原因であるんだって、感じました。
昨日までの「絶対的信頼がわからーん!」っていうもやもやが晴れて、
結果をじゅうぶん体験し、同時に原因であると意識しながら生活していこうと思いました。 私にはどれがどうだかわかってないんですけど、おまかせで^^
Posted by まだまだ青いJAC at 2012年02月17日 13:15
唯、唯感激です。(T△T) …
花岡さん有難うございます。言い知れぬ感動が私を
包み言葉がありません。って言ってるけど・・・・。
『盤珪は、「あるゆることは、不生の仏心の中で完全に解決されて
いる」と宣言しています。あるゆることはいつでも努力なしに、自然
に解決されているのです。』
と言う言葉は今読んでいる、セイラー・ボブの〔ただそれだけ〕に
ありました。第2部の質疑応答の中のボブの言葉です。
そして、この記事・・・あぁそうなんだ!と
深く、ふか~~く納得したのでした。
合掌
Posted by ラブ∞マヨ at 2012年02月17日 13:19
花岡さんの体験した素晴しい記事を載せてくださって
ありがとうございます。
すごく深いところで響きました。
手放すってそういうことなんですね。
他力とか言われてもよくわからなかったですが体験された
お話で、ほんとよくわかりました。
人が心の底から覚悟したとき、それが訪れるんだなあって
思いました。
Posted by ジャスミン at 2012年02月17日 13:29
!!!!!!!書かずにはいられません!!!!!!!!
!!!!!!!!有り難うございます!!!!!!!!!
Posted by 椎 at 2012年02月17日 13:34
まさに,「降参」しなくちゃいけないんですよね。
なかなかできない,無意識に戦ってしまう。求めてしまう。
Posted by はす at 2012年02月17日 13:39
阿部さんが小波さんにあてたコメント
>あなたは見捨てられていません
>これは信仰ではなく事実です
今までならスルーしてただろう言葉が
不意にストレートに響きました。
わたしがわたしを見捨て続けていたあいだもずっと
見捨てられていたことは一瞬もなかったんですね。
Posted by みなも at 2012年02月17日 14:00
花岡さんをうらやましいと思った私は、まだどっぷり分離の世界で生きてると改めて気づきました。
でも、大丈夫(^-^)
道は違えど、すべての行き着く先はみな同じ。
自分のペースで自分の旅路を進みます♪
Posted by kao at 2012年02月17日 14:16
花岡さん本当に良かったですね。
文章から、そのときの感動がとても伝わってきました。
そして自分の体験も改めて見直すことが出来ました。
ありがとうございました。
Posted by じゅえるん at 2012年02月17日 14:18
そうか!「福音」だったのですね。
昨夜コメントしたときは、
こみ上げてきて
>皆がよろこんでいます。
と、なんだか昭和天皇のような言葉が出てしまったけど^^
それは「福音」
だったのですね。
*****************************
ミサイルミーさんごめんなさい
。今日になって反省しています。
Posted by ∑`)))K at 2012年02月17日 14:21
すばらしい体験ですね
ありがとうございます
Posted by くらら at 2012年02月17日 14:52
花岡さん、阿部さん、みなさん、とても素晴らしいお話をありがとうございます。
今朝なぜか私は、今日一日を大事にしたい、
一日を、この瞬間を大事にしたい、
今日一日、尊さを感じて生きていたいと思っていました。
大事にする気持ちとか、尊さとか、それがやってくる感じはとても「何か」に似ていて。
そんな折、花岡さんのお話を聞けて私は幸運です。
花岡さんの話の中に、「それ」はありました。
福音とは、いまこの瞬間にも、誰にでも与えられていますね。
鈴の音が鳴っているのに気付かないのは、聞こうとしないからでしょうか^^
感覚がある、命がある、
そして、私がいる、と錯覚しているということが福音に至るきっかけでしょうか^^
有難い一日です♪
Posted by nori at 2012年02月17日 15:08
いやー、素晴らしい体験をお伝えいただきありがとうございます。
そうですね、皆もともと救われているし、
神のみこころのただ中に生かされてあるのですね。
私にとっても、究極のマントラ(真言)は、
「南無阿弥陀仏」です。
80,90になった末期に坐禅は無理かも知れないし、
延命十句観音経は長くて途中で忘れてしまいそうだし、
やっぱり最後は「南無阿弥陀仏」。
Posted by むかい at 2012年02月17日 15:08
初めてコメントさせていただきます
花岡修平さん、ありがとうございます
本当に良かったですね
小波さん
健康な赤ちゃんを産んでくださいね
貴女の幸せを願っています
阿部さん、いつもいつもありがとうございます
小波さんへのコメントに感動しました
「あなたが生まれてくる子供を愛するように、天はあなたを愛し見守っています。」
涙がでました
南無=頭が下がる
阿弥陀仏=宇宙中の一切の働き(他力)
Posted by 尾崎 at 2012年02月17日 15:21
花岡さん、阿部さん、素晴らしい体験をシェアして頂き、
心から感謝申し上げます。
Posted by 日々草 at 2012年02月17日 15:22
花岡さん
私は、H8.8.8に瞬時に体験しました。
不慮の事故から大量出血で意識が薄れていく中、自動的に思考はできなくなりました。
助けに来ていただいた救急隊員の方がハッキリと天使に見えました。
ちょうど2週間後に知人から1本の電話が入り、それから日本全国中に奇跡が起こりました。
花岡さんや、marimoさんのコメに「差し出す」とありました。
まさに同感です。
内側の大自然に愛を差し出す。
答えなど期待せずに愛をどうぞと差し出し尽くす。
差し出し尽くしきったときに必ず訪れる内なる祝福。
愛溢れる貴重な体験談を文章に書き綴っていただきましてありがとうございます。
福音が全ての人に訪れますように。
Posted by アーサー at 2012年02月17日 15:34
花岡さん、よかった・・・本当によかった。
阿部さん、素敵なお話をありがとうございます。
(毎日コメント欄に目を通すわけではないので)
一人でも多く、花岡さんの体験した至福が訪れますように。
合掌
Posted by 雅蔵 at 2012年02月17日 15:40
∑`)))K さん・・ 面白すぎます。。(ミサイルミーさんゴメンナサイ)
昭和天皇のようなコメ・・ (笑)
Posted by みなも at 2012年02月17日 16:06
おお、やはりこの様な悟りの具体例が
市井でどんどん増えて行っているのですね!
分かち合ってくださり、どうもありがとうございます。
抱えきれない艱難辛苦の末に選択した本気のサレンダー。
もし絶望の果てに命を断つとしたら、そこにはどこか
「断てば楽になる」的な期待と作為がありますが、そうではなくて
積極的には死を選ばず、そうであるのなら受け入れようという所が
本物だと感じました。そして完璧な前後裁断に入られたのですね。
阿部さんもよくアンサートークで前後裁断をアドバイスされますが、
僕を含めてそれに大真面目に取り組む人は少ない気がします。
不安や悩みはあるにはあるけども、花岡さんや黒斎さんの状況に比べたら
平々凡々で抵抗の余地がまだまだある、まだまだ頑張れるのではないか、
そんな気持ちがしてしまうからです。
そして「物理的な処方箋」を探し、解決の糸口にと求めてしまう。
ですからその様な事態を避けつつ悟るべく、一切の抵抗の余地がない程の
艱難辛苦のお化けを皆で招来しようではありませんか!!
…と言うとまるで講演会定番のギャグの様ですが(笑)
「病める者は幸いなり」が真実である事は最早疑い様もなく、
そういった状況にあった方々はやはり早く、先駆者となっておられますが、
これから指数的にブッダが増えていくに当たって、
それ程病んでいない者達にはどの様な福音の具体例があるのか、
今物凄く気になっています。
ところで書籍版阿雲の表紙の阿部さん、格好良すぎます(笑)
向さん、こんにちは。
瞑想状態から抜け出る時に便利かなとふと感じたので、
コラボ以来、延命十句観音経をラッキー7の7回のまま
愛用させて頂いております!
Posted by 相川 美晴 at 2012年02月17日 16:10
すばらしい‼
きっとこんな体験をするためにこの世界に身体をいただいたのかもしれませんね(^-^)
みーんなが気が付いたら、アミが教えてくれた世界になりますね(^-^)
ありがとうございます(^o^)
Posted by 1045yoko at 2012年02月17日 17:19
ありがとうございます。
うまく言えないですが、
本当に読ませていただきよかったと思います。
ありがとうございます。
Posted by 星華 at 2012年02月17日 17:19
人間、生きていると、困窮してしまうことがありますね。
それでも至福の体験はあるのですねえ。どういう感覚なんだろうな。記事を読めて嬉しかったです。
Posted by たなか at 2012年02月17日 17:20
自分が恥ずかしくてなりません・・・貴重なお話をシェアしていただき、
本当にありがとうございました。
Posted by IV at 2012年02月17日 17:38
>まさに神が、わたしの人生の主導権を引き受けた瞬間です。
神がガッツポーズしてる!w
神というか、それはずっと一緒に歩んできてたんでしょうね、きっと。
Posted by ポト at 2012年02月17日 17:43
勇気をいただきました。
ありがとうございます。
Posted by ポト at 2012年02月17日 17:44
阿部さんこんばんは~
昨夜花岡さんのコメ拝見した時「私なら死んじゃうかも・・・」と考えたり
「いやいや死ぬ度胸もないかも・・・」と考えたり
結局私は心底追い込まれたら相川さんがおっしゃる「断てば楽になる」的な期待と作為で思い余ってしまったりするタイプかもしれない
瞑想
愛
信頼
もう一度心に深く深く刻みます。
花岡さんありがとうございました。
Posted by Jinn at 2012年02月17日 17:50
花岡さんのエピソード、読ませたいただいて良かったです。
本当の意味でのおまかせって、こういうことなんですね。
昨日寝る前に書いた日記には、
思考って、罪悪感、劣等感、批判、不満・・・そんなものが大半を占めてるなぁっ・・・信頼によって得られるリラックス、安らいだり、深い落ち着きのような、ぶれないもの・・・ってどうやったら感じられるだろう・・・って書いてたんです。最近は阿部さんと、向禅師のブログをセットで楽しみに読んでるですが、向禅師のブログに、延命十句観音経を唱えることと在りまして・・・
過去の阿部さんのブログに解説されていたので読ませていただきました。
唱えてみようと思います。
思考まみれでクタクタの心が、落ち着いた状態に成るように唱えてみます。
解りやすい解説をありがとうございます。
Posted by 北陸のりんご at 2012年02月17日 18:19
自分の生死までを神の御心にゆだねる
ところまでくれば
他力も本物だと学ばしていただきました
Posted by 甲賀忍者 at 2012年02月17日 18:23
駄目で良し。
最低で良し。
誰も、一度たりとも、見捨てられた事なんてない。
愛されてない事なんて1秒だってない。
改善しようともがくより、先に自分の苦しみを吐き出そう。
おかえりなさい。
花岡サンの福音と共に、今日は私も喜びと共にありたいと思います。
私はここが好き。大好き。
Posted by とれいん at 2012年02月17日 18:28
「すばらしい!」の一言に尽きます。
Posted by もっち@キャバクラの店長 at 2012年02月17日 18:57
あべっち、花岡さんみなさんこんばんは。
全てをゆだねる。とってもいいおはなしのシェアをありがとうございます。
いいひだな。
Posted by あみ at 2012年02月17日 19:01
あと皮一枚
で
いけそうでいけない
という日々にきょうのおはなし
すてきです
心いっぱい感謝しております
ありがとうございました
Posted by たこちゃん at 2012年02月17日 19:10
阿部さんありがとう
花岡さんありがとう
みんなありがとう
Posted by カスパロフ at 2012年02月17日 19:17
なんか、胸がいっぱいです。
ありがとうございます。
Posted by ocean at 2012年02月17日 19:21
まさに、全ては完全完璧ですね!
ありがとう!^^
Posted by 近藤 at 2012年02月17日 19:23
もう一度花岡さんの体験を読み直してみました。
「世界が有るなら、それを現している元の、なにか偉大な力が存在するはずだ。
それに自分の全てをまかせよう。生きようと必死になるサバイバルを捨てよう。
そうして、その偉大な力、いわば源泉に、または神に。
わたしはわたしの人生だろうが、身体だろうが、命だろうが、魂だろうが、ありとあらゆる自分に関わる一切を差し出したのです。
そうするとどうでしょう!なんと。
自分の苦悩から解き放されたような解放感に浸れたのです。
そして、ここに!
この胸の、ここに!
説明のつかない、ふくらみのある何かが現れたのです。
それは今まで味わったことのない幸せ、喜び、条件を必要としない愛と共に現れました。
わたしはその至福の故に喜び、その感謝の故に泣き、溢れ出るその愛の故に、酔いました。
それは今でも、ここに。この胸のここから溢れてきます。」
これまで一生懸命握り締めていた自分を手放して
大いなる存在に自分を明け渡したことで
花岡さんのハートが
花開いたんですね。
ハートが開くことで
大いなる存在を自分として
自分を大いなる存在として
しっかり感じることができるようになりますね^^
Posted by 大空 at 2012年02月17日 19:34
「他力」の理解は全く正しい。素晴らしい念仏者です。
Posted by 真宗の坊さん at 2012年02月17日 19:42
ありがとうございます。
Posted by ヤスミツ at 2012年02月17日 19:47
なんて、なんて素晴らしいんでしょう。感動でいっぱいです。
Posted by m at 2012年02月17日 20:15
初めてコメントします。
読みながら涙が出ました。
私が自我を手放すことができないのはまだそれを楽しんでいる部分があるからだと気づきました。
浄土真宗とても興味深いです。
Posted by もっふる at 2012年02月17日 20:30
阿部さん、花岡さん、素晴らしいメッセージをありがとうございます。
ありがとうの感謝の気持ちでいっぱいです
Posted by mika at 2012年02月17日 20:39
本当に素晴らしいお話ありがとうございました。
何度読んでも感動します。
ところで・・・
阿雲の呼吸の本の表紙 最高~!!
爆笑しました。
Posted by 大空へ at 2012年02月17日 20:40
ありがとうございます
心に触れました。
Posted by aki at 2012年02月17日 20:48
僕は、花岡さんに感謝のコメントをしている大勢の人の心がきれいでいいな、と思います。素直に感動できるなんて。
僕は、嫉妬の気持ちが出てきました。恥ずかしいですが。。そういった体験ができて、いいな、と思ったのです。
悟った人も悟っていない人も、素直な人はいいな、と思う今日この頃です。
Posted by いたる at 2012年02月17日 20:49
不思議です。今朝私も同じことを感じたのです。
他人を傷つけることは即全体を傷つけることでその一部の自
分に直接かかわることだと。
きっかけはつまらないことです。
何十年も前に買った一本のサボテンが今は何十もの同じような塊を
いくつも付けているのが妙に気になってみつめていたのです。
なんだこれってみんな繋がっているんじゃないか。もしそれぞれの塊に自我
があれば自分のことを優先して周りの塊を敵対視して一つの株から生じた全体をだめにしてしまうと。サボテンは繋がっているから分りやすい。キノコも同じみんな同じなんだなって。
人間は勝手に独り歩きできるから個別に見える。でもきっと目に見えない何かで全体と繋がっているに違いないと思います。そう考えないと理解できない
ことばかりです。
これからは絶対に他人を気づ付ける言動は厳につつしもう。自分を大切にいとおしもうと改めて痛感しました。
Posted by 烈舟 at 2012年02月17日 20:52
久しぶりに読みに参りましたら、素晴らしい体験が‥。
グッドタイミングに感謝します。
やはり、それは存在しているとしか言いようがないものなのですね…
Posted by まりこ at 2012年02月17日 20:55
この話を周りの人に知らせて廻りたい衝動にかられました。
私も最近、日常的な事ですが、自分でなんとかしようとして失敗し、自然に任せることに気を向けていたところでした。
生身の人間の現在の本人からの話とは、なんて心強いだろうと思いました。
全てを放棄し、みこころのままにとはこういう事かと感じました。
みんながこんなふうなら、どんなにか素晴らしい世界だろうと思いました。
そんなふうになってゆくんだろうと思いました。
わたしは…おだやかに目覚めたいなぁ…
↑任せてない懲りない人(>_<)
Posted by リシュ at 2012年02月17日 21:06
電波も 目に見えない。
Posted by みどり at 2012年02月17日 21:06
ブログをよんで、みなさんのコメントをよんで、なんでだか涙がぼろぼろと出てきました。
どうやったらすべてを「お任せ」できるのだろう、と思う反面私の中の「自我」くんはまだまだ色んな事をやりたいって言っています。
その中には楽しみもあるし、苦しみもあるし。その苦しみから逃れたいしすべてを手放したいと思っても、まだ「自我」くんが『楽しみ』に固執しているのかな?よくわかんないや。私はどこにいくんだろう。。。
なんか、ふとともこさんとお話したくなっちゃいました。
Posted by 名無し・・・ at 2012年02月17日 21:29
阿部さん花岡さんありがとございます
コメントが多いので、コメント欄は時々しか読んでいないので、阿部さんが、転写してくれて目に留めるこができました、感謝です
私も87歳の母の介護をしていますが、「慈愛」の言葉を忘れず、「笑顔」を忘れず「南無阿弥陀仏」を忘れず、ケアをしようと改めて思いました
本当にありがとうございます
Posted by しの at 2012年02月17日 21:51
真理は、言葉に出来ない。
その真理に反応する私は、言葉が、深さを増していき、言葉の世界が、繋がった。
だから、反論されても、繋がってるから、終わらない延々と。
そして、反論されると、
食い付いたって、嬉しくなる。
だけど、私の知らない情報は、いっぱい、それは、私が、今までの人生以外で、知らない事。
小さな事から、大きなことまで、はてしないく、いっぱい、その中かな、興味が、あることから、やっています。
Posted by みどり at 2012年02月17日 22:06
感動しました。
ただただ嬉しいです。
ありがとうございました!
Posted by tenten at 2012年02月17日 22:19
単純に比較はできませんが、私も私のキャパいっぱいの苦痛が限界に達した時、似たような体験をいたしました。
その至福を、確かに味わった一人だと思います。
・・・なのに、今はあのどうしようもない苦痛の限界には程遠いものの、今度は日々退屈というか、ほどほどのぬるま湯の中で出るに出られないような、変な感覚に襲われております。
あの至福体験をしたという事は、あの苦悩をもう二度と体験しないと確信するのですが、ではあの至福にも二度と出会いないんだろうなと。
何を言いたいのか分からなくなってきましたが、どん底と至福を味わった後しばらくすると今度は、ある意味「本当に何かしたいことが見つからない」と、とてもつまらない毎日になるんじゃないでしょうか、今の私みたいに。
悟後の修行なんですかね、これも。
Posted by わたし at 2012年02月17日 22:23
わたしさんへ。
達成感の後のような感じです。
Posted by みどり at 2012年02月17日 22:28
花岡です。
尊敬する阿部さんに、わざわざコメント欄から記事欄に載せて頂き、心から感謝申し上げます。
また、これほど多くの皆様に感動のコメントを頂き、なんと幸せな事でしょう。
本当にありがとうございます。
皆様のコメントを読みながら、とてもありがたく、涙で文字がかすんで大変でした。
つたない文章ではありますが、皆様とのハートの共振ができて、こんな嬉しいことはありません。
その共振が起こり、なにか感じるものがあったという事は、きっと、きっと、きっと、
準備ができつつあるのだと確信しております。
絶対、そう遠くなく、皆様のハートも開くに違いないのです。
なんて素晴らしいことでしょう。
この至福に皆様が包まれるなんて、なんて素敵なんでしょう。
その日を心待ちにしています。
我々は皆、記憶喪失に陥った迷子です。
我々が帰るべき場所を探すとき、親である神は、
さあ、はやく帰っておいでって、
両手を広げて待ち焦がれているのだと思うのです。
ただいま~っ!って、笑顔で帰りましょう。
神が、いまここで、待っています。
ありがとうございました。
Posted by 花岡修平 at 2012年02月17日 22:48
花岡さん
こちらこそ ありがとう♪
Posted by ナラヤナ at 2012年02月17日 22:53
この人は自分も、奥さんも、母も普通に好きで、悪い人ではない。
だから邪魔するもの、もともと源泉からの救助を阻むようなネガティブな思いは少なかったんじゃないかな~と思ってしまいます。
私は救われないだろうなあ、心汚いもんね。
家族が好きだとは言えない、病気になるような生活の仕方をしてきた
自分や、家族の生き方が悪いのだと思って、自滅だと思ってしまい、そのようになってしまう気がします。
私達のような愚かな家族は要らないのだとおもってしまうだろうな。
自分達に救われる価値があると思うような生き方をすればよかったのになあ。でも、思い返しても人生を変えられた要素が見えない。う~ん
Posted by シア at 2012年02月17日 22:54
泣いてしまいました。
手放すこと、おまかせすること。
今の私にはできてないです。
昨日ツライことがあり、今は思考にとらわれています。
今の私に必要なメッセージでした。ありがとうございます。
そういえば、もうひとつメッセージがありました。
『Be Happy』という文字が目に飛び込んできました。これって、いつも『幸せでありなさい』って意味ですよね。
いまここにいきます。
Posted by みっちゃん at 2012年02月17日 23:09
普通って無いことが、わかった。
ただ、その人数が、多いだけ。
なんかしら、今日は、いっぱい出ちゃう。
んっ、今日も?
Posted by みどり at 2012年02月17日 23:10
既に救われているのだから…。自我はこれが分からないのですね。
Posted by emi at 2012年02月17日 23:11
良い話を有難う御座います。
Posted by やすこやす at 2012年02月17日 23:17
いたる さん
僕は、あなたは 自分に素直だ と思いましたよ。
素直じゃなかったら、自分の中にある「その気持ち」を認める、という事をしなかったと思うので。
コメントを書いてない人の中にも、そう感じた人がいたと思います。
だって、かく言う自分が、そうだったので(^_^;)
いたるの旦那~、多分ですけどね~、何かしらを握り締めてるんですよ~。
そいつばかりに意識が行ってるから、意識の焦点がそこだけに当たる気がするんですよ~。
握ったきっかけがあって、そいつ手放すには、
自分で決めた「条件」、この握ったきっかけと釣り合ってくれるもんじゃなきゃ、
この欠落感を満たしてくんなきゃ、
「あたしゃ絶対放さないよ~!」
って、決めちゃってる気がするんですよ。
でも何で握ったのか、何に決めたのか忘れちゃってると、やっかいですよ。
・・・あれ、言いたいことがズレてしまった。軌道修正します。
自分に置き換えると、僕は誰が何と言おうと(おっと!何を威張っているのでしょうか)悟った経験を持つ人をあがめてます。上に見てます。凄いと思ってます。僕は素直なので、素直に認めちゃいますぞ。
んで、そうじゃない自分を、下に見てます。はよう悟りたいのう、と思ってます。
「悟ったら、何か凄いことが起きるって思ってるでしょ?」って言われても、思っちゃうんだもん。だって、だってなんだもん(使い方違うかー!)
だから、そういう経験をした方を、まず「羨ましい」って思ってしまう。
僕の中の天秤は、そう傾いちゃってる。
なんちゅーか、取引心理、ですかね・・・。
こうしたら、こうなる。こうなれ。こうあれ。
そういうんじゃないって言われて、頭には詰め込まれてても、消化できとらん。自分でもめんどくさい事しとるのぅって思うのだけどなぁ。
自分の中の天秤、取引、これが、今の自分にとって、色々やってくれてる気がするな~。取引中止して天秤取り外したいな・・・
Posted by ジョン・檸檬 at 2012年02月17日 23:37
花岡さんが思い出さしてくれたのです。
そして阿部さんがそれをサポートして
みんなが感じた
まさにワンネス
命はひとつ
ありがとうございました。
Posted by カズ at 2012年02月17日 23:42
花岡修平 さん
種を、頂いた、頂けた、気がします。
触れた人は、触れた瞬間に、みんなそれぞれ受け取ってるんすね。
それは、どんな事にも言えるのかな、とふと思いました。
ありがとうございます。あ、連チャンコメントかな?
Posted by ジョン・檸檬 at 2012年02月17日 23:43
阿部さん、花岡さん、このお話で、手放すと言う意味が改めて解った気がします。
ありがとうございました!!
Posted by 寿 at 2012年02月17日 23:54
阿部さん、花岡さん、シェアしていただいてありがとうございます。
心が動いて、涙がでました。幸せな気持ちになりました。
Posted by haku at 2012年02月17日 23:55
こんばんは。
今回のblogは、まさに私が欲していたものです。
阿部、花岡さん ありがとうございました。
「他力本願」がわかった気がします。
でも、「本願」は自我ですよね。
Posted by yoshirin at 2012年02月18日 00:27
ハートなのか、胃の奥あたりが震えます。
頭じゃない、深いところに響きます。
降参、手放す、ゆだねる…やっと頭からそのあたりに落ちました。
花岡さん、いまここ、ありがとうございます!!
Posted by ちか at 2012年02月18日 00:28
花岡さん、有難うございます。
未熟ながら大いなるものへの確信、そしてそれと共に在る歓びを見たような気がします。
誠に有難うございます。
Posted by アナコン at 2012年02月18日 00:29
すごいあちこちで目覚めの連鎖反応が起きてる。今そういう時代なんですね。苦しみには意味がないけど、苦しみがなかったら誰も夢から目覚めたがらないでしょうね。けど叩き起こされるのは嫌だな。
Posted by やまちゃん at 2012年02月18日 00:38
今日は、朝、晴天だった空がどんどん雪にかわり
吹雪いたと思うと止み、また夕暮れと雪という不思議な日でした
花岡 さん
全てをあるがまま受け入れ、全てを差し出す…
そこに至るまでの花岡さんの並々ならぬ苦悩は、未熟な私には想像すらできませんが
でも、いまここにて、お話し頂いて感謝しております。ありがとうございました
阿部さん 皆さん の 言葉 にも 感動しました
Posted by コネクター223 at 2012年02月18日 00:50
「つたない文章ではありますが、皆様とのハートの共振ができて、こんな嬉しいことはありません。
その共振が起こり、なにか感じるものがあったという事は、きっと、きっと、きっと、
準備ができつつあるのだと確信しております。
絶対、そう遠くなく、皆様のハートも開くに違いないのです。」
花岡さんのハートが
花開いたように\(^o^)/
これまでも多くの人のハートが花開き\(^o^)/
いまも多くの人のハートが花開き\(^o^)/
これからも多くの人のハートが花開くんでしょうね\(^o^)/
\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
世界中の人たちのハートが
満開に開くといいなあ\(^o^)/
Posted by 大空 at 2012年02月18日 01:01
阿部さん、花岡さん
シェアして頂いてありがとうございます。
心が満たされました☆
Posted by rina at 2012年02月18日 01:15
花岡さん、阿部さん、みなさん^^
私も、心がホワっとした1人です(*^_^*)。ありがとうございます。
全てを差し出せば・・・な~んだ、そうなのか・・・。
何という福音・・・(@◇@;) あ・・え~っと・・・!!!
何か、すごく分かりそうな気がする!!! さとりまであと1cmって感じ~~!!(笑)
この感覚を・・よく感じながら今日は寝よう♪ よし!
シアさんへ♪
>私達のような愚かな家族は要らないのだとおもってしまうだろうな。
うちの家族も(私も)相当に愚かなもので、よその家族がうらやましく、
シアさんのコメントの中に、何だか自分を見つけてしまい、胸がキュッとなりました(ToT)。
でも、今日の花岡さんのお話や
>「あなたは宇宙の部外者ではありません」
私は、阿部さんのこの言葉に、すごくホッとして、
あぁ、ロクでもないうちの家族も、私も、大丈夫なんだなぁと・・
だから、シアさんも、ご家族の方も見捨てられたりしてないと思います。
うまく言えませんが・・^^;
エラそうにごめんなさい。
思わず、声をかけてしまいました。
Posted by 白うさぎ at 2012年02月18日 02:19
全てを手放した時
この世界は現実から単なる映像へとシフトする
ものなのでしょうね
様々な欲望がこの映像の世界を現実に見せる
ということですね
僕の場合は
存在しているものは自分の思考が創り出しているものですから
存在しているものは全て創造物であり
創造主、神の御心のみが唯一存在ではない存在を超えているものであり
それは全ての思考を手放した時に直接体験するものだ
と理解しています
花岡さんの場合は
自分に関わる一切を差し出し自分の全てを放棄したことにより
神を直接体験された
と思いました
Posted by 甲賀忍者 at 2012年02月18日 02:27
仏のことを如去如来、不去不来と言い、さとりが開くのは、特にその如来の部分だと思います。仏が来たご本人においては見性、われわれにとっては見仏で、それが真実の場合、自他を超えた圧倒的開けになるのだと、花岡さんに教えていただきました。こういうことは初めて経験させていただきました。ありがとうございます。
「まず、縁ある者を度すべし」と『歎異抄』にありますが、このいまここという場がなかったら、花岡さんに縁ある者につらなれなかったのはまちがいなく、阿部さんに感謝します。ありがとうございます。
南無阿弥陀仏
Posted by しくはっく at 2012年02月18日 02:59
阿部さん、花岡さん
素晴らしいお話をありがとうございました。
拝読させていただき、ただただ胸と目頭が熱くなりました。
このお話に出会えて本当に良かったです。
Posted by アマチ at 2012年02月18日 03:27
阿部様
花岡様
花岡様のコメントをある掲示板に貼付させて頂きました。
事後報告で申し訳ありません。m(_ _)m
ありがとうございました!
Posted by W at 2012年02月18日 04:20
阿部さん みなさん おはようございます。(^^)
お休みなのに、今朝は珍しく早起きました。(みなさんのコメントを遅くまで読んでいたので、ちょっとコウフンしていたのかも・・・笑)
花岡さん おはようございます。(^^)
ありがとうございました。ありがとうございます。。。
ここまでのご苦労、ご苦悩、、、思いますと、胸がいっぱいです。。。。
>ただいま~っ!って、笑顔で帰りましょう。
>神が、いまここで、待っています。
昨日は、おとしよりのデイにお伺いして、みなさんとご一緒に歌を歌ってきました。ラストソングは「ふるさと」です。「♪こころざしをはたして いつの日にか帰らん 山はあおき故郷 水は清き故郷♪」
艱難辛苦を乗り越えて生き抜いてこられた力強い魂の持ち主の、おとしよりのみなさんなればこその優しく&素晴らしい歌声~☆
いつも胸が熱くなります。。。
私も、こころざしをはたして、満面の笑顔で、みなさんと手をつないで、故郷に帰りたい!と決意新たに、思っております。
花岡さん ほんとうに、ありがとうございました。
お母様、奥様のご健康とお幸せをお祈りいたしております。
夜の終わり朝がくる。しかし、夜明け直前の闇は最も暗い。 -むのたけじ
南東の空が朱く染まり、そろそろ三日月おつきさまとお日さまの交代の時間のようです。(^^)
今日も素敵な一日でありますように~☆
阿部さん みなさま いつもありがとうございます。(^^)
Posted by しいちゃん at 2012年02月18日 06:23
阿部さん、皆さんおはようございます。
今回の花岡さんのお話しで、私も他力本願の意味がわかりました。
素晴らしい体験をシェアしていただき、ありがとうございます。
だけど、やはりこう言う体験をされる方は圧倒的に、もうどうにもならない苦境に立たされた方が、全てを手放した時に訪れる場合が多いですよね。
私のような、特に生活に困窮してはなく、身体もまあまあ健康な人は、なかなかその至福の時が訪れる事はないのでしょうか?
それこそ、天変地異などで自分が生きるか死ぬか?という絶体絶命な状態になった時に、それは訪れるのでしょうか?
Posted by hatoya at 2012年02月18日 08:16
ジョン・檸檬さん コメントありがとうございます。
ジョンさんも、嫉妬を感じていたんですね。
僕も悟った人は偉い人と思っています。そして、自分は悟ってないので、不完全感、羨望の気持ちがあります。
でも、高校生がバスの中で勉強をしているのを見ると、素直さ・ひたむきさが伝わってきて、悟った人よりもこの子たちは輝いているんじゃないか、とも思ったりします。
でも、お互い、アクシデント的に、悟れるといいですね。
コメントありがとうございました。
Posted by いたる at 2012年02月18日 08:43
花岡さん。奇跡的な体験を分かち合っていただき、ありがとうございました。阿部さん、花岡さんの体験を紹介してくださってありがとうございました。
なんと、素晴らしい体験でしょうか。できたら、世界中の人が本来の自分に気がつけるといいですね。もう、苦しみはいりません。
Posted by なんごく at 2012年02月18日 09:17
93で死んだ父は、死の間際まで「が」を失わない人でした。
降参しない、人でした。
その父の意識がほどけ出し、
あちらとこちらを行き来するようなになると
父の目には、さまざまなものが映り込んでいたようで
私に、現実のその部屋にあるものか?と問うのです。
「自分の意識がほぐれ、バラバラになっていく」ことに
とても抵抗があったみたいでした。
それが、人の命の過程らしいよ、大丈夫だよ
と、読んだばかりの小説と重ねて答えたのですが
ゆっくりゆっくりと「が」をほどきながら
父は彼岸に行きました。
おそらくは、人はこうやって「我」の細胞の一つ一つ使い切るまで生きて
「が」を離れたところで、あの世にわたるのだろうな、と
私にとっては、生々しく「生と死の境目」を見たような
自分の人生観が変わる経験でした。
手を合わせて皆に感謝と別れの言葉を言ったあと
「が」を離れて良し、と自分にもゆるし
おそらく「こころのそこから、降参して」 ゆだねることができたのだろうな。
阿部さんのお話、そして花岡さんのお話は
生きて在りながら、「が」を離れることでしたが
死に等しい、深い苦悩がおありだったのだなあと思います。
人が「死を受け入れて」至る境地に、生きながらにして至る。
何事もないのどかな夢の中にいて「すべてを差し出す」は
あるのでしょうか。
全てを失う、その恐れに出合って、いよいよ抵抗せずに「差し出す」
パニックにも陥らずに、「差し出す」という選択が道を開く
そのことを、予習しているような気がするのですが。
Posted by トパーズ at 2012年02月18日 09:30
自我=思考という暴れ馬にまたがって
しっかり手綱を握っている状態は苦しいです。
自我=思考という暴れ馬の手綱を手放し
自我=思考という暴れ馬から降りてしまい
自我=思考という暴れ馬をただ見ているだけなら
本当に楽ですよね。
Posted by 大空 at 2012年02月18日 09:48
サムシンググレートを信じられるかどうかでしょうか!?
苦に打ちひしがれて居なくとも、その大いなるものを心して思う時、ありふれた日常にもそれが感じられるのかも。
当たり前と思っている事が、良く考えて見れば実はそうではなさそうだと・・・。
何か大いなるものに、愛され守られて居るのではなかろうかと、その様な些細な経験を積んで行く事により、序々に信じられる様になって来るのではないでしょうか。
そして、それが百パーセント信じ切れる様になった時(自我がそれを完全に認める時)、初めてそこに明け渡しが訪れるのでしょうか!?
もしもこの様に些細な気付きに歓びを見出して行けるなら、別に焦らなくとも良いのではないでしょうか(汗)
Posted by アナコン太 ~>゜)~~~ at 2012年02月18日 10:10
2度目のコメントですが、
花岡さんのコメントを読んで、
不思議な体験をしたので書かせて貰います。
最初に読んだときは、
ああやっぱりこういう人がいるんだな~とか、
これが委ねるとか帰依すると言うことだな、
と特に感動することもなく普通な感じでした。
ところが、2度目に読み終わったとき、
突然涙があふれてきて、
嗚咽も始まり暫く涙が止まりませんでした。
でも、マインド(思考)はその状態を冷静に見ている感じで、
なに泣いてんの?
感動したふりしてるんじゃないのという感じで、
感情も特に感極まったり感動しているところもありませんでした。
でも、なにか自分の奥の方から溢れてくる涙というか、
何か分からない力というか何かが泣いているようでした。
そして、泣き終わった後何かが自分の中で変わっているのを自覚しました。
何が変わったのかは分からないのですが、
なにかスッキリしたような、
意識が深くなったような、
言葉では表せないのですが、
なにか拘りが無くなったようなそんな感じです。
う~ん、何とも不思議な状態を体験しました。
何だったんだろう?
Posted by KOJI at 2012年02月18日 10:16
花岡様
感動を喜んでいだだけて、嬉しいです。
本当に皆が皆、絶対の幸せの境地にいけたらいいですね。
でも、いけますよね、皆そこから出てきたのだから。
信じましょう、愛を。
愛しかないと!
Posted by ラブ∞マヨ at 2012年02月18日 10:21
今回の記事を読んで、私は「信頼」ができていないことに気づきました。
他人を信頼していない、自分のことも信頼してない、大いなる力も信頼していない。
だからすぐ不安になって心配になるし、他人の粗が目についてイライラしたり、そんな自分は何者なんだよと思ったり。
私はいい年こいてひとり者なので、先日、結婚している人達が旦那さんに頼ったりしている話を聞いて思ったんです。
「なんつー甘ったれだよ!私なんて頼れる人なんていないのに!」
そうじゃないんだなあ、きっと。
人に頼れるって、人を信頼しているから出来るんだろうなあ。
「こんな事言ったら甘ったれるなと言われるかも。こんなこと人に頼んだら嫌がられるかも、断られるかもしれないから頼むのやめて、自分でやろう」
そんな思考でがんじがらめ。
だけど常に不安で心配でしょうがない。
私、「信頼」できるようになりたいです。。。
自分のことも、他人のことも、この世のことも、大いなる力のことも、神のことも、大丈夫だってことも。
ここのコメント欄に書きこむことすら、いつも躊躇してできなかった。
私のこんな文章じゃ書いてもしょうがない、とか、周りの視線を気にして、でも最後は自分の視線とか体裁を気にして、素直な気持ちを出すことがどんどん出来なくなっている自分に気づきました。
一見、穏やかそうで、周りとも衝突しないように、いつの間にかなってたんですけど、もっと周りと衝突してた時の方が、自分の気持ちを素直に出せていたような気がします。
全てを「信頼」して、素直に生きたいなと思います。
Posted by sunao at 2012年02月18日 10:24
コメント欄の花岡さんのコメントを読んで
また心がじわ~んとまた涙、、感動を頂きました。
神様の胸にダイブ~☆
今日もありがとうございます。
Posted by タルジャ at 2012年02月18日 10:47
阿部さん、花岡さんありがとうございます
私の中ですべてが理解できました。もう迷わずいけます
もう疑いのよちも有りません。この身をゆだねます
なんと慈愛にみちたことか涙が止まりません。
ありがとうございます。
Posted by takako at 2012年02月18日 10:52
いつもありがとうございます。
わたしは 現象に振り回されて悩んだり苦しんだりするゲームに はまっていましが、もう終了することにしました。
最近は、目の前の出来事を全て受け容れて 毎日を送っています。
見えない存在から見守られていると強く感じますし、今は なるようになると自分自身を信頼出来るようになりました。
全ては タイミング通り、起きる時に 事は 起きる、のですね。
ありがとうございます☆彡
Posted by まりん at 2012年02月18日 13:51
花岡さん ありがとう
あべさん シェアありがとう
ひとこと コメント残そうと思ったら
延々スクロールしても
どんどんみなさんのコメントが
今回は拝見することなく(すみません)
そりゃ 琴線にふれます
神から いったん はなれ
いま ほんとうに 再会 回帰の時ですね
しみじみと はればれと
∞ 感謝 ∞
Posted by みとら∞あるけみ 総子(ふさこ) at 2012年02月18日 15:02
花岡さん、ありがとうございました。
素晴らしい気づきを与えてもらいました。
私たちの人生にゴールなどというものはないんですね。
いまこここそが、すべてなんですね。
いま手放すことの大切さを教えてくれてありがとう。
Posted by 由未 at 2012年02月18日 15:51
阿部さん花岡さん皆さん
ありがとうございます
お陰様で
世界のすべてに心を開く
ただそれだけでいい
そしたら
内側から常に愛が流れでてることに気が付きました
世界は常に僕に答えていたんですね
他力と大いなる存在への
絶対的信頼なのですね
外側にした行為はすべて
内側の扉から源からかえってきてる気がします。
Posted by 優。 at 2012年02月18日 16:07
阿部さんこんばんは!
他力…
花岡さんのお話で
理解できた瞬間でした!
感動です♪
阿部さん ありがとうございます☆
すごいなぁ〜
p(^-^)q
Posted by 美子 at 2012年02月18日 19:29
Posted by Roseblanche at 2012年02月17日 09:02
朝の混雑した電車内で読んで、人前をはばかることなく泣きたいのをこらえてます……。
素晴らしいシェアをありがとうございます!
Posted by Take at 2012年02月17日 09:06
あべっちおはようございまーす
すごーい!
今日もいい日ですね~
Posted by ss at 2012年02月17日 09:07
中途半端に格闘しているうちはまだまだなんですね(*_*)
まるごと自分を預ける、ゆだねる事が必要なんですね。
Posted by 三毛猫 at 2012年02月17日 09:09
阿部さん花岡さんありがとございます。
また朝から泣いちゃいました。(T_T)
私は今まで「おまかせ」というのは、無責任な言葉に響いてました。
でもそれは、私が私自身を愛さず信用せず、神様を信頼しなかったからでした。
ごめんなさい。
Posted by 大阪のおねえさん at 2012年02月17日 09:17
今朝目が覚めて外を見たら
一面雪景色です。
空も太陽もとてもきれいです。
雲の上には
いつも変わらず
空と太陽がありますね^^
どんなに苦しいことがあっても
本当の自分である大いなる存在は
いつも変わらずありますね^^
Posted by 大空 at 2012年02月17日 09:18
私はまさに今、主人の病気の治療と出産が重なるため生活がかなり限界です。
ただまだその事実に対して執着があるため、苦しい心境です。
どうしたら一切の執着から解放されるのでしょうか。
死にたくても産まれてくる命を思うと自分がしっかりしなくては!と気が張り、かといって収入が増えるわけではなく
むしろ、減っていく一方です。
ただ一切を受け入れるとは
どんな心境になったら出来るのか
毎日苦しいです。
Posted by 小波 at 2012年02月17日 09:21
素晴らしいお話ですね。
シェアありがとうございます。
自分も認知症の父と二人で暮らしており、思うところがたくさんありました。涙でました。すっと力がぬけました。
ありがとうございました。
Posted by てくてく at 2012年02月17日 09:22
みんなが福音の中に生きられますように
起ることに囚われることなく、胸の中の幸せを深呼吸できますように
今日のお話を読んで、このスパイラルが広がることを願わずにいられません。
花岡さん、阿部さん、素敵なシェアをありがとうございます♪
くぅぅぅ~幸せだねぇ^.^/
今日も一日安心・笑顔の中にありますように☆
Posted by 美和(南国でQ♪) at 2012年02月17日 09:28
流される。流れる。流されるプール。流れるプール。「さ」とると結構イメージ変わってきますねぇ。 でもドキドキハラハラしたい時は流されプールもおつですね☆ 今年はとしまえんに行ってみよっと♪
Posted by hilo氏 at 2012年02月17日 09:2
小波さんへ
いまあなたにできることは、昨日と明日をたちきって、今日一日という枠の中で生きることです。
いまできることは、誰でも一つだけです。
やれると思った事を、精一杯やってみるのです。
その時、あなたに必要なアイデアや機会がやってきます。
あなたが投げ出さなければ、それは必ずやってきます。
あなたは見捨てられていません。
あなたが生まれてくる子供を愛するように、天はあなたを愛し見守っています。
これは信仰ではなく、事実です。
Posted by Toshiro Abe at 2012年02月17日 09:29
本当の意味で『覚悟』が決まった、ということなんでしょうね。
『覚悟』というのは、ある意味『開き直り』とも言えるのかも知れません。
自分の人生にどんなことが起ころうと、すべて受け容れよう、
もう、なんでも来てくれればいい、と、すべてを手放してしまう感覚。
自我がいくらあれこれ考えても、自然の摂理、この世界を動かしている
ご縁の力には及ばない、ならそれにすべてを任せてしまおう、
という心境なのかな、と思います。
『諦め』と違うのは、そこに自然の摂理、成り行きに任せればうまくいく、
という、強い『信頼』があるということですね^-^
Posted by YoShi@左脳系スピリチュアリスト at 2012年02月17日 09:31
不覚にも泣いてしまった…!
Posted by 都忘れ at 2012年02月17日 09:31
ありがとうございます。
言葉にならないハートの奥の奥が喜んで深く振動しています。
花岡さん、ありがとう。
阿部さん、ありがとう。
Posted by まゆ at 2012年02月17日 09:33
おはようございます!
朝から素敵なお話を(出会い)読むことが出来、幸せです。
これだから人生って素敵なんですね・・・・
安部さんや皆さんに感謝です。
読んでいて涙があふれました・・・・ありがとうございます☆
皆さんにとって素晴らしい一日になりますように!
Posted by matsu at 2012年02月17日 09:36
おはようございます^^
とてもとても、胸がふるえました。
感動で、ハートが熱くなります。
ほんと、言葉になりません・・
花岡さん、
素晴らしいお話、ありがとうございました。
Posted by とまとま at 2012年02月17日 09:39
ただただ、感動しました。
自身の内なる魂が揺さぶられたかんじです。
今日もいい日になりそうだぁ~。
Posted by まさやん at 2012年02月17日 09:39
花岡さん、阿部さん。本当にありがとうございます。何だか私も幸せで胸が暖かくなりました。
Posted by なあすけ at 2012年02月17日 09:39
ありがとうございます。「福音」とうタイトルがメールで届いても、「どうせまた・・」という気持ちもありましたが、読んでよかったです。
私も裏切りと借金を背負う、という状況で、子どもも抱えており、「すべて神の御心のままに」とゆだねるのは「逃げではないか。抵抗しないから、こんなことが起きるのではないか」と責める声がして身動き取れないでいました。
天にゆだねる覚悟と、目の前にくる一つを全力ですること
精一杯してみようと思いました。
Posted by ひまわり at 2012年02月17日 09:46
何度も何度も、読み返しています。
わたしは、祝福の体験の入り口に立ち、
ドアに手をかけるだけ。そういう、感覚でいます。
大いなる存在の『道具』として、全ての流れに身をまかせる。
『神の思し召すままに』。
阿部さん、花岡さん、ありがとうございました。
Posted by よね at 2012年02月17日 09:49
阿部さんおはようございます^ー^)人(^ー^
そして素晴らしいお話しをシェアして下さった事に心から感謝します。今の私にとって本当に必要な文章だったので涙が止まりませんでした。私も最高に幸せになりました!
いつも感謝します
Posted by まりや at 2012年02月17日 09:49
今日のお話、涙が出てきます。
私も認知症の父と癌を患っている母と暮らしています。
家のこと、仕事のことと、
一生懸命にまじめにやっていたら、
何か、いつか、必ず道が開けるに違いないと思い、
頑張っていたら、
私まで癌になり、先日手術を受けました。
一時は、いったい私の生き方のどこが間違っていたのだろうと
自分を責める毎日でした。
今も、どうやって生きていったらいいのか
思い煩うことからは開放されていません。
委ねよう、もう委ねた、と思っても、次の瞬間にはまた考えてしまう。
努力してしまう。
結果を求めてしまう。
正直、つらいです。
でも、こんなことを考えていても、幸せだ、平安だと思うこともあるのです。
自分がよくわからなくなっています。
そのとき、そのときの状況に、ただ反応している、
アメーバーのようなもの、
それが自分のような気がすることもあります。
いったい、私は何をしているのでしょう。
Posted by debe at 2012年02月17日 09:51
ありがとうございます。
やっぱり本当だったんですね。
信じますよ。
自分の中にも、そんな力がある気がするので。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。
うまくいっても、いかなくても、
大丈夫だあ~?
どこかで聞いた気が•••
Posted by Kenji at 2012年02月17日 09:51
直球!
どストレート!
きましたよー ここに!
身体がふわふわして幸せ!
今日も一日にこにこ過ごしま~す!
Posted by ひろこ at 2012年02月17日 09:53
今、涙が溢れて、溢れて止まりません……
ありがとうございます。
Posted by 智恵 at 2012年02月17日 09:54
おはようございます。
こちらも清々しい朝。
立春ぶりに利尻富士。
おととい風速30mを超えて。
北北西の三寒四温?恐るべし。
白銀の世界にも春の萌しみっけ。
おてての
しわとしわを
あわせて
しあわせ~
南ぁ無ぅ~(ー人ー)
Posted by etsu at 2012年02月17日 09:54
安部さん、花岡さん、シェアをありがとうございました!!
>この至福の世界こそ、法然の言う浄土であることを。
まさに。
意識がどこに在るか、という事で、この世界が浄土になるんですね。
私も、「3次元の(肉体を含めた)全てのモノを手放す」という壮絶な体験があり
それが、大いなる宇宙の根源の、ありえないくらいの深い愛だ、と気付くのに
そんなに時間はかかりませんでした。
…そして、全ての人に、その瞬間は必ずやってくるのだ、と、
全ての人は神なのだ、と、確信できることに、至福を感じます。
Posted by オンプ♪ちゃん at 2012年02月17日 09:54
共鳴し、ふるえました。
花岡さん、阿部さん 、シェアありがとうございます゚+.・゚+。+゚・.+゚
Posted by エゴエゴアザラク at 2012年02月17日 09:57
すばらしい、ありがとう。
Posted by あるがまーま at 2012年02月17日 09:59
阿部さん。花岡さん。ありがとうございます。
心が温かくなりました。
辛い人がいっぱいいると思うんですけど
少しでも届くといいなと思います。
Posted by きしめん at 2012年02月17日 09:59
阿部さん、おはようございます。
初コメです。
花岡さんのお話、とても感動しました。
私も、旦那の出張なのに、子供のひとりは骨折、もう一人は高熱出して寝込んでいて、その上仕事もあり、昨日はパニックでした。
でしたので、今日のブログは大変、心に染みました。
ありがとうございました。
Posted by ゆか at 2012年02月17日 10:15
涙がでました。本当に良かった。
共有してくれてありがとうございます。
Posted by はち at 2012年02月17日 10:20
昨日の記事を読ませて頂き、自分の中でも小さくない心のわだかまりを思い出し昨日はその事ばかりを考えておりました。
自分が大変お世話になった義父は、信心深い浄土真宗の檀家でした。
晩年、その人は自分で自分の命を絶ちました。
あれから数年、自分の中では亡くなれば誰でもが救われるという思いが少しでも最後の心境に影響があったのではないか?
また、どんな想いがあったのだろうか?とずっと心の隅で考えておりました。
何のせい、などと言うつもりは決してありませんが自分がそこに考えを逃がしてきたことは間違いありませんでした。
時間が戻ることもやり直すことも出来ませんが、花岡さんのお話を読んで生きている自分が自分なりの生き方をのんびりと歩き、いつか答えが少しでも見えるときが来れば良いなぁ…とちょっとだけ肩が軽くなりました。
Posted by まきさき at 2012年02月17日 10:21
なぜだか、涙が止まりません。
なので、おもいっきり泣きます。
泣かせてくれて、ありがとうございました!
Posted by 千 at 2012年02月17日 10:23
おはようございます。
花岡さんのお話、凄い説得力です!!
素晴らしい体験ですね。
シャアして頂き本当にありがとうございます!!
Posted by kazuko at 2012年02月17日 10:23
あぁ、気持ちいい~。
読んでいて、またあの至福の体験がやってきたのかと思うくらい胸が膨らみあたたかくなりました。
花岡さん、阿部さん、ありがとうございます。
魂からの言の葉は、ダイレクトに魂に響きますね。
Posted by 和奏 at 2012年02月17日 10:30
こんにちは!
阿部さん。みなさん。
すべてを捨てたときに神にであえたのですね。
よかったですね。
ほっこりしましたよ。
素直な気持ちが一番です・・・・。
Posted by サラ at 2012年02月17日 10:31
阿部さん。
おはようございます。
人生のアイテムに
[戦う][逃げる]しかなかったけど…
[神様にお任せ]が最強アイテムだったなんて。
Posted by てるりん at 2012年02月17日 10:40
ありがとうございます。
わざわざコメントを頂き、本当ありがとうございます。
そうですね。
(今)しかないんだから、今何が出来るか
それだけですね。
まさに分かった気になっていただけで
実践出来てないことを認識しました。
出来ていないということは、信用していなということなのか、、、
自分をもう一度内観してみます。
お忙しいなか、
ありがとうございました。
Posted by 小波 at 2012年02月17日 10:44
涙と鼻水が出ました。
花岡さんがお伝えくださった事、上手く言葉で表せないけど、すごく、うんうんて頷いてます。
これを味わうために、あべっちさんのいまここをふと思い出したのかな。
昨日今日と、なんともくだらない事でやさぐれてたので、リセットさせていただいたようなスッキリ感です。
ありがとう。
Posted by あぱこ at 2012年02月17日 10:50
こんにちは。
今日のお話しは素晴らしいですね。
琴線に触れるお話しです。
きょうもありがとうございます。
Posted by 方位鑑定士 at 2012年02月17日 10:57
mixi経由で来ました(笑)
全ての体験は「大いなる存在」に戻るためのプロセスですね。
そして、そのプロセスは人それぞれ違います。
改めて、自分のプロセスを信じて、身を委ねようと思いました。
アベッチ、花岡さん、始め皆様それぞれのプロセスを祝福します。
おめでとううううううううう・・・・・・・←シャンタンさんの影響(笑)
Posted by ラブ☆マエピ at 2012年02月17日 10:58
どういう訳か『南無阿弥陀仏』と聞くと
個人的には『皆(みな)阿弥陀仏』と頭に響きます。
変でしょうか?(>_<)
Posted by 大地の聖樹 空也 at 2012年02月17日 11:00
花岡修平さん
ありがとうございます。わかちあってくださって。
本当によかったですね。
私も、父の介護と母の入院で疲れ果てていたときがありました。
昨年父が施設に入ることができ、母の健康も少しずつ回復してきたので、すべてに感謝しています。
母は、夢のようだ、って言ってます。不思議なくらいに救いの手が差し伸べられたことを。
Posted by あん at 2012年02月17日 11:20
体験をシェアして下さり
ありがとうございます
もう言うこと無し
Posted by 風 at 2012年02月17日 11:21
花岡さん ありがとうございます
世の中にこんなにも真面目で善良な人たちがつらく苦しい
思いをするのはなんでだろうと思うことがよく有ります。
神も仏も有るものかって・・
でも いましたね
この胸のここに・・
苦しみや困難って
それを教えてくれる神の大いなる愛かもしれませんね
Posted by カズ at 2012年02月17日 11:22
すごい話です本当に泣きそうになりました
私もそうですが、本気で信じようと決心すると
信ずるに値するような出来事が内にも外にも現れてきますね
ありがたいことです、感謝です
(-^〇^-)
Posted by 直弘です at 2012年02月17日 11:22
ありがとうございます♪
私はまだまだ手の中にたっくさん握りしめてます。
それを手放させるために、これでもかと言わんばかりにしんどいことが起こるんだな。
まだ、自分でなんとかしようと思ってる。
何とかできないかもしれないことに怯えてる。
ヽ(´Д`;)ノアゥア...
Posted by Kei at 2012年02月17日 11:27
素晴らしいです。感じたことがとても大きくて、言葉で表現できないです・・・。花岡さん、素晴らしい体験のコメントをありがとうございました。
Posted by chamomile at 2012年02月17日 11:27
>debeさんへ
そのようなつらい状況で、「委ねる」というのは本当に難しいことですよね。
私も同じような心境なので、よくわかります。
Posted by yuri at 2012年02月17日 11:32
ありがとうございます。
ふぅ~ 深呼吸。
Posted by JAC at 2012年02月17日 11:38
「明け渡す」「お任せする」「信頼する」「降参する」「諦める」「信じきる」というようなことばかりに囚われていました。
【差し出す】
これだ!!と思いました。
積極的に差し出してみます。
ありがとうございました。
Posted by marimo at 2012年02月17日 11:48
感動しました
有難うございます!(^O^)
Posted by みきこ at 2012年02月17日 11:49
起こる事と、戦うのは辞めよう。
心にしみます。
身を任せる。任せるって事が、こんなに継続できないとは、、
苦しい最中なので、今日のブログで、少し、いまここに戻ってこれました。ありがとうございます。
Posted by 太陽 at 2012年02月17日 11:49
花岡さん、安部さん、
魂がふるえるような素晴らしいお話をシェアしてくださり、
ありがとうございました。
Posted by モロコ at 2012年02月17日 11:50
感動しました!
何だか、その至福の感覚、気持ちが私にも伝わって流れてくるような、少しそこに触れられたような、幸せな気持ちになりました。ありがとうございました。
Posted by リラリラ at 2012年02月17日 11:50
親の介護に、子どもの障害とか考えてしまって、いっぱいいっぱい!になったこともあります。
でも、自分のいまできることを精一杯やって、あとは、「おまかせします!」って思ったら、だれかに背中をおされたように心も軽く、事が無事に進んでくれた経験がありました。
だから、大変なときは、あとは、「おまかせします!」って言っちゃいます。「O型は、のーてんきでいいね!」って言われたこともあるけど、やっぱり「これでいいのだ!」と思いました。
いつも、ほんとに ありがとうございます!!
Posted by しまちゃん at 2012年02月17日 11:54
感動して心が静かになりました…。
debeさんにも至福の時が訪れますように…。
Posted by てなんつ at 2012年02月17日 11:55
わたしにも至福の時が訪れますように…。
Posted by てなんつ at 2012年02月17日 11:58
わたしも感動で涙(T_T)
お話、ありがとうございます(^_^)
Posted by タルジャ at 2012年02月17日 12:03
「生活も、家のローンも、治療費も出してあげよう。返さなくてもいい。」と言ってくれた方はどんな人なのですか?
どうしてそこまで大金を?
可能でしたら教えて頂きたいです。
花岡さんの善行がご自身に返っただけなのではないか、と思ってしまうのです。
Posted by こたろう at 2012年02月17日 12:09
やっぱ、そういうこと、あるんですねぇ。
私はまだまだその心境には至っていません。
阿部さんや他の方のブログ読んで、
そうなんだろうな、と思ってはいても、
そしてそれらの言葉を信じるからこそ、毎日頑張っているのですが、
花岡さんのコメントを読んで、
改めて、やっぱりそういう世界があるんだ!と
目を洗われた気分です。
シェア、ありがとうございます。
Posted by まかろん at 2012年02月17日 12:10
深い・・・。ほんとうに深いお話でした。
ありがとうございます。
私も、親鸞さんや法然さんの唱える内容を、
表面的にしか理解できていなかったのだと痛感します。
でも、こりゃ理解出来ないわ。。。すぐには。(笑)
という私も、まだ理解できているわけではないです。
その時がくれば、理解できるのでしょう。
理解しようと努力するのではなく、委ねる・・・ということですかね。
Posted by HinaHaruパパ at 2012年02月17日 12:12
結局、やることは、やってしまうので、
その時、胸が、苦しくなったら、只その状態に抵抗することなく、受け入れて
ください。
あなたのペースで、かまいませんから。
苦しく、辛くなった時、
あなたが、自分の魂に抵抗している時ですから。
Posted by みどり at 2012年02月17日 12:21
泣く!!!!
Posted by 心吾 at 2012年02月17日 12:23
内に向き合う人には気づきが訪れるのですね。
良いお話をありがとうございます。
外は久しぶりに晴れて、気持ちも晴れやかです。
Posted by くり at 2012年02月17日 12:26
阿部さん、花岡さん、ありがとうございます。
全てお任せで本当に大丈夫なんだって、思わせて貰いました。
でも、いまの僕は頑張って頑張って、自分の人生を切り開く必要があると思っています。ねばならないではなく、そうしたいのです。意識の上でも、この世界にいる間の人間としても。
ここ最近、いままでの僕は「自分のものは自分のもの」という心で歩んできたことに気付かされました。上っ面は、「皆のために」なんて顔をしながら…
今日の記事を読んで、少し、その自我の鎖が綻んだ気がします。
いまからその気持ちを携えて「頑張ろう」とおもいます。
ありがとう。ありがとう。
合唱。
Posted by ひのいろ at 2012年02月17日 12:29
素晴らしいです。
今日もありがとうございます (^ー^)
Posted by TOMOKO at 2012年02月17日 12:30
今、涙があふれそうです、やばい。
振り向けない。会社の昼休みです。
Posted by ほよよ at 2012年02月17日 12:33
私も泣きはいりました。
胸に何かがやってきて幸せにつつまれるって
いいですね。すごいです。
とても聞けてよかったです。
あと、以前このコメント欄で瞑想の質問をかいたとき
お答えいただいたかたがた、誠にありがとうございます。
PCを借りられないとコメント書き込みができないもので
お礼すぐいえなくてすみません。
閲覧もなかなか困難だったのですみません。
ありがとうございました。
Posted by kiki at 2012年02月17日 12:34
劇的なサレンダーですな。
私はたぶんゆるやかなサレンダーをしているのかな。
バルセカール風に言うならそのような精神肉体機構に生まれついたとか。
南無(ー人ー)
Posted by 洗剤 at 2012年02月17日 12:40
勇気をありがとうございます。
Posted by KOJI at 2012年02月17日 12:43
感じました。
何を握り締めているのかは、まだわかりませんが、
とにかく自分は何かを握り締めている。執着している。
その事を。
どなたかも書かれてましたが、これは逃げじゃないか?って思いがホントによく出てきます。
それが出ると、そこでグジャグジャさせちゃうんですが、
なんか、そこから先?って言い方が合ってるかわかんないっすけど、ヒントが、チャンスが隠れてるような気もしてます。
逃げって何だ?ん~多分、「立ち向かう事を避ける事」ってイメージ。
んでもって、僕は、立ち向かう事を避けることは、よくないと思ってるなぁ。
ってか、そもそも、立ち向かう事って何だ?
「こいつは、立ち向かう相手だ!」って自分で決めちゃってるのか?
ご飯食べる時、「このご飯は立ち向かう相手だ!よし食べるぞ!頑張れオレ!」なんて事、考えないなぁ。
・・・むー。なんとなく、少しだけ、自分の中の何かが、解体というか、ほぐれたというか、ギュッとしてたものに隙間が出来たような・・・そげな感じ・・・
はい、恒例になりましたが、皆様、ありがとうございます~。
Posted by ジョン・檸檬 at 2012年02月17日 12:45
阿部さん、花岡さん
シェアありがとうございます。
>もう起こる事と戦うのをやめよう。
わたしも自分のペースで少しづつ
そういう状態になってきています。
そういう風になる為には
「やる事は全部やった。
精一杯もがいた。
たけど、どうにもならない・・・。」
という状態にならないと、
なかなかそういう風になれませんね。
わたしにも、みなさんにも
一日でもはやく福音が訪れますように。
Posted by はな at 2012年02月17日 12:47
今日のブログは読んでいて、胸が熱くなりました。
もう、
言葉が出ない…。
ありがとう。
Posted by オヤちゃん at 2012年02月17日 12:48
自分の中の純粋無垢な魂が打ち
ふるえました。心に染みる深いお話
本当にありがとうございます。
人間の共感力を引き出す、究極の
いまここですね。
Posted by Z at 2012年02月17日 12:49
花岡さん、素晴らしい経験を表現してくださりありがとうございました。
本当にわかると、こんなにもすばらしいのだと思いました。
阿部さん、花岡さんの文章を載せてくださり、本当にありがとうございました。
皆さまのコメントを毎回は読んでいないので、載せてくださらなかったら、知らないままでした。
いつもありがとうございます。
Posted by S at 2012年02月17日 13:07
花岡さんのお話をうかがって
ヨブがあっけなく神様に降参するときの場面と
全財産を投げ打って一粒の真珠を買う男のお話とを
なぜか思い出しました
絶望の淵を覗き込んだことのある身としては
死の恐怖をこえて 信頼の道に進まれたことは
なんと素晴らしいことだろうと思います
Posted by bee at 2012年02月17日 13:09
花岡さん 阿部さんありがとうございます。
言葉に出来ないけど、胸が一杯です。
Posted by ゆた at 2012年02月17日 13:14
花岡さんの文章をしみじみ読み返しつつ、
これって、どこからが結果なんだろうって、ふと思いました。
支援者が現れたのが結果? 考えに考えたところから結果?それとも文章のずっとずっと前から結果?
原因についても同様に。
人間の体と視点でいる以上、誰にも断言できないことでしょうね。
もっと狭い範囲で、それぞれのアドバイザーはいるけど。
でもそれでもうーん?っと思い巡らせていたら、
自分の人生がずーーっと広がって、
全てが結果で、同時に原因であるんだって、感じました。
昨日までの「絶対的信頼がわからーん!」っていうもやもやが晴れて、
結果をじゅうぶん体験し、同時に原因であると意識しながら生活していこうと思いました。 私にはどれがどうだかわかってないんですけど、おまかせで^^
Posted by まだまだ青いJAC at 2012年02月17日 13:15
唯、唯感激です。(T△T) …
花岡さん有難うございます。言い知れぬ感動が私を
包み言葉がありません。って言ってるけど・・・・。
『盤珪は、「あるゆることは、不生の仏心の中で完全に解決されて
いる」と宣言しています。あるゆることはいつでも努力なしに、自然
に解決されているのです。』
と言う言葉は今読んでいる、セイラー・ボブの〔ただそれだけ〕に
ありました。第2部の質疑応答の中のボブの言葉です。
そして、この記事・・・あぁそうなんだ!と
深く、ふか~~く納得したのでした。
合掌
Posted by ラブ∞マヨ at 2012年02月17日 13:19
花岡さんの体験した素晴しい記事を載せてくださって
ありがとうございます。
すごく深いところで響きました。
手放すってそういうことなんですね。
他力とか言われてもよくわからなかったですが体験された
お話で、ほんとよくわかりました。
人が心の底から覚悟したとき、それが訪れるんだなあって
思いました。
Posted by ジャスミン at 2012年02月17日 13:29
!!!!!!!書かずにはいられません!!!!!!!!
!!!!!!!!有り難うございます!!!!!!!!!
Posted by 椎 at 2012年02月17日 13:34
まさに,「降参」しなくちゃいけないんですよね。
なかなかできない,無意識に戦ってしまう。求めてしまう。
Posted by はす at 2012年02月17日 13:39
阿部さんが小波さんにあてたコメント
>あなたは見捨てられていません
>これは信仰ではなく事実です
今までならスルーしてただろう言葉が
不意にストレートに響きました。
わたしがわたしを見捨て続けていたあいだもずっと
見捨てられていたことは一瞬もなかったんですね。
Posted by みなも at 2012年02月17日 14:00
花岡さんをうらやましいと思った私は、まだどっぷり分離の世界で生きてると改めて気づきました。
でも、大丈夫(^-^)
道は違えど、すべての行き着く先はみな同じ。
自分のペースで自分の旅路を進みます♪
Posted by kao at 2012年02月17日 14:16
花岡さん本当に良かったですね。
文章から、そのときの感動がとても伝わってきました。
そして自分の体験も改めて見直すことが出来ました。
ありがとうございました。
Posted by じゅえるん at 2012年02月17日 14:18
そうか!「福音」だったのですね。
昨夜コメントしたときは、
こみ上げてきて
>皆がよろこんでいます。
と、なんだか昭和天皇のような言葉が出てしまったけど^^
それは「福音」
だったのですね。
*****************************
ミサイルミーさんごめんなさい
。今日になって反省しています。
Posted by ∑`)))K at 2012年02月17日 14:21
すばらしい体験ですね
ありがとうございます
Posted by くらら at 2012年02月17日 14:52
花岡さん、阿部さん、みなさん、とても素晴らしいお話をありがとうございます。
今朝なぜか私は、今日一日を大事にしたい、
一日を、この瞬間を大事にしたい、
今日一日、尊さを感じて生きていたいと思っていました。
大事にする気持ちとか、尊さとか、それがやってくる感じはとても「何か」に似ていて。
そんな折、花岡さんのお話を聞けて私は幸運です。
花岡さんの話の中に、「それ」はありました。
福音とは、いまこの瞬間にも、誰にでも与えられていますね。
鈴の音が鳴っているのに気付かないのは、聞こうとしないからでしょうか^^
感覚がある、命がある、
そして、私がいる、と錯覚しているということが福音に至るきっかけでしょうか^^
有難い一日です♪
Posted by nori at 2012年02月17日 15:08
いやー、素晴らしい体験をお伝えいただきありがとうございます。
そうですね、皆もともと救われているし、
神のみこころのただ中に生かされてあるのですね。
私にとっても、究極のマントラ(真言)は、
「南無阿弥陀仏」です。
80,90になった末期に坐禅は無理かも知れないし、
延命十句観音経は長くて途中で忘れてしまいそうだし、
やっぱり最後は「南無阿弥陀仏」。
Posted by むかい at 2012年02月17日 15:08
初めてコメントさせていただきます
花岡修平さん、ありがとうございます
本当に良かったですね
小波さん
健康な赤ちゃんを産んでくださいね
貴女の幸せを願っています
阿部さん、いつもいつもありがとうございます
小波さんへのコメントに感動しました
「あなたが生まれてくる子供を愛するように、天はあなたを愛し見守っています。」
涙がでました
南無=頭が下がる
阿弥陀仏=宇宙中の一切の働き(他力)
Posted by 尾崎 at 2012年02月17日 15:21
花岡さん、阿部さん、素晴らしい体験をシェアして頂き、
心から感謝申し上げます。
Posted by 日々草 at 2012年02月17日 15:22
花岡さん
私は、H8.8.8に瞬時に体験しました。
不慮の事故から大量出血で意識が薄れていく中、自動的に思考はできなくなりました。
助けに来ていただいた救急隊員の方がハッキリと天使に見えました。
ちょうど2週間後に知人から1本の電話が入り、それから日本全国中に奇跡が起こりました。
花岡さんや、marimoさんのコメに「差し出す」とありました。
まさに同感です。
内側の大自然に愛を差し出す。
答えなど期待せずに愛をどうぞと差し出し尽くす。
差し出し尽くしきったときに必ず訪れる内なる祝福。
愛溢れる貴重な体験談を文章に書き綴っていただきましてありがとうございます。
福音が全ての人に訪れますように。
Posted by アーサー at 2012年02月17日 15:34
花岡さん、よかった・・・本当によかった。
阿部さん、素敵なお話をありがとうございます。
(毎日コメント欄に目を通すわけではないので)
一人でも多く、花岡さんの体験した至福が訪れますように。
合掌
Posted by 雅蔵 at 2012年02月17日 15:40
∑`)))K さん・・ 面白すぎます。。(ミサイルミーさんゴメンナサイ)
昭和天皇のようなコメ・・ (笑)
Posted by みなも at 2012年02月17日 16:06
おお、やはりこの様な悟りの具体例が
市井でどんどん増えて行っているのですね!
分かち合ってくださり、どうもありがとうございます。
抱えきれない艱難辛苦の末に選択した本気のサレンダー。
もし絶望の果てに命を断つとしたら、そこにはどこか
「断てば楽になる」的な期待と作為がありますが、そうではなくて
積極的には死を選ばず、そうであるのなら受け入れようという所が
本物だと感じました。そして完璧な前後裁断に入られたのですね。
阿部さんもよくアンサートークで前後裁断をアドバイスされますが、
僕を含めてそれに大真面目に取り組む人は少ない気がします。
不安や悩みはあるにはあるけども、花岡さんや黒斎さんの状況に比べたら
平々凡々で抵抗の余地がまだまだある、まだまだ頑張れるのではないか、
そんな気持ちがしてしまうからです。
そして「物理的な処方箋」を探し、解決の糸口にと求めてしまう。
ですからその様な事態を避けつつ悟るべく、一切の抵抗の余地がない程の
艱難辛苦のお化けを皆で招来しようではありませんか!!
…と言うとまるで講演会定番のギャグの様ですが(笑)
「病める者は幸いなり」が真実である事は最早疑い様もなく、
そういった状況にあった方々はやはり早く、先駆者となっておられますが、
これから指数的にブッダが増えていくに当たって、
それ程病んでいない者達にはどの様な福音の具体例があるのか、
今物凄く気になっています。
ところで書籍版阿雲の表紙の阿部さん、格好良すぎます(笑)
向さん、こんにちは。
瞑想状態から抜け出る時に便利かなとふと感じたので、
コラボ以来、延命十句観音経をラッキー7の7回のまま
愛用させて頂いております!
Posted by 相川 美晴 at 2012年02月17日 16:10
すばらしい‼
きっとこんな体験をするためにこの世界に身体をいただいたのかもしれませんね(^-^)
みーんなが気が付いたら、アミが教えてくれた世界になりますね(^-^)
ありがとうございます(^o^)
Posted by 1045yoko at 2012年02月17日 17:19
ありがとうございます。
うまく言えないですが、
本当に読ませていただきよかったと思います。
ありがとうございます。
Posted by 星華 at 2012年02月17日 17:19
人間、生きていると、困窮してしまうことがありますね。
それでも至福の体験はあるのですねえ。どういう感覚なんだろうな。記事を読めて嬉しかったです。
Posted by たなか at 2012年02月17日 17:20
自分が恥ずかしくてなりません・・・貴重なお話をシェアしていただき、
本当にありがとうございました。
Posted by IV at 2012年02月17日 17:38
>まさに神が、わたしの人生の主導権を引き受けた瞬間です。
神がガッツポーズしてる!w
神というか、それはずっと一緒に歩んできてたんでしょうね、きっと。
Posted by ポト at 2012年02月17日 17:43
勇気をいただきました。
ありがとうございます。
Posted by ポト at 2012年02月17日 17:44
阿部さんこんばんは~
昨夜花岡さんのコメ拝見した時「私なら死んじゃうかも・・・」と考えたり
「いやいや死ぬ度胸もないかも・・・」と考えたり
結局私は心底追い込まれたら相川さんがおっしゃる「断てば楽になる」的な期待と作為で思い余ってしまったりするタイプかもしれない
瞑想
愛
信頼
もう一度心に深く深く刻みます。
花岡さんありがとうございました。
Posted by Jinn at 2012年02月17日 17:50
花岡さんのエピソード、読ませたいただいて良かったです。
本当の意味でのおまかせって、こういうことなんですね。
昨日寝る前に書いた日記には、
思考って、罪悪感、劣等感、批判、不満・・・そんなものが大半を占めてるなぁっ・・・信頼によって得られるリラックス、安らいだり、深い落ち着きのような、ぶれないもの・・・ってどうやったら感じられるだろう・・・って書いてたんです。最近は阿部さんと、向禅師のブログをセットで楽しみに読んでるですが、向禅師のブログに、延命十句観音経を唱えることと在りまして・・・
過去の阿部さんのブログに解説されていたので読ませていただきました。
唱えてみようと思います。
思考まみれでクタクタの心が、落ち着いた状態に成るように唱えてみます。
解りやすい解説をありがとうございます。
Posted by 北陸のりんご at 2012年02月17日 18:19
自分の生死までを神の御心にゆだねる
ところまでくれば
他力も本物だと学ばしていただきました
Posted by 甲賀忍者 at 2012年02月17日 18:23
駄目で良し。
最低で良し。
誰も、一度たりとも、見捨てられた事なんてない。
愛されてない事なんて1秒だってない。
改善しようともがくより、先に自分の苦しみを吐き出そう。
おかえりなさい。
花岡サンの福音と共に、今日は私も喜びと共にありたいと思います。
私はここが好き。大好き。
Posted by とれいん at 2012年02月17日 18:28
「すばらしい!」の一言に尽きます。
Posted by もっち@キャバクラの店長 at 2012年02月17日 18:57
あべっち、花岡さんみなさんこんばんは。
全てをゆだねる。とってもいいおはなしのシェアをありがとうございます。
いいひだな。
Posted by あみ at 2012年02月17日 19:01
あと皮一枚
で
いけそうでいけない
という日々にきょうのおはなし
すてきです
心いっぱい感謝しております
ありがとうございました
Posted by たこちゃん at 2012年02月17日 19:10
阿部さんありがとう
花岡さんありがとう
みんなありがとう
Posted by カスパロフ at 2012年02月17日 19:17
なんか、胸がいっぱいです。
ありがとうございます。
Posted by ocean at 2012年02月17日 19:21
まさに、全ては完全完璧ですね!
ありがとう!^^
Posted by 近藤 at 2012年02月17日 19:23
もう一度花岡さんの体験を読み直してみました。
「世界が有るなら、それを現している元の、なにか偉大な力が存在するはずだ。
それに自分の全てをまかせよう。生きようと必死になるサバイバルを捨てよう。
そうして、その偉大な力、いわば源泉に、または神に。
わたしはわたしの人生だろうが、身体だろうが、命だろうが、魂だろうが、ありとあらゆる自分に関わる一切を差し出したのです。
そうするとどうでしょう!なんと。
自分の苦悩から解き放されたような解放感に浸れたのです。
そして、ここに!
この胸の、ここに!
説明のつかない、ふくらみのある何かが現れたのです。
それは今まで味わったことのない幸せ、喜び、条件を必要としない愛と共に現れました。
わたしはその至福の故に喜び、その感謝の故に泣き、溢れ出るその愛の故に、酔いました。
それは今でも、ここに。この胸のここから溢れてきます。」
これまで一生懸命握り締めていた自分を手放して
大いなる存在に自分を明け渡したことで
花岡さんのハートが
花開いたんですね。
ハートが開くことで
大いなる存在を自分として
自分を大いなる存在として
しっかり感じることができるようになりますね^^
Posted by 大空 at 2012年02月17日 19:34
「他力」の理解は全く正しい。素晴らしい念仏者です。
Posted by 真宗の坊さん at 2012年02月17日 19:42
ありがとうございます。
Posted by ヤスミツ at 2012年02月17日 19:47
なんて、なんて素晴らしいんでしょう。感動でいっぱいです。
Posted by m at 2012年02月17日 20:15
初めてコメントします。
読みながら涙が出ました。
私が自我を手放すことができないのはまだそれを楽しんでいる部分があるからだと気づきました。
浄土真宗とても興味深いです。
Posted by もっふる at 2012年02月17日 20:30
阿部さん、花岡さん、素晴らしいメッセージをありがとうございます。
ありがとうの感謝の気持ちでいっぱいです
Posted by mika at 2012年02月17日 20:39
本当に素晴らしいお話ありがとうございました。
何度読んでも感動します。
ところで・・・
阿雲の呼吸の本の表紙 最高~!!
爆笑しました。
Posted by 大空へ at 2012年02月17日 20:40
ありがとうございます
心に触れました。
Posted by aki at 2012年02月17日 20:48
僕は、花岡さんに感謝のコメントをしている大勢の人の心がきれいでいいな、と思います。素直に感動できるなんて。
僕は、嫉妬の気持ちが出てきました。恥ずかしいですが。。そういった体験ができて、いいな、と思ったのです。
悟った人も悟っていない人も、素直な人はいいな、と思う今日この頃です。
Posted by いたる at 2012年02月17日 20:49
不思議です。今朝私も同じことを感じたのです。
他人を傷つけることは即全体を傷つけることでその一部の自
分に直接かかわることだと。
きっかけはつまらないことです。
何十年も前に買った一本のサボテンが今は何十もの同じような塊を
いくつも付けているのが妙に気になってみつめていたのです。
なんだこれってみんな繋がっているんじゃないか。もしそれぞれの塊に自我
があれば自分のことを優先して周りの塊を敵対視して一つの株から生じた全体をだめにしてしまうと。サボテンは繋がっているから分りやすい。キノコも同じみんな同じなんだなって。
人間は勝手に独り歩きできるから個別に見える。でもきっと目に見えない何かで全体と繋がっているに違いないと思います。そう考えないと理解できない
ことばかりです。
これからは絶対に他人を気づ付ける言動は厳につつしもう。自分を大切にいとおしもうと改めて痛感しました。
Posted by 烈舟 at 2012年02月17日 20:52
久しぶりに読みに参りましたら、素晴らしい体験が‥。
グッドタイミングに感謝します。
やはり、それは存在しているとしか言いようがないものなのですね…
Posted by まりこ at 2012年02月17日 20:55
この話を周りの人に知らせて廻りたい衝動にかられました。
私も最近、日常的な事ですが、自分でなんとかしようとして失敗し、自然に任せることに気を向けていたところでした。
生身の人間の現在の本人からの話とは、なんて心強いだろうと思いました。
全てを放棄し、みこころのままにとはこういう事かと感じました。
みんながこんなふうなら、どんなにか素晴らしい世界だろうと思いました。
そんなふうになってゆくんだろうと思いました。
わたしは…おだやかに目覚めたいなぁ…
↑任せてない懲りない人(>_<)
Posted by リシュ at 2012年02月17日 21:06
電波も 目に見えない。
Posted by みどり at 2012年02月17日 21:06
ブログをよんで、みなさんのコメントをよんで、なんでだか涙がぼろぼろと出てきました。
どうやったらすべてを「お任せ」できるのだろう、と思う反面私の中の「自我」くんはまだまだ色んな事をやりたいって言っています。
その中には楽しみもあるし、苦しみもあるし。その苦しみから逃れたいしすべてを手放したいと思っても、まだ「自我」くんが『楽しみ』に固執しているのかな?よくわかんないや。私はどこにいくんだろう。。。
なんか、ふとともこさんとお話したくなっちゃいました。
Posted by 名無し・・・ at 2012年02月17日 21:29
阿部さん花岡さんありがとございます
コメントが多いので、コメント欄は時々しか読んでいないので、阿部さんが、転写してくれて目に留めるこができました、感謝です
私も87歳の母の介護をしていますが、「慈愛」の言葉を忘れず、「笑顔」を忘れず「南無阿弥陀仏」を忘れず、ケアをしようと改めて思いました
本当にありがとうございます
Posted by しの at 2012年02月17日 21:51
真理は、言葉に出来ない。
その真理に反応する私は、言葉が、深さを増していき、言葉の世界が、繋がった。
だから、反論されても、繋がってるから、終わらない延々と。
そして、反論されると、
食い付いたって、嬉しくなる。
だけど、私の知らない情報は、いっぱい、それは、私が、今までの人生以外で、知らない事。
小さな事から、大きなことまで、はてしないく、いっぱい、その中かな、興味が、あることから、やっています。
Posted by みどり at 2012年02月17日 22:06
感動しました。
ただただ嬉しいです。
ありがとうございました!
Posted by tenten at 2012年02月17日 22:19
単純に比較はできませんが、私も私のキャパいっぱいの苦痛が限界に達した時、似たような体験をいたしました。
その至福を、確かに味わった一人だと思います。
・・・なのに、今はあのどうしようもない苦痛の限界には程遠いものの、今度は日々退屈というか、ほどほどのぬるま湯の中で出るに出られないような、変な感覚に襲われております。
あの至福体験をしたという事は、あの苦悩をもう二度と体験しないと確信するのですが、ではあの至福にも二度と出会いないんだろうなと。
何を言いたいのか分からなくなってきましたが、どん底と至福を味わった後しばらくすると今度は、ある意味「本当に何かしたいことが見つからない」と、とてもつまらない毎日になるんじゃないでしょうか、今の私みたいに。
悟後の修行なんですかね、これも。
Posted by わたし at 2012年02月17日 22:23
わたしさんへ。
達成感の後のような感じです。
Posted by みどり at 2012年02月17日 22:28
花岡です。
尊敬する阿部さんに、わざわざコメント欄から記事欄に載せて頂き、心から感謝申し上げます。
また、これほど多くの皆様に感動のコメントを頂き、なんと幸せな事でしょう。
本当にありがとうございます。
皆様のコメントを読みながら、とてもありがたく、涙で文字がかすんで大変でした。
つたない文章ではありますが、皆様とのハートの共振ができて、こんな嬉しいことはありません。
その共振が起こり、なにか感じるものがあったという事は、きっと、きっと、きっと、
準備ができつつあるのだと確信しております。
絶対、そう遠くなく、皆様のハートも開くに違いないのです。
なんて素晴らしいことでしょう。
この至福に皆様が包まれるなんて、なんて素敵なんでしょう。
その日を心待ちにしています。
我々は皆、記憶喪失に陥った迷子です。
我々が帰るべき場所を探すとき、親である神は、
さあ、はやく帰っておいでって、
両手を広げて待ち焦がれているのだと思うのです。
ただいま~っ!って、笑顔で帰りましょう。
神が、いまここで、待っています。
ありがとうございました。
Posted by 花岡修平 at 2012年02月17日 22:48
花岡さん
こちらこそ ありがとう♪
Posted by ナラヤナ at 2012年02月17日 22:53
この人は自分も、奥さんも、母も普通に好きで、悪い人ではない。
だから邪魔するもの、もともと源泉からの救助を阻むようなネガティブな思いは少なかったんじゃないかな~と思ってしまいます。
私は救われないだろうなあ、心汚いもんね。
家族が好きだとは言えない、病気になるような生活の仕方をしてきた
自分や、家族の生き方が悪いのだと思って、自滅だと思ってしまい、そのようになってしまう気がします。
私達のような愚かな家族は要らないのだとおもってしまうだろうな。
自分達に救われる価値があると思うような生き方をすればよかったのになあ。でも、思い返しても人生を変えられた要素が見えない。う~ん
Posted by シア at 2012年02月17日 22:54
泣いてしまいました。
手放すこと、おまかせすること。
今の私にはできてないです。
昨日ツライことがあり、今は思考にとらわれています。
今の私に必要なメッセージでした。ありがとうございます。
そういえば、もうひとつメッセージがありました。
『Be Happy』という文字が目に飛び込んできました。これって、いつも『幸せでありなさい』って意味ですよね。
いまここにいきます。
Posted by みっちゃん at 2012年02月17日 23:09
普通って無いことが、わかった。
ただ、その人数が、多いだけ。
なんかしら、今日は、いっぱい出ちゃう。
んっ、今日も?
Posted by みどり at 2012年02月17日 23:10
既に救われているのだから…。自我はこれが分からないのですね。
Posted by emi at 2012年02月17日 23:11
良い話を有難う御座います。
Posted by やすこやす at 2012年02月17日 23:17
いたる さん
僕は、あなたは 自分に素直だ と思いましたよ。
素直じゃなかったら、自分の中にある「その気持ち」を認める、という事をしなかったと思うので。
コメントを書いてない人の中にも、そう感じた人がいたと思います。
だって、かく言う自分が、そうだったので(^_^;)
いたるの旦那~、多分ですけどね~、何かしらを握り締めてるんですよ~。
そいつばかりに意識が行ってるから、意識の焦点がそこだけに当たる気がするんですよ~。
握ったきっかけがあって、そいつ手放すには、
自分で決めた「条件」、この握ったきっかけと釣り合ってくれるもんじゃなきゃ、
この欠落感を満たしてくんなきゃ、
「あたしゃ絶対放さないよ~!」
って、決めちゃってる気がするんですよ。
でも何で握ったのか、何に決めたのか忘れちゃってると、やっかいですよ。
・・・あれ、言いたいことがズレてしまった。軌道修正します。
自分に置き換えると、僕は誰が何と言おうと(おっと!何を威張っているのでしょうか)悟った経験を持つ人をあがめてます。上に見てます。凄いと思ってます。僕は素直なので、素直に認めちゃいますぞ。
んで、そうじゃない自分を、下に見てます。はよう悟りたいのう、と思ってます。
「悟ったら、何か凄いことが起きるって思ってるでしょ?」って言われても、思っちゃうんだもん。だって、だってなんだもん(使い方違うかー!)
だから、そういう経験をした方を、まず「羨ましい」って思ってしまう。
僕の中の天秤は、そう傾いちゃってる。
なんちゅーか、取引心理、ですかね・・・。
こうしたら、こうなる。こうなれ。こうあれ。
そういうんじゃないって言われて、頭には詰め込まれてても、消化できとらん。自分でもめんどくさい事しとるのぅって思うのだけどなぁ。
自分の中の天秤、取引、これが、今の自分にとって、色々やってくれてる気がするな~。取引中止して天秤取り外したいな・・・
Posted by ジョン・檸檬 at 2012年02月17日 23:37
花岡さんが思い出さしてくれたのです。
そして阿部さんがそれをサポートして
みんなが感じた
まさにワンネス
命はひとつ
ありがとうございました。
Posted by カズ at 2012年02月17日 23:42
花岡修平 さん
種を、頂いた、頂けた、気がします。
触れた人は、触れた瞬間に、みんなそれぞれ受け取ってるんすね。
それは、どんな事にも言えるのかな、とふと思いました。
ありがとうございます。あ、連チャンコメントかな?
Posted by ジョン・檸檬 at 2012年02月17日 23:43
阿部さん、花岡さん、このお話で、手放すと言う意味が改めて解った気がします。
ありがとうございました!!
Posted by 寿 at 2012年02月17日 23:54
阿部さん、花岡さん、シェアしていただいてありがとうございます。
心が動いて、涙がでました。幸せな気持ちになりました。
Posted by haku at 2012年02月17日 23:55
こんばんは。
今回のblogは、まさに私が欲していたものです。
阿部、花岡さん ありがとうございました。
「他力本願」がわかった気がします。
でも、「本願」は自我ですよね。
Posted by yoshirin at 2012年02月18日 00:27
ハートなのか、胃の奥あたりが震えます。
頭じゃない、深いところに響きます。
降参、手放す、ゆだねる…やっと頭からそのあたりに落ちました。
花岡さん、いまここ、ありがとうございます!!
Posted by ちか at 2012年02月18日 00:28
花岡さん、有難うございます。
未熟ながら大いなるものへの確信、そしてそれと共に在る歓びを見たような気がします。
誠に有難うございます。
Posted by アナコン at 2012年02月18日 00:29
すごいあちこちで目覚めの連鎖反応が起きてる。今そういう時代なんですね。苦しみには意味がないけど、苦しみがなかったら誰も夢から目覚めたがらないでしょうね。けど叩き起こされるのは嫌だな。
Posted by やまちゃん at 2012年02月18日 00:38
今日は、朝、晴天だった空がどんどん雪にかわり
吹雪いたと思うと止み、また夕暮れと雪という不思議な日でした
花岡 さん
全てをあるがまま受け入れ、全てを差し出す…
そこに至るまでの花岡さんの並々ならぬ苦悩は、未熟な私には想像すらできませんが
でも、いまここにて、お話し頂いて感謝しております。ありがとうございました
阿部さん 皆さん の 言葉 にも 感動しました
Posted by コネクター223 at 2012年02月18日 00:50
「つたない文章ではありますが、皆様とのハートの共振ができて、こんな嬉しいことはありません。
その共振が起こり、なにか感じるものがあったという事は、きっと、きっと、きっと、
準備ができつつあるのだと確信しております。
絶対、そう遠くなく、皆様のハートも開くに違いないのです。」
花岡さんのハートが
花開いたように\(^o^)/
これまでも多くの人のハートが花開き\(^o^)/
いまも多くの人のハートが花開き\(^o^)/
これからも多くの人のハートが花開くんでしょうね\(^o^)/
\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/
世界中の人たちのハートが
満開に開くといいなあ\(^o^)/
Posted by 大空 at 2012年02月18日 01:01
阿部さん、花岡さん
シェアして頂いてありがとうございます。
心が満たされました☆
Posted by rina at 2012年02月18日 01:15
花岡さん、阿部さん、みなさん^^
私も、心がホワっとした1人です(*^_^*)。ありがとうございます。
全てを差し出せば・・・な~んだ、そうなのか・・・。
何という福音・・・(@◇@;) あ・・え~っと・・・!!!
何か、すごく分かりそうな気がする!!! さとりまであと1cmって感じ~~!!(笑)
この感覚を・・よく感じながら今日は寝よう♪ よし!
シアさんへ♪
>私達のような愚かな家族は要らないのだとおもってしまうだろうな。
うちの家族も(私も)相当に愚かなもので、よその家族がうらやましく、
シアさんのコメントの中に、何だか自分を見つけてしまい、胸がキュッとなりました(ToT)。
でも、今日の花岡さんのお話や
>「あなたは宇宙の部外者ではありません」
私は、阿部さんのこの言葉に、すごくホッとして、
あぁ、ロクでもないうちの家族も、私も、大丈夫なんだなぁと・・
だから、シアさんも、ご家族の方も見捨てられたりしてないと思います。
うまく言えませんが・・^^;
エラそうにごめんなさい。
思わず、声をかけてしまいました。
Posted by 白うさぎ at 2012年02月18日 02:19
全てを手放した時
この世界は現実から単なる映像へとシフトする
ものなのでしょうね
様々な欲望がこの映像の世界を現実に見せる
ということですね
僕の場合は
存在しているものは自分の思考が創り出しているものですから
存在しているものは全て創造物であり
創造主、神の御心のみが唯一存在ではない存在を超えているものであり
それは全ての思考を手放した時に直接体験するものだ
と理解しています
花岡さんの場合は
自分に関わる一切を差し出し自分の全てを放棄したことにより
神を直接体験された
と思いました
Posted by 甲賀忍者 at 2012年02月18日 02:27
仏のことを如去如来、不去不来と言い、さとりが開くのは、特にその如来の部分だと思います。仏が来たご本人においては見性、われわれにとっては見仏で、それが真実の場合、自他を超えた圧倒的開けになるのだと、花岡さんに教えていただきました。こういうことは初めて経験させていただきました。ありがとうございます。
「まず、縁ある者を度すべし」と『歎異抄』にありますが、このいまここという場がなかったら、花岡さんに縁ある者につらなれなかったのはまちがいなく、阿部さんに感謝します。ありがとうございます。
南無阿弥陀仏
Posted by しくはっく at 2012年02月18日 02:59
阿部さん、花岡さん
素晴らしいお話をありがとうございました。
拝読させていただき、ただただ胸と目頭が熱くなりました。
このお話に出会えて本当に良かったです。
Posted by アマチ at 2012年02月18日 03:27
阿部様
花岡様
花岡様のコメントをある掲示板に貼付させて頂きました。
事後報告で申し訳ありません。m(_ _)m
ありがとうございました!
Posted by W at 2012年02月18日 04:20
阿部さん みなさん おはようございます。(^^)
お休みなのに、今朝は珍しく早起きました。(みなさんのコメントを遅くまで読んでいたので、ちょっとコウフンしていたのかも・・・笑)
花岡さん おはようございます。(^^)
ありがとうございました。ありがとうございます。。。
ここまでのご苦労、ご苦悩、、、思いますと、胸がいっぱいです。。。。
>ただいま~っ!って、笑顔で帰りましょう。
>神が、いまここで、待っています。
昨日は、おとしよりのデイにお伺いして、みなさんとご一緒に歌を歌ってきました。ラストソングは「ふるさと」です。「♪こころざしをはたして いつの日にか帰らん 山はあおき故郷 水は清き故郷♪」
艱難辛苦を乗り越えて生き抜いてこられた力強い魂の持ち主の、おとしよりのみなさんなればこその優しく&素晴らしい歌声~☆
いつも胸が熱くなります。。。
私も、こころざしをはたして、満面の笑顔で、みなさんと手をつないで、故郷に帰りたい!と決意新たに、思っております。
花岡さん ほんとうに、ありがとうございました。
お母様、奥様のご健康とお幸せをお祈りいたしております。
夜の終わり朝がくる。しかし、夜明け直前の闇は最も暗い。 -むのたけじ
南東の空が朱く染まり、そろそろ三日月おつきさまとお日さまの交代の時間のようです。(^^)
今日も素敵な一日でありますように~☆
阿部さん みなさま いつもありがとうございます。(^^)
Posted by しいちゃん at 2012年02月18日 06:23
阿部さん、皆さんおはようございます。
今回の花岡さんのお話しで、私も他力本願の意味がわかりました。
素晴らしい体験をシェアしていただき、ありがとうございます。
だけど、やはりこう言う体験をされる方は圧倒的に、もうどうにもならない苦境に立たされた方が、全てを手放した時に訪れる場合が多いですよね。
私のような、特に生活に困窮してはなく、身体もまあまあ健康な人は、なかなかその至福の時が訪れる事はないのでしょうか?
それこそ、天変地異などで自分が生きるか死ぬか?という絶体絶命な状態になった時に、それは訪れるのでしょうか?
Posted by hatoya at 2012年02月18日 08:16
ジョン・檸檬さん コメントありがとうございます。
ジョンさんも、嫉妬を感じていたんですね。
僕も悟った人は偉い人と思っています。そして、自分は悟ってないので、不完全感、羨望の気持ちがあります。
でも、高校生がバスの中で勉強をしているのを見ると、素直さ・ひたむきさが伝わってきて、悟った人よりもこの子たちは輝いているんじゃないか、とも思ったりします。
でも、お互い、アクシデント的に、悟れるといいですね。
コメントありがとうございました。
Posted by いたる at 2012年02月18日 08:43
花岡さん。奇跡的な体験を分かち合っていただき、ありがとうございました。阿部さん、花岡さんの体験を紹介してくださってありがとうございました。
なんと、素晴らしい体験でしょうか。できたら、世界中の人が本来の自分に気がつけるといいですね。もう、苦しみはいりません。
Posted by なんごく at 2012年02月18日 09:17
93で死んだ父は、死の間際まで「が」を失わない人でした。
降参しない、人でした。
その父の意識がほどけ出し、
あちらとこちらを行き来するようなになると
父の目には、さまざまなものが映り込んでいたようで
私に、現実のその部屋にあるものか?と問うのです。
「自分の意識がほぐれ、バラバラになっていく」ことに
とても抵抗があったみたいでした。
それが、人の命の過程らしいよ、大丈夫だよ
と、読んだばかりの小説と重ねて答えたのですが
ゆっくりゆっくりと「が」をほどきながら
父は彼岸に行きました。
おそらくは、人はこうやって「我」の細胞の一つ一つ使い切るまで生きて
「が」を離れたところで、あの世にわたるのだろうな、と
私にとっては、生々しく「生と死の境目」を見たような
自分の人生観が変わる経験でした。
手を合わせて皆に感謝と別れの言葉を言ったあと
「が」を離れて良し、と自分にもゆるし
おそらく「こころのそこから、降参して」 ゆだねることができたのだろうな。
阿部さんのお話、そして花岡さんのお話は
生きて在りながら、「が」を離れることでしたが
死に等しい、深い苦悩がおありだったのだなあと思います。
人が「死を受け入れて」至る境地に、生きながらにして至る。
何事もないのどかな夢の中にいて「すべてを差し出す」は
あるのでしょうか。
全てを失う、その恐れに出合って、いよいよ抵抗せずに「差し出す」
パニックにも陥らずに、「差し出す」という選択が道を開く
そのことを、予習しているような気がするのですが。
Posted by トパーズ at 2012年02月18日 09:30
自我=思考という暴れ馬にまたがって
しっかり手綱を握っている状態は苦しいです。
自我=思考という暴れ馬の手綱を手放し
自我=思考という暴れ馬から降りてしまい
自我=思考という暴れ馬をただ見ているだけなら
本当に楽ですよね。
Posted by 大空 at 2012年02月18日 09:48
サムシンググレートを信じられるかどうかでしょうか!?
苦に打ちひしがれて居なくとも、その大いなるものを心して思う時、ありふれた日常にもそれが感じられるのかも。
当たり前と思っている事が、良く考えて見れば実はそうではなさそうだと・・・。
何か大いなるものに、愛され守られて居るのではなかろうかと、その様な些細な経験を積んで行く事により、序々に信じられる様になって来るのではないでしょうか。
そして、それが百パーセント信じ切れる様になった時(自我がそれを完全に認める時)、初めてそこに明け渡しが訪れるのでしょうか!?
もしもこの様に些細な気付きに歓びを見出して行けるなら、別に焦らなくとも良いのではないでしょうか(汗)
Posted by アナコン太 ~>゜)~~~ at 2012年02月18日 10:10
2度目のコメントですが、
花岡さんのコメントを読んで、
不思議な体験をしたので書かせて貰います。
最初に読んだときは、
ああやっぱりこういう人がいるんだな~とか、
これが委ねるとか帰依すると言うことだな、
と特に感動することもなく普通な感じでした。
ところが、2度目に読み終わったとき、
突然涙があふれてきて、
嗚咽も始まり暫く涙が止まりませんでした。
でも、マインド(思考)はその状態を冷静に見ている感じで、
なに泣いてんの?
感動したふりしてるんじゃないのという感じで、
感情も特に感極まったり感動しているところもありませんでした。
でも、なにか自分の奥の方から溢れてくる涙というか、
何か分からない力というか何かが泣いているようでした。
そして、泣き終わった後何かが自分の中で変わっているのを自覚しました。
何が変わったのかは分からないのですが、
なにかスッキリしたような、
意識が深くなったような、
言葉では表せないのですが、
なにか拘りが無くなったようなそんな感じです。
う~ん、何とも不思議な状態を体験しました。
何だったんだろう?
Posted by KOJI at 2012年02月18日 10:16
花岡様
感動を喜んでいだだけて、嬉しいです。
本当に皆が皆、絶対の幸せの境地にいけたらいいですね。
でも、いけますよね、皆そこから出てきたのだから。
信じましょう、愛を。
愛しかないと!
Posted by ラブ∞マヨ at 2012年02月18日 10:21
今回の記事を読んで、私は「信頼」ができていないことに気づきました。
他人を信頼していない、自分のことも信頼してない、大いなる力も信頼していない。
だからすぐ不安になって心配になるし、他人の粗が目についてイライラしたり、そんな自分は何者なんだよと思ったり。
私はいい年こいてひとり者なので、先日、結婚している人達が旦那さんに頼ったりしている話を聞いて思ったんです。
「なんつー甘ったれだよ!私なんて頼れる人なんていないのに!」
そうじゃないんだなあ、きっと。
人に頼れるって、人を信頼しているから出来るんだろうなあ。
「こんな事言ったら甘ったれるなと言われるかも。こんなこと人に頼んだら嫌がられるかも、断られるかもしれないから頼むのやめて、自分でやろう」
そんな思考でがんじがらめ。
だけど常に不安で心配でしょうがない。
私、「信頼」できるようになりたいです。。。
自分のことも、他人のことも、この世のことも、大いなる力のことも、神のことも、大丈夫だってことも。
ここのコメント欄に書きこむことすら、いつも躊躇してできなかった。
私のこんな文章じゃ書いてもしょうがない、とか、周りの視線を気にして、でも最後は自分の視線とか体裁を気にして、素直な気持ちを出すことがどんどん出来なくなっている自分に気づきました。
一見、穏やかそうで、周りとも衝突しないように、いつの間にかなってたんですけど、もっと周りと衝突してた時の方が、自分の気持ちを素直に出せていたような気がします。
全てを「信頼」して、素直に生きたいなと思います。
Posted by sunao at 2012年02月18日 10:24
コメント欄の花岡さんのコメントを読んで
また心がじわ~んとまた涙、、感動を頂きました。
神様の胸にダイブ~☆
今日もありがとうございます。
Posted by タルジャ at 2012年02月18日 10:47
阿部さん、花岡さんありがとうございます
私の中ですべてが理解できました。もう迷わずいけます
もう疑いのよちも有りません。この身をゆだねます
なんと慈愛にみちたことか涙が止まりません。
ありがとうございます。
Posted by takako at 2012年02月18日 10:52
いつもありがとうございます。
わたしは 現象に振り回されて悩んだり苦しんだりするゲームに はまっていましが、もう終了することにしました。
最近は、目の前の出来事を全て受け容れて 毎日を送っています。
見えない存在から見守られていると強く感じますし、今は なるようになると自分自身を信頼出来るようになりました。
全ては タイミング通り、起きる時に 事は 起きる、のですね。
ありがとうございます☆彡
Posted by まりん at 2012年02月18日 13:51
花岡さん ありがとう
あべさん シェアありがとう
ひとこと コメント残そうと思ったら
延々スクロールしても
どんどんみなさんのコメントが
今回は拝見することなく(すみません)
そりゃ 琴線にふれます
神から いったん はなれ
いま ほんとうに 再会 回帰の時ですね
しみじみと はればれと
∞ 感謝 ∞
Posted by みとら∞あるけみ 総子(ふさこ) at 2012年02月18日 15:02
花岡さん、ありがとうございました。
素晴らしい気づきを与えてもらいました。
私たちの人生にゴールなどというものはないんですね。
いまこここそが、すべてなんですね。
いま手放すことの大切さを教えてくれてありがとう。
Posted by 由未 at 2012年02月18日 15:51
阿部さん花岡さん皆さん
ありがとうございます
お陰様で
世界のすべてに心を開く
ただそれだけでいい
そしたら
内側から常に愛が流れでてることに気が付きました
世界は常に僕に答えていたんですね
他力と大いなる存在への
絶対的信頼なのですね
外側にした行為はすべて
内側の扉から源からかえってきてる気がします。
Posted by 優。 at 2012年02月18日 16:07
阿部さんこんばんは!
他力…
花岡さんのお話で
理解できた瞬間でした!
感動です♪
阿部さん ありがとうございます☆
すごいなぁ〜
p(^-^)q
Posted by 美子 at 2012年02月18日 19:29
Posted by Toshiro Abe at
23:32
2012年02月03日
エゴについて
いつもありがたくブログを拝読させていただいています
よくわからないんですけど、エゴ(自我)があるから、いろいろと感情が湧き出てくるのかな・・・と思っています
だから、それはそれで、いいのかな~・・・なんて
ほんと、漠然としていて恐縮ですが・・・(笑)
Posted by きすみれ at 2012年02月02日 09:34
いつもどうもありがとうごじます。
自我はこの世を経験するためになくてはならないもの。
仲間との分かち合いでも必要だしワンネスでは経験できないものを経験するのに必要かな。
Posted by 清左衛門 at 2012年02月02日 09:38
自我について最近感じるのは、”僕の事が大好き過ぎる存在””超有能な側近(王様である僕に仕事をさせないくらい甘やかす)””悪い奴っちゃないが、度が過ぎる”等デス。←とか僕に書かせているのも自我君ですよね(笑)
以上。v(^^)v(^^)
Posted by 古古米 at 2012年02月02日 09:40
おはようございます。
エゴはコントロールしたがりますね。良くも悪くも。
優しいエゴやスピリチュアルなエゴにいつも惑わされております。
それがいやになってスピリチュアルから離れたこともありました。
あるがままの自分になろうとするのもエゴですよね。
エゴって冗談みたいでおもしろい。
Posted by 愛されたいんだ at 2012年02月02日 09:41
自我は、この世で生きていく為に必要な物。
私たちは、自我と魂を合わせて1人の人。
自我によって苦しめられることも多いけど、自我がなければこの世では生きていけない。
自我があるから、魂への感謝が生まれる。
私は本当の感情は、魂から湧き出てくるように感じます。
魂はみんなで共有してるけど、自我は自分だけの物。
体も自分だけの物。
大事にしなければ…。
偉そうに書いてすいません。
私の意見でした…。
Posted by odemkum at 2012年02月02日 09:44
エゴがなければ
この幻想の世界を体験できない
究極のお笑い劇場
って
エゴがエゴを語る…ww
Posted by お餅 at 2012年02月02日 09:47
あべっちおはようございまーす。
自我を完全になくしちゃったら、この世の経験はできないかなーと思いました。
高次のマスターでも、おしゃかさんとか観音さんとかイエスさんとか、そういう性質の違う味わいとしての自我はあっていいのかなーと。ハイアーセルフって自分の中にあるそういういろんな要素なんだろうと思います。
ひとつのものの違った味わいみたいな。
そういうのってエゴとはちょっと違うんじゃないかなって。
言葉上でエゴと自我をあえて区別するとすれば、物語にまみれて無自覚に幻想を追い求め、今をみないで痛みを際限なく繰り返す作用と、
いまここを自覚して、それでもあえて自分なりの表現でありのままに溢れるものを表現していく作用かなと思います。
言葉の捉え方の違いですけど。
もっとみんなが阿部さんの言ってるようなことに気づいていったら、またその状況で、今の時代とは違って、自我という認識も変わってくるのかもしれませんよね。
今日はとてもいい日だな~
Posted by ss at 2012年02月02日 09:54
ずっと「エゴ」を「自分」だと思って、「エゴ」の言うことを信じて生きてきたけど、
最近になって、「自分」のためになっていないことに気づきました。
「エゴ」で「自分」を守っているつもりが、「エゴ」で「自分」の首を絞めていた。
しかも、「エゴ」を「エゴ」だとも気づいていなかった。
今でも、「エゴ」と「自分」を間違えているときがよくありますが…。
Posted by イギー at 2012年02月02日 09:59
自我は、「人間である」という実感だと思います。
Posted by 月 なみ at 2012年02月02日 10:00
エゴについてはエックハルトトールのNewEarthに詳しく書いてありますが、エゴはそれ自体良いとか悪いはなく、単にエゴだということ。
要はエゴを本当の自分自身だと思ってしまうところに不幸があり、エゴに気が付けば、そこにエゴとの距離ができ、エゴに振り回されなくなる。
エゴに意識の光を当てればエゴは消滅するっていうような事が書いてあります。
実践していけば、逆にエゴを上手に使って、楽しく生きられるような気がします。
Posted by kenchan at 2012年02月02日 10:00
相棒!
ですね☆
Posted by さすがのさすけ at 2012年02月02日 10:06
必要なのはエゴを見つめる光の軸です。
信じるということは、
あなたが神になる力ではありません。
それは、目の前に横たわる環境を、
あなたが変化させる力のことです。
その力は、フォースでなくパワーと
呼ばれています。
Posted by 天路 at 2012年02月02日 10:10
おはようございます。
エゴって・
私などは、変わってるのか、たぶん、風向きとか自然の流れにそってやってってるような気がします。
物欲も、今日欲しいものは今日買わないといやなんです。高価なものではなく、たとえば、かわいいグッズひとつでも。
買えばやさしい気持ちになります。
道を歩いてても、今はどうしても反対側を歩きたい、など。
当たり前のことなんでしょうが、気持ちがいいのです。
それに逆らうとキツクなります。(だから必然的に単独行動)
今書いてて、ウケを狙おうとすれば、苦しくなります。
人様のためになればいいかな~、と思えば、へんな言い方かもしれませんが、少しはマシですが、
やっぱりいやなんです。
(-"-)
Posted by “M” at 2012年02月02日 10:13
↑
阿部さんごめんなさい~。
阿部さんは自我=エゴとしての問いかけだったですね。。。
とんちんかんなコメ、削除してもらっていいですか?
おっちょこちょいなもんで。
Posted by ss at 2012年02月02日 10:15
エゴ…漠然とですが、カーナビみたいなものかなぁ。とか思っています。
Posted by 小樽在住 at 2012年02月02日 10:16
エゴ(自我) = 分離意識(個別に存在しているという感覚) = 幸せの探求 = 人生
結局エゴとは人生そのものだと思います。
幸せを探求している人生(覚醒に定着してない状態) = エゴ
幸せである状態 = 覚醒した人生
Posted by そらそらわん at 2012年02月02日 10:16
エゴ(自我) = 分離意識(個別に存在しているという感覚) = 幸せの探求 = 人生
結局エゴとは人生そのものだと思います。
幸せを探求している人生(覚醒に定着してない状態) = エゴ
幸せである状態 = 覚醒した人生
Posted by そらそらわん at 2012年02月02日 10:17
阿部さん、いつもありがとうございます。
エゴはこの世界を見るための視点、座標軸の様な気がします。
大海に突き出た岩。
Posted by ふろいで at 2012年02月02日 10:17
阿部さんからのエゴとは?の問いかけに、それらしい答えを探したり、賢そうな答えをしようとしたり、わからないと思ったり、こんな質問もう忘れようと囁いたりした挙げ句いまここにコメントをしているコレがエゴです。
エゴっていいもんです。
Posted by ちなつ at 2012年02月02日 10:24
ああ、これはエゴだなーって感じてるエゴがいて
そう感じてるエゴを観察しているエゴがいて
その観察しているエゴがいるんだなーって分析してるエゴがいて
分析してるエゴを見てるエゴがいて
その見てるエ・・・・
・・・・・・・・・・
って、どこまでも止まらないないから
「ああああーーーもう面毒さ!!!」
と言い放ったら何故か笑えた。
Posted by santouka at 2012年02月02日 10:25
少したとえが悪いかもしれませんが、
魚釣りをしているときの、
自分の体から釣竿、仕掛けの先っぽの針までの領域でしょうかね。
海は自分の思い通りにならないんだなぁと、
一匹も釣れない日に学ぶようなもんでしょうね。
「では釣りなぞせずに素潜りだ!」
波にもてあそばれ打ち上げられて振り出しに戻る…。
でもっていつ釣りをやめるかという。
Posted by IV at 2012年02月02日 10:26
仲良くしたいもの。笑
前は散々邪魔者扱いしてごめんなさい。
Posted by Kei at 2012年02月02日 10:27
エゴ、の言葉が何を指すのかが、ちょっと、むずかしいな~、
といつも思います。
その時々、
・エゴ
・思考
・自我
・意識
・カルマ
などが、微妙に混ざってしまう、ちょっと、
扱いにくい言葉のような気がしてしまいます。
今まで経験してきたことをもとに考えるならば、
行為 と 意識 と 自覚(?理由でもいいかも)は、
それぞれ全くの別物で、それぞれ単体ですでに、そのように展開されています。
意識より先に行為がすでに起きていて、一番後に、
行為の理由、というか、自分が~、という思考を伴った何かが活動しました。
行為→意識→思考
の順で、微妙な時間差を伴って体験しているのですが、
最後の思考は、まったく、でたらめ、っていうか、
単につじつま合わせをしている感じです。
起きていることと、過去の経験などのデータとの関連を、
もっともらしく作り上げちゃう感じです。
この、最後の思考が絡んでくるところが、
エゴとかに結びついてくるかな~?と思います。
Posted by プロセス進行中 at 2012年02月02日 10:28
エゴは必要なものです。
というより、必要なものでした。
エゴが持つ基本機能の『比較してジャッジする機能』は、
個体の維持と種族の存続に欠かせないものでした。
でもそれは、生理学的には、左脳全開で生きていく、ストレスの貯まる
ハードな生き方です。
ぼちぼちとエゴを超えた、右脳的な統合された生き方が
あることに気づき始めたのだと感じています。
生存にとってエゴは大切なモノです。
でも、エゴを大切にしながらも、それを超えて生きる自由もあっていいと
思います。
我を忘れて生きられる、そんな時代になるのかなと感じています。
ボーガ
Posted by ボーガ at 2012年02月02日 10:30
そらそらわんさんの説明は<なるほど>ですね。
悩んだり、迷ったり、困ったり、するのがエゴかも??
早く悟ることにより、エゴの割合を減らしたい・・・・
Posted by そうた at 2012年02月02日 10:30
自我がなければ とりあえず生活して生きてゆけないです。
空で居る時間は とても幸せですが何も出来ません。
Posted by じゅえるん at 2012年02月02日 10:34
自我は勝ちたい!
自我は何が問題なのか?考える
原因と見つけ、改善すれば問題が解決し、現在の苦しみから解放されると考えている
何が原因なのか?
どこを変えれば状況を変えられるのか?
決意すれば良いなら何をどう決意すれば良いのか?
決意や意思を維持し続けるにはどうすれば良いか?
自分に現れる現象と意思は、どちらが卵でどちらが鶏か?
なぜ自分はそう感じるのか?そう考えるのか?
目の前の相手の対応、考えは、自分の考えを変えると変わるのか?
気づけば良いというなら、何に気づけというのか?
何も変えなくて良いなら、苦しいままだし、生きていたって、死んでいたって同じ
早く死んで楽になりたい
死んでもこれが続くなら、死んだように生きるだけだ
と自我は考える
Posted by A at 2012年02月02日 10:35
よく「エゴの強い人」とか、「エゴだけで生きてるね」とか、今でも時々口に出ることがあるんですが、この使い方は間違ってますよね。
悟りに関する本を読むようになってから、エゴというのは単に肉体をもった自分のこと、何の何某という名前の自分のことだと思いました。
「なんだ、エゴってオレ自身のことなんだ」と思うようになり、逆に楽になったような気がします。
なぜかな?自分の欲望って、あまり重要なものじゃないと思えるようになったからかも知れません。
欲望に従うもよし、従わないもよしって感じでしょうか。
いつもわかりやすい言葉をありがとうございます。
Posted by ポト at 2012年02月02日 10:36
エゴちゃんはもぐらたたきのもぐらに似てるかな?
ひょこ!ピューって感じで出ては入っていく
最初は叩いてたけど、最近はそのピョコピョコをただ眺めてます
で、ゲームなんだからまた一緒に遊ぼうかな♪って感じになってきました
苦しむか楽しむかの違いかな(笑)
Posted by ノブ at 2012年02月02日 10:40
エゴはぼくだ。
確かに頑なに自身を守るために躍起になって、それが裏目に出たり、それで批判されたり、ある時は批判したりして、結局自分が辛くなったりもするけれど、それでも今日まで懸命になって生きてきた。
転んだってなんだって、泥まみれのようにして不器用に生きてきたじゃない。
それで時には大笑いして、一人で泣いてみたり。
昨日のエゴのブログ記事が頭から離れず、久しぶりに寝つきが悪かった。
コメント書き込んだんだけど、なぜかアップできず、みんなのコメント読ましていただいて、本人さんと思われるコメントを読ましてもらって、みんな一緒じゃん、まっいいかって・・。
でも昨日のブログのような出来事がもし自分の家族に起きたとしたらって考えたら、いてもたっても、いられなくなっちゃった。
間違いなく噛み付いてると思います。
吠えてると思います。
ペットならOKでもしそれが娘や息子だとしたら・・。
「あんた、そいつはエゴだよ」
なんて聖人気取りでしゃしゃり出てくる奴にもことごとく喰らい付いていくと思います。
例えそれがエゴの塊だったとしても、今まで自分を懸命に生きてきたのもエゴだ。
自分を裏切ることはできません。
そんな自分に家族ができたのもハッキリ言ってこいつのおかげです。
褒められたこともそう。
かけっこで一着になることができたのもこいつのおかげ。
好きな子にいたずらして怒られたのはこいつのせいだ(笑)
好きな子に告白できたのも、友達と意見の食い違いで殴り合いのケンカになったのも、その後、仲直りして一緒に家に帰ったのもそいつです。
何が言いたいと申しますと、ぼくはエゴそのもの。
だから悪者にされると泣けちゃうんだね(笑)
書きたいことが解らなくなったので、ここまでにします。
文句はございませんよね?
Posted by 海洋 at 2012年02月02日 10:41
阿部さん、お早うございます。
エゴって自覚できなければ、ワンネスも分からないのかな?と漠然と思います。
まだ、ワンネスの境地に達していない私が言うのもどうかと思いますが…。
ずーっと思って来たことなのですが、人って常に自分の都合で生きているんですよね。
だけど、自分の都合が他人の都合に合うとは限らない。
でも、他人が自分の都合に合わせてくれないと、失望したり、裏切られたと感じたり、怒ったり、恨んだり…。
でもどっちの都合が正しいのか悪いのかジャッジするのも、結局自分。だから、大抵は悪いのは他人になるんですよね。
自分の都合=エゴ
たまには、他人の都合になってみる、っていうのも必用かな?って思うのです。
まだまだ、修行の足りない私が思うエゴって、こんな感じです。
Posted by いつもありがとう at 2012年02月02日 10:47
最近エゴに振り回される事が多く疲れてます
私の気をそらせ、駄目な人間のように思わせ
愛する人をコントロールしようとしてしまう私の可愛いエゴ
人生が飽きないようにいろんな味付けをしてくれる
スパイスみたいなものなのでしょうか・・<(_ _*)> アリガトォ
Posted by ann at 2012年02月02日 10:47
エゴって良い面と悪い面があって、きっと悪い面が沢山でているのでは無いでしょうか。
そういう事を自分からやめたいと思っても、多くの人とかかわる世の中ですから、ここに集っている人のような純粋な人ばかりでも無いですから、自分がエゴ中心やめようとすると、スーパーの駐車場すら停められない(我先にって感じ)ので生きにくい世の中だと感じます。
いや、自分が変われば周囲でそういう人が減るの?
Posted by ももちゃん at 2012年02月02日 10:48
エゴとはコンピュータ上のプログラムのようなものだと思います。
自分の肉体に始まり、私の・・と付く全てに及ぶ危険を事前に察知して守るための自己保存プログラムのようなもの?
だからネガティブな事によく気持ちが貼り付くのかな~と。
だって守らなきゃならないからね?
何からだ?
Posted by restat at 2012年02月02日 10:51
月 なみ さんに一票。
生まれ、死ぬわたし。
Posted by みなも at 2012年02月02日 10:53
阿部さんこんにちは。
私もエゴについてずいぶんといろんなことを感じたり考えたり気づいたりしてきましたが、最近は「エゴってなんだっけ?」みたいな状態になってます。
真の自己、創造の神である自分の無限の力のすごさに焦点をあてていると、どんどんその力への引きつけがすごくなってきて、その力は元々、「歓喜、繁栄」の力なので、嬉しいことばかり起こって、ワクワクし続けて、エゴのことなんて忘れてしまいます。
「瞑想でいまここに戻ってもすぐにエゴに引き戻される」と思っている方も多いかもしれませんが、それは勘違いです。
エゴの引きつけの力よりも真の自己(覚醒した自己)へ引き戻される力のほうが、ものすごく、比べるまでもなく、圧倒的に強いのです。
だから、いまここ、この瞬間を楽しい自分でいるだけで、ものすごい力で本当の自分に戻されます。否応なしに。
そしてどんどん自分が見たい、体験したい素晴らしい喜びの現実が展開していきます。
そして、「エゴってなんだっけ?」状態になります。
Posted by フェアリー・メグ(白石めぐみ) at 2012年02月02日 11:05
エゴにまみれている学生です。震災後から?コクサイさんや、あべさんのブログ毎日読んでます。こうして毎日ブログ更新してくれると、嬉しく思います。今まで情報をインプットするだけだったのでこの機会に、あべさんを通じて感じたことを交え、エゴについてかたります。前置きに、間違っていると思うのでご容赦ください。僕が思うに、宇宙というか、全体というのか、そういった『存在』から全ての事象ができていて、生まれたときは純粋な存在であった。それらの違いをより明確に感じるようにすることで、純粋だった存在がエゴをまとうようになる。つまり、人に限らず全ての存在は何かしらのエゴをまとっている。人についていえば、今までの経験だったり環境だったり、自分で意識しないうちに見聞きしたことも、エゴの要因になる。人以外の存在について言えば、性質の違い(木と鉄)を示す必要があり、エゴをまとった。エゴは、切っても切り離せないものではないか。
何かそうやって考えると、エゴを消したいというより、受け入れたいって思います。まとまらなくて、スミマセン。携帯から書き込んでいるので、このくらいにしますm(_ _)m
Posted by オキコパン at 2012年02月02日 11:09
エゴについて考えるとき、いつも想うのは「地図」と「地面」のことです。
身体(境界)がある以上
自他が生まれ、エゴ(自我)が生まれる。
エゴはそのレベル、物や身体やそれらに基づく社会のレベルではとても自然なもの。
身体における神経網や脳のようにまったく否定すべきものではないと思う。
でも、そのレベルは、たとえば地図のようなもの。
地図の下には地面がある。
地面には道も建物も、自他の区別もない。
意識が、地図にあるか、地面にあるかで、同じ現象でも、まったく違って見える(感じる?)だろう。
ただ、地面に気づいているとしても意識がある以上、相対的、断片的な世界から抜け出ているとは言えない。
本当(なんてものがあれば)は、地図と地面含めた全体が存在ということ。
残念ながら、そこには意識では辿り着けないと思いますが。
たぶん、そこにいたる道が意識のサーチライトをOFFにする?瞑想ということなのでしょうね。
Posted by しおてつ at 2012年02月02日 11:11
エゴをエゴと気づかずに長い間苦しかったです。
阿部さんに出会って、エゴは自分ではないってわかって少し楽になりました。エゴがまたやってるよって、笑って見れるようになったかな。
Posted by れいちゃん at 2012年02月02日 11:20
エゴの本質は distrust
根源の本質は trust
かな
Posted by くま at 2012年02月02日 11:21
自我は苦しみを生み出すものでしかないと思います。
楽しいことがあっても、それは一瞬で、苦しみのほうが多いと感じます。
自我を私だと思っているからそうなるのでしょう。
それはそれでいいと思っています、と言いたいところですが
なかなかそうも思えない。
ほんとうの自分を思い出さないと無理なのでしょう。
そういうふうに意識するのもどうかと思うし…
もう分かりません。ただ、苦しいだけです。
Posted by オカメ at 2012年02月02日 11:22
エゴによって苦しく感じているとしたら、それをそう感じているのは何なんでしょうか?やはりエゴですか?
Posted by ice at 2012年02月02日 11:25
最近なんですが
エゴ(自我)とは、もしかすると全体の1人の方(神?)の「治したい箇所」なのではないか?と思ってしまいました。
全体の「それ(エゴ)」を、それぞれに請負ってきたのが、われわれ神の末裔の人間なのではないか?と。
こんな風に思ったら、なんだかみ~んな「悲しいお役」に見えてきて、ほんとうは「したくない」「なりたくない」のに嫌なお役を「させられてる」ように見え、
相手の無意識のうちにも【したくないけど、せざる負えない悲しさ 】みたいなものが、なんとも痛ましく感じるようになりました。
「水が凍らざる負えなかった悲しみ」
こんな悲しみが、この世にはあるように感じました。
Posted by 聖子 at 2012年02月02日 11:28
エゴ・・・いわゆる自我ですよね?
自我の目覚めがなければ
他者への愛も語れないと思います。
自分を愛せないで どうして人を愛せるのでしょう。。
結局は自分も他人も同じ魂。
自我の確立、そして大きな愛、大我の愛にもゆけるのだと思います♪
Posted by みきこ at 2012年02月02日 11:28
阿部っちこんにちわ。
エゴちゃんは、いつ、どこから来たのかわからないけれど、
ずっと一緒にいるんだと思うと、いとおしくも思えます(・o・)
エゴちゃんがいるから二元性を理解できるし。。。
エゴちゃんのことを楽しむくらいで生きていけたらなあと思いま~す。(*^^)v
Posted by 大阪のお姉さん at 2012年02月02日 11:29
真我は自我(エゴ)を体験したかっただけ…
それだけなんでしょうね。
エゴはすごくよくできた乗り物みたいなものだ、と感じています。
でも、それに気付く前は、乗り物が自分だ、と思っていたので
コントロール不能ですた(笑)
真我と自我を統合するために、進んで行くのでしょうが
それが出来たら肉体は要らないですもんね(*^^)v
愛すべき自我ちゃん、です。(時々翻弄されつつ…)
Posted by オンプ♪ちゃん at 2012年02月02日 11:32
よく、「自我の確立」っていうでしょ。
発達心理学とか、学生のころに教わった・・・ほとんど忘れてるけど(^^;)
スピリチュアル的にいえば 分離意識のなかった子供が分離に気づく ってことですよね。
でも、それが人としての あたりまえな成長で、自我が確立するからこそ「一個の人間」として成長できるんだ、とかなんとか。教わった・・・ような気がする・・・((((;;^^)>
ああ、何が言いたいのかわからなくなった!
これも「自我」のなせるわざでしょうか。
まあ、私にとっての自我は
母から受け継いだもので、
いらないプライドと強いコンプレックスを形成してくれたもので、
そのおかげで すこしだけ 「愛」の体験を味わうことができました。
そういうものなのかな~ なんて思います。
(すみません、よくわからないですね)
Posted by くり at 2012年02月02日 11:33
先日、悶々と名乗った者です。今は、泥沼を抜けて、川の浅瀬にいます。w
子供の頃、大人を見ていて、人って生まれて、色々な事をそれぞれして、死ぬってだけなのに、何でこんなに大変そうなんだろうって思っていました。
そして、生きる理由も分かっていないのに、何で日常のどうでもいい事に、気を取られているんだろう?って思っていました。
でも実際、大人になってみて、うわー、結構しんどいと思っています。ドラマティックな世界に自分がとっぶりはまっている今日この頃です。
エゴによって苦しんでしんどいけど、それを味わいたいから、この人生ドラマをやっている、そんな気がしました。
泥沼の後の、スット抜ける感じって実は、結構病みつきなものなのかもしれないです。
なので、エゴってジェットコースターみたいなものな様に感じます。
Posted by 泥んこ祭り at 2012年02月02日 11:38
自我=言葉 ?
Posted by ピスタチオ at 2012年02月02日 11:43
エゴって何でしょう?
私は少し考えてから「裁く者」という言葉が浮かびました。
あらゆる状況に対して区別し裁く、そんな存在です。
それは独善的な判断に過ぎないのに「絶対正しい」とエゴは信じている。
私は「私(=エゴ)が勝手に思ってるだけじゃん。」と見破った瞬間、エゴは幻となり力を失いました。
それは一度きりの経験ではなく、その都度起こる気づきです。
生きてる限り、エゴがなくなるわけではないです。
ただ、それに振り回され続けることができなくなるだけ。
ん?何だかエゴの一面的な話になっている?
エゴって何?とここでもう一度考えたら「私」となりました。
そういえば、ここでは便宜上エゴという言葉を使ってますが、自分の中ではエゴのことも私と呼んでいます。
本当は小我とか大我とか、区別する必要ないんじゃないかと思いました( ̄▽ ̄)
Posted by kao at 2012年02月02日 11:49
人間本来の持つ全体性を妨げるもの。
Posted by たに at 2012年02月02日 11:50
お言葉にあまえましてとりとめなく
吉田兼好が 徒然草 にかいてるんですが
ともだちにするのによい人は
医者とかものをくれる人、であり
ともだちにしたくないのは
欲の深い人であると
これは一種の諧謔でしょうがこれを学習した当時は
いわば 自我、について考えさせられました
また、すぐ思い出すのはデカルトですよね
このひとのは、テツガクの言語としては完成された言い方だと思います
モーリス・ブランショが言語の種類を
哲学の言語ー政治の言語ーそれらが止揚された言語、といっているのですが、その哲学の言語といういみでおもしろいです
さらに、10か月になる孫を見ていて思ったのだけど
みんながコーヒーやお茶をのんでいると
自分の両手カップをもってくるのです
これなどは
飲み物ー自分ー飲み物
という流れで自我を認識してるのかなと
ちなみに私自身は
ものをもらうよりあげたほうが、
やさしくされるよりやさしくしたほうが
すきで、これが一番自分らしい自我です
いやいや、さすがですね
おかげ様ですこし整理できました
いつもお導きありがとうございます
寒さのなか皆様お大事に
Posted by たこちゃん at 2012年02月02日 11:53
本来かたちのない世界に顕現するためのツールだと思います。マスコミの是非論でもよくあるように、賛否はこの世界の性格上必ず発生します。
でも、マスコミはメディア(媒体)なのであって、特徴や境界を持ちますが、本来、善悪や好き嫌いで、その本質を論じるべきではありません。
私はエゴも同様にメディアなのだろうと思うようになりました。空間がなければ宇宙は確認ができないように、エゴという媒体がなければ私は私を確認できない。
さらに同様に「ことば」がありますが、ことばにはもう少し重大な秘密がありそうです。
Posted by 真魚 at 2012年02月02日 11:57
自我はヘドロみたいなもの。でもこのヘドロがないと今の世の中生きて生けない。かなしい😞
Posted by 傘小僧 at 2012年02月02日 11:58
自我は、自分が経験した(と思っている)状態なのかなと思います。
これをやったら褒められた=これをやるのはいい事=これを否定するのはいけない事と学びます。
逆も又同じです。
でもそれは、その時言った人の(親や教師)気まぐれだったり、都合のいい言葉だったかもしれません。
それとも、自分にとって都合のいいように聞いていたのかもしれません。
その積み重ねで自分の中の正義や悪が決まって、その正義(プライド)が傷つかないように、自分の中の正義を振りかざします。
それが自分はこういう人間なんだと思い込む自我な気がします。
Posted by 隊長 at 2012年02月02日 11:58
いつも楽しみに拝見させていただいております。感謝!
エゴとは人間一人一人が持つ思考や感情のことではないのだろうか?
いい事も悪い事もその時その時に、手放す事により無の境地に辿りつける
のかな?まさに、いまここですよね
Posted by cool-dad at 2012年02月02日 11:59
自分自身に他ならない。
そんな自我の今ここ、
こっちにもあっちにも
どうとでも成り得る
無限の宇宙をありのままに
無条件に存在することを、
一人一人が自由に委ねられている。
それぞれにとことん行動と内省を
繰り返し存分に自我を納得させる
経験を積み重ね、臨界点を超えた時、
進化が起こる。
そして、自我のままに振る舞うことを
皆が許容できる時代が明ける、
そんなエネルギーが流れているのを
実感している…
そんな自我の自分の感覚からでしか
モノは言えんのぅ~
言葉は、人それぞれにそれまでの
経験から学習した観念から出発した
自我イメージの表現の一部分。
情報のほんのちょっち。
今感じている真実、ホンマモノとは
自分にとっては人間の観念以上の
生命の根源、畏れ多い大いなる感覚。
それはこの時代にこの自我の自分に
生まれたからこそ、なのだと思っている。
誠実であろうとする程、
言葉にできなくなるジレンマ抱えつつ、
分かり合いたいのが人間~
だから、もし自分の事を伝えるには、
ただ会って、にっこり挨拶して
一杯のお茶を頂く時間を共有するだけ
でいいと思う。なんか、脱線した。
百人いたら百通りの自我あっていいな~
別々の経験をしたい枝葉末節な
アタシたちなんだもの~
きゃー時代の最先端~
Posted by etsu at 2012年02月02日 12:00
こんにちは。
私はなんだか、いつもありがとうさんと気が合いそうです♪(^v^)
(なれなれしくすいません)
自分が気持ちのいいように生きてていいのだけれど、怒っても迷惑かけても、人間だから仕方ないんですよね。
私の場合はですよ、怒るのも怒鳴るのも、大げんかするのも、苦悩する姿も、映画の主人公のように、言葉や行動や立ちふるまいやしぐさが粋で美しかったらいいと思っているんです(笑)
犯罪は美しくないからやりたくないのだけれども、
よく、女性の怒った顔がセクシーだ、なんて言う男性って居るじゃないですか(笑)
犬も猫も好きですが、
猫なんて、好き放題やってても可愛いがられるじゃないですか!
男性の場合はよく知りませんが、
女性のすてきなわがままは、まず自分がラクだし、人に貢献してると思ってるんですよ♪
(^v^)
Posted by “M” at 2012年02月02日 12:02
みなさまのコメントで、にこにこ顔になりました。
ありがとうございまーす^^
これもエゴ。
がんばってこれたのもエゴ。嫌われ者扱いしてごめん。
私も仲良くしたい。
Posted by みーた at 2012年02月02日 12:04
子供のころ(4~5さいくらい?)
夜、布団の中で、
私のことを「私」っていってるこの私(という意識)は
死んだら何処へ行くんだろう?
いつの日かひとりで何処かへ行かなきゃいけない日が来るの?
とか、宇宙ってどこまであるの?
とか、そんなことを考え始めたら怖くなって眠れなくなって
泣きながら親の寝室に行ったことを覚えています。
その頃、赤ちゃんだった妹が母の懐には寝てて
母に「何泣いてんの~」って笑って追い返され
子供心にショーック!だったな~。
思えばあれって初めての分離意識だったんでしょうかね。
Posted by ナツ at 2012年02月02日 12:04
阿部さんが自我について書いてくださるとのこと、とても楽しみです!
自我、、、強力な力で日々の私を支配しているのに、とらえどころのない何か・・・そんなふうに感じています。
以前は自我を排除したいとか、自我が消えてなくなった世界はどんななんだろう(素晴らしいのだろうなぁ)と思っていました。
でも最近、本当のところこの世に無駄なことは何ひとつないのではないか、と感じるようになりました。
そう思うようになってから自然に、この自我を慈しみながら共にこの人生を生きていけたらいいなぁ、という思いに変わってきました。
そしてまた、こう思ってるのも自我なんですよね、きっと。
考え出すと頭がこんがらかって、これも自我・・・
自我も大きな愛の一部だと、今の私は感じています。
Posted by hajimete at 2012年02月02日 12:17
エゴ=自然
連投しつれいしました。
Posted by みーた at 2012年02月02日 12:19
赤ん坊が、徐々に自我を形成していくように・・・
の自我(エゴ)の意味なら、
この物質世界で経験するための乗り物みたいなイメージでしょうか。
いろいろな種類の乗り物があるように、
人によって色々あるのだと思います。
その乗り物には感情、感覚という名の計器がついていて、
その計器からフィードバックを得ます。
でも、その計器は歪んでいることが多くて、
人は混乱する、みたいな。
その乗り物に乗って、どこに行くのか、
乗っている人は、よく分かってないのでしょうね。
どこに向かうかよりも、とりあえず動かすだけで精一杯、
みたいな感じでしょうか。
Posted by HinaHaruパパ at 2012年02月02日 12:20
エゴを中立に見ようとすればする程、苦しくなります。中立に見れる自分は人より上だとみたり、中立に見れない自分を価値のない存在だと思ったり、どっちにしても自分は特別だと言う意識があるんだと認めています。 この世界で肉体を持って生まれなければ学べない事がたくさんある、そうかもしれませんが…
正直そんなに価値のある体験なのか、むしろ完璧な存在である本当の私たちは何故、学ぶ必要もないほどの存在なのにこの世と言う幻想を見る事が出来ているのでしょう?少し前の私もこの世は学ぶ所だと思い善し悪の判断をしないようにと思っていました。最近は正直になり、何故に全ての存在は、ひとつであり完璧な愛である本質を一時的にしろ忘れる事にしたのか不思議です。この世を完璧に否定している自分がいます。この幻想を見ている自分自身が恐くてたまらなくもなります。
真実かこの世か選べるなら絶対に真実です。私がこの世にいる限り私の真実がこの世と言う事なのでしょうか?
Posted by さゆり at 2012年02月02日 12:21
エゴにふりまわされることにより他人や自分の生活を奪ったり脅かしたりしなければ何も問題ないのかと。
また、人間とはエゴと付き合いながら生きてゆく生き物ではないかと。( ^ ^ )/■
Posted by トロ at 2012年02月02日 12:22
エゴは、宇宙を超えるためのツールかなとも思います。
エゴによる個人たちの物語や感情は
宇宙の一部であるのと同時に
宇宙も神をも超えた何より確かな奇跡であり感動だと思います。
Posted by ゆうおう at 2012年02月02日 12:24
エゴは、この世を体験するためのプログラムなんだろうけど、
そして、それはよく"私"を苦しめる。
"私"は、苦しめられることをどこかでわかりながら、ついエゴに従ってしまう!←なんでだっ?!(プログラムだから???)
そして、うっかりエゴにどっぷり支配されてしまう。
もっと客観視できたら楽になるのかな。
Posted by さりー at 2012年02月02日 12:24
エゴは
この世を楽しむための
おもちゃ
Posted by はぴたん at 2012年02月02日 12:28
阿部さん、こんにちは。
エゴ(自我)は私達が生活する上でなくてはならないものだと思います。
こうして書き込みしているのもエゴ(自我)ですしね^-^
でも、そのエゴに振り回されているか、自分でエゴとして認めているかどうか、良きパートナーとして共に幸せに生きていけるかどうかで人生が変わってくるのでは、と思っています。
エゴちゃん、嫌なものは捨てて、仲良く一緒に幸せに生きていきましょうね!というのが私のスタンスです^-^
Posted by tomo at 2012年02月02日 12:31
エゴとは、
「今世のシナリオそのもの」なのかなぁとふと思いました。
全てのシナリオに反応する物というかなんというか…。
小樽在住さんが書かれてた
「エゴとはカーナビみたいなもの」と似てるような気がします。
Posted by Y at 2012年02月02日 12:32
自我に振り回されると言うが、
実は自我とは自分と他者との関係性の中にある。
しかも、かなり不透明に…
自我に振り回されて当然だらう。
自我とはある意味自分ではない…
とは、某精神分析家の言ひ。
自我の網の目の中へ分け入り、楽しめる人たちがここに沢山いるのかもしれない。
♪(*^ ・^)ノ⌒☆
Posted by ぽつねん at 2012年02月02日 12:35
人間という生物に与えられた特権(・ω・)
Posted by 花のフリーター(*´ω`*) at 2012年02月02日 12:37
みんなスゴいね
エゴは悪いものだと思ってました
認識変わりそうです
Posted by カナメ at 2012年02月02日 12:37
PCを持っていなくて携帯からは書き込みできないので、
今日はやっと借りたPCからたまたま書けました!
私が自我が邪魔だなあと思うのは、
とても純粋に感動して(と思って)、
好きで、他人とひとつになりたくてそのために
はじめたこと(絵画や物語の創作)も、
他人との比較で、自分のほうが優秀!と思って安心したがったり、
成果をあげて自分アゲしたいという気持ちがまじって、
するととたんにだめになって、出来もよくなくなるし、
はじめに作りたいと思ったいい気持ちも消えてなくなるし、
批評されるとへこんでやる気をくじかれたりするし、
とにかく純粋に創作しようとすることに邪魔と感じます。
小利口な臆病者であることと、それをさげすむ自分、
それも両方自我、ですかね
もっと単純なバカになりたいなあと思います。
いまここで自我とか、カルマとかいう言葉が中心に語られ出すと
理屈は私はおおざっぱなのでよく考えませんが、
なんだかこのブログを読むと気分が軽くなるかんじで
ときには泣きたいような気分で安心するので
それが良くて読ませてもらっています。
Posted by kiki at 2012年02月02日 12:42
エゴはありのままではないもの。
ありのままを歪めてみたり、離れたり、否定したり、価値を見出したりするもの。
Posted by 45 at 2012年02月02日 12:44
エゴ
ゲームでいうところのキャラクターってところでしょうか?
私の意識上では。
Posted by くらら at 2012年02月02日 12:46
我が肺は二個である。
自我とは愛である。
Posted by 舐め辰 at 2012年02月02日 12:49
自我とは、私の望みを叶えてくれる「魔法の杖」♪LOVEYOU♪
Posted by yu-ko k at 2012年02月02日 12:49
こんにちは!東京は天気いいです!!
エゴ=自我、自分で思ったことは、自分と言うものを認識するためのツール?だと思います。
自分と言うものを認識できて初めて、他人と言うものも認識できると思います。
他人が認識できて初めて、感謝や、愛、楽しいことなどの経験ができるようになると思います。
その反対の経験も伴いますが・・・。
それがこの二元性(相対性)の世界
いろいろな経験をするためには、(自分ではないもの)がないと比較対象がないので何も経験できないことになってしまいます。
なので、自我はこの世で自分を認識するためのツール(道具)?かな。
Posted by 田島 at 2012年02月02日 12:50
人間は神の分霊だといわれているが、この世界に手ぶらでやって来た人はいない。気が付くと、宿題を持たされている。
それがエゴだ。
精神世界の書棚には、この宿題を済ませて神から合格点をもらった人達の模範解答が載っているが、それを丸写しにして提出しても通用しないようだ。
この宿題は自分の力で取り組み、自分の言葉で著さなければならない。誰にも代わりにやってもらえず、教師もヒントを与えたり障害を指摘することしかできない。
誰もが普遍に到るオリジナルな道を歩んでいるのだろう。
Posted by ナラヤナ at 2012年02月02日 12:52
エゴ=自我=思考 って考えてます。けどちがうのかな・・・・
金ほしいってのもエゴだし
エゴ消えろって思うのもエゴだし、
わが子かわいい! 超大事にしたいって思うのもエゴだし
車が急発進とかしてきて、「わ、あぶない、よけろ」って判断するのもエゴかなと・・・
だからもうエゴしかないみたいな・・・
でもつまりこの世界で生きていくために必須なものかなと思ってます
だから、なくなるって感覚がわかんないんですよねえ・・・
瞑想はしてるんですけど、ぽやぽやすぐに浮かんでくるし
それ消したい、って思うのもその瞬間のエゴだし
うー、わかんないっす
Posted by ぽそり at 2012年02月02日 12:57
エゴはいけないものだとずっと決め付けていました。
だから何か事が起こりそれについて否定したり否定されたりするたびに
相手にも自分にも
それは間違ってる!
って全否定してました。
でも本当は間違いじゃなくエゴ(価値観)の違いなんだと思えるようになりました。
エゴ(存在価値)を否定し続けたら生きて行けなくなっちゃう気がします。
思うように行動する、やりたいようにやるにはどうしてもエゴ(意志)がついてまわります。
エゴ(主張)が強すぎても困ると思いますがエゴがなくてはボーっとしてるだけの腑抜けになっちゃう気がします…
んっ?腑抜けの時ってエゴが消えてるって事!?
あぁ…難しい(;^_^A
Posted by ゆき at 2012年02月02日 12:58
自我という言葉だけとると、他者と切り離しての自我という響きを
感じます。現世に生まれたばかりのときは、
まだ自分の世界なのだけれど、人生の中でいろいろな機会を経て、
世界の輪の中、生かされているわたし、に気づき、だんだん、
他者との境界線もなくなり「わたしはあなた」であり、
すべてであるという感覚になると、自我は現世に合わせた演技のように
見えてくる気がします。
エゴという言葉は、ネガティブな雰囲気も持っている言葉ですが
どうしても迷ったときに、
それはエゴ=小我(小さな愛)か、大我か(大きな愛)か、
というところで判断し、人生でその言葉が、ひとつの役割を
担っていくような気がします。
自我やエゴは、全体意識、神や愛の一部の感覚だと思いますが
ひとつであった感覚を忘れて、個意識として
現世を楽しむ(演じる?)には欠かせないものだと思います。
Posted by 茶摘 at 2012年02月02日 12:59
自分とは何か、何のために生まれ、存在しているのか…等
永遠の心の旅かな〜?
いろんな自分が在り、いろんな自我が存在する。自我のお陰で世界も広がるし、自分以外の全ての存在を相手に広く深く関わることもできる。
相手の自我を尊重できれば、こんなに楽しい交流はない。
交わろうが平行線を保とうがお互いの存在を大切にしたい。
Posted by るみりん at 2012年02月02日 13:00
いつも楽しく読ませて頂いております。
今日のブログを読んだ瞬間エゴ=記憶って思いました。
まあわよくわからないのですが今を生きたいです。
Posted by とも at 2012年02月02日 13:06
こんにちは!
思い出してみると、元々精神世界を学び始めたのは、突きつめるとエゴ・自我への嫌悪だったと思います。社会生活をしていると目にする他人を陥れたり、売ったり、媚びたり、目的達成の為に踏みつぶしたり。全部、自己保身や自己満足の為じゃないかと。故にエゴが悪いという構図でした。
聖人君子や清廉潔白であろうとしているわけではないのですが、今だに自分の中のエゴに過剰に反応するときがあります。多少学んだのにこれかよみたいに。それ自体がエゴなのかもしれませんが。
阿部さんの「あるがままの自分を認める」という教えにきっかけをもらいましたが、エゴは無くならないと知り、悪でもなく、正しく見れば認めることができ、協調していけるのかなと思います。
Posted by 多田 at 2012年02月02日 13:07
小学生に聞かれました。
自我(エゴ)ってな〜に?
あのね、本当に大切なものはね、無くなって初めてその大切さに気がつくんだよ。
家族、元気、お金、お友達、水、空気みたいにね。
顔を水につけて我慢してごらん。
顔を出した時、空気の大切さに気がつくよ。
自我(エゴ)もおんなじ。
僕たちは自我(エゴ)だから、
まだその大切さを知らないんだ。
自我(エゴ)が無くなった時、初めて自我(エゴ)の大切さに気がつくんだよ。
だから、
いまは自我(エゴ)ちゃんに、いつもありがとうって言ってあげようね。
Posted by 良★ at 2012年02月02日 13:09
悶々さん 改め 泥んこ祭り さん
すごくいい御名前ですねっ
よーし楽しそうだから
私も泥んこ祭りに参加させてもらいます
この野郎、私に泥を塗るつもりか!なんて〜言いますね(笑)でも、泥んこ祭りなので、泥んこで大丈夫ですよ
ところで、泥んこ って、すごく体にも心にも良いらしんです あっ、この部分が私の自我です なんか知ってるぞー!みたいな 事をついつい言ってしまうんです
渡る私はエゴばかり、でございますm(__)m
ヤッホー楽しかったです
泥んこ祭り さん ありがとう
また良かったら、泥んこで遊ばせてください
Posted by コネクター223 at 2012年02月02日 13:10
“M”さんは男性なのでしょうか。女性なのでしょうか。
男性の怒った顔もセクシーです(笑)男性のすてきなわがままも、きっとまず自分がラクで人に貢献してると思います。
エゴによる喜びって麻薬のようなものなのかなと。強い快楽?だけど長続きしない。ワンネスからの喜びってどんなものなのでしょう。
Posted by こたろう at 2012年02月02日 13:12
いつも気づきをありがとうございます。
エゴについてですが、自分はこうでなければいけないとか
なんでこの人は、同じ話を変えて何度伝えても、わからないのかなどと
思ってしまいます。
エゴが言っていると思い、話し方を変えたり、気持ちを変えたりしても何ともならず、これがエゴなんだな~と感じています。
ただ生きているだけでも幸せなのに…
お題と違ってしまっていたらすみません。
Posted by ゆう at 2012年02月02日 13:14
まだまだ自我と
結び付いてる時間が
ほとんどのようで…
でも感じるのは
自我があれやこれやと
批判したり、どうでもいい
ことを喚いた後での
不快感とゆうか違和感とゆうか
飽き飽きした感じがあります
こう思ってるのも
自我だとなると
うがーーーーーー!!
どしたえーねーん!
と思います(笑)
Posted by 未熟者 at 2012年02月02日 13:18
こんにちは^^
エゴって考えるほどわからなくなる気がします。
精神世界に興味を持って、エゴのことを考えて続けて10年以上たってしまいましたが、今もつい考えてしまいます。笑
これがエゴ。あれもエゴ。で、私はエゴ。なんだろう・・て。
気づくといつもエゴ、エゴ><
今は考えていることはほとんど全てエゴなんだろうな、て思いますね。
エゴから離れるのは難しいです。
それと今でも時々思い出すのですが、何年か前に友人に連れられて行った「いまここ塾」。
阿部さんが
中城村の災害があったその夜に、何も考えずにすぐ飛び出して災害にあった人たちのために行動していた。
という話がとても心に残っています。
エゴからではない行動というのもあるんだ。。という例を聞いてちょっと衝撃でした^^
Posted by みっち at 2012年02月02日 13:19
エゴは必要悪だと思う。
さなぎを守る繭も、その役割は、さなぎがさなぎである間のことだ。繭がそのことを忘れると、保護を与えていた筈のものが牢獄となってしまう。そして、実にそうなってしまっている。私たちはエゴを説得しなければならない。ありがとうの気持ちで説得しなければならない。
Posted by ナラヤナ at 2012年02月02日 13:20
「自我」は、言葉。
気に入らない、受け入れたくない自分自身の側面に対して貼るラベル。
Posted by 一粒 at 2012年02月02日 13:22
大いなるひとつの意識が
いろいろな感情を
味わい尽くすためのツール・・かな
Posted by カズ at 2012年02月02日 13:30
分離による幻想
私と私でないものの
関係性の中にしか
「私」を創り出せない
本来無根拠なもの
肉体の感覚と結びついて
死を恐れ永遠を求める
過去に囚われ
未来を夢想する
私という現実感の
文脈を生成し続ける
この世界に適応するための
意識モード…かな
Posted by 風 at 2012年02月02日 13:34
自我についてコメントを、という大変曖昧な言葉に対して
(阿部さんを非難しているわけじゃないですよ)
多くの人がてんでにそれぞれ何かを書いてる。
書けている。
それは阿部さんが言っていない問いを自分の中に感じて、
それに対応して自分の中の答えを書いたものだと思う。
それが自我、というものの一つの形なのかもしれない。
それはともかく、
私も私の自我で勝手に書かせて頂くと、
私にとって「自我」はやっぱり不要なもの、という気が今現在はしています。
また数ヶ月経てば違う意味合いを自我に感じるかもしれないけれども。
今の私にとって、「自我」は 「ないものを求める気持ち」であり、
自分は幸福になっちゃいけないんだ、と囁きかける声です。
だから不要です。
だけど、それはそういうもので、怒る必要はないものです。
ああ、そうなんだな、くらいで。
自我があったからこそ、自我を失くすためにいろんなことを学べて、
だから、
自我の問題がなかった幼児の時の方が良かった、とは思わない。
けれど同時に、だからと言って、自我万歳、とは思わない。
別にこの世に生まれて万歳、とは思わないし、生命万歳、とも
思わないから。
(死にたい、という意味じゃなくて)
そんなにこの世に生きることに大騒ぎする必要はないような気がします。
だから生まれてこなくても良かったし、だから学びがなくても良かったし、
だけどわざわざ死ぬことで生を否定するほどの価値もない、
そんな気がします。
要するに、
うーん、
ま、あんま「自我って何?」とか「自我の意味とは?!」とか
考えず、淡々と目の前の生を生きていればいいのかな、って気がしてます。
だけど、こんなこと書き込んでいる時点で、自我だらけですね。
Posted by まかろん at 2012年02月02日 13:38
どなたかも仰っていましたが、
ゲームのキャラクター、ないし
この世での役割を演じる者でしょうか。
今日もありがとうございます (^ー^)
Posted by TOMOKO at 2012年02月02日 13:44
はじめまして!
いつも拝読させて頂いております。
日々の記事の更新、有難うございます♪
さて自我についての個人的見解ですが、
『この三次元物理世界に於ける、肉体及び生命を維持する為のソフトウェア(プログラム)で、
感情のソフトウェア(プログラム)も常に連動している。』
と考えております。
さらに魂(真我)は、自我の奥深い場所に隠れており、
普段はアクセス出来ないようになっている・・・
という事ではないかナァ〜・・・
などと妄想しております。
(´ω`)
Posted by パピヨン at 2012年02月02日 14:08
どうにかして人生良くしようとするのが自我じゃないかな。
思い通りに行かないと落ち込んだり投げやりになる
のも上手くいかないことへの反発だし。
人生よくすることへの執着が自我なんじゃないかな。
その根底には今の自分、現状に不満があるから
自分を不完全だと思ってるのが自我ともいえるかも。
悟りって体験があると知っても
悟ろうとすると悟れないから悟ろうとしないようにしよう!
そうすれば悟れる(笑)
って結局いまの自分以上を求めちゃう。
Posted by Mr.フライドチキン at 2012年02月02日 14:09
今日のお題で久しぶりにコメントしてみたくなりました。
自我やエゴは自分と他人を分けたいもの。
それに完全に同一化してしてしまうと視野が狭くなって何も見えなくなってしまうもの。
全体が見えなくなってしまうもの。
だから、自分が自分がってなってしまって辛いものをもっと深くさせてしまうがんじからめにしてしまうような感じに思いました。
ちょっとエゴから離れてみると違う見解も閃くような。
的外れなこと言ってたらすいません。
ただ、最近そんな風に思いました。
自然に浮かび上がってくるのがエゴかなぁ。
エゴに振り回されなければもっと楽に楽しく生きていけるんではないかと思いました。
人間だからエゴとは切っても切れないものだと思いますが、ちょうど良い関係でいたいのがエゴかなぁ?
なんて考えてるのもエゴなんですけどね(笑)
Posted by ミリチャン☆♪ at 2012年02月02日 14:16
自我(エゴ)も無常なんだと思います。
見ている方も、見られている方も、常に変化していますし、
どちらもが主体であり、客体でもあります。
苦しみの中にあれば、朝起きると同時に苦しみが始まり、
楽しみの中にあれば、朝起きると同時に楽しみが始まります。
「楽しい時も今まであったはずなのに苦しみの方が多い人生だな。」とか、
「あぁ~楽しいなぁ~もっと続いてくれないかなぁ~。」とか思って、
それをコントロールしようとするのが自我(エゴ)ではないでしょうか。
自分が所有している「変わらないもの」だと思いがちですが、
そうではないようですね。
自我を落とせば、苦しみも客観的に見る事ができるようになって、
生きるのが楽になる。とか言って、悪者扱いされがちな自我(エゴ)ですけど、
本当は主体と客体の区別はないんだという事が理解できると自我(エゴ)は
成り立たなくなりますね。
・・・・・・と自分なりに思ってみましたが、
いまこの目の前の苦しみにどう向き合って行ったらいいのか・・・
・・・この壁を乗り越えたら、また新たな苦しみが来るんだろうな~。と
自我(エゴ)が申しております。
Posted by hiro-k at 2012年02月02日 14:20
「エゴ思う、ゆえにエゴあり」
シンプルに、この言葉にすべて含まれていると思います。
(我思うの哲学者って誰でしたっけ?名前忘れちゃった笑)
Posted by 巽一晃 at 2012年02月02日 14:26
いつもどうもありがとうございます。
エゴは肉体を守る守護神です。
Posted by メルモ at 2012年02月02日 14:34
エゴはわたしの小悪魔ちゃんです~
すぐ、わたしを振り回そうとする。
思ってることにツッコミいれてくる。
(┳◇┳)だーっ
少し距離を置けるようになるとなぁなぁとあやなせるようになるので振り回されない。
冷静になる練習に使える!(b^ー°)
でも時々やっちゃうんだよねぇ~
あはあはo(^∇^o)(o^∇^)o
Posted by あみ at 2012年02月02日 14:34
自我とは、水のようなものだと思います。
ある時は霧のように、優しく
ある時は洪水のように激しく
ある時は氷のように硬く
ある時は温泉のように温かく
蒸気が薄ければ、目に見えないように
姿を消したり現したり。。
でも、それを自我のようなものだと、
ラベルしているのは私であって
決して水自体が「私は自我」だなんて思っていないだるうな。
水が水であるように、
私は、ただ、私でありたいな。
Posted by そら at 2012年02月02日 14:35
みなさんのコメントを読ませていただきとても参考にさせていただきました。
私なりには、エゴもまた「ただ在るもの」で、それ以上でも以下でもないものと思います。
私たちが「ただひとつのすべて」に返るまでの間、いつも傍にいてくれるもの。
Posted by 心の旅人 at 2012年02月02日 14:39
ないものをねだるもの、過去、未来を思考するもの、悟った時悟ったと感じるためのものだと私のエゴは愚考します。
Posted by マイペース at 2012年02月02日 14:42
前に事故にあって、両足を怪我して動けなかった時、
「死にたい」とふと思ってしまいました。
そう思った後、
「治る怪我なのに、なんで死にたいなんて思ったんだろう」って思い、
それからはちょこっとでもいい気分になることを見るように過ごしていました。
その時に、動けない赤ちゃんのような自分を受け入れることができました。
そうしたら、自分には自分しかいないことがわかりました。
肩書き・年齢・世間からの目、色んな私の身体にまとわりついていたものが
剥がれ落ち、ただの自分になりました。
それの剥がれ落ちたものがエゴかなって。。
外からの刺激を受け入れると、
身体からエゴがエゴとしてカタチをつくり、身体のまわりにまとわりついて・・
それはときとして自分を守っているようにみせかける。
エゴは受け入れると、剥がれ落ちていくものかなぁぁ。
阿部さんのブログ、面白いですね♪
ではまた☆
Posted by いぬ at 2012年02月02日 14:42
あいふぉん阿部さん、みなさんこんにちは。
自我(エゴ)について
生まれてからずーっとこれに塗れているので分かりませんが、
iPhoneの機能やソフトみないなものかと思います。
使いこなせば大変便利でおもしろいが、うまく使えない場合は、大変不便
で、うっとうしくイライラのもとです。
Posted by ヒロぶー at 2012年02月02日 14:46
人に影響を与えるものかな。
それはよくも悪くも。
Posted by adamasu at 2012年02月02日 14:46
私にとっての自我とは
呪い。
私は冷静にそう分析してます。
催眠状態にいることに、気づかせない力を持っています。
Posted by 今帰仁のひでじ at 2012年02月02日 14:47
福岡市内は粉雪舞ってます^^
いま、部屋のアマリリスが大輪の花を咲かせています。
わたしは、霊的、精心的、物質的な意味あいも含めてとらえています。
「自我」・・・欲
「エゴ」・・・慾
自我の我の「戈」は欲という意味です。
上にハネるところは先祖という意味です。
先祖(ミネラル)の欲を充たしてあげると気分が収まります。
気分をコントロールしてくれます。
エゴの慾は欲に「心」という錯覚を盛った状態。
谷が埋まって平になっているにもかかわらず、「まだ充たされていない」という心の錯覚を盛り塩のように盛ってしまう。
先祖(ミネラル)のお節介な思考の働き(秘書)が、大いなる存在への信頼を無視して、ありとあらゆる不必要な「恐れ」を創造していきます。
Posted by アーサー at 2012年02月02日 14:51
ここへくると、みなさんの考え方にふれることができて
とても勉強になり刺激にもなりうれしくなっちゃいますね。。
エゴ。わたしがわたしであることを学び
わたしはわたしではなかったことを知るためにあるのかな…
なんて。そんなふうに最近思ったりしています。。
Posted by さちぽざ at 2012年02月02日 14:56
自我(エゴ)・・・
我欲、怒り、恐れ、抵抗、比較、優越感、誘惑、モヤモヤ・・・
あーでもない、こーでもないと
自分の本当の気持ちを試したり、揺さぶってみたりしちゃうモノかなぁ・・・。
自我(エゴ)はなくならないけど、、コレって自我(エゴ)=自分自身でもある
って気づけば(自己を客観的に見れれば)、その裏にある
本心、幸福、喜び、愛・・・??色々なことにも気づかせてくれる存在??
なのかななんて思います。。。
Posted by タルジャ at 2012年02月02日 15:03
たくさんある物語の中から、それぞれがその中の主人公(自我)になりきってる。
自我はキャラクターの設定ていうかんじがします。
Posted by しろくみゃたん at 2012年02月02日 15:07
こたろうさんへ。
女ですよ♪
たぶんね、
ここでは、ここにコメントされる方の賞賛や共感を書くことにして、自分と違うなって意見は、もうスルーすべきだと思いますよ。
そういうルールにしてみては?と提案です。
ワンネスがどう以前に、
私の意見もどうのという以前に、
ごく一般常識を取り入れることで、すべてのレベルアップができそうなんです♪
(^v^)
ほい。
ワンネスに通ずるエゴもあるんですよ♪
(^v^)
もう最後にしましょうよ♪
Posted by “M” at 2012年02月02日 15:13
阿部さん、沖縄はどうですか〜
昨日、本来の自分はエゴを統制する皇帝なのか と生意気なコメさせて貰ったのですが…
自我、エゴ、自己、「私」…
色んな言い方がありますね。私は「ヒト」の脳の作用の1つに過ぎないと思ってます。
神、この神は宇宙とか生命とか全智とか自然とか、そんな意味です…から与えられた賜物でもあると思うんですね。
そりゃあね、錯覚だってするだろうよ。でもそれもまた楽しなのでは?神からしたらね。そしたら神は意地悪だなんて言われるかもしれない。
でも意地悪も自然なんですよ。多分ね。この辺阿部さん達と立場は違うかも知れないです。
(少なくとも私の祖先から代々そういう思想を持ってきました。私は一理あると受け止めています。先人の教えの中にヒントになるものは沢山ある、と幼い頃から勘で感じてました。)
運命論で言ってしまえば、ヒトが二足歩行をし、道具や火を使う時から避けて通れない道と思っています。
エゴが争いを起こし、犯罪や略奪、不幸の根源だとして邪険に扱う人達にはいささか疑問です。エゴを無くせば悟るから幸せになりますよ、と言う思想すらにも。
では何故、人は哲学を生み出したんでしょう?人は何故文明を築いたのでしょう?人は何故芸術を生むのでしょう?
ヒトは何故進化したんでしょう?
宇宙人だの異世界だの高次(って私にはよく解らないんですが…)を持ち出して説明されても、その説明すらエゴが無ければ出来ない、理解出来ないものでしかないと思うんですね。
理解は出来るんです。だから否定はしない。そんな話も有りだよね、と。
しかし、そう思うのも私の脳の作用、エゴがあるからこそなんですね。
本来の自分、聖霊では理解してない…と思う。…いや何となくw
言いたい事は沢山ありますが、一旦切ります
Posted by ミサイルミー at 2012年02月02日 15:21
続き。
えっと、だからこのキャラ(今の自我)のお話を最後まで楽しもうと思います。
Posted by しろくみゃたん at 2012年02月02日 15:22
エゴ=舞台の役者?
いろんな私を演じている。
優しくみんなと一緒に笑い喜びあってる私
意地悪でわがままで人を傷つけては、泣かしてる私
どれも私(エゴ)
ちょっとだけ 客席から舞台を見てる時が、エゴから離れている私・・そう考えてるこれもエゴかな?(笑)
Posted by 五月 at 2012年02月02日 15:22
真我を目指す精神性が高まると、これは自我だって自分をいさめることがありますね。
最近、それもどうなんだろうって思っています。
真我が本来の私たちそのそもなんですから、目指すこと自体ナンセンスですね。
自我だらけのあるがままの自分を認めてあげることができれば、みんなもっと自由で楽しく生きていけそうな気がしてます。
天に委ねるって、そんなことのような気がします。(^^)
Posted by 由未 at 2012年02月02日 15:28
いつもありがとうございます☆
エゴについて私なりに解釈しているのは・・・
自我の本当の役割は「個を活かす」ためにあるのだと思います。
自我意識のままですと、エゴに振り回されますが、
本当の自分=真我(無条件の愛)であることを意識した上で、
自分の心のままに、やりたいことを行動に移すのであれば、
人間として真我を生きることになるのだと思います。
真我はあらゆる体験をしてみたいので、
ひとりひとり違う体験が出来るように
個々に自我意識を持たせたのだと思います。
だから人の数だけしたいことや得意なことがあると思いますし、
人の評価を気にせず、本当に自分がしたいことをしていくのが
全体への貢献になるのだと思います。
エゴに感謝して、存分に人生を謳歌しちゃえばいいのでは?と。
Posted by のんのん♪ at 2012年02月02日 15:38
“M” さんへ
ごめんなさい。何がおっしゃりたいのか全然わからないです…。
何か私の書いたことが、気に障ったのはわかるんですが…。
「男性はわからない」と書かれていたので、男性も同じだと思うと書いたのですが、失礼だったのでしょうか。
スルーしてください。
Posted by こたろう at 2012年02月02日 15:41
これは作文の課題の様で燃えますね!僕も早速書きたいと思います。
自我はポジティブでもネガティブでもない中立的な道具です。
作られた目的は「物理的な体験を通して、
『一つなるもの』の素晴らしさを浮き彫りにする事」です。
(『一つなるもの』とは、ありとあらゆる次元に渡る全ての宇宙そのもので、
そこには文字通り全てのものがありますから、
そのおかげで余りにも茫漠としているきらいがあるのです。
ですから浮き彫りは『一つなるもの』が自身を知りたいと思った時に
使える非常に便利な手法なのです。)
勿論浮き彫りという事ですから、陰の部分、即ちネガティブな部分を
どうしてもまず彫る必要がありました。それを可能にすべく、自我は
自分の作られた目的はおろか、何もかもを忘れる事にしました。
また忘れた事を彫り終わった後でちゃんと思い出す為に、
ハイアーマインドという高次の半身も残しておきました。
全てを忘れた自我は今や我こそが自分だと思っていますが、
それだけだと本当は半人前で、
実際には自我とハイアーマインドで以って一人前の人間個人なのです。
Posted by 相川 美晴 at 2012年02月02日 15:42
作られた目的が「物理的な体験を通して~」ですので、自我の機能は
物理世界、即ち現象界での体験を如何に生み出すかに特化しています。
まず複数の人間の視点を同時に持つような事はせず、
人間一人の視点だけに集中しました。即ち一人称だけを得ました。
また過去・現在・未来という順番から成る時間の概念を作成し、
起承転結、またはストーリーと呼ばれる深い体験を味わえるようにしました。
自我は味わっている事(現在)や味わった事(過去)を深く反芻したいので、
それを妨げないようハイアーマインドが未来というお膳立てを担当しました。
陰の部分を彫るべく、自我はありとあらゆる事を忘れましたから、
考え得る限りの様々なネガティブ行為に手を染めてきました。
自我は包丁と同じく、それ自体は全く中立な道具なのですが、
これまで料理を作るというよりは、人を刺してばかりいたので、
自我のイメージは完全に地に落ちてしまったようです(笑)
ですがこれまでの長い人類史を経て遂に陰彫りも終わりを迎えたので、
これからの自我は、ありとあらゆる事を思い出す段階に来ています。
ハイアーマインドという半身が居て『一つなるもの』と繋がっている事。
自分・時間・現象界といったものは、絶対的でも客観的でもなく、
あくまで目的の元に作られた「機能的な幻想」、平たく言えば夢で、
自我とハイアーマインドが調和した暁には自由の効く遊び場になる事。
等々…いやぁこれは書き始めたら止まらない!(笑)
阿部さんの明日の記事が楽しみです。
Posted by 相川 美晴 at 2012年02月02日 15:42
こんにちは!
オギャーと生まれて肺呼吸に変わった時から自我も生まれ。
お腹がすいた 寒い 暑い おむつが汚れたーと泣いても
気付いてくれるまで我慢 あきらめ・・
幼児期になって 駄目 危ない 早く・・としつけられ
隊長さんのコメントみたいに自我が創られていくのかなぁ。
Posted by mii at 2012年02月02日 15:49
自我って、本当の自分とは違って
この肉体を自分だと思って、他と境界線をつくっているもの。
いいも悪いもなくカメレオンの如く状況によって
いろんな変化をしていきます。
頭の中で「あ」と言い始めたら既に自我で、
これは仏教的には過去世の業。
アダムとイブの禁断の実を食べたことによってやはりこの自我の世界を生き抜き、自我から離れ、目覚めることが今私たちに課せられていると思います。
以前はこれが自分だと錯覚していましたが、今はこれを自我と見て自分と離して観察することによって、ありのままを受け取ることができるようになってきています。
Posted by 坐禅子 at 2012年02月02日 15:52
憎たらしいし、かわいいヤツです(笑)
Posted by サコロリ at 2012年02月02日 16:13
神を見た者はいない、と言いますね。
(そのときは、神の目で見ているから。)
エゴを見る者は誰なのでしょう?
エゴがエゴを見る???
わっかりませ〜ん。
ちなみに私のエゴのキャラクターは
「特別でありたい、でも普通でいたい」です。
その願いが少しでも叶うと
「普通でありたい、でも特別でいたい」となって
きりがありません。^^
Posted by ∑˚)))K at 2012年02月02日 16:13
今気づいたんだけどエゴって細胞分裂する!?
Posted by ちなつ at 2012年02月02日 16:23
みなさんすごいですね。
私はまだまだ、頭でわかってるけど。。って感じです。
阿部さんのブログを読んで
「りらっくす〜」って思ってると
「さぼってると、よいことは起こらないよ」って
「がんばってると」
「自我でがんばってもうまくいかないよ」って
罠にハマってマス。
Posted by きしめん at 2012年02月02日 16:32
続いてしまいますので、私のコメは認証しなくても良いです…はっきり言って万人向けの意見じゃないですしw むしろ有害だしww
誰かも先のコメントで仰られてましたが、優しいエゴと悪いエゴに別れて嫌になった、と。
気持ちが解ります。なんかね、言ってるわりには二元論的じゃね みたいな
私は悟りを目指さないとか突っ張ってますが、エゴを悪とするなら悟りなんか要らないという見地からなんですね。
たまに自我によって生かされてると感じる時があるんです。
それを否定するのは自分を否定する事。なべて宇宙全体を否定する事になるんです。
いや、宇宙を否定しても、まぁそれもありかな、確実なものなんて無いから、と思いますよ
これは多分、色んな文化に親しんできた私の感覚の問題かもしれません。
てか、色んな要素があってハッピーな自分がいる訳なんですw
スピ系の人の意見に一部同意出来ないのはそこなんですよね…
結局、私の妄想とあなたは言うけど、私からしたらあなたの妄想であり、それに付き合う事こそ私のエゴが仕掛けた罠でしかないのだ、と。内なる光の声に従った結果、そこになるんですよ。
たまにエゴの奴隷、とか言う人がいます。
奴隷になってるのは何?本当の自分がそうなってるって事 でも本当の自分、真我、ハイヤーセルフ、高次、ガイド、ソース、…呼び方は何でも構いませんが、それらって囚われないから真と言われるんではないの?じゃあ囚われて奴隷の私は何?エゴ?エゴがエゴを奴隷にしてるっつーなら別に悪い事でも何でもなくね 50:50で平等なんだから平和じゃね 何で悪いと言いきるの 不幸の元だと言い切るの
とか思って踏ん切りがつきません
エゴの奴隷は何なんだろう …目覚めたら解るかも知れないんですが…まだ理解出来ませんし、まだ理解する気もないですね
理解する事が全てなのかすらまだ解ってないですから
…あれ?あんまり意味が解らない文章だわ…うーん、何と言えばいいのか困りますなww
しかし阿部さんに伝えようとしてるのも私のエゴでありwww
なんだこりゃあ〜 (松田優作風に←)
まぁあれですよ、阿部さんと向「こっさん」禅師が言う、「オマエは既に悟っている…」(ケンシロウ風に)に救われた私がいると
だから座禅も瞑想も独学ながら続けていられる気がします。
それが無ければもうやってられなくて、続けてはいないですね
あれ 結局、阿部さんを持ち上げて終わりかよ (←私のエゴ突っ込み)
Posted by ミサイルミー at 2012年02月02日 16:34
エゴは無類の詐欺師なんだと思う。
商品がなくてもエゴは何だって商うことができるのだ。口八丁手八丁、エゴの言葉は空手形だ。
目覚めた人達はエゴのトリックを見破ったにちがいない。
Posted by ナラヤナ at 2012年02月02日 16:45
想念停止のまま、
ツールの思考を便利に使い人生軽やかです。(*^_^*)
こんな事書いているのは自我です。
Posted by eliya at 2012年02月02日 16:52
エゴ(自我)は、生き抜くために必要な手段だと思います。
1つの肉体に1つの自我。
生き抜くために、ありとあらゆる有利な展開を常に考える・・・と言う性質をもっていると思います。
そうでなければ、生きていけませんものね。
だから、エゴ(自我)によいも悪いもない・・・と思います。
ただ、エゴ(自我)は放っておくと、常に自分に有利な展開を期待するようになり、「・・・こんなはずじゃなかった。」「こうあるべきだ。」と手段ではなく目的になったりします。
これが、軋轢や葛藤となり、苦しみを生み出す原因になったりもするのだと思います。
エゴは、適当な所で軌道修正して手なずけていけばいいのかな・・・。
Posted by kaorin at 2012年02月02日 16:57
自分なりに、思っていることを、詩にしますと。
大空を バリバリ半分 破いてみたら、
向こう側に 新しい 僕。
バリバリに破いた本人も、 新しい僕も、 どっちも自我だと思います。
Posted by てつ at 2012年02月02日 17:09
エゴを簡単に理解できるドラマと言えば?
見た人も多いと思いますが、『冬のソナタ』ではないでしょうか。
何度見ても、また見たくなる面白さは、このドラマがある「真理」を描写しているからではないか?
それは「愛とエゴ」の事。
そんな風に感じて毎日見ています。
エゴは、人間である以上誰でも持ち合わせている、無くてはならない性質だけど、それを自覚・客観視することで「愛」という一段の高みに辿り着ける。
エゴは、個人で動くには都合がいいけど、他者との関係の中ではうまく働かない。それゆえ、人は成長するといずれ人間関係で苦しみ、七転八倒し、試行錯誤し、ついに自分のやり方へのこだわりに「降参」する。手放す。あきらめる。サレンダー、ですね。
そこで初めて、人は「愛」という一段の高みに上ることができ、エゴを客観視出来るようになる。
すると、宇宙の呼吸に合ってくるのか、色々な事がうまく回りだします。
・・・これを表現したドラマが「冬のソナタ」ではないでしょうか。
まだ見ていない方には是非お勧め!出来ればカットされていない、完全版を^^!
Posted by わたし at 2012年02月02日 17:18
エゴ!
シンクロ 今 テレビをつけたら ドラマで竹野内 豊さんが これってエゴなのかな~? て、 で医者役の 松田翔太さんが 自分さえよければいいという考えで…犯罪になるかもしれないんですよ 動機は妹の命を助けたいと言う思いから…
エゴって 利己主義 自分さえよければいいって考えからくるものではないでしょうか!自分さえ助かれば、自分さえ幸せになれば、と周りがみえない利己本位の考え方!と言うイメージしかありません
何が正しいか何が間違っているか 大乗的にはわからない! 何が善か悪かも もっと深い意味では分からない。
だとしたら 理屈をこねてるより、 美しいものを見て聴いて
美しいものをつくっていくことがなにより大切な事ではないかと思う。心もね
全ては善か悪かではなく美か醜かで決める
美か醜かで判断するととてもわかりやすいですよね
皆さん 理屈っぽさより 美を求める感性の生活をしましょう
Posted by エンジェル at 2012年02月02日 17:20
阿部さんこんばんは~
私が幼いころ父のネガティブな言動が多くて辟易していました。
少し大人になった私は父にも優しくなれて父のエゴにも優しくなれた気がする
エゴ・・・お姿をお見かけしたらお茶でも差し上げて「ふむふむ」と話を聞き
少しこちらの話で笑っていただき、お帰りの際は玄関までお見送りする。
そんな感じかな~笑
Posted by Jinn at 2012年02月02日 17:32
結果、地球に優しいのがエコ。
結果、地球に優しくないのがエゴ。(笑)
Posted by ソングランナー好調 at 2012年02月02日 17:41
エゴがまったく無ければ自分は今までの楽しいことも苦しいことも全部含めて貴重な人生を歩いてこれなかったような気がします。
Posted by まさるちゃん at 2012年02月02日 17:44
自我=エゴ とはおおざっぱな枠組みではあるとおもうのですが
自我がなければ自他を認識でき得ず、人間関係という関係性がなりたちません。よね?
人間劇場に出演するには肉体とともに自我を携えることが必須だったと。。
どなたかが書かれてましたが、わたしも大いなる意識が個を通して体験するための 個であることのためのプレゼント・ツールだと・・ そう感じています。
エゴに関しては、(たとえばこれを通常いわれているネガティブな意味からとらえてみると)影があるからこそ光を感知できるということに尽きるとおもいます。光がなければ影はできず それが相対の世界だという感じでしょうか
以上主観です
Posted by サーシャ at 2012年02月02日 17:55
阿部さん、書き忘れ付けたし失礼します
つまる所、阿部さんはエゴ、自我について漠然としていてすみませんが、と仰られてますが
私はそれこそ自明灯でいいと思います〜
私の意見はまぁ、ブードゥー的な見地でしかないしね…あはは
Posted by ミサイルミー at 2012年02月02日 18:00
エゴ・・・
最近、なんかつかれました。
みんなひとつなんでしょうが。
つながっているともいいますが。
エゴだらけ。
なんかむなしいです。
物があろうが、お金があろうが、家族がいようが。
なんか、自分の心が満たされません。
これっていったいなんなんでしょう?
これも、エゴ???
とにかく何もかもがいやでたまりません。
エゴエゴエゴ・・・
Posted by メイ at 2012年02月02日 18:03
はじめまして。
自我(エゴ)は
その時々で生まれ、消えていくもの。
実在しているわけでもなく
居座り続けているものでもない。
固定しているものでもない。
必要なもの。
だからといって、執着するものでもないし、できない。
なのでいまだに自我(エゴ)の正体が何なのかがさっぱりわかっていません。
Posted by Kaori at 2012年02月02日 18:11
自我かあぁ〜
なんか、いまいち、よく分からない
いつが自我が活発で、いつが「いまここ」状態にあるのか・・・
本からの影響が強すぎて、その「言葉」に囚われた感があるなぁ〜オイラは・・・
劇的な転換の瞬間が訪れるのかなぁ〜
ゆるりと生きていきましょかね
Posted by タイガ at 2012年02月02日 18:12
エゴがクローズアップされるのは、ふりまわされるエゴでしょうか…
欲望が強い自我
日常のご飯作ったり、周り関係なく自分の好きなこと(読書や音楽とか)を楽しくする自我が増えれば自我を意識しないような…
日常を笑って元気に生きてる長寿のおじいちゃんおばあちゃんって自我がどうのとか考えてないような気がします
かくゆう私もいまここになかなか立てず自我にふりまわされてます^ロ^;
これを鎮めるには、長寿の元気なおじいちゃんおばあちゃんみたいに笑って生きるライフスタイルにすることかなぁと最近思ってました
自我はなくなるものではないけど、日常で笑ってられたらいい自我でしょうか
難しいですね(これも自我ですね(笑))
Posted by 風 at 2012年02月02日 18:13
今日はさむいです!
エゴがあるから個人の識別ができて
なかったら、個人がなくなると
私のエゴは思ってます。
個人なんてほんとはなくて
一つ一つはこの仕組みのおかげで
独立してみえるけど
遠くからみたらたった一枚の絵のような。
しかもとびきりきれいな。
Posted by やまめ at 2012年02月02日 18:18
ナラヤナさん
>エゴは無類の詐欺師なんだと思う。
同感です!しっくりします^^
Posted by アーサー at 2012年02月02日 18:24
自我とは単なる言葉で文字記号が並んでる何でもないもの
全てはひとつ
森羅万象の全てが自分
自我は私であり私は自我
あなたは私であり私はあなたである
なので
ありのままの今の本当の自分を生きるのである。
Posted by 優 at 2012年02月02日 18:26
あ~今苦手だなって相手から手を差しのべられても、
その手を素直に取りたくない。それがエゴ。(=自我?)
ここ数日、ちょ~やなやつになっています。
と認識するのも、エゴ。
なんだかこう霊性のことを知ると
起こることもだんだん巧妙になってくる気がします。
今、エゴの中に入り込んでここから抜けられない!て思って
苦しんでいるけど、抜けようって思うのも、エゴ。
エゴはどこまでも続いていく・・・、
あ、そうか、抜けようとかしなければいいんだ!!
そのまんまいさせてあげればいいんだ!!!
ごきげんよう、エゴさん。自由にそこにいていいよ。^^
・・・エゴは存在を認めてもらうと、どうなるのでしょうか?
Posted by reirei at 2012年02月02日 18:29
クリシュナムルティなら
自我=思考=時間
とか言うのでしょうね
宇宙大生命、大意識の
ごく一部でしかない
自我意識なのに
それが現実のすべてであると
顛倒妄想するところから
あらゆる現世の悲喜劇が始まる
自我を相対化し意識の場の中に
適切に位置づけることが
霊的行法、実践の目的の
一つなのでしょう
とまあ、自我で講釈垂れる
自家撞着に陥ってしまう
この閉じた円環から
どう抜け出すのか…
覚醒を望みながら
自我にしがみつき続ける
矛盾とどう付き合っていくんでしょう
自我がくたびれて
作動停止するまでかなあ
Posted by 一空 at 2012年02月02日 18:31
いつも楽しみにして拝見しています。
やはり、子どものことになると、特に将来のことに対して、いろいろと助言者になろうとしてしまいます。自分についてのことは、そう怒りにくく、熱くなりにくく、だいぶマシ⁈になりましたが(^_^;)
どうしても、一人の親として、将来をあれやこれやと想像しては、説教しています。
阿部さんは、お子さまに対して、何か特別な思いというか、どう接していらっしゃるのか、以前より時々考えることがあります。
Posted by エゴまま at 2012年02月02日 18:40
子供の成長を見ていたら。
自我の芽生えは、自分と他人が別だと理解すること。
全ての人間の進化の過程にあるのは、それらを(エゴ)使いこなし、
沢山の経験をさせるためなのかな。
使用方法ってあるのかもしれませんね♪(^-^)v
Posted by たけるのママ at 2012年02月02日 18:49
ice さんへ
>エゴによって苦しく感じているとしたら、それをそう感じているのは何なんでしょうか?やはりエゴですか?
私に質問してるのかなぁと思ったのでお答えします。
違ってたらごめんなさいね。
感じるとなると、真我かなぁ…
苦しい、辛いを何かのせいにしてるときは自我かなぁと思います。
それを、ただただ、感じるとなると自我とは違うような…
答えになってないかもしれませんが…^^;
Posted by オカメ at 2012年02月02日 18:53
エゴって…役柄なのかしら。
Posted by さっちん at 2012年02月02日 19:03
ぜ~んぶ エゴ。
Posted by hoho at 2012年02月02日 19:06
こうしてお題を出されて、
自分はこうだ!こう思う!
と、
張り切って自己主張したがっているのが、
「自我」だと思います。
Posted by 雪光(ゆきひかり) at 2012年02月02日 19:16
泥んこ祭り さま
昼間は、こちらのテンションで勝手にすすめてしまい失礼しましたm(__)m
私ね、なんだかハンドルネーム「泥んこ祭り」ってスゴいなーって、思って嬉しくてね〜
泥んこ って 水と土
祭り の 奉る 祀る まつるは、梅原猛さんいわく
「魔釣る」という意味合いがあり、
悶々とした思考を打破するパワーを感じたので
そして、様々な自我うごめく沼のなかから真白な蓮華が咲きますように(^人^)
私も、かくありたいと思います。ありがとうございました
Posted by コネクター223 at 2012年02月02日 19:18
我思うゆえに我あり
ということは
我思わざれば我なし
我を思うのは脳みそ
我思わざるは何
エゴと脳みそはグルか
Posted by Z at 2012年02月02日 19:26
Zさんへ
グルだと思う。
Posted by PANDA at 2012年02月02日 19:32
エゴによって自分の行動が規制されていると思い込んでいる事自体が問題なのかもね。
公園のベンチにて…
例えば昨日、自分が買ってきた大好きなケーキを何故か食べなかったのは
ダイエットしてるせいでもなくて修行しているせいでもなくて、
満腹だったからでもなくて、ただ単に食べなかったっていう事なんだと思う。
後になって「あの時食べておけばよかったなぁ」とか
「いやまて、食べると太るから食べなくて正解だった。」とかいろいろ思考を
巡らせてしまって、目の前で遊んでいる子供達の姿に気づいた瞬間に
ケーキについての思考が消えて思わず苦笑い。本当は目の前の風景を
意識的に見ているだけでいいような気がするな。
それがなかなかできないんだなこれが。
Posted by 空き地の土管 at 2012年02月02日 19:35
[自我]は一つとの分離、他との融合や分離を味わっている感覚かなぁ?毎度仕事中はオバサン軍団の節操のなさにゲンナリして…何とかならねぇかと毎日思っているが、いまここにある[何とかならねぇか?]の為にやっているんだなと思った。意外に金の為に働いてないね。此れはある意味価値判断を抜けば蜜の味だ。自我にとって。本題からズレますがアホと呼ばれても良いからやりたいことやるが自分を生きるでしょうね。支配的な蜜の味より旨いか不味いか?愛の味。
Posted by 蜜の味?愛の味?毒の味? at 2012年02月02日 19:51
エゴがなければ 悟りに出会う経験もない
でも出会った人は その後 エゴとの付き合い方がかわるのかな。、、
昨日の阿部さんの
「これはエゴだろうか」とは迷わない
という言葉が印象に残っています。
頭のおしゃべりは まったく消えてしまうのでしょうか。。。
ハート(想い)と行動が直接つながること
そこに あれこれとよけいな思考が入る事がない。
このなかに エゴってあるのかな。。。
「無」がほんとうのわたしたちなら、思考はエゴだけど、この正直な思いだってエゴですよね。
わたしを生きること
この言葉には 悟りがあり、エゴがあるってことになりますよね。
悟りとエゴって 切り離せないようなもの。。。の様な気がします。
Posted by pao at 2012年02月02日 19:58
エゴがなかったら、生物は生き残れないと思います。
でも、人類は、文明が発達して、生き残ることが第一ではなくなり、よりよく生きることを目指すようになったら、エゴが邪魔になったのだと思います。
宗教は、エゴを否定しますが、エゴがあることも、ないことも、両方とも大事だと思います。
宗教は、エゴを否定しますが、それは宗教以外のエゴがあるから否定できるので、本当にエゴなしにしたら、凡人は生きられないと思います。
Posted by いたる at 2012年02月02日 20:01
私の意見がポジティブで建設的な意味でひろがる日を願ってます!!
あ・り・が・と・う。
Posted by “M” at 2012年02月02日 20:10
エゴの奴!!
めんどくせー!!
何がやりたいの!!
なんてしょっちゅう思っていますが、奴がいないと何も体験でないしなぁ…なんて思いながら、コメント欄にどう書こうかと考えながら自転車に乗って家に帰っていると、変なおじさんに言いがかりをつけられました
その時、エゴがムクムク!!と出てきて、相手を攻撃しろ!!と言ってきました
だけど、また違うエゴが出てきて彼の心の虚しさに気付いて愛を送ってあげてと言ってきました
今日のあたしは後者を選択しました
エゴは、何だろ?
誰かもコメントしていましたが「相棒」が近い言葉かな…
あと、「選択肢」かな…
Posted by 地球クン at 2012年02月02日 20:10
人間
Posted by yag at 2012年02月02日 20:12
自分やみんな、世界にとっていいことならやればいい。
これはどうなんだろう?と迷うことでもよっぽど他人や自分や地球を傷つけることでなければやっちゃえばいいと思う。
この考えは自我?愛?とか考えてると本当にきりがないし、僕などはそれで体調を壊してしまいます。
本末転倒とはまさにこのことですね(笑)
Posted by 太郎 at 2012年02月02日 20:16
エゴは自分を知るために必要なのではと思います。赤ん坊が母親に抱かれる自分を鏡の中に見て、母と母の抱いている他者の存在を知ります。それが、自分であることを知り、「自己」として認めることで自己の同一性が得られ、他者と自分の区別を始めます。(ジャック・ラカン『鏡像段階』)この時エゴは目覚め、私たちは人生を通してエゴに使われたり、使ったり、飼いならしたりして、泣いたり、笑ったり、怒ったりしながら自分を知る修行をするのだと思います。
Posted by みほ at 2012年02月02日 20:26
自分ができないことを人に要求しないでください。
Posted by こたろう at 2012年02月02日 20:28
「自我の役割」
私たちは、根源(ソース・みなもと)より誕生し、進化してきました。
ほとんどの生命は無意識に活動し、それぞれの個体としての役割から、種としての役割、さらに宇宙生命体(ワンネス)としての全的役割を同時にこなしています(無意識に・自然に)。
人間もそのなかの一つの種として誕生しました。
私たち人間はこれまでの歴史の過程で、コミュニケーションの手段として言葉を創造しました。
おそらく、言葉の創造に関連して、記憶の能力も発達していったのではないでしょうか。
その後、私たちはさまざまなものを言葉に転換し、分類(記憶)していきました。
こうして言葉によってさまざまなものが説明できるようになりました。
自分の体験の説明の記憶(以下、自己意識)、これが自我の正体だと私は考えています。
私たち人間が言葉を創造して世界の説明を試みはじめたときから、私たちは、すでに宇宙から独立した自分という感覚に支配されており、この感覚を前提に対話を進めてきました。
自己意識には、他者から学んだことも含まれます。
こうして学んできた自己意識は、あるときから、私たちを支配しはじめます。
私たちはこうして、自己意識と同一化し、本当の自分である根源(みなもと・ソース)とのつながりを忘れて生きています。
自己意識に操られることは、本当の自分からの分離であるため、これが苦しみの原因になります。
けれどもこの苦しみがピークに達し、それにこらえ切れなくなると、私たちはそれまでしがみついていた自我を手放すしかない状況になります。
このときにそれに成功すると私たちは、自己意識が、たんなる思考であり、実体のない幻想であったことを理解します。
この理解が進むと、根源(みなもと・ソース)こそが本当の自分であり、この肉体とそれに属している(と思われる)部分(自我も含めて)は、その現れであったことを理解していきます。
さらに理解が進むと、やがてその根源が、この肉体とそれに属している(と思われる)部分(自我も含めて)を通して生きているという感覚を得ます。
私たちは、この肉体を通して、根源の役割を果たすために生きていることを思い出します。
ほとんどの生命が無意識に活動し、それぞれ個体としての役割から、種としての役割、さらに宇宙生命体(ワンネス)としての全的役割を(無意識に・自然に)同時にこなしているように・・・。
これまでは、自我の操作性がそれを邪魔していましたが、自我がこれを理解することによって、自我はこれ(あるがまま)に抵抗しなくなり、そこから、自我は根源の役割を達成するための本来の役割に戻ります。
私たちは、自分(自我)を通して、根源の役割のために生きています。
以上が、私の考えている自我です。
*本文中の「理解」とは頭で理解することではなく、体験的に理解されることを言っています。
Posted by やまがみてるお at 2012年02月02日 20:29
娘を育てながら
思います…。
赤ちゃんの時…
生まれてしばらくの間は
神々しささえ感じられましたが
二歳くらいから
自我が芽生え
四歳の今は
自と他を完全に区別しながら
色んな感情を日々学び
成長しております。
自我の世界で生きる事は
愛を知る為に
必要な事のように思いました。
Posted by まい at 2012年02月02日 20:33
自我がないと仙人のような生き方をしてしまうと思うので、
やはり自我は必要。
中道の精神で微妙なバランスを保ちながら、
神我と自我の間を行きつ戻りつすればいいのではないかと思う。
Posted by ねこ at 2012年02月02日 20:33
思考の源は脳そのものじゃないとおもうんだ。
よく、頭で考えるなって比喩して言うけどね。
Posted by みな at 2012年02月02日 20:36
阿部さん みなさま こんばんは(^^)
泥んこ祭りさん こんばんは(^^)
素敵なお名前~☆ 泥んこ祭りさんとコネクター223さんのコメント読んで、、うっふふ、あはは・・・楽しくって、おかしくって・・・(笑)(笑)(笑) 今もにっこり&にんまりです。
私も、コネクター223さんと同じように、泥沼から浅瀬に乗り上げた泥んこ祭りさんの力強い意志&パワー、、感じます!スゴ~イ! 良かったですね~☆ 私も「「真っ白い画用紙」に思いっきり泥んこ塗ってみます!(^^)
泥んこ祭りさん ありがとうございます☆ コネクター223さん ありがとうございます☆
「自我」とか「悟り」とか、深く考えたことがないですが、、、もしかしたら、「自我」は泥んこのようなものかもしれませんね・・・泥んこが剥がれ落ちた時に垣間見える「笑顔の素顔」=「人間の正体・愛」だと思いますから・・・
互いに泥を塗ったり、塗られたりしながら(笑)成長を志向する意志、、いいも悪いもなく、ただただ成長したい!と、望む意志・・・
う~ん・・・よくわかりません。。。降参で~す。。。(^ー^)
今夜も冷え込むようですね~・・・・
みなさま ご自愛くださませ☆
いつもありがとうございます。 (^^)
Posted by しいちゃん at 2012年02月02日 20:37
海洋さんに一票。
エゴ=自分 です。
「邪険にせず、認めよう」と今は思っています。(エゴが?)
Posted by はち at 2012年02月02日 20:38
エゴってなんだろうか。
客観的に観察して分かることは・・
・表に出たり、気づくといなくなってたりするもの
・エゴが原因で争いが起きる、摩擦が起きる、苦しみを生む
・よくわらかないけどエゴの苦しみを真正面から味わうと、人間的に広がりが得られる(意識が拡大、心が穏やかになる)
今にあることは、エゴと向き合うことだなと感じます。
Posted by iwasaki at 2012年02月02日 20:51
久しぶりにコメントします。
エゴですか。なんかカッコイイこと書いてやろう思ったんですけど、みんなの
コメンントを読んでいたら感心してばかりで、何も思いつきませんでした(笑)
でもすごく嬉しいんです。時代の変化を感じますね。
自分がよくやっている事は、エゴを眺める、です。
笑ったり怒ったりしている時にも、そんな自分を、ただ眺めるんです。
そうするとエゴが慌てだすんです。心がザワザワ落ち着かなくなってきます。
「オイ、なにやっているんだよ!こっちに来い」
と言っているようです。
それでもエゴを眺め続けます。
そうすると何かを考えることが出来なくなってくるんです。
頭がしびれて、ぼーっとしてきます。
エゴって、自分が付き合い方を変えるとエゴも変わってくるんだなぁ、
と思っています。
エゴは命のうねり。エネルギーの流れ。
Posted by pen at 2012年02月02日 20:52
エゴ
あんまりかっこいい気づきはないけど
未だに付き合い方がわからない、理想主義なのに、怠けたがりなやーつ。
阿部さん、たくさん読むのがあって、今日はいっぱい頭つかいそうですね。
Posted by ゆうこ at 2012年02月02日 20:55
今日は、とても寒い。
湯たんぽを入れるつもりです。
いつも、良い悪いを判断しているのが自我
真我というか、ほんとの自分は判断をしないのかな?
すぐ判断する自分が出てきて困っています。
すべてを認めれば、いいのかな。
幸せの源は、全て自分にあるのですかね?
Posted by matasan at 2012年02月02日 20:58
エゴとは自己欺瞞。
幸せになりたいといいながら、不幸であり続け、苦しみたくないと言いながら苦しみを手放さない。
本当に正直になったら、消えるしかないもの。
Posted by 洋 at 2012年02月02日 21:00
エゴを例えれば、人差し指が「私は人差し指なんだ!」と主張するようなものでしょう。
確かに、人差し指は人差し指なんですけど、同時にそれは手という存在の一部でもあるのです。
また身体全体から見ても、指は身体の一部でもあるのです。
手や身体の働きを無視して、「私は人差し指であって、手や身体とは別個の存在であり、手や身体からは独立した存在だ!」と自分勝手な動きをしようとすれば、当然強烈なストレスが人差し指に掛って、下手すると人差し指自体が機能不全を起こしかねませんね。
エゴもまた、全体と一体の存在であり、エゴが全体から独立しようとすると、ストレスが掛り、機能不全を起こしてしまうでしょう。^^
Posted by 近藤 at 2012年02月02日 21:00
自分の出来る範囲を越えたのが、エゴだと思う。
Posted by みどり at 2012年02月02日 21:06
正直、わかりません!(;^_^A
なんとなく、本当は一つのものが、自分を知りたくて分離して、こんな一面もあったんだ!と気付くことかしらー?と。
一人一人が個別と思っていること、そしてその一人一人の考えかなぁ?と思いました。
時に自分や人を傷つけてしまったり、でも新たな自分に気付くために大事なものなのかなぁ。
Posted by うり at 2012年02月02日 21:21
エゴは直感を邪魔してると思うのです。もし自分が直感を得たければ、思考に振り回されないようにしなければならないし、エゴがそれを一生懸命邪魔してきますね!
直感が得た〜い!
これもエゴなんですよねえ。
まあ、無理なんですが、思考のパターンにはまらないよう頑張ります!心で考えるようにね!
Posted by フローラ at 2012年02月02日 21:24
自我と男性性 何か関係がありそうな気がします。この関係性に目覚めのヒントがありそうな気もします。
Posted by くまさん at 2012年02月02日 21:26
分離フィルター?
人の数だけ性能もちゃうような・・・
Posted by カカオ豆 at 2012年02月02日 21:30
こんばんわ~
自我・エゴで思い出したのですが。
脳機能科学分野の研究で、自由意志決定の0.35~8秒前に
脳から信号が送られている事が証明されているみたいです。
慶應義塾大学大学院 前野隆司教授
講義「システム生命論」の一部ですが↓を検索で見れます。
【意識は幻想か?―「私」の謎を解く受動意識仮説】
やはり、全ての事は既に決められれいて(決めてきて)
それを謳歌する為に自我があるのかな・・
このタイムラグは、自我と阿部さんの言われる「いまここ」で
一つにできるのかなぁなんて、ふと思いました(笑)。
Posted by カシジャス at 2012年02月02日 21:43
はじめまして、いつもありがとうございます。
自我は人生を創造するのに必要だと思っています。
Posted by くろ at 2012年02月02日 21:47
エゴ=煩悩それ自体。この私=エゴ=煩悩そのもの。一個の救いの無さ。煩悩即菩提。この即、色即空⇔空即色の即。起こることしか起こらないなかで、この起こりも起こる。それが自然法爾(じねんほうに)だと、私は思っています。
Posted by しくはっく at 2012年02月02日 21:53
自我って、怒ったり笑ったり、感情をむき出しにすること?
だけど、ポーカーフェイスを一切乱さないひとのそれも、自我?
阿部さんの過去記事を読んで
ありのままを受け入れて、毎日welcome!って気持ちで生きるようにしたら、いろんなことがスルスル享ようになって、すごく楽になりました…。
阿部さんありがとう!
Posted by ゆり at 2012年02月02日 21:56
いつもありがとうございます^^
最近、ちょっと考えてしまうことがあります。
例えば、明らかに『エゴ』というものが、自分に現れたとします。
(この場合は、あまり心地の良いものではない場合)
その時に、どっぷりとその感覚を味わうのか、
『エゴ』は、自分自身とは無関係のモノであると捉え、
一歩下がって、冷静(霊性ともいうかも)に、見つめる方が良いのか、
と・・・。
阿部さんは、どう思われますか?
とんちんかんな質問だったら、すみません(^^ゞ
Posted by 石屋のおこ☆ at 2012年02月02日 21:58
『鬼』のいない『鬼ごっこ』という感じでしょうか?
自我は僕のストーカーで、僕は自我のストーカーだと思いました!
Posted by ゆーき at 2012年02月02日 22:00
なんだか、自我(エゴ)は、”おまけ”のような気がします。
メインは、そっちじゃないよ!みたいな。
Posted by よっす at 2012年02月02日 22:04
自我は、肉体と同じようにこの3次元世界で生きていく上でどうしても必要なものだと思います。
しかし、最近は、自我にだんだん振り回されなくなった自分を感じ始めています。カッカきたりしても、へこんだときも、あー自我が自我をやってると思うと落ち着きます。
そして、カッカきている自分、へこんでいる自分を落ち着かせようといろいろ言い聞かせる自分がいると、またあー自我が自我をやってるなあと思うようにします。すると、ずいぶん穏やかな気分になります。
自我があることは肉体があるようなもんだから、自我をなくそうとしたり、自我があることにこだわらないようにしようと思っています。
Posted by さばとら at 2012年02月02日 22:05
いつも楽しく拝見しています。
エゴはなぜあるのか?と考えてしまいます。
何か目的があってエゴがあるのかなと。
我々がみんなつながっていて一つであるということを、ある目的のためにあえて別々であるようにするために作られたものなのかなぁと。
でも、そう考えても、その目的が良く分かりません。
良く肉体、幽体、霊体とがあると言いますが、エゴは幽体と肉体に関係しているようにも思うのですが。
そう考えても、そもそも肉体や幽体をなぜ作る必要があったのか?
やはり目的が分かりません。
うーん。すみません。質問のような内容になってしまいました。
Posted by さとまん at 2012年02月02日 22:09
エゴは本来ツールであったんだけれど
ツールの範疇を超えてしまったものでしょうか。
Posted by こい at 2012年02月02日 22:10
自我(エゴ)について考えてみました…。
育児の本などを見ますと、赤ちゃんは何ヵ月で段々、自我が芽生えて来ます〜などと表現されますけど、そこから考えると、産まれたばかりの赤ちゃんはいわゆるワンネス状態な訳ですね。で、段々他人との境界がハッキリして来る。そこから自分で何とか生きて行かなければ〜と気づき、知恵、思考が育まれる。従って、その知恵とか思考が自我かと思います。
私たちは色々な出来事に出会いますが、どう感じ受け止めるかは全くの自由であって幸せに感じても嫌な気分になっても自由。
自分でもってコントロールしなきゃならないんだけど、自己犠牲的なことになると自我くんがイヤイヤをする。
思考中の生存本能優先担当がエゴちゃんなのかなと思います。
Posted by 乙女 at 2012年02月02日 22:10
エゴがテーマだと
盛り上がりますねー
もう200位のコメントが
関心の高さがうかがえます
エゴを否定も抑圧もせず
程よく活用できたなら…
Posted by 転々 at 2012年02月02日 22:17
『我、もの思うとき、まさにエゴなり』
なんて、言葉が浮かんできました!
Posted by ポワンコ at 2012年02月02日 22:20
「これが私。」
なんて、「思いこんでいる私」を自分だと思いこんで生きてました。
「私は○○だ。」
と、「信じこんでいる私」を自分だと思いこんで生きていました。
そんな、思いこみ、信じこみを、
思いこんでる自分が
「思いこんでる私」「信じこんでる私」に気づいて、
それを見抜いて、
そして、思いこんでいる自分からも自由になることが、
新しいはじまり。
なんて感じてます。
すべての「思いこみ」とか「信じこみ」が自我なのかな?
Posted by 自我のこと。 at 2012年02月02日 22:24
「私」は「神」で
「私」は「大丈夫」なら
なんで「自我」はあるんですかね。
なんで右往左往、上がったり下がったりするんですかね。
なんで「自我」を体験する必要があるんですかね。
今でこそまぁ平和ですが、今までの歴史なんだったんですかね。
自我から発するルールだらけの歴史。
ありえないような理不尽の数々。
自己鍛錬(簡単に言って)にしてはおふざけが過ぎるような気もしてきました。この夢は。
自我社会で生まれて、自我社会で育つのに
自我以外を「気づく」て...まぁ大変ですよね!
なんでいまここにいるんですかね。
そもそも全然次元が違って対比させることも出来ないものなのかな。
Posted by ☆ at 2012年02月02日 22:37
すごいコメントの数で、コメントパクっちゃいますと祭りっすな~!(*^_^*)
阿部さん大変だ~。全部読めますかね~。
な~んて事を書いたのも!
僕は、カッコいい事を言いたいからさ!認めてよ!
みんながギャフンというような事を書きたいからさ!凄いだろ?
でしょ?オレは凄いでしょ~!
って感じでウズウズしてる。こんな出番を待ってたのだ!
・・・でも、何もない。アハハの歯。
呼んでないのに出てくる「オレオレ!」
「オレ」は騒いでないと、消えちゃう気がする。
騒ぐ事で存在できてるんだもん。
あんたがこの騒ぎに気付いてなければ、
これが普通だと思ってるなら、
オレは安泰。
でも、今が「騒ぎ」って気付かれたらヤベーぜ。
そもそも、おいらはあんたを守ろうとしているんだぜ?
だから、むげに扱わないでしんちゃんクレヨ~ン!
オレは、悪い事してるつもりないんだけどな・・・結果おいらは悪者か・・・悲しいな、サッチャー。
・・・帽子、じゃなくてハット気付いた!
あたしゃ何を書いたのでしょうか(^_^;)
文字を使って、近代美術的なものをかきたくなった。なーんちてー。
僕はある魚の絵を書くのが得意でして・・・はい、やめておきます・・・
Posted by ジョン・檸檬 at 2012年02月02日 22:53
過去の経験から自分の中にある不安や恐怖をなんとかして無くそうと行動してしまうことかなと思います。
Posted by ラーメン at 2012年02月02日 22:53
こんばんは。
わたしも参加させていただきます。
かつて、自我の渦で溺れかけた時期がありました。複雑な恋愛に四年間はまり込み、自分を過小評価したり過大評価したり、自分を哀れんだり、気持ちも荒れ気味な日々でした。
でもその四年間が過ぎたあたり、何か憑き物がとれたようにハートに光が差してきて、一人旅やスピリチュアルな本を通して心の静寂をえるようになりました。あの時期がなかったら今の私はいません。
いまは自我タイムと【いまここ】タイムがほどよいバランスな気がします。
これから私たちはどんなバランスで生きていくようになるのか‥とても気になるところです。
なんだか楽しみですね♪
ありがとうございました。
Posted by ☆AGAVE☆ at 2012年02月02日 22:54
人生を自分でコントロールしようする存在だと思いました。
幸せになる方法、悟る方法、を求める存在
方法なんてなかったんだ、今、幸せで良かったんだ、悟ろうとしなくても良かったんだと気づいても、そうであろうと努力する存在
私たちは愛です
そして愛でいようと努力する存在
何もしなくてもいいのに、しようとする存在
生きてる限り、決していなくなることはない、仲良くしたいです。
Posted by てくてく at 2012年02月02日 22:55
エゴは、お役だと思います。
以前、おもしろいたとえ話を聞きました。
舞台を見ていて、その舞台上で、危険な場面になった時、
「あぶない!」と思って、夢中で舞台にかけ上がり、事態を回避しようとするひとって
いませんよねっていう話(笑)
たしかに、そんな愛すべき人がいたら、抱きしめたいですが、あまりいませんね。
ここまで書いて、思ったのですが、その観ている方が、本当の自分
で、神様だとしたら、きっと人間と同じように泣いたり笑ったり怒ったりしている
のでしょう。
この一回ぽっきりの人生。お役を生き切りたいです。
さて、どんなお役を生きようかな~♪ 時をかける少年がいいかな!(笑)
それにしても、この舞台は、途方もないもんですね!まったく!!!
ありがたい、ありがたい・・・時をかけるおじいちゃんになってしまた(笑)
Posted by れれれ♪ at 2012年02月02日 22:55
しいちゃん さん
見守っていて下さりありがとうございました(笑)
それでは、ご一緒に、あっ違う違う
しいちゃんさんの、白い画用紙の詩、素敵でした
悶々さん改め、泥んこ祭りさんにも気持ち伝わって良かったですね
詩っていいですよね
絵もいいですね
泥沼から蓮華
実はエピソードがあって…
私の友人のお母さんが亡くなって、家に住職が来て、家族と戒名を話しあっていて
隣の部屋から叔父さんが「戒名は決まったか?貧乏でもな、お金をつまにゃないかんで」という声が聞こえ、友人は、来たー!
と思っているとご住職が「院、居士は金じゃない」と、言われたそうです。
戒名に『蓮』の文字がつき、その理由が「蓮は泥っ泥っの所から美しい花を咲かす」からで、
泥っ泥メンバーに叔父さんも入ってるはずなのに、なぜか「良かったな!いい戒名もらって」と喜んで帰ったそうです。
叔父さんは悪い人ではないけど、とかく金の話をすると、友人は笑っていました
そんな事をぼんやり思い出していました
明日も寒いんですね
お心にかけて頂き、ありがとうございました
Posted by コネクター223 at 2012年02月02日 23:00
ジョン・檸檬さん
たしかに、もう「エゴ祭り」ですね(笑)
どんどん積み上がるコメントと
自由の求めるバベルのおもちゃと解く
その心は・・・?
「エゴブロック!」(笑) なんちゃって♪
Posted by れれれ♪ at 2012年02月02日 23:09
人生が怖いから、人生の替わりに思考を生きること。
Posted by かっぱ at 2012年02月02日 23:14
何かもうエゴとか悟りとか疲れてきちゃったんすけど...
わからなさ過ぎてギブアップですm(_ _)m これがエゴっすかね↓泣
Posted by pinole at 2012年02月02日 23:18
自分とは何かといえば「肉体とそれに付随する精神作用」というのが今の私の実感です。従って死んで肉体が消滅すれば、自動的に思考も感情も感覚も消滅して一巻の終わりという感じです。何よりもこのことを強く感じるのは、死んだ人とは話をすることができないという事実からです。
私には娘が4人、孫が7歳を頭に男の子が2人、女の子が2人います。もし今このうちの誰かが事故や病気などで亡くなったとしたら、それこそ心の中にぽっかりと大きな穴が空いたようになることでしょう。
真我は不滅だなどと言ってみても、亡くなった者とは第一、話をすることができません。一緒に遊んだり誕生日のお祝いをしたりすることもできないでしょうとエゴは愚痴りたくなりますね。
エゴとは肉体に本来備わっている自己保存の本能からくるのでしょうか。
Posted by てなんつ at 2012年02月02日 23:30
エゴって結局、「尺度」であって
語り合う「尺度」決めないとキリないような・・・
その新しい「尺度」を阿部さんが提案し、
その結果がこのブログの賛同の高さかと・・・^^?
Posted by 頓沈還 at 2012年02月02日 23:30
初めてコメントします。
エゴは最近の私のテーマになっています。
例えば自分の欲求が周囲を傷つけてしまうと分かっているとき、理想的な選択をしようが、自分の気持に正直になろうが、本当に幸せにはなれない。
エゴは色んなところから、少しづつかけらを寄せ集めて理想郷を作ろうと頑張るけれど、幸せを作ることはできない。
私の中では、そんなイメージです。
Posted by sol at 2012年02月02日 23:31
自我は判断するのが大好きですよね
自分自身や周りにいる人、環境、状態…あらゆる事に対してジャッジしてる…
そんな時は心が苦しくてもがいているし、体の不調としても現れてきますが、何も判断せずに、ただただ感謝に溢れ愛を受け取ってる時は、心が満たされ、体も楽になるんです。
行ったり来たり…
正直もう疲れて来ちゃったぁ
私は愛を選択したいな
Posted by ハイジ at 2012年02月02日 23:36
活性酸素みたい!全くないと困るけど、肥大すると、とっても苦しくなる。「悟りの授業」では確か黒斉さんが絵をかいて説明してましたが、自我がないと生まれてきた意味がないとおっしゃてましたよね!人間として生まれてきた以上修行するために必要なものなのだと思います。
Posted by ふみ at 2012年02月02日 23:47
エゴって私がつくった最高の私だと思う。
時々泣かされたり、怒らされたりするけど、大好きです。
Posted by ひろ at 2012年02月02日 23:52
今朝出勤のバスの中で、「そうだ、自我についての本を書いて、ベストセラーになったらスゴいぞ!」なんて、にんまりしながら構想を考えていたので、シンクロにびっくりです。
今まさに、自我を意識し、自我を語るタイミングになってきているんですね。
自我はやっかいもので、ちょっと油断すると、思考の連鎖に飲み込まれしまいます。
でも、ハッと気がついて、今さっきまで自我が何を考えていたかなぁ、なんて思い返すと、「結構自我も一生懸命考えているな、我ながら真面目なやつだな」なんて感心してます。
そんな風に、自我について観察している見方考え方も、自我なんだけど、意識はできている。
Posted by はっし~ at 2012年02月02日 23:56
阿部さん、いつもblog拝見させて戴いてます(^-^)
ありがとうございます
ただ感じて体験したい意識の
サポート役がエゴだったのに。
いつでも変更可能なのに、変えられないと思い込んでいるもの。
使用が困難だと思い込まされている(込んでいる)もの。
本来は体験を選ぶ・認識するツールなんだろうけど。
自分をがんじがらめに制限する事、人を裁く事、差別化する事などが成長肥大化しちゃった大人。
この世を味わい、体験する為に付加したもので
エゴがあるから選択創造という楽しみを感じ、多様性が生まれる。
漠然とですが、いまそんな風に感じています。
Posted by hinanagashi at 2012年02月02日 23:57
えーと、エゴについてですよね?
エゴ、って、あまり真面目に考えたことがありません。
魂とのバランスがとれていれば いいんじゃないかな、くらいにしか感じた事がないもので…
お恥ずかしい
けど、正直に書きましたよ(^-^)
Posted by まりん at 2012年02月02日 23:58
エゴって基本“求める”方向性で考えられるけど、あえてそれを“求めない”方向で考えてみると面白い。
求めないからノルマから開放される。
求めないから人間関係から開放される…
ま、結局“求めない”ことを求めてるんだけどね(笑)
Posted by ふしぎ at 2012年02月03日 00:00
いつもありがとうございます。
エゴとは思考。
いまのままでは、ダメだと考える思考。
不安に思う思考。怖れもそうかな。
世間一般に称賛されていることを自分も欲しがる心。
あれもこれもと獲得しようと欲望が、次々と膨大していく。
エゴが人生のほとんどをコントロールしていると、真我、やすらぎを味わえない。
欲望で満たされているのがエゴ。
誰もがおんなじ心を持つ。
私自身エゴのかたまり。
エゴを全て手放せるのには時間がかかるが、エゴからの囚われがなくなった
時、悟れるのかも。
悟っても、エゴは死ぬまで残り続けるものでしょうね。
Posted by nurse at 2012年02月03日 00:01
例えば周りのみんなに動いてもらっても
それは満たされなくて、
良いと悪いの真ん中で右往左往して
どこにも行きつけない感じのもの
Posted by haru at 2012年02月03日 00:05
自我にはずっとふりまわされっぱなし。
だってあれこれ沢山の情報や感情を拾ってくるんだもの。
Posted by ゆゆ at 2012年02月03日 00:10
エゴってどんなふうに定義していいものやら。
(単純にエゴ=欲望としたら)
とりあえずエゴvsエゴの対立がほとんどの問題の根源…。
人間は皆、独りでは生きられないのに、なんでエゴを抱えているのかな。
不思議です。
もしも、物理的にも精神的にも一人一人の欲望が満たされる世界だったら、エゴはなくなるのかな。
ん?じゃあ、独りでは生きられないから、エゴが生まれてくる?
Posted by 勘太郎 at 2012年02月03日 00:21
ひとつであった私達は
個を体験してみたい!!
という好奇心から
エゴを生み出しました
そして現実がまさにあるかのように体験したかったので
恐怖を思考と結びつけ、葛藤、羨望を生み出し
どんどん夢を深くしていきました。
その夢はとてもリアルで、まさか夢だなんて本人は思いません
そうやって
眠りこけることに大成功したのです。
Posted by Faith at 2012年02月03日 00:25
最近は選択するエゴが最後の突破口かなどとおもっていたところです。
何気に選んでいる時ではなく、これは選びたくないという時の選択です。
避けてもよいのか?受けてたつべきか?
考えている時点で、好き嫌いと別な損得勘定中~~
Posted by tara at 2012年02月03日 00:25
エゴ
最近、心の中のそいつが
現れてきたような気がします。
ずっと我慢?してきた自分がいて
他にも色々あり
心が迷っている今、
思い立って、そいつの言うまま
このくそ寒い時期に坊主にしました。
さらにタイミングで
1人暮らしをしようと思っています。
支離滅裂ですが
今日のいまここ さんの日記の
タイトルが見事に自分にマッチして驚くほど
違和感を感じています。
初めは京都で修行でもと考えましたが気持ちが弱く
お電話した職人さんには
近い内に断りの電話をいれます。
弱さ、強さとはいったいなにか。
僕自身 流れに身をまかせ
心のままに。
Posted by ナガイシ at 2012年02月03日 00:26
お題ありがとうございます。
こうして考えるのは楽しいですね。
今回はあえて他の方のコメントを見ずにコメントし、
後でみなさんのコメントもゆっくりとみたいと思います(*^_^*)
自我は、私です。
私とあなたと私が自我だと思っています。
そして、今私が見ているもの全てが自我であり、
この世界こそが、自我です。
逆に真我については、ワンネスと安らぎという言葉くらいしか出てこず
よく分かりません。
Posted by ひまわりママ at 2012年02月03日 00:36
いつもありがとうございます。
エゴは生きがい。
Posted by 清左衛門 at 2012年02月03日 00:43
こんばんは
エゴはワンコみたいだなと思います。
犬って飼い主を信頼してないと自分主導で状況を操ろうとし、外敵から自分と飼い主を守るためピリピリ。
実際は飼い主が犬を守ってるんですけどね(^_^;)
でも完全に信頼関係ができると有能なパートナーとなってくれますよね。
真我から見て自我はこんな感じなのかなってワンコたちと遊んでてふと思いました。
早く飼い主を信頼したいです…
Posted by コーディー at 2012年02月03日 01:29
浅瀬の海に漂っていればくっ付いてくる、
フジツボみたいなものですかね。
Posted by 喜由 at 2012年02月03日 01:31
幼稚園に入るか入らない頃、ものの見方が変わった瞬間をはっきり記憶しています。ある日いつものように近所の友達大勢で、外でおおはしゃぎして遊んでいました。ぎゃはぎゃは大笑いしていたその時、はっっっと思いついたのです。私は私以外の個体になることはできないのかな?と。はたと気づいたのはそれまではその場にいる友達なら誰でも合体したり、いれ替わったり、顔がとりかえっこできたような(コワ~)な記憶がぼんやりと残っていて、瞬時に、もう元に戻れないのかな!?とがっかりした気持ちや、何でこんなこと気づいちゃったんだろう、と後悔しました。今までは確か色んな人になれて、色んな顔だったのに…私ってずっと私?などと悲しくなったり、不安になったりしたのです。これは、自我の目覚めでしょうか?遠い記憶ながら鮮明で、自分と自分以外を感じ怖かったのです。ところで自我って説明がつくものなんでしょうか??大学の心理学で習ってもちんぷんかんぷんで、テストも散々でした。自我。自我。この不可解な言葉を自分のものにしたい~!!
Posted by 三びきのこぶたと大ぶた at 2012年02月03日 01:47
自我とは
「情報によって形成されている自分」
「生じて変化して滅する自分」
真我とは
「情報を超えて存在する本当の自分」
「生じもしない・変化もしない・滅しもしない本当の自分」
自我とは
「思考のおしゃべり」
真我とは
「思考のおしゃべりの背景にずっと変わらず存在している静寂」
自我とは
「思考の雲」
真我とは
「思考の雲の背景にずっと変わらず存在している大空」
ですかね(^^?
自我に対する執着が落ちれば落ちるほど
真我を自覚しやすくなりますね^^
Posted by 大空 at 2012年02月03日 02:09
はっしーさん
「今朝出勤のバスの中で、「そうだ、自我についての本を書いて、ベストセラーになったらスゴいぞ!」なんて、にんまりしながら構想を考えていたので、シンクロにびっくりです。」
エックハルト・トール氏がエゴについて書いた本「ニューアース」は
スーパーベストセラーになっていますよ。
「ニュー・アース 意識が変わる 世界が変わる 」
http://www.sunmark.co.jp/local-cgi/hpage/search1_isbn.cgi?isbn_cd=ISBN978-4-7631-9872-3
Posted by 大空 at 2012年02月03日 02:27
阿部さんがブログ記事で
「もしよければ、自我について、どんな観点からでもコメントをいただけたらと思います。」
と呼びかけることで、ブログ読者から230件を超えるコメントが寄せられ
阿部さんも、コメントした読者も、コメントを読んだ読者も
「自我とは何か?」
という考察が進みますね。
自我に対する理解が
自我を超えていて
自我を包含している
真我に対する理解へと進んでいくと思います。
集合智は
本当に素晴らしいですね^^
Posted by 大空 at 2012年02月03日 02:42
僕の場合は
自分自分自分という感覚を自我と理解しています
考えるということが何かについて考えるということですから
考えている間
考えている自分とその対象に分かれるわけです
これが自我の発生する理由だと思います
室内の安全な場所で
瞑想をして思考が静まり返った時
考える自分もなくなり自我も消えると言えると思います
Posted by 甲賀忍者 at 2012年02月03日 04:48
阿部さん、皆さん、今晩は。
自我(エゴ)について、い・ま・思っていることを書きます。
明日だと違ったことを書いているかもしれません!
ようやく毎朝瞑想を続けられるようになりました。
でも、しっくりこないんですよネェ~。
だって、僕の瞑想には静けさがナイッ!
瞑想していても、心の中がうるさいッ!!
自我(エゴ)がヤンチャなんです。
そして、自我(エゴ)はお喋り好きなんだ!!!
僕の心の前に自我(エゴ)がズーッと対坐していて、ずっとお喋りを続けているんです。
「瞑想なんか、うまくいかないよ!!」
「そういえば、瞑想は行為じゃなくて状態だって、阿部さん言っていたよ」
「瞑想しようと意識しなければいいんだよ!!!」
「いつになったら悟れるのかな?」
「悟ったら、僕はいなくなるよ!!!!」
(ところで阿部さん、これって、瞑想していると言えるのかな?)
思考がお喋りをしだすと、自我(エゴ)が現れるって感じ。
心がいろいろ考え出すと自我(エゴ)が正体を現すのかな?
「無我夢中」って、何も考えずに夢中になって何かをしているから、そのときは自我(エゴ)がなくなっているのかな。
「無心」というと、そのとき心は何も考えていないよね。
そして、それって理想の「瞑想」ですよね。
言葉を使って「ああじゃ、こうじゃ」と考えて、ウルサク喋っているのは自我(エゴ)ですよね。
言葉を使わずに、何も考えていないときに、自我(エゴ)は、少しは大人しくしていてくれるようです。
ポワンコさんのコメント!!!!!!!
『我、もの思うとき、まさにエゴなり』
なんて、言葉が浮かんできました!
……なんて、コメントが飛び込んできました!
すんなりと腑に落ちました!!!!!!!
僕がコメントを長々と書きましたが、この2行に僕の思いも集約されているようです。
「私」は「神」で
「私」は「大丈夫」なら
なんで「自我」はあるんですかね。
という、☆atさんのコメントには同感至極!!!!!!!
時間がなくて、まだ皆さんのコメントを全部しっかり読んでいないけど、
皆さんのコメントにいろいろと気づかせて頂きました。
ありがとうございます。
今回のメッセージは後日また、ゆっくりと読みたいですね。
Posted by 夢そわか at 2012年02月03日 05:18
孫悟空がその力を誇示して見せたのは仏の手の平だった。
Posted by ナラヤナ at 2012年02月03日 05:43
阿部さん、はじめまして。
自分がエゴから解放されているかどうか、それをチェックするには
「自分は正しい」と言う反応があるか否かがわかりやすいです。
平穏無事ならない人でも、理不尽と感じることに遭遇すると、「自分は正しい」に基づくマインドが大騒ぎして、そこから抜けられません。
また、人から褒められると満足し、軽く扱われたり、けなされると怒り狂う、落ち込む反応。
自分が苦しいのは、○○のせいである。
およそ
事実をありのままに体験できないことによって生じるもの。
ここを超えた後は、
幸せで、感謝や謙虚さが自然に身について離れません。無条件に愛することができるようになります。
以上 思いつくままに書きました。まだあると思います。
Posted by クララ at 2012年02月03日 05:56
エゴというものは、何かしら架空の存在のように思える。
真実とは折り合えない。嘘には嘘の支えがいる。突然、未来を取り払われたら、どれほどエゴがうろたえるものか。
ドストエフスキーの『死の家の記録』に若い彼が逮捕され、死刑を執行されそうになる場面があったと思う。
時間という虚構がなくてはエゴは息することもできない。
「今」という次元に不用意に遭遇させられたらエゴは大変なショックを受けるだろう。
二度と神の家には近づくまいと思うことだろう。
Posted by ナラヤナ at 2012年02月03日 06:35
自我についてどんな観点からでもいいからよければ書いてみてくださいという阿部さんの呼びかけに反応して集まられたみなさん
すばらしいとおもいます。ビバドンドン!!!
Posted by ん at 2012年02月03日 06:49
>僕の心の前に自我(エゴ)がズーッと対坐していて、ずっとお喋りを続けているんです。
>「瞑想なんか、うまくいかないよ!!」
>「そういえば、瞑想は行為じゃなくて状態だって、阿部さん言っていたよ」
>「瞑想しようと意識しなければいいんだよ!!!」
>「いつになったら悟れるのかな?」
>「悟ったら、僕はいなくなるよ!!!!」
これって、雲黒斎さんのおしゃべりに似ている。
Posted by 自我 at 2012年02月03日 07:14
ほとんどの人が、自分で考えた意見を述べておられて、すばらしいと思います。
最近のコメントは、どこかの誰かが書いたものを丸写しする人が減ったみたいですね。
自分で考えて出した結論は、たとえ誰の結論と一致しなくても、自分自身の宝ですからね。
Posted by 自我 at 2012年02月03日 07:18
エゴ祭りに参加いたしま〜す。
昨日、ノブさんの<もぐらたたき論>を読ませて戴いた時、思わず己の膝を叩いておりました。あぁ、自分と同じエゴ感覚の方がいるぅ!!! って。
ずっと<もぐら>は<私>でした。だから、自分がもぐらである事にも気づきませんでした。
もぐらから離れる視点をもった時から、私のもぐらたたきが始まりました。で、叩きながらある日気がついたんです。
私がもぐら目掛けてハンマーを振り下せば振り下すほど、もぐらは存在の色を濃くしていくことに。。。もぐらは強くなってるっ!!!
アホラシ…そう思ってハンマーを放り出し、眺めるだけの自分にしました。それが現在の状態です。
(それでも時々、ひょこっと顔を出したもぐちゃんに思わず体が反応してガツーン、なんてこともございます。)
眺めていると、放られたもぐらは次第に輪郭が曖昧になり、透明化していって、じきに周りの景色に溶けこんでなくなります。ほぉ。。。
そして次に気づいたことが…もぐちゃんが透明化すればするほど、眺めている自分も透明になっていってる。
もぐらと私は、同体ではないけれど、シンクロしているんだ。
で、今はそのシンクロ状態を楽しんでます。
(たまに、苦しんでます (⌒-⌒;) )
もぐちゃんも私も溶けてなくなる<いまここ>の到来、お茶しながら待ってるぜ!!!
Posted by あほらし at 2012年02月03日 07:51
みなさん
エゴには素晴らしいご意見ありますね^^
エゴには陽と陰があります。
陽=顕在意識=主観的
陰=潜在意識=客観的
自らを常に客観的に眺める
そこがエゴの克服。
愛に繋がる唯一の道
愛こそすべて
Posted by バシャール at 2012年02月03日 08:27
阿部さん ごめんなさい
相川さんの文章をずっと読み続けたいです
Posted by 白い犬 at 2012年02月03日 11:35
よくわからないんですけど、エゴ(自我)があるから、いろいろと感情が湧き出てくるのかな・・・と思っています
だから、それはそれで、いいのかな~・・・なんて
ほんと、漠然としていて恐縮ですが・・・(笑)
Posted by きすみれ at 2012年02月02日 09:34
いつもどうもありがとうごじます。
自我はこの世を経験するためになくてはならないもの。
仲間との分かち合いでも必要だしワンネスでは経験できないものを経験するのに必要かな。
Posted by 清左衛門 at 2012年02月02日 09:38
自我について最近感じるのは、”僕の事が大好き過ぎる存在””超有能な側近(王様である僕に仕事をさせないくらい甘やかす)””悪い奴っちゃないが、度が過ぎる”等デス。←とか僕に書かせているのも自我君ですよね(笑)
以上。v(^^)v(^^)
Posted by 古古米 at 2012年02月02日 09:40
おはようございます。
エゴはコントロールしたがりますね。良くも悪くも。
優しいエゴやスピリチュアルなエゴにいつも惑わされております。
それがいやになってスピリチュアルから離れたこともありました。
あるがままの自分になろうとするのもエゴですよね。
エゴって冗談みたいでおもしろい。
Posted by 愛されたいんだ at 2012年02月02日 09:41
自我は、この世で生きていく為に必要な物。
私たちは、自我と魂を合わせて1人の人。
自我によって苦しめられることも多いけど、自我がなければこの世では生きていけない。
自我があるから、魂への感謝が生まれる。
私は本当の感情は、魂から湧き出てくるように感じます。
魂はみんなで共有してるけど、自我は自分だけの物。
体も自分だけの物。
大事にしなければ…。
偉そうに書いてすいません。
私の意見でした…。
Posted by odemkum at 2012年02月02日 09:44
エゴがなければ
この幻想の世界を体験できない
究極のお笑い劇場
って
エゴがエゴを語る…ww
Posted by お餅 at 2012年02月02日 09:47
あべっちおはようございまーす。
自我を完全になくしちゃったら、この世の経験はできないかなーと思いました。
高次のマスターでも、おしゃかさんとか観音さんとかイエスさんとか、そういう性質の違う味わいとしての自我はあっていいのかなーと。ハイアーセルフって自分の中にあるそういういろんな要素なんだろうと思います。
ひとつのものの違った味わいみたいな。
そういうのってエゴとはちょっと違うんじゃないかなって。
言葉上でエゴと自我をあえて区別するとすれば、物語にまみれて無自覚に幻想を追い求め、今をみないで痛みを際限なく繰り返す作用と、
いまここを自覚して、それでもあえて自分なりの表現でありのままに溢れるものを表現していく作用かなと思います。
言葉の捉え方の違いですけど。
もっとみんなが阿部さんの言ってるようなことに気づいていったら、またその状況で、今の時代とは違って、自我という認識も変わってくるのかもしれませんよね。
今日はとてもいい日だな~
Posted by ss at 2012年02月02日 09:54
ずっと「エゴ」を「自分」だと思って、「エゴ」の言うことを信じて生きてきたけど、
最近になって、「自分」のためになっていないことに気づきました。
「エゴ」で「自分」を守っているつもりが、「エゴ」で「自分」の首を絞めていた。
しかも、「エゴ」を「エゴ」だとも気づいていなかった。
今でも、「エゴ」と「自分」を間違えているときがよくありますが…。
Posted by イギー at 2012年02月02日 09:59
自我は、「人間である」という実感だと思います。
Posted by 月 なみ at 2012年02月02日 10:00
エゴについてはエックハルトトールのNewEarthに詳しく書いてありますが、エゴはそれ自体良いとか悪いはなく、単にエゴだということ。
要はエゴを本当の自分自身だと思ってしまうところに不幸があり、エゴに気が付けば、そこにエゴとの距離ができ、エゴに振り回されなくなる。
エゴに意識の光を当てればエゴは消滅するっていうような事が書いてあります。
実践していけば、逆にエゴを上手に使って、楽しく生きられるような気がします。
Posted by kenchan at 2012年02月02日 10:00
相棒!
ですね☆
Posted by さすがのさすけ at 2012年02月02日 10:06
必要なのはエゴを見つめる光の軸です。
信じるということは、
あなたが神になる力ではありません。
それは、目の前に横たわる環境を、
あなたが変化させる力のことです。
その力は、フォースでなくパワーと
呼ばれています。
Posted by 天路 at 2012年02月02日 10:10
おはようございます。
エゴって・
私などは、変わってるのか、たぶん、風向きとか自然の流れにそってやってってるような気がします。
物欲も、今日欲しいものは今日買わないといやなんです。高価なものではなく、たとえば、かわいいグッズひとつでも。
買えばやさしい気持ちになります。
道を歩いてても、今はどうしても反対側を歩きたい、など。
当たり前のことなんでしょうが、気持ちがいいのです。
それに逆らうとキツクなります。(だから必然的に単独行動)
今書いてて、ウケを狙おうとすれば、苦しくなります。
人様のためになればいいかな~、と思えば、へんな言い方かもしれませんが、少しはマシですが、
やっぱりいやなんです。
(-"-)
Posted by “M” at 2012年02月02日 10:13
↑
阿部さんごめんなさい~。
阿部さんは自我=エゴとしての問いかけだったですね。。。
とんちんかんなコメ、削除してもらっていいですか?
おっちょこちょいなもんで。
Posted by ss at 2012年02月02日 10:15
エゴ…漠然とですが、カーナビみたいなものかなぁ。とか思っています。
Posted by 小樽在住 at 2012年02月02日 10:16
エゴ(自我) = 分離意識(個別に存在しているという感覚) = 幸せの探求 = 人生
結局エゴとは人生そのものだと思います。
幸せを探求している人生(覚醒に定着してない状態) = エゴ
幸せである状態 = 覚醒した人生
Posted by そらそらわん at 2012年02月02日 10:16
エゴ(自我) = 分離意識(個別に存在しているという感覚) = 幸せの探求 = 人生
結局エゴとは人生そのものだと思います。
幸せを探求している人生(覚醒に定着してない状態) = エゴ
幸せである状態 = 覚醒した人生
Posted by そらそらわん at 2012年02月02日 10:17
阿部さん、いつもありがとうございます。
エゴはこの世界を見るための視点、座標軸の様な気がします。
大海に突き出た岩。
Posted by ふろいで at 2012年02月02日 10:17
阿部さんからのエゴとは?の問いかけに、それらしい答えを探したり、賢そうな答えをしようとしたり、わからないと思ったり、こんな質問もう忘れようと囁いたりした挙げ句いまここにコメントをしているコレがエゴです。
エゴっていいもんです。
Posted by ちなつ at 2012年02月02日 10:24
ああ、これはエゴだなーって感じてるエゴがいて
そう感じてるエゴを観察しているエゴがいて
その観察しているエゴがいるんだなーって分析してるエゴがいて
分析してるエゴを見てるエゴがいて
その見てるエ・・・・
・・・・・・・・・・
って、どこまでも止まらないないから
「ああああーーーもう面毒さ!!!」
と言い放ったら何故か笑えた。
Posted by santouka at 2012年02月02日 10:25
少したとえが悪いかもしれませんが、
魚釣りをしているときの、
自分の体から釣竿、仕掛けの先っぽの針までの領域でしょうかね。
海は自分の思い通りにならないんだなぁと、
一匹も釣れない日に学ぶようなもんでしょうね。
「では釣りなぞせずに素潜りだ!」
波にもてあそばれ打ち上げられて振り出しに戻る…。
でもっていつ釣りをやめるかという。
Posted by IV at 2012年02月02日 10:26
仲良くしたいもの。笑
前は散々邪魔者扱いしてごめんなさい。
Posted by Kei at 2012年02月02日 10:27
エゴ、の言葉が何を指すのかが、ちょっと、むずかしいな~、
といつも思います。
その時々、
・エゴ
・思考
・自我
・意識
・カルマ
などが、微妙に混ざってしまう、ちょっと、
扱いにくい言葉のような気がしてしまいます。
今まで経験してきたことをもとに考えるならば、
行為 と 意識 と 自覚(?理由でもいいかも)は、
それぞれ全くの別物で、それぞれ単体ですでに、そのように展開されています。
意識より先に行為がすでに起きていて、一番後に、
行為の理由、というか、自分が~、という思考を伴った何かが活動しました。
行為→意識→思考
の順で、微妙な時間差を伴って体験しているのですが、
最後の思考は、まったく、でたらめ、っていうか、
単につじつま合わせをしている感じです。
起きていることと、過去の経験などのデータとの関連を、
もっともらしく作り上げちゃう感じです。
この、最後の思考が絡んでくるところが、
エゴとかに結びついてくるかな~?と思います。
Posted by プロセス進行中 at 2012年02月02日 10:28
エゴは必要なものです。
というより、必要なものでした。
エゴが持つ基本機能の『比較してジャッジする機能』は、
個体の維持と種族の存続に欠かせないものでした。
でもそれは、生理学的には、左脳全開で生きていく、ストレスの貯まる
ハードな生き方です。
ぼちぼちとエゴを超えた、右脳的な統合された生き方が
あることに気づき始めたのだと感じています。
生存にとってエゴは大切なモノです。
でも、エゴを大切にしながらも、それを超えて生きる自由もあっていいと
思います。
我を忘れて生きられる、そんな時代になるのかなと感じています。
ボーガ
Posted by ボーガ at 2012年02月02日 10:30
そらそらわんさんの説明は<なるほど>ですね。
悩んだり、迷ったり、困ったり、するのがエゴかも??
早く悟ることにより、エゴの割合を減らしたい・・・・
Posted by そうた at 2012年02月02日 10:30
自我がなければ とりあえず生活して生きてゆけないです。
空で居る時間は とても幸せですが何も出来ません。
Posted by じゅえるん at 2012年02月02日 10:34
自我は勝ちたい!
自我は何が問題なのか?考える
原因と見つけ、改善すれば問題が解決し、現在の苦しみから解放されると考えている
何が原因なのか?
どこを変えれば状況を変えられるのか?
決意すれば良いなら何をどう決意すれば良いのか?
決意や意思を維持し続けるにはどうすれば良いか?
自分に現れる現象と意思は、どちらが卵でどちらが鶏か?
なぜ自分はそう感じるのか?そう考えるのか?
目の前の相手の対応、考えは、自分の考えを変えると変わるのか?
気づけば良いというなら、何に気づけというのか?
何も変えなくて良いなら、苦しいままだし、生きていたって、死んでいたって同じ
早く死んで楽になりたい
死んでもこれが続くなら、死んだように生きるだけだ
と自我は考える
Posted by A at 2012年02月02日 10:35
よく「エゴの強い人」とか、「エゴだけで生きてるね」とか、今でも時々口に出ることがあるんですが、この使い方は間違ってますよね。
悟りに関する本を読むようになってから、エゴというのは単に肉体をもった自分のこと、何の何某という名前の自分のことだと思いました。
「なんだ、エゴってオレ自身のことなんだ」と思うようになり、逆に楽になったような気がします。
なぜかな?自分の欲望って、あまり重要なものじゃないと思えるようになったからかも知れません。
欲望に従うもよし、従わないもよしって感じでしょうか。
いつもわかりやすい言葉をありがとうございます。
Posted by ポト at 2012年02月02日 10:36
エゴちゃんはもぐらたたきのもぐらに似てるかな?
ひょこ!ピューって感じで出ては入っていく
最初は叩いてたけど、最近はそのピョコピョコをただ眺めてます
で、ゲームなんだからまた一緒に遊ぼうかな♪って感じになってきました
苦しむか楽しむかの違いかな(笑)
Posted by ノブ at 2012年02月02日 10:40
エゴはぼくだ。
確かに頑なに自身を守るために躍起になって、それが裏目に出たり、それで批判されたり、ある時は批判したりして、結局自分が辛くなったりもするけれど、それでも今日まで懸命になって生きてきた。
転んだってなんだって、泥まみれのようにして不器用に生きてきたじゃない。
それで時には大笑いして、一人で泣いてみたり。
昨日のエゴのブログ記事が頭から離れず、久しぶりに寝つきが悪かった。
コメント書き込んだんだけど、なぜかアップできず、みんなのコメント読ましていただいて、本人さんと思われるコメントを読ましてもらって、みんな一緒じゃん、まっいいかって・・。
でも昨日のブログのような出来事がもし自分の家族に起きたとしたらって考えたら、いてもたっても、いられなくなっちゃった。
間違いなく噛み付いてると思います。
吠えてると思います。
ペットならOKでもしそれが娘や息子だとしたら・・。
「あんた、そいつはエゴだよ」
なんて聖人気取りでしゃしゃり出てくる奴にもことごとく喰らい付いていくと思います。
例えそれがエゴの塊だったとしても、今まで自分を懸命に生きてきたのもエゴだ。
自分を裏切ることはできません。
そんな自分に家族ができたのもハッキリ言ってこいつのおかげです。
褒められたこともそう。
かけっこで一着になることができたのもこいつのおかげ。
好きな子にいたずらして怒られたのはこいつのせいだ(笑)
好きな子に告白できたのも、友達と意見の食い違いで殴り合いのケンカになったのも、その後、仲直りして一緒に家に帰ったのもそいつです。
何が言いたいと申しますと、ぼくはエゴそのもの。
だから悪者にされると泣けちゃうんだね(笑)
書きたいことが解らなくなったので、ここまでにします。
文句はございませんよね?
Posted by 海洋 at 2012年02月02日 10:41
阿部さん、お早うございます。
エゴって自覚できなければ、ワンネスも分からないのかな?と漠然と思います。
まだ、ワンネスの境地に達していない私が言うのもどうかと思いますが…。
ずーっと思って来たことなのですが、人って常に自分の都合で生きているんですよね。
だけど、自分の都合が他人の都合に合うとは限らない。
でも、他人が自分の都合に合わせてくれないと、失望したり、裏切られたと感じたり、怒ったり、恨んだり…。
でもどっちの都合が正しいのか悪いのかジャッジするのも、結局自分。だから、大抵は悪いのは他人になるんですよね。
自分の都合=エゴ
たまには、他人の都合になってみる、っていうのも必用かな?って思うのです。
まだまだ、修行の足りない私が思うエゴって、こんな感じです。
Posted by いつもありがとう at 2012年02月02日 10:47
最近エゴに振り回される事が多く疲れてます
私の気をそらせ、駄目な人間のように思わせ
愛する人をコントロールしようとしてしまう私の可愛いエゴ
人生が飽きないようにいろんな味付けをしてくれる
スパイスみたいなものなのでしょうか・・<(_ _*)> アリガトォ
Posted by ann at 2012年02月02日 10:47
エゴって良い面と悪い面があって、きっと悪い面が沢山でているのでは無いでしょうか。
そういう事を自分からやめたいと思っても、多くの人とかかわる世の中ですから、ここに集っている人のような純粋な人ばかりでも無いですから、自分がエゴ中心やめようとすると、スーパーの駐車場すら停められない(我先にって感じ)ので生きにくい世の中だと感じます。
いや、自分が変われば周囲でそういう人が減るの?
Posted by ももちゃん at 2012年02月02日 10:48
エゴとはコンピュータ上のプログラムのようなものだと思います。
自分の肉体に始まり、私の・・と付く全てに及ぶ危険を事前に察知して守るための自己保存プログラムのようなもの?
だからネガティブな事によく気持ちが貼り付くのかな~と。
だって守らなきゃならないからね?
何からだ?
Posted by restat at 2012年02月02日 10:51
月 なみ さんに一票。
生まれ、死ぬわたし。
Posted by みなも at 2012年02月02日 10:53
阿部さんこんにちは。
私もエゴについてずいぶんといろんなことを感じたり考えたり気づいたりしてきましたが、最近は「エゴってなんだっけ?」みたいな状態になってます。
真の自己、創造の神である自分の無限の力のすごさに焦点をあてていると、どんどんその力への引きつけがすごくなってきて、その力は元々、「歓喜、繁栄」の力なので、嬉しいことばかり起こって、ワクワクし続けて、エゴのことなんて忘れてしまいます。
「瞑想でいまここに戻ってもすぐにエゴに引き戻される」と思っている方も多いかもしれませんが、それは勘違いです。
エゴの引きつけの力よりも真の自己(覚醒した自己)へ引き戻される力のほうが、ものすごく、比べるまでもなく、圧倒的に強いのです。
だから、いまここ、この瞬間を楽しい自分でいるだけで、ものすごい力で本当の自分に戻されます。否応なしに。
そしてどんどん自分が見たい、体験したい素晴らしい喜びの現実が展開していきます。
そして、「エゴってなんだっけ?」状態になります。
Posted by フェアリー・メグ(白石めぐみ) at 2012年02月02日 11:05
エゴにまみれている学生です。震災後から?コクサイさんや、あべさんのブログ毎日読んでます。こうして毎日ブログ更新してくれると、嬉しく思います。今まで情報をインプットするだけだったのでこの機会に、あべさんを通じて感じたことを交え、エゴについてかたります。前置きに、間違っていると思うのでご容赦ください。僕が思うに、宇宙というか、全体というのか、そういった『存在』から全ての事象ができていて、生まれたときは純粋な存在であった。それらの違いをより明確に感じるようにすることで、純粋だった存在がエゴをまとうようになる。つまり、人に限らず全ての存在は何かしらのエゴをまとっている。人についていえば、今までの経験だったり環境だったり、自分で意識しないうちに見聞きしたことも、エゴの要因になる。人以外の存在について言えば、性質の違い(木と鉄)を示す必要があり、エゴをまとった。エゴは、切っても切り離せないものではないか。
何かそうやって考えると、エゴを消したいというより、受け入れたいって思います。まとまらなくて、スミマセン。携帯から書き込んでいるので、このくらいにしますm(_ _)m
Posted by オキコパン at 2012年02月02日 11:09
エゴについて考えるとき、いつも想うのは「地図」と「地面」のことです。
身体(境界)がある以上
自他が生まれ、エゴ(自我)が生まれる。
エゴはそのレベル、物や身体やそれらに基づく社会のレベルではとても自然なもの。
身体における神経網や脳のようにまったく否定すべきものではないと思う。
でも、そのレベルは、たとえば地図のようなもの。
地図の下には地面がある。
地面には道も建物も、自他の区別もない。
意識が、地図にあるか、地面にあるかで、同じ現象でも、まったく違って見える(感じる?)だろう。
ただ、地面に気づいているとしても意識がある以上、相対的、断片的な世界から抜け出ているとは言えない。
本当(なんてものがあれば)は、地図と地面含めた全体が存在ということ。
残念ながら、そこには意識では辿り着けないと思いますが。
たぶん、そこにいたる道が意識のサーチライトをOFFにする?瞑想ということなのでしょうね。
Posted by しおてつ at 2012年02月02日 11:11
エゴをエゴと気づかずに長い間苦しかったです。
阿部さんに出会って、エゴは自分ではないってわかって少し楽になりました。エゴがまたやってるよって、笑って見れるようになったかな。
Posted by れいちゃん at 2012年02月02日 11:20
エゴの本質は distrust
根源の本質は trust
かな
Posted by くま at 2012年02月02日 11:21
自我は苦しみを生み出すものでしかないと思います。
楽しいことがあっても、それは一瞬で、苦しみのほうが多いと感じます。
自我を私だと思っているからそうなるのでしょう。
それはそれでいいと思っています、と言いたいところですが
なかなかそうも思えない。
ほんとうの自分を思い出さないと無理なのでしょう。
そういうふうに意識するのもどうかと思うし…
もう分かりません。ただ、苦しいだけです。
Posted by オカメ at 2012年02月02日 11:22
エゴによって苦しく感じているとしたら、それをそう感じているのは何なんでしょうか?やはりエゴですか?
Posted by ice at 2012年02月02日 11:25
最近なんですが
エゴ(自我)とは、もしかすると全体の1人の方(神?)の「治したい箇所」なのではないか?と思ってしまいました。
全体の「それ(エゴ)」を、それぞれに請負ってきたのが、われわれ神の末裔の人間なのではないか?と。
こんな風に思ったら、なんだかみ~んな「悲しいお役」に見えてきて、ほんとうは「したくない」「なりたくない」のに嫌なお役を「させられてる」ように見え、
相手の無意識のうちにも【したくないけど、せざる負えない悲しさ 】みたいなものが、なんとも痛ましく感じるようになりました。
「水が凍らざる負えなかった悲しみ」
こんな悲しみが、この世にはあるように感じました。
Posted by 聖子 at 2012年02月02日 11:28
エゴ・・・いわゆる自我ですよね?
自我の目覚めがなければ
他者への愛も語れないと思います。
自分を愛せないで どうして人を愛せるのでしょう。。
結局は自分も他人も同じ魂。
自我の確立、そして大きな愛、大我の愛にもゆけるのだと思います♪
Posted by みきこ at 2012年02月02日 11:28
阿部っちこんにちわ。
エゴちゃんは、いつ、どこから来たのかわからないけれど、
ずっと一緒にいるんだと思うと、いとおしくも思えます(・o・)
エゴちゃんがいるから二元性を理解できるし。。。
エゴちゃんのことを楽しむくらいで生きていけたらなあと思いま~す。(*^^)v
Posted by 大阪のお姉さん at 2012年02月02日 11:29
真我は自我(エゴ)を体験したかっただけ…
それだけなんでしょうね。
エゴはすごくよくできた乗り物みたいなものだ、と感じています。
でも、それに気付く前は、乗り物が自分だ、と思っていたので
コントロール不能ですた(笑)
真我と自我を統合するために、進んで行くのでしょうが
それが出来たら肉体は要らないですもんね(*^^)v
愛すべき自我ちゃん、です。(時々翻弄されつつ…)
Posted by オンプ♪ちゃん at 2012年02月02日 11:32
よく、「自我の確立」っていうでしょ。
発達心理学とか、学生のころに教わった・・・ほとんど忘れてるけど(^^;)
スピリチュアル的にいえば 分離意識のなかった子供が分離に気づく ってことですよね。
でも、それが人としての あたりまえな成長で、自我が確立するからこそ「一個の人間」として成長できるんだ、とかなんとか。教わった・・・ような気がする・・・((((;;^^)>
ああ、何が言いたいのかわからなくなった!
これも「自我」のなせるわざでしょうか。
まあ、私にとっての自我は
母から受け継いだもので、
いらないプライドと強いコンプレックスを形成してくれたもので、
そのおかげで すこしだけ 「愛」の体験を味わうことができました。
そういうものなのかな~ なんて思います。
(すみません、よくわからないですね)
Posted by くり at 2012年02月02日 11:33
先日、悶々と名乗った者です。今は、泥沼を抜けて、川の浅瀬にいます。w
子供の頃、大人を見ていて、人って生まれて、色々な事をそれぞれして、死ぬってだけなのに、何でこんなに大変そうなんだろうって思っていました。
そして、生きる理由も分かっていないのに、何で日常のどうでもいい事に、気を取られているんだろう?って思っていました。
でも実際、大人になってみて、うわー、結構しんどいと思っています。ドラマティックな世界に自分がとっぶりはまっている今日この頃です。
エゴによって苦しんでしんどいけど、それを味わいたいから、この人生ドラマをやっている、そんな気がしました。
泥沼の後の、スット抜ける感じって実は、結構病みつきなものなのかもしれないです。
なので、エゴってジェットコースターみたいなものな様に感じます。
Posted by 泥んこ祭り at 2012年02月02日 11:38
自我=言葉 ?
Posted by ピスタチオ at 2012年02月02日 11:43
エゴって何でしょう?
私は少し考えてから「裁く者」という言葉が浮かびました。
あらゆる状況に対して区別し裁く、そんな存在です。
それは独善的な判断に過ぎないのに「絶対正しい」とエゴは信じている。
私は「私(=エゴ)が勝手に思ってるだけじゃん。」と見破った瞬間、エゴは幻となり力を失いました。
それは一度きりの経験ではなく、その都度起こる気づきです。
生きてる限り、エゴがなくなるわけではないです。
ただ、それに振り回され続けることができなくなるだけ。
ん?何だかエゴの一面的な話になっている?
エゴって何?とここでもう一度考えたら「私」となりました。
そういえば、ここでは便宜上エゴという言葉を使ってますが、自分の中ではエゴのことも私と呼んでいます。
本当は小我とか大我とか、区別する必要ないんじゃないかと思いました( ̄▽ ̄)
Posted by kao at 2012年02月02日 11:49
人間本来の持つ全体性を妨げるもの。
Posted by たに at 2012年02月02日 11:50
お言葉にあまえましてとりとめなく
吉田兼好が 徒然草 にかいてるんですが
ともだちにするのによい人は
医者とかものをくれる人、であり
ともだちにしたくないのは
欲の深い人であると
これは一種の諧謔でしょうがこれを学習した当時は
いわば 自我、について考えさせられました
また、すぐ思い出すのはデカルトですよね
このひとのは、テツガクの言語としては完成された言い方だと思います
モーリス・ブランショが言語の種類を
哲学の言語ー政治の言語ーそれらが止揚された言語、といっているのですが、その哲学の言語といういみでおもしろいです
さらに、10か月になる孫を見ていて思ったのだけど
みんながコーヒーやお茶をのんでいると
自分の両手カップをもってくるのです
これなどは
飲み物ー自分ー飲み物
という流れで自我を認識してるのかなと
ちなみに私自身は
ものをもらうよりあげたほうが、
やさしくされるよりやさしくしたほうが
すきで、これが一番自分らしい自我です
いやいや、さすがですね
おかげ様ですこし整理できました
いつもお導きありがとうございます
寒さのなか皆様お大事に
Posted by たこちゃん at 2012年02月02日 11:53
本来かたちのない世界に顕現するためのツールだと思います。マスコミの是非論でもよくあるように、賛否はこの世界の性格上必ず発生します。
でも、マスコミはメディア(媒体)なのであって、特徴や境界を持ちますが、本来、善悪や好き嫌いで、その本質を論じるべきではありません。
私はエゴも同様にメディアなのだろうと思うようになりました。空間がなければ宇宙は確認ができないように、エゴという媒体がなければ私は私を確認できない。
さらに同様に「ことば」がありますが、ことばにはもう少し重大な秘密がありそうです。
Posted by 真魚 at 2012年02月02日 11:57
自我はヘドロみたいなもの。でもこのヘドロがないと今の世の中生きて生けない。かなしい😞
Posted by 傘小僧 at 2012年02月02日 11:58
自我は、自分が経験した(と思っている)状態なのかなと思います。
これをやったら褒められた=これをやるのはいい事=これを否定するのはいけない事と学びます。
逆も又同じです。
でもそれは、その時言った人の(親や教師)気まぐれだったり、都合のいい言葉だったかもしれません。
それとも、自分にとって都合のいいように聞いていたのかもしれません。
その積み重ねで自分の中の正義や悪が決まって、その正義(プライド)が傷つかないように、自分の中の正義を振りかざします。
それが自分はこういう人間なんだと思い込む自我な気がします。
Posted by 隊長 at 2012年02月02日 11:58
いつも楽しみに拝見させていただいております。感謝!
エゴとは人間一人一人が持つ思考や感情のことではないのだろうか?
いい事も悪い事もその時その時に、手放す事により無の境地に辿りつける
のかな?まさに、いまここですよね
Posted by cool-dad at 2012年02月02日 11:59
自分自身に他ならない。
そんな自我の今ここ、
こっちにもあっちにも
どうとでも成り得る
無限の宇宙をありのままに
無条件に存在することを、
一人一人が自由に委ねられている。
それぞれにとことん行動と内省を
繰り返し存分に自我を納得させる
経験を積み重ね、臨界点を超えた時、
進化が起こる。
そして、自我のままに振る舞うことを
皆が許容できる時代が明ける、
そんなエネルギーが流れているのを
実感している…
そんな自我の自分の感覚からでしか
モノは言えんのぅ~
言葉は、人それぞれにそれまでの
経験から学習した観念から出発した
自我イメージの表現の一部分。
情報のほんのちょっち。
今感じている真実、ホンマモノとは
自分にとっては人間の観念以上の
生命の根源、畏れ多い大いなる感覚。
それはこの時代にこの自我の自分に
生まれたからこそ、なのだと思っている。
誠実であろうとする程、
言葉にできなくなるジレンマ抱えつつ、
分かり合いたいのが人間~
だから、もし自分の事を伝えるには、
ただ会って、にっこり挨拶して
一杯のお茶を頂く時間を共有するだけ
でいいと思う。なんか、脱線した。
百人いたら百通りの自我あっていいな~
別々の経験をしたい枝葉末節な
アタシたちなんだもの~
きゃー時代の最先端~
Posted by etsu at 2012年02月02日 12:00
こんにちは。
私はなんだか、いつもありがとうさんと気が合いそうです♪(^v^)
(なれなれしくすいません)
自分が気持ちのいいように生きてていいのだけれど、怒っても迷惑かけても、人間だから仕方ないんですよね。
私の場合はですよ、怒るのも怒鳴るのも、大げんかするのも、苦悩する姿も、映画の主人公のように、言葉や行動や立ちふるまいやしぐさが粋で美しかったらいいと思っているんです(笑)
犯罪は美しくないからやりたくないのだけれども、
よく、女性の怒った顔がセクシーだ、なんて言う男性って居るじゃないですか(笑)
犬も猫も好きですが、
猫なんて、好き放題やってても可愛いがられるじゃないですか!
男性の場合はよく知りませんが、
女性のすてきなわがままは、まず自分がラクだし、人に貢献してると思ってるんですよ♪
(^v^)
Posted by “M” at 2012年02月02日 12:02
みなさまのコメントで、にこにこ顔になりました。
ありがとうございまーす^^
これもエゴ。
がんばってこれたのもエゴ。嫌われ者扱いしてごめん。
私も仲良くしたい。
Posted by みーた at 2012年02月02日 12:04
子供のころ(4~5さいくらい?)
夜、布団の中で、
私のことを「私」っていってるこの私(という意識)は
死んだら何処へ行くんだろう?
いつの日かひとりで何処かへ行かなきゃいけない日が来るの?
とか、宇宙ってどこまであるの?
とか、そんなことを考え始めたら怖くなって眠れなくなって
泣きながら親の寝室に行ったことを覚えています。
その頃、赤ちゃんだった妹が母の懐には寝てて
母に「何泣いてんの~」って笑って追い返され
子供心にショーック!だったな~。
思えばあれって初めての分離意識だったんでしょうかね。
Posted by ナツ at 2012年02月02日 12:04
阿部さんが自我について書いてくださるとのこと、とても楽しみです!
自我、、、強力な力で日々の私を支配しているのに、とらえどころのない何か・・・そんなふうに感じています。
以前は自我を排除したいとか、自我が消えてなくなった世界はどんななんだろう(素晴らしいのだろうなぁ)と思っていました。
でも最近、本当のところこの世に無駄なことは何ひとつないのではないか、と感じるようになりました。
そう思うようになってから自然に、この自我を慈しみながら共にこの人生を生きていけたらいいなぁ、という思いに変わってきました。
そしてまた、こう思ってるのも自我なんですよね、きっと。
考え出すと頭がこんがらかって、これも自我・・・
自我も大きな愛の一部だと、今の私は感じています。
Posted by hajimete at 2012年02月02日 12:17
エゴ=自然
連投しつれいしました。
Posted by みーた at 2012年02月02日 12:19
赤ん坊が、徐々に自我を形成していくように・・・
の自我(エゴ)の意味なら、
この物質世界で経験するための乗り物みたいなイメージでしょうか。
いろいろな種類の乗り物があるように、
人によって色々あるのだと思います。
その乗り物には感情、感覚という名の計器がついていて、
その計器からフィードバックを得ます。
でも、その計器は歪んでいることが多くて、
人は混乱する、みたいな。
その乗り物に乗って、どこに行くのか、
乗っている人は、よく分かってないのでしょうね。
どこに向かうかよりも、とりあえず動かすだけで精一杯、
みたいな感じでしょうか。
Posted by HinaHaruパパ at 2012年02月02日 12:20
エゴを中立に見ようとすればする程、苦しくなります。中立に見れる自分は人より上だとみたり、中立に見れない自分を価値のない存在だと思ったり、どっちにしても自分は特別だと言う意識があるんだと認めています。 この世界で肉体を持って生まれなければ学べない事がたくさんある、そうかもしれませんが…
正直そんなに価値のある体験なのか、むしろ完璧な存在である本当の私たちは何故、学ぶ必要もないほどの存在なのにこの世と言う幻想を見る事が出来ているのでしょう?少し前の私もこの世は学ぶ所だと思い善し悪の判断をしないようにと思っていました。最近は正直になり、何故に全ての存在は、ひとつであり完璧な愛である本質を一時的にしろ忘れる事にしたのか不思議です。この世を完璧に否定している自分がいます。この幻想を見ている自分自身が恐くてたまらなくもなります。
真実かこの世か選べるなら絶対に真実です。私がこの世にいる限り私の真実がこの世と言う事なのでしょうか?
Posted by さゆり at 2012年02月02日 12:21
エゴにふりまわされることにより他人や自分の生活を奪ったり脅かしたりしなければ何も問題ないのかと。
また、人間とはエゴと付き合いながら生きてゆく生き物ではないかと。( ^ ^ )/■
Posted by トロ at 2012年02月02日 12:22
エゴは、宇宙を超えるためのツールかなとも思います。
エゴによる個人たちの物語や感情は
宇宙の一部であるのと同時に
宇宙も神をも超えた何より確かな奇跡であり感動だと思います。
Posted by ゆうおう at 2012年02月02日 12:24
エゴは、この世を体験するためのプログラムなんだろうけど、
そして、それはよく"私"を苦しめる。
"私"は、苦しめられることをどこかでわかりながら、ついエゴに従ってしまう!←なんでだっ?!(プログラムだから???)
そして、うっかりエゴにどっぷり支配されてしまう。
もっと客観視できたら楽になるのかな。
Posted by さりー at 2012年02月02日 12:24
エゴは
この世を楽しむための
おもちゃ
Posted by はぴたん at 2012年02月02日 12:28
阿部さん、こんにちは。
エゴ(自我)は私達が生活する上でなくてはならないものだと思います。
こうして書き込みしているのもエゴ(自我)ですしね^-^
でも、そのエゴに振り回されているか、自分でエゴとして認めているかどうか、良きパートナーとして共に幸せに生きていけるかどうかで人生が変わってくるのでは、と思っています。
エゴちゃん、嫌なものは捨てて、仲良く一緒に幸せに生きていきましょうね!というのが私のスタンスです^-^
Posted by tomo at 2012年02月02日 12:31
エゴとは、
「今世のシナリオそのもの」なのかなぁとふと思いました。
全てのシナリオに反応する物というかなんというか…。
小樽在住さんが書かれてた
「エゴとはカーナビみたいなもの」と似てるような気がします。
Posted by Y at 2012年02月02日 12:32
自我に振り回されると言うが、
実は自我とは自分と他者との関係性の中にある。
しかも、かなり不透明に…
自我に振り回されて当然だらう。
自我とはある意味自分ではない…
とは、某精神分析家の言ひ。
自我の網の目の中へ分け入り、楽しめる人たちがここに沢山いるのかもしれない。
♪(*^ ・^)ノ⌒☆
Posted by ぽつねん at 2012年02月02日 12:35
人間という生物に与えられた特権(・ω・)
Posted by 花のフリーター(*´ω`*) at 2012年02月02日 12:37
みんなスゴいね
エゴは悪いものだと思ってました
認識変わりそうです
Posted by カナメ at 2012年02月02日 12:37
PCを持っていなくて携帯からは書き込みできないので、
今日はやっと借りたPCからたまたま書けました!
私が自我が邪魔だなあと思うのは、
とても純粋に感動して(と思って)、
好きで、他人とひとつになりたくてそのために
はじめたこと(絵画や物語の創作)も、
他人との比較で、自分のほうが優秀!と思って安心したがったり、
成果をあげて自分アゲしたいという気持ちがまじって、
するととたんにだめになって、出来もよくなくなるし、
はじめに作りたいと思ったいい気持ちも消えてなくなるし、
批評されるとへこんでやる気をくじかれたりするし、
とにかく純粋に創作しようとすることに邪魔と感じます。
小利口な臆病者であることと、それをさげすむ自分、
それも両方自我、ですかね
もっと単純なバカになりたいなあと思います。
いまここで自我とか、カルマとかいう言葉が中心に語られ出すと
理屈は私はおおざっぱなのでよく考えませんが、
なんだかこのブログを読むと気分が軽くなるかんじで
ときには泣きたいような気分で安心するので
それが良くて読ませてもらっています。
Posted by kiki at 2012年02月02日 12:42
エゴはありのままではないもの。
ありのままを歪めてみたり、離れたり、否定したり、価値を見出したりするもの。
Posted by 45 at 2012年02月02日 12:44
エゴ
ゲームでいうところのキャラクターってところでしょうか?
私の意識上では。
Posted by くらら at 2012年02月02日 12:46
我が肺は二個である。
自我とは愛である。
Posted by 舐め辰 at 2012年02月02日 12:49
自我とは、私の望みを叶えてくれる「魔法の杖」♪LOVEYOU♪
Posted by yu-ko k at 2012年02月02日 12:49
こんにちは!東京は天気いいです!!
エゴ=自我、自分で思ったことは、自分と言うものを認識するためのツール?だと思います。
自分と言うものを認識できて初めて、他人と言うものも認識できると思います。
他人が認識できて初めて、感謝や、愛、楽しいことなどの経験ができるようになると思います。
その反対の経験も伴いますが・・・。
それがこの二元性(相対性)の世界
いろいろな経験をするためには、(自分ではないもの)がないと比較対象がないので何も経験できないことになってしまいます。
なので、自我はこの世で自分を認識するためのツール(道具)?かな。
Posted by 田島 at 2012年02月02日 12:50
人間は神の分霊だといわれているが、この世界に手ぶらでやって来た人はいない。気が付くと、宿題を持たされている。
それがエゴだ。
精神世界の書棚には、この宿題を済ませて神から合格点をもらった人達の模範解答が載っているが、それを丸写しにして提出しても通用しないようだ。
この宿題は自分の力で取り組み、自分の言葉で著さなければならない。誰にも代わりにやってもらえず、教師もヒントを与えたり障害を指摘することしかできない。
誰もが普遍に到るオリジナルな道を歩んでいるのだろう。
Posted by ナラヤナ at 2012年02月02日 12:52
エゴ=自我=思考 って考えてます。けどちがうのかな・・・・
金ほしいってのもエゴだし
エゴ消えろって思うのもエゴだし、
わが子かわいい! 超大事にしたいって思うのもエゴだし
車が急発進とかしてきて、「わ、あぶない、よけろ」って判断するのもエゴかなと・・・
だからもうエゴしかないみたいな・・・
でもつまりこの世界で生きていくために必須なものかなと思ってます
だから、なくなるって感覚がわかんないんですよねえ・・・
瞑想はしてるんですけど、ぽやぽやすぐに浮かんでくるし
それ消したい、って思うのもその瞬間のエゴだし
うー、わかんないっす
Posted by ぽそり at 2012年02月02日 12:57
エゴはいけないものだとずっと決め付けていました。
だから何か事が起こりそれについて否定したり否定されたりするたびに
相手にも自分にも
それは間違ってる!
って全否定してました。
でも本当は間違いじゃなくエゴ(価値観)の違いなんだと思えるようになりました。
エゴ(存在価値)を否定し続けたら生きて行けなくなっちゃう気がします。
思うように行動する、やりたいようにやるにはどうしてもエゴ(意志)がついてまわります。
エゴ(主張)が強すぎても困ると思いますがエゴがなくてはボーっとしてるだけの腑抜けになっちゃう気がします…
んっ?腑抜けの時ってエゴが消えてるって事!?
あぁ…難しい(;^_^A
Posted by ゆき at 2012年02月02日 12:58
自我という言葉だけとると、他者と切り離しての自我という響きを
感じます。現世に生まれたばかりのときは、
まだ自分の世界なのだけれど、人生の中でいろいろな機会を経て、
世界の輪の中、生かされているわたし、に気づき、だんだん、
他者との境界線もなくなり「わたしはあなた」であり、
すべてであるという感覚になると、自我は現世に合わせた演技のように
見えてくる気がします。
エゴという言葉は、ネガティブな雰囲気も持っている言葉ですが
どうしても迷ったときに、
それはエゴ=小我(小さな愛)か、大我か(大きな愛)か、
というところで判断し、人生でその言葉が、ひとつの役割を
担っていくような気がします。
自我やエゴは、全体意識、神や愛の一部の感覚だと思いますが
ひとつであった感覚を忘れて、個意識として
現世を楽しむ(演じる?)には欠かせないものだと思います。
Posted by 茶摘 at 2012年02月02日 12:59
自分とは何か、何のために生まれ、存在しているのか…等
永遠の心の旅かな〜?
いろんな自分が在り、いろんな自我が存在する。自我のお陰で世界も広がるし、自分以外の全ての存在を相手に広く深く関わることもできる。
相手の自我を尊重できれば、こんなに楽しい交流はない。
交わろうが平行線を保とうがお互いの存在を大切にしたい。
Posted by るみりん at 2012年02月02日 13:00
いつも楽しく読ませて頂いております。
今日のブログを読んだ瞬間エゴ=記憶って思いました。
まあわよくわからないのですが今を生きたいです。
Posted by とも at 2012年02月02日 13:06
こんにちは!
思い出してみると、元々精神世界を学び始めたのは、突きつめるとエゴ・自我への嫌悪だったと思います。社会生活をしていると目にする他人を陥れたり、売ったり、媚びたり、目的達成の為に踏みつぶしたり。全部、自己保身や自己満足の為じゃないかと。故にエゴが悪いという構図でした。
聖人君子や清廉潔白であろうとしているわけではないのですが、今だに自分の中のエゴに過剰に反応するときがあります。多少学んだのにこれかよみたいに。それ自体がエゴなのかもしれませんが。
阿部さんの「あるがままの自分を認める」という教えにきっかけをもらいましたが、エゴは無くならないと知り、悪でもなく、正しく見れば認めることができ、協調していけるのかなと思います。
Posted by 多田 at 2012年02月02日 13:07
小学生に聞かれました。
自我(エゴ)ってな〜に?
あのね、本当に大切なものはね、無くなって初めてその大切さに気がつくんだよ。
家族、元気、お金、お友達、水、空気みたいにね。
顔を水につけて我慢してごらん。
顔を出した時、空気の大切さに気がつくよ。
自我(エゴ)もおんなじ。
僕たちは自我(エゴ)だから、
まだその大切さを知らないんだ。
自我(エゴ)が無くなった時、初めて自我(エゴ)の大切さに気がつくんだよ。
だから、
いまは自我(エゴ)ちゃんに、いつもありがとうって言ってあげようね。
Posted by 良★ at 2012年02月02日 13:09
悶々さん 改め 泥んこ祭り さん
すごくいい御名前ですねっ
よーし楽しそうだから
私も泥んこ祭りに参加させてもらいます
この野郎、私に泥を塗るつもりか!なんて〜言いますね(笑)でも、泥んこ祭りなので、泥んこで大丈夫ですよ
ところで、泥んこ って、すごく体にも心にも良いらしんです あっ、この部分が私の自我です なんか知ってるぞー!みたいな 事をついつい言ってしまうんです
渡る私はエゴばかり、でございますm(__)m
ヤッホー楽しかったです
泥んこ祭り さん ありがとう
また良かったら、泥んこで遊ばせてください
Posted by コネクター223 at 2012年02月02日 13:10
“M”さんは男性なのでしょうか。女性なのでしょうか。
男性の怒った顔もセクシーです(笑)男性のすてきなわがままも、きっとまず自分がラクで人に貢献してると思います。
エゴによる喜びって麻薬のようなものなのかなと。強い快楽?だけど長続きしない。ワンネスからの喜びってどんなものなのでしょう。
Posted by こたろう at 2012年02月02日 13:12
いつも気づきをありがとうございます。
エゴについてですが、自分はこうでなければいけないとか
なんでこの人は、同じ話を変えて何度伝えても、わからないのかなどと
思ってしまいます。
エゴが言っていると思い、話し方を変えたり、気持ちを変えたりしても何ともならず、これがエゴなんだな~と感じています。
ただ生きているだけでも幸せなのに…
お題と違ってしまっていたらすみません。
Posted by ゆう at 2012年02月02日 13:14
まだまだ自我と
結び付いてる時間が
ほとんどのようで…
でも感じるのは
自我があれやこれやと
批判したり、どうでもいい
ことを喚いた後での
不快感とゆうか違和感とゆうか
飽き飽きした感じがあります
こう思ってるのも
自我だとなると
うがーーーーーー!!
どしたえーねーん!
と思います(笑)
Posted by 未熟者 at 2012年02月02日 13:18
こんにちは^^
エゴって考えるほどわからなくなる気がします。
精神世界に興味を持って、エゴのことを考えて続けて10年以上たってしまいましたが、今もつい考えてしまいます。笑
これがエゴ。あれもエゴ。で、私はエゴ。なんだろう・・て。
気づくといつもエゴ、エゴ><
今は考えていることはほとんど全てエゴなんだろうな、て思いますね。
エゴから離れるのは難しいです。
それと今でも時々思い出すのですが、何年か前に友人に連れられて行った「いまここ塾」。
阿部さんが
中城村の災害があったその夜に、何も考えずにすぐ飛び出して災害にあった人たちのために行動していた。
という話がとても心に残っています。
エゴからではない行動というのもあるんだ。。という例を聞いてちょっと衝撃でした^^
Posted by みっち at 2012年02月02日 13:19
エゴは必要悪だと思う。
さなぎを守る繭も、その役割は、さなぎがさなぎである間のことだ。繭がそのことを忘れると、保護を与えていた筈のものが牢獄となってしまう。そして、実にそうなってしまっている。私たちはエゴを説得しなければならない。ありがとうの気持ちで説得しなければならない。
Posted by ナラヤナ at 2012年02月02日 13:20
「自我」は、言葉。
気に入らない、受け入れたくない自分自身の側面に対して貼るラベル。
Posted by 一粒 at 2012年02月02日 13:22
大いなるひとつの意識が
いろいろな感情を
味わい尽くすためのツール・・かな
Posted by カズ at 2012年02月02日 13:30
分離による幻想
私と私でないものの
関係性の中にしか
「私」を創り出せない
本来無根拠なもの
肉体の感覚と結びついて
死を恐れ永遠を求める
過去に囚われ
未来を夢想する
私という現実感の
文脈を生成し続ける
この世界に適応するための
意識モード…かな
Posted by 風 at 2012年02月02日 13:34
自我についてコメントを、という大変曖昧な言葉に対して
(阿部さんを非難しているわけじゃないですよ)
多くの人がてんでにそれぞれ何かを書いてる。
書けている。
それは阿部さんが言っていない問いを自分の中に感じて、
それに対応して自分の中の答えを書いたものだと思う。
それが自我、というものの一つの形なのかもしれない。
それはともかく、
私も私の自我で勝手に書かせて頂くと、
私にとって「自我」はやっぱり不要なもの、という気が今現在はしています。
また数ヶ月経てば違う意味合いを自我に感じるかもしれないけれども。
今の私にとって、「自我」は 「ないものを求める気持ち」であり、
自分は幸福になっちゃいけないんだ、と囁きかける声です。
だから不要です。
だけど、それはそういうもので、怒る必要はないものです。
ああ、そうなんだな、くらいで。
自我があったからこそ、自我を失くすためにいろんなことを学べて、
だから、
自我の問題がなかった幼児の時の方が良かった、とは思わない。
けれど同時に、だからと言って、自我万歳、とは思わない。
別にこの世に生まれて万歳、とは思わないし、生命万歳、とも
思わないから。
(死にたい、という意味じゃなくて)
そんなにこの世に生きることに大騒ぎする必要はないような気がします。
だから生まれてこなくても良かったし、だから学びがなくても良かったし、
だけどわざわざ死ぬことで生を否定するほどの価値もない、
そんな気がします。
要するに、
うーん、
ま、あんま「自我って何?」とか「自我の意味とは?!」とか
考えず、淡々と目の前の生を生きていればいいのかな、って気がしてます。
だけど、こんなこと書き込んでいる時点で、自我だらけですね。
Posted by まかろん at 2012年02月02日 13:38
どなたかも仰っていましたが、
ゲームのキャラクター、ないし
この世での役割を演じる者でしょうか。
今日もありがとうございます (^ー^)
Posted by TOMOKO at 2012年02月02日 13:44
はじめまして!
いつも拝読させて頂いております。
日々の記事の更新、有難うございます♪
さて自我についての個人的見解ですが、
『この三次元物理世界に於ける、肉体及び生命を維持する為のソフトウェア(プログラム)で、
感情のソフトウェア(プログラム)も常に連動している。』
と考えております。
さらに魂(真我)は、自我の奥深い場所に隠れており、
普段はアクセス出来ないようになっている・・・
という事ではないかナァ〜・・・
などと妄想しております。
(´ω`)
Posted by パピヨン at 2012年02月02日 14:08
どうにかして人生良くしようとするのが自我じゃないかな。
思い通りに行かないと落ち込んだり投げやりになる
のも上手くいかないことへの反発だし。
人生よくすることへの執着が自我なんじゃないかな。
その根底には今の自分、現状に不満があるから
自分を不完全だと思ってるのが自我ともいえるかも。
悟りって体験があると知っても
悟ろうとすると悟れないから悟ろうとしないようにしよう!
そうすれば悟れる(笑)
って結局いまの自分以上を求めちゃう。
Posted by Mr.フライドチキン at 2012年02月02日 14:09
今日のお題で久しぶりにコメントしてみたくなりました。
自我やエゴは自分と他人を分けたいもの。
それに完全に同一化してしてしまうと視野が狭くなって何も見えなくなってしまうもの。
全体が見えなくなってしまうもの。
だから、自分が自分がってなってしまって辛いものをもっと深くさせてしまうがんじからめにしてしまうような感じに思いました。
ちょっとエゴから離れてみると違う見解も閃くような。
的外れなこと言ってたらすいません。
ただ、最近そんな風に思いました。
自然に浮かび上がってくるのがエゴかなぁ。
エゴに振り回されなければもっと楽に楽しく生きていけるんではないかと思いました。
人間だからエゴとは切っても切れないものだと思いますが、ちょうど良い関係でいたいのがエゴかなぁ?
なんて考えてるのもエゴなんですけどね(笑)
Posted by ミリチャン☆♪ at 2012年02月02日 14:16
自我(エゴ)も無常なんだと思います。
見ている方も、見られている方も、常に変化していますし、
どちらもが主体であり、客体でもあります。
苦しみの中にあれば、朝起きると同時に苦しみが始まり、
楽しみの中にあれば、朝起きると同時に楽しみが始まります。
「楽しい時も今まであったはずなのに苦しみの方が多い人生だな。」とか、
「あぁ~楽しいなぁ~もっと続いてくれないかなぁ~。」とか思って、
それをコントロールしようとするのが自我(エゴ)ではないでしょうか。
自分が所有している「変わらないもの」だと思いがちですが、
そうではないようですね。
自我を落とせば、苦しみも客観的に見る事ができるようになって、
生きるのが楽になる。とか言って、悪者扱いされがちな自我(エゴ)ですけど、
本当は主体と客体の区別はないんだという事が理解できると自我(エゴ)は
成り立たなくなりますね。
・・・・・・と自分なりに思ってみましたが、
いまこの目の前の苦しみにどう向き合って行ったらいいのか・・・
・・・この壁を乗り越えたら、また新たな苦しみが来るんだろうな~。と
自我(エゴ)が申しております。
Posted by hiro-k at 2012年02月02日 14:20
「エゴ思う、ゆえにエゴあり」
シンプルに、この言葉にすべて含まれていると思います。
(我思うの哲学者って誰でしたっけ?名前忘れちゃった笑)
Posted by 巽一晃 at 2012年02月02日 14:26
いつもどうもありがとうございます。
エゴは肉体を守る守護神です。
Posted by メルモ at 2012年02月02日 14:34
エゴはわたしの小悪魔ちゃんです~
すぐ、わたしを振り回そうとする。
思ってることにツッコミいれてくる。
(┳◇┳)だーっ
少し距離を置けるようになるとなぁなぁとあやなせるようになるので振り回されない。
冷静になる練習に使える!(b^ー°)
でも時々やっちゃうんだよねぇ~
あはあはo(^∇^o)(o^∇^)o
Posted by あみ at 2012年02月02日 14:34
自我とは、水のようなものだと思います。
ある時は霧のように、優しく
ある時は洪水のように激しく
ある時は氷のように硬く
ある時は温泉のように温かく
蒸気が薄ければ、目に見えないように
姿を消したり現したり。。
でも、それを自我のようなものだと、
ラベルしているのは私であって
決して水自体が「私は自我」だなんて思っていないだるうな。
水が水であるように、
私は、ただ、私でありたいな。
Posted by そら at 2012年02月02日 14:35
みなさんのコメントを読ませていただきとても参考にさせていただきました。
私なりには、エゴもまた「ただ在るもの」で、それ以上でも以下でもないものと思います。
私たちが「ただひとつのすべて」に返るまでの間、いつも傍にいてくれるもの。
Posted by 心の旅人 at 2012年02月02日 14:39
ないものをねだるもの、過去、未来を思考するもの、悟った時悟ったと感じるためのものだと私のエゴは愚考します。
Posted by マイペース at 2012年02月02日 14:42
前に事故にあって、両足を怪我して動けなかった時、
「死にたい」とふと思ってしまいました。
そう思った後、
「治る怪我なのに、なんで死にたいなんて思ったんだろう」って思い、
それからはちょこっとでもいい気分になることを見るように過ごしていました。
その時に、動けない赤ちゃんのような自分を受け入れることができました。
そうしたら、自分には自分しかいないことがわかりました。
肩書き・年齢・世間からの目、色んな私の身体にまとわりついていたものが
剥がれ落ち、ただの自分になりました。
それの剥がれ落ちたものがエゴかなって。。
外からの刺激を受け入れると、
身体からエゴがエゴとしてカタチをつくり、身体のまわりにまとわりついて・・
それはときとして自分を守っているようにみせかける。
エゴは受け入れると、剥がれ落ちていくものかなぁぁ。
阿部さんのブログ、面白いですね♪
ではまた☆
Posted by いぬ at 2012年02月02日 14:42
あいふぉん阿部さん、みなさんこんにちは。
自我(エゴ)について
生まれてからずーっとこれに塗れているので分かりませんが、
iPhoneの機能やソフトみないなものかと思います。
使いこなせば大変便利でおもしろいが、うまく使えない場合は、大変不便
で、うっとうしくイライラのもとです。
Posted by ヒロぶー at 2012年02月02日 14:46
人に影響を与えるものかな。
それはよくも悪くも。
Posted by adamasu at 2012年02月02日 14:46
私にとっての自我とは
呪い。
私は冷静にそう分析してます。
催眠状態にいることに、気づかせない力を持っています。
Posted by 今帰仁のひでじ at 2012年02月02日 14:47
福岡市内は粉雪舞ってます^^
いま、部屋のアマリリスが大輪の花を咲かせています。
わたしは、霊的、精心的、物質的な意味あいも含めてとらえています。
「自我」・・・欲
「エゴ」・・・慾
自我の我の「戈」は欲という意味です。
上にハネるところは先祖という意味です。
先祖(ミネラル)の欲を充たしてあげると気分が収まります。
気分をコントロールしてくれます。
エゴの慾は欲に「心」という錯覚を盛った状態。
谷が埋まって平になっているにもかかわらず、「まだ充たされていない」という心の錯覚を盛り塩のように盛ってしまう。
先祖(ミネラル)のお節介な思考の働き(秘書)が、大いなる存在への信頼を無視して、ありとあらゆる不必要な「恐れ」を創造していきます。
Posted by アーサー at 2012年02月02日 14:51
ここへくると、みなさんの考え方にふれることができて
とても勉強になり刺激にもなりうれしくなっちゃいますね。。
エゴ。わたしがわたしであることを学び
わたしはわたしではなかったことを知るためにあるのかな…
なんて。そんなふうに最近思ったりしています。。
Posted by さちぽざ at 2012年02月02日 14:56
自我(エゴ)・・・
我欲、怒り、恐れ、抵抗、比較、優越感、誘惑、モヤモヤ・・・
あーでもない、こーでもないと
自分の本当の気持ちを試したり、揺さぶってみたりしちゃうモノかなぁ・・・。
自我(エゴ)はなくならないけど、、コレって自我(エゴ)=自分自身でもある
って気づけば(自己を客観的に見れれば)、その裏にある
本心、幸福、喜び、愛・・・??色々なことにも気づかせてくれる存在??
なのかななんて思います。。。
Posted by タルジャ at 2012年02月02日 15:03
たくさんある物語の中から、それぞれがその中の主人公(自我)になりきってる。
自我はキャラクターの設定ていうかんじがします。
Posted by しろくみゃたん at 2012年02月02日 15:07
こたろうさんへ。
女ですよ♪
たぶんね、
ここでは、ここにコメントされる方の賞賛や共感を書くことにして、自分と違うなって意見は、もうスルーすべきだと思いますよ。
そういうルールにしてみては?と提案です。
ワンネスがどう以前に、
私の意見もどうのという以前に、
ごく一般常識を取り入れることで、すべてのレベルアップができそうなんです♪
(^v^)
ほい。
ワンネスに通ずるエゴもあるんですよ♪
(^v^)
もう最後にしましょうよ♪
Posted by “M” at 2012年02月02日 15:13
阿部さん、沖縄はどうですか〜
昨日、本来の自分はエゴを統制する皇帝なのか と生意気なコメさせて貰ったのですが…
自我、エゴ、自己、「私」…
色んな言い方がありますね。私は「ヒト」の脳の作用の1つに過ぎないと思ってます。
神、この神は宇宙とか生命とか全智とか自然とか、そんな意味です…から与えられた賜物でもあると思うんですね。
そりゃあね、錯覚だってするだろうよ。でもそれもまた楽しなのでは?神からしたらね。そしたら神は意地悪だなんて言われるかもしれない。
でも意地悪も自然なんですよ。多分ね。この辺阿部さん達と立場は違うかも知れないです。
(少なくとも私の祖先から代々そういう思想を持ってきました。私は一理あると受け止めています。先人の教えの中にヒントになるものは沢山ある、と幼い頃から勘で感じてました。)
運命論で言ってしまえば、ヒトが二足歩行をし、道具や火を使う時から避けて通れない道と思っています。
エゴが争いを起こし、犯罪や略奪、不幸の根源だとして邪険に扱う人達にはいささか疑問です。エゴを無くせば悟るから幸せになりますよ、と言う思想すらにも。
では何故、人は哲学を生み出したんでしょう?人は何故文明を築いたのでしょう?人は何故芸術を生むのでしょう?
ヒトは何故進化したんでしょう?
宇宙人だの異世界だの高次(って私にはよく解らないんですが…)を持ち出して説明されても、その説明すらエゴが無ければ出来ない、理解出来ないものでしかないと思うんですね。
理解は出来るんです。だから否定はしない。そんな話も有りだよね、と。
しかし、そう思うのも私の脳の作用、エゴがあるからこそなんですね。
本来の自分、聖霊では理解してない…と思う。…いや何となくw
言いたい事は沢山ありますが、一旦切ります
Posted by ミサイルミー at 2012年02月02日 15:21
続き。
えっと、だからこのキャラ(今の自我)のお話を最後まで楽しもうと思います。
Posted by しろくみゃたん at 2012年02月02日 15:22
エゴ=舞台の役者?
いろんな私を演じている。
優しくみんなと一緒に笑い喜びあってる私
意地悪でわがままで人を傷つけては、泣かしてる私
どれも私(エゴ)
ちょっとだけ 客席から舞台を見てる時が、エゴから離れている私・・そう考えてるこれもエゴかな?(笑)
Posted by 五月 at 2012年02月02日 15:22
真我を目指す精神性が高まると、これは自我だって自分をいさめることがありますね。
最近、それもどうなんだろうって思っています。
真我が本来の私たちそのそもなんですから、目指すこと自体ナンセンスですね。
自我だらけのあるがままの自分を認めてあげることができれば、みんなもっと自由で楽しく生きていけそうな気がしてます。
天に委ねるって、そんなことのような気がします。(^^)
Posted by 由未 at 2012年02月02日 15:28
いつもありがとうございます☆
エゴについて私なりに解釈しているのは・・・
自我の本当の役割は「個を活かす」ためにあるのだと思います。
自我意識のままですと、エゴに振り回されますが、
本当の自分=真我(無条件の愛)であることを意識した上で、
自分の心のままに、やりたいことを行動に移すのであれば、
人間として真我を生きることになるのだと思います。
真我はあらゆる体験をしてみたいので、
ひとりひとり違う体験が出来るように
個々に自我意識を持たせたのだと思います。
だから人の数だけしたいことや得意なことがあると思いますし、
人の評価を気にせず、本当に自分がしたいことをしていくのが
全体への貢献になるのだと思います。
エゴに感謝して、存分に人生を謳歌しちゃえばいいのでは?と。
Posted by のんのん♪ at 2012年02月02日 15:38
“M” さんへ
ごめんなさい。何がおっしゃりたいのか全然わからないです…。
何か私の書いたことが、気に障ったのはわかるんですが…。
「男性はわからない」と書かれていたので、男性も同じだと思うと書いたのですが、失礼だったのでしょうか。
スルーしてください。
Posted by こたろう at 2012年02月02日 15:41
これは作文の課題の様で燃えますね!僕も早速書きたいと思います。
自我はポジティブでもネガティブでもない中立的な道具です。
作られた目的は「物理的な体験を通して、
『一つなるもの』の素晴らしさを浮き彫りにする事」です。
(『一つなるもの』とは、ありとあらゆる次元に渡る全ての宇宙そのもので、
そこには文字通り全てのものがありますから、
そのおかげで余りにも茫漠としているきらいがあるのです。
ですから浮き彫りは『一つなるもの』が自身を知りたいと思った時に
使える非常に便利な手法なのです。)
勿論浮き彫りという事ですから、陰の部分、即ちネガティブな部分を
どうしてもまず彫る必要がありました。それを可能にすべく、自我は
自分の作られた目的はおろか、何もかもを忘れる事にしました。
また忘れた事を彫り終わった後でちゃんと思い出す為に、
ハイアーマインドという高次の半身も残しておきました。
全てを忘れた自我は今や我こそが自分だと思っていますが、
それだけだと本当は半人前で、
実際には自我とハイアーマインドで以って一人前の人間個人なのです。
Posted by 相川 美晴 at 2012年02月02日 15:42
作られた目的が「物理的な体験を通して~」ですので、自我の機能は
物理世界、即ち現象界での体験を如何に生み出すかに特化しています。
まず複数の人間の視点を同時に持つような事はせず、
人間一人の視点だけに集中しました。即ち一人称だけを得ました。
また過去・現在・未来という順番から成る時間の概念を作成し、
起承転結、またはストーリーと呼ばれる深い体験を味わえるようにしました。
自我は味わっている事(現在)や味わった事(過去)を深く反芻したいので、
それを妨げないようハイアーマインドが未来というお膳立てを担当しました。
陰の部分を彫るべく、自我はありとあらゆる事を忘れましたから、
考え得る限りの様々なネガティブ行為に手を染めてきました。
自我は包丁と同じく、それ自体は全く中立な道具なのですが、
これまで料理を作るというよりは、人を刺してばかりいたので、
自我のイメージは完全に地に落ちてしまったようです(笑)
ですがこれまでの長い人類史を経て遂に陰彫りも終わりを迎えたので、
これからの自我は、ありとあらゆる事を思い出す段階に来ています。
ハイアーマインドという半身が居て『一つなるもの』と繋がっている事。
自分・時間・現象界といったものは、絶対的でも客観的でもなく、
あくまで目的の元に作られた「機能的な幻想」、平たく言えば夢で、
自我とハイアーマインドが調和した暁には自由の効く遊び場になる事。
等々…いやぁこれは書き始めたら止まらない!(笑)
阿部さんの明日の記事が楽しみです。
Posted by 相川 美晴 at 2012年02月02日 15:42
こんにちは!
オギャーと生まれて肺呼吸に変わった時から自我も生まれ。
お腹がすいた 寒い 暑い おむつが汚れたーと泣いても
気付いてくれるまで我慢 あきらめ・・
幼児期になって 駄目 危ない 早く・・としつけられ
隊長さんのコメントみたいに自我が創られていくのかなぁ。
Posted by mii at 2012年02月02日 15:49
自我って、本当の自分とは違って
この肉体を自分だと思って、他と境界線をつくっているもの。
いいも悪いもなくカメレオンの如く状況によって
いろんな変化をしていきます。
頭の中で「あ」と言い始めたら既に自我で、
これは仏教的には過去世の業。
アダムとイブの禁断の実を食べたことによってやはりこの自我の世界を生き抜き、自我から離れ、目覚めることが今私たちに課せられていると思います。
以前はこれが自分だと錯覚していましたが、今はこれを自我と見て自分と離して観察することによって、ありのままを受け取ることができるようになってきています。
Posted by 坐禅子 at 2012年02月02日 15:52
憎たらしいし、かわいいヤツです(笑)
Posted by サコロリ at 2012年02月02日 16:13
神を見た者はいない、と言いますね。
(そのときは、神の目で見ているから。)
エゴを見る者は誰なのでしょう?
エゴがエゴを見る???
わっかりませ〜ん。
ちなみに私のエゴのキャラクターは
「特別でありたい、でも普通でいたい」です。
その願いが少しでも叶うと
「普通でありたい、でも特別でいたい」となって
きりがありません。^^
Posted by ∑˚)))K at 2012年02月02日 16:13
今気づいたんだけどエゴって細胞分裂する!?
Posted by ちなつ at 2012年02月02日 16:23
みなさんすごいですね。
私はまだまだ、頭でわかってるけど。。って感じです。
阿部さんのブログを読んで
「りらっくす〜」って思ってると
「さぼってると、よいことは起こらないよ」って
「がんばってると」
「自我でがんばってもうまくいかないよ」って
罠にハマってマス。
Posted by きしめん at 2012年02月02日 16:32
続いてしまいますので、私のコメは認証しなくても良いです…はっきり言って万人向けの意見じゃないですしw むしろ有害だしww
誰かも先のコメントで仰られてましたが、優しいエゴと悪いエゴに別れて嫌になった、と。
気持ちが解ります。なんかね、言ってるわりには二元論的じゃね みたいな
私は悟りを目指さないとか突っ張ってますが、エゴを悪とするなら悟りなんか要らないという見地からなんですね。
たまに自我によって生かされてると感じる時があるんです。
それを否定するのは自分を否定する事。なべて宇宙全体を否定する事になるんです。
いや、宇宙を否定しても、まぁそれもありかな、確実なものなんて無いから、と思いますよ
これは多分、色んな文化に親しんできた私の感覚の問題かもしれません。
てか、色んな要素があってハッピーな自分がいる訳なんですw
スピ系の人の意見に一部同意出来ないのはそこなんですよね…
結局、私の妄想とあなたは言うけど、私からしたらあなたの妄想であり、それに付き合う事こそ私のエゴが仕掛けた罠でしかないのだ、と。内なる光の声に従った結果、そこになるんですよ。
たまにエゴの奴隷、とか言う人がいます。
奴隷になってるのは何?本当の自分がそうなってるって事 でも本当の自分、真我、ハイヤーセルフ、高次、ガイド、ソース、…呼び方は何でも構いませんが、それらって囚われないから真と言われるんではないの?じゃあ囚われて奴隷の私は何?エゴ?エゴがエゴを奴隷にしてるっつーなら別に悪い事でも何でもなくね 50:50で平等なんだから平和じゃね 何で悪いと言いきるの 不幸の元だと言い切るの
とか思って踏ん切りがつきません
エゴの奴隷は何なんだろう …目覚めたら解るかも知れないんですが…まだ理解出来ませんし、まだ理解する気もないですね
理解する事が全てなのかすらまだ解ってないですから
…あれ?あんまり意味が解らない文章だわ…うーん、何と言えばいいのか困りますなww
しかし阿部さんに伝えようとしてるのも私のエゴでありwww
なんだこりゃあ〜 (松田優作風に←)
まぁあれですよ、阿部さんと向「こっさん」禅師が言う、「オマエは既に悟っている…」(ケンシロウ風に)に救われた私がいると
だから座禅も瞑想も独学ながら続けていられる気がします。
それが無ければもうやってられなくて、続けてはいないですね
あれ 結局、阿部さんを持ち上げて終わりかよ (←私のエゴ突っ込み)
Posted by ミサイルミー at 2012年02月02日 16:34
エゴは無類の詐欺師なんだと思う。
商品がなくてもエゴは何だって商うことができるのだ。口八丁手八丁、エゴの言葉は空手形だ。
目覚めた人達はエゴのトリックを見破ったにちがいない。
Posted by ナラヤナ at 2012年02月02日 16:45
想念停止のまま、
ツールの思考を便利に使い人生軽やかです。(*^_^*)
こんな事書いているのは自我です。
Posted by eliya at 2012年02月02日 16:52
エゴ(自我)は、生き抜くために必要な手段だと思います。
1つの肉体に1つの自我。
生き抜くために、ありとあらゆる有利な展開を常に考える・・・と言う性質をもっていると思います。
そうでなければ、生きていけませんものね。
だから、エゴ(自我)によいも悪いもない・・・と思います。
ただ、エゴ(自我)は放っておくと、常に自分に有利な展開を期待するようになり、「・・・こんなはずじゃなかった。」「こうあるべきだ。」と手段ではなく目的になったりします。
これが、軋轢や葛藤となり、苦しみを生み出す原因になったりもするのだと思います。
エゴは、適当な所で軌道修正して手なずけていけばいいのかな・・・。
Posted by kaorin at 2012年02月02日 16:57
自分なりに、思っていることを、詩にしますと。
大空を バリバリ半分 破いてみたら、
向こう側に 新しい 僕。
バリバリに破いた本人も、 新しい僕も、 どっちも自我だと思います。
Posted by てつ at 2012年02月02日 17:09
エゴを簡単に理解できるドラマと言えば?
見た人も多いと思いますが、『冬のソナタ』ではないでしょうか。
何度見ても、また見たくなる面白さは、このドラマがある「真理」を描写しているからではないか?
それは「愛とエゴ」の事。
そんな風に感じて毎日見ています。
エゴは、人間である以上誰でも持ち合わせている、無くてはならない性質だけど、それを自覚・客観視することで「愛」という一段の高みに辿り着ける。
エゴは、個人で動くには都合がいいけど、他者との関係の中ではうまく働かない。それゆえ、人は成長するといずれ人間関係で苦しみ、七転八倒し、試行錯誤し、ついに自分のやり方へのこだわりに「降参」する。手放す。あきらめる。サレンダー、ですね。
そこで初めて、人は「愛」という一段の高みに上ることができ、エゴを客観視出来るようになる。
すると、宇宙の呼吸に合ってくるのか、色々な事がうまく回りだします。
・・・これを表現したドラマが「冬のソナタ」ではないでしょうか。
まだ見ていない方には是非お勧め!出来ればカットされていない、完全版を^^!
Posted by わたし at 2012年02月02日 17:18
エゴ!
シンクロ 今 テレビをつけたら ドラマで竹野内 豊さんが これってエゴなのかな~? て、 で医者役の 松田翔太さんが 自分さえよければいいという考えで…犯罪になるかもしれないんですよ 動機は妹の命を助けたいと言う思いから…
エゴって 利己主義 自分さえよければいいって考えからくるものではないでしょうか!自分さえ助かれば、自分さえ幸せになれば、と周りがみえない利己本位の考え方!と言うイメージしかありません
何が正しいか何が間違っているか 大乗的にはわからない! 何が善か悪かも もっと深い意味では分からない。
だとしたら 理屈をこねてるより、 美しいものを見て聴いて
美しいものをつくっていくことがなにより大切な事ではないかと思う。心もね
全ては善か悪かではなく美か醜かで決める
美か醜かで判断するととてもわかりやすいですよね
皆さん 理屈っぽさより 美を求める感性の生活をしましょう
Posted by エンジェル at 2012年02月02日 17:20
阿部さんこんばんは~
私が幼いころ父のネガティブな言動が多くて辟易していました。
少し大人になった私は父にも優しくなれて父のエゴにも優しくなれた気がする
エゴ・・・お姿をお見かけしたらお茶でも差し上げて「ふむふむ」と話を聞き
少しこちらの話で笑っていただき、お帰りの際は玄関までお見送りする。
そんな感じかな~笑
Posted by Jinn at 2012年02月02日 17:32
結果、地球に優しいのがエコ。
結果、地球に優しくないのがエゴ。(笑)
Posted by ソングランナー好調 at 2012年02月02日 17:41
エゴがまったく無ければ自分は今までの楽しいことも苦しいことも全部含めて貴重な人生を歩いてこれなかったような気がします。
Posted by まさるちゃん at 2012年02月02日 17:44
自我=エゴ とはおおざっぱな枠組みではあるとおもうのですが
自我がなければ自他を認識でき得ず、人間関係という関係性がなりたちません。よね?
人間劇場に出演するには肉体とともに自我を携えることが必須だったと。。
どなたかが書かれてましたが、わたしも大いなる意識が個を通して体験するための 個であることのためのプレゼント・ツールだと・・ そう感じています。
エゴに関しては、(たとえばこれを通常いわれているネガティブな意味からとらえてみると)影があるからこそ光を感知できるということに尽きるとおもいます。光がなければ影はできず それが相対の世界だという感じでしょうか
以上主観です
Posted by サーシャ at 2012年02月02日 17:55
阿部さん、書き忘れ付けたし失礼します
つまる所、阿部さんはエゴ、自我について漠然としていてすみませんが、と仰られてますが
私はそれこそ自明灯でいいと思います〜
私の意見はまぁ、ブードゥー的な見地でしかないしね…あはは
Posted by ミサイルミー at 2012年02月02日 18:00
エゴ・・・
最近、なんかつかれました。
みんなひとつなんでしょうが。
つながっているともいいますが。
エゴだらけ。
なんかむなしいです。
物があろうが、お金があろうが、家族がいようが。
なんか、自分の心が満たされません。
これっていったいなんなんでしょう?
これも、エゴ???
とにかく何もかもがいやでたまりません。
エゴエゴエゴ・・・
Posted by メイ at 2012年02月02日 18:03
はじめまして。
自我(エゴ)は
その時々で生まれ、消えていくもの。
実在しているわけでもなく
居座り続けているものでもない。
固定しているものでもない。
必要なもの。
だからといって、執着するものでもないし、できない。
なのでいまだに自我(エゴ)の正体が何なのかがさっぱりわかっていません。
Posted by Kaori at 2012年02月02日 18:11
自我かあぁ〜
なんか、いまいち、よく分からない
いつが自我が活発で、いつが「いまここ」状態にあるのか・・・
本からの影響が強すぎて、その「言葉」に囚われた感があるなぁ〜オイラは・・・
劇的な転換の瞬間が訪れるのかなぁ〜
ゆるりと生きていきましょかね
Posted by タイガ at 2012年02月02日 18:12
エゴがクローズアップされるのは、ふりまわされるエゴでしょうか…
欲望が強い自我
日常のご飯作ったり、周り関係なく自分の好きなこと(読書や音楽とか)を楽しくする自我が増えれば自我を意識しないような…
日常を笑って元気に生きてる長寿のおじいちゃんおばあちゃんって自我がどうのとか考えてないような気がします
かくゆう私もいまここになかなか立てず自我にふりまわされてます^ロ^;
これを鎮めるには、長寿の元気なおじいちゃんおばあちゃんみたいに笑って生きるライフスタイルにすることかなぁと最近思ってました
自我はなくなるものではないけど、日常で笑ってられたらいい自我でしょうか
難しいですね(これも自我ですね(笑))
Posted by 風 at 2012年02月02日 18:13
今日はさむいです!
エゴがあるから個人の識別ができて
なかったら、個人がなくなると
私のエゴは思ってます。
個人なんてほんとはなくて
一つ一つはこの仕組みのおかげで
独立してみえるけど
遠くからみたらたった一枚の絵のような。
しかもとびきりきれいな。
Posted by やまめ at 2012年02月02日 18:18
ナラヤナさん
>エゴは無類の詐欺師なんだと思う。
同感です!しっくりします^^
Posted by アーサー at 2012年02月02日 18:24
自我とは単なる言葉で文字記号が並んでる何でもないもの
全てはひとつ
森羅万象の全てが自分
自我は私であり私は自我
あなたは私であり私はあなたである
なので
ありのままの今の本当の自分を生きるのである。
Posted by 優 at 2012年02月02日 18:26
あ~今苦手だなって相手から手を差しのべられても、
その手を素直に取りたくない。それがエゴ。(=自我?)
ここ数日、ちょ~やなやつになっています。
と認識するのも、エゴ。
なんだかこう霊性のことを知ると
起こることもだんだん巧妙になってくる気がします。
今、エゴの中に入り込んでここから抜けられない!て思って
苦しんでいるけど、抜けようって思うのも、エゴ。
エゴはどこまでも続いていく・・・、
あ、そうか、抜けようとかしなければいいんだ!!
そのまんまいさせてあげればいいんだ!!!
ごきげんよう、エゴさん。自由にそこにいていいよ。^^
・・・エゴは存在を認めてもらうと、どうなるのでしょうか?
Posted by reirei at 2012年02月02日 18:29
クリシュナムルティなら
自我=思考=時間
とか言うのでしょうね
宇宙大生命、大意識の
ごく一部でしかない
自我意識なのに
それが現実のすべてであると
顛倒妄想するところから
あらゆる現世の悲喜劇が始まる
自我を相対化し意識の場の中に
適切に位置づけることが
霊的行法、実践の目的の
一つなのでしょう
とまあ、自我で講釈垂れる
自家撞着に陥ってしまう
この閉じた円環から
どう抜け出すのか…
覚醒を望みながら
自我にしがみつき続ける
矛盾とどう付き合っていくんでしょう
自我がくたびれて
作動停止するまでかなあ
Posted by 一空 at 2012年02月02日 18:31
いつも楽しみにして拝見しています。
やはり、子どものことになると、特に将来のことに対して、いろいろと助言者になろうとしてしまいます。自分についてのことは、そう怒りにくく、熱くなりにくく、だいぶマシ⁈になりましたが(^_^;)
どうしても、一人の親として、将来をあれやこれやと想像しては、説教しています。
阿部さんは、お子さまに対して、何か特別な思いというか、どう接していらっしゃるのか、以前より時々考えることがあります。
Posted by エゴまま at 2012年02月02日 18:40
子供の成長を見ていたら。
自我の芽生えは、自分と他人が別だと理解すること。
全ての人間の進化の過程にあるのは、それらを(エゴ)使いこなし、
沢山の経験をさせるためなのかな。
使用方法ってあるのかもしれませんね♪(^-^)v
Posted by たけるのママ at 2012年02月02日 18:49
ice さんへ
>エゴによって苦しく感じているとしたら、それをそう感じているのは何なんでしょうか?やはりエゴですか?
私に質問してるのかなぁと思ったのでお答えします。
違ってたらごめんなさいね。
感じるとなると、真我かなぁ…
苦しい、辛いを何かのせいにしてるときは自我かなぁと思います。
それを、ただただ、感じるとなると自我とは違うような…
答えになってないかもしれませんが…^^;
Posted by オカメ at 2012年02月02日 18:53
エゴって…役柄なのかしら。
Posted by さっちん at 2012年02月02日 19:03
ぜ~んぶ エゴ。
Posted by hoho at 2012年02月02日 19:06
こうしてお題を出されて、
自分はこうだ!こう思う!
と、
張り切って自己主張したがっているのが、
「自我」だと思います。
Posted by 雪光(ゆきひかり) at 2012年02月02日 19:16
泥んこ祭り さま
昼間は、こちらのテンションで勝手にすすめてしまい失礼しましたm(__)m
私ね、なんだかハンドルネーム「泥んこ祭り」ってスゴいなーって、思って嬉しくてね〜
泥んこ って 水と土
祭り の 奉る 祀る まつるは、梅原猛さんいわく
「魔釣る」という意味合いがあり、
悶々とした思考を打破するパワーを感じたので
そして、様々な自我うごめく沼のなかから真白な蓮華が咲きますように(^人^)
私も、かくありたいと思います。ありがとうございました
Posted by コネクター223 at 2012年02月02日 19:18
我思うゆえに我あり
ということは
我思わざれば我なし
我を思うのは脳みそ
我思わざるは何
エゴと脳みそはグルか
Posted by Z at 2012年02月02日 19:26
Zさんへ
グルだと思う。
Posted by PANDA at 2012年02月02日 19:32
エゴによって自分の行動が規制されていると思い込んでいる事自体が問題なのかもね。
公園のベンチにて…
例えば昨日、自分が買ってきた大好きなケーキを何故か食べなかったのは
ダイエットしてるせいでもなくて修行しているせいでもなくて、
満腹だったからでもなくて、ただ単に食べなかったっていう事なんだと思う。
後になって「あの時食べておけばよかったなぁ」とか
「いやまて、食べると太るから食べなくて正解だった。」とかいろいろ思考を
巡らせてしまって、目の前で遊んでいる子供達の姿に気づいた瞬間に
ケーキについての思考が消えて思わず苦笑い。本当は目の前の風景を
意識的に見ているだけでいいような気がするな。
それがなかなかできないんだなこれが。
Posted by 空き地の土管 at 2012年02月02日 19:35
[自我]は一つとの分離、他との融合や分離を味わっている感覚かなぁ?毎度仕事中はオバサン軍団の節操のなさにゲンナリして…何とかならねぇかと毎日思っているが、いまここにある[何とかならねぇか?]の為にやっているんだなと思った。意外に金の為に働いてないね。此れはある意味価値判断を抜けば蜜の味だ。自我にとって。本題からズレますがアホと呼ばれても良いからやりたいことやるが自分を生きるでしょうね。支配的な蜜の味より旨いか不味いか?愛の味。
Posted by 蜜の味?愛の味?毒の味? at 2012年02月02日 19:51
エゴがなければ 悟りに出会う経験もない
でも出会った人は その後 エゴとの付き合い方がかわるのかな。、、
昨日の阿部さんの
「これはエゴだろうか」とは迷わない
という言葉が印象に残っています。
頭のおしゃべりは まったく消えてしまうのでしょうか。。。
ハート(想い)と行動が直接つながること
そこに あれこれとよけいな思考が入る事がない。
このなかに エゴってあるのかな。。。
「無」がほんとうのわたしたちなら、思考はエゴだけど、この正直な思いだってエゴですよね。
わたしを生きること
この言葉には 悟りがあり、エゴがあるってことになりますよね。
悟りとエゴって 切り離せないようなもの。。。の様な気がします。
Posted by pao at 2012年02月02日 19:58
エゴがなかったら、生物は生き残れないと思います。
でも、人類は、文明が発達して、生き残ることが第一ではなくなり、よりよく生きることを目指すようになったら、エゴが邪魔になったのだと思います。
宗教は、エゴを否定しますが、エゴがあることも、ないことも、両方とも大事だと思います。
宗教は、エゴを否定しますが、それは宗教以外のエゴがあるから否定できるので、本当にエゴなしにしたら、凡人は生きられないと思います。
Posted by いたる at 2012年02月02日 20:01
私の意見がポジティブで建設的な意味でひろがる日を願ってます!!
あ・り・が・と・う。
Posted by “M” at 2012年02月02日 20:10
エゴの奴!!
めんどくせー!!
何がやりたいの!!
なんてしょっちゅう思っていますが、奴がいないと何も体験でないしなぁ…なんて思いながら、コメント欄にどう書こうかと考えながら自転車に乗って家に帰っていると、変なおじさんに言いがかりをつけられました
その時、エゴがムクムク!!と出てきて、相手を攻撃しろ!!と言ってきました
だけど、また違うエゴが出てきて彼の心の虚しさに気付いて愛を送ってあげてと言ってきました
今日のあたしは後者を選択しました
エゴは、何だろ?
誰かもコメントしていましたが「相棒」が近い言葉かな…
あと、「選択肢」かな…
Posted by 地球クン at 2012年02月02日 20:10
人間
Posted by yag at 2012年02月02日 20:12
自分やみんな、世界にとっていいことならやればいい。
これはどうなんだろう?と迷うことでもよっぽど他人や自分や地球を傷つけることでなければやっちゃえばいいと思う。
この考えは自我?愛?とか考えてると本当にきりがないし、僕などはそれで体調を壊してしまいます。
本末転倒とはまさにこのことですね(笑)
Posted by 太郎 at 2012年02月02日 20:16
エゴは自分を知るために必要なのではと思います。赤ん坊が母親に抱かれる自分を鏡の中に見て、母と母の抱いている他者の存在を知ります。それが、自分であることを知り、「自己」として認めることで自己の同一性が得られ、他者と自分の区別を始めます。(ジャック・ラカン『鏡像段階』)この時エゴは目覚め、私たちは人生を通してエゴに使われたり、使ったり、飼いならしたりして、泣いたり、笑ったり、怒ったりしながら自分を知る修行をするのだと思います。
Posted by みほ at 2012年02月02日 20:26
自分ができないことを人に要求しないでください。
Posted by こたろう at 2012年02月02日 20:28
「自我の役割」
私たちは、根源(ソース・みなもと)より誕生し、進化してきました。
ほとんどの生命は無意識に活動し、それぞれの個体としての役割から、種としての役割、さらに宇宙生命体(ワンネス)としての全的役割を同時にこなしています(無意識に・自然に)。
人間もそのなかの一つの種として誕生しました。
私たち人間はこれまでの歴史の過程で、コミュニケーションの手段として言葉を創造しました。
おそらく、言葉の創造に関連して、記憶の能力も発達していったのではないでしょうか。
その後、私たちはさまざまなものを言葉に転換し、分類(記憶)していきました。
こうして言葉によってさまざまなものが説明できるようになりました。
自分の体験の説明の記憶(以下、自己意識)、これが自我の正体だと私は考えています。
私たち人間が言葉を創造して世界の説明を試みはじめたときから、私たちは、すでに宇宙から独立した自分という感覚に支配されており、この感覚を前提に対話を進めてきました。
自己意識には、他者から学んだことも含まれます。
こうして学んできた自己意識は、あるときから、私たちを支配しはじめます。
私たちはこうして、自己意識と同一化し、本当の自分である根源(みなもと・ソース)とのつながりを忘れて生きています。
自己意識に操られることは、本当の自分からの分離であるため、これが苦しみの原因になります。
けれどもこの苦しみがピークに達し、それにこらえ切れなくなると、私たちはそれまでしがみついていた自我を手放すしかない状況になります。
このときにそれに成功すると私たちは、自己意識が、たんなる思考であり、実体のない幻想であったことを理解します。
この理解が進むと、根源(みなもと・ソース)こそが本当の自分であり、この肉体とそれに属している(と思われる)部分(自我も含めて)は、その現れであったことを理解していきます。
さらに理解が進むと、やがてその根源が、この肉体とそれに属している(と思われる)部分(自我も含めて)を通して生きているという感覚を得ます。
私たちは、この肉体を通して、根源の役割を果たすために生きていることを思い出します。
ほとんどの生命が無意識に活動し、それぞれ個体としての役割から、種としての役割、さらに宇宙生命体(ワンネス)としての全的役割を(無意識に・自然に)同時にこなしているように・・・。
これまでは、自我の操作性がそれを邪魔していましたが、自我がこれを理解することによって、自我はこれ(あるがまま)に抵抗しなくなり、そこから、自我は根源の役割を達成するための本来の役割に戻ります。
私たちは、自分(自我)を通して、根源の役割のために生きています。
以上が、私の考えている自我です。
*本文中の「理解」とは頭で理解することではなく、体験的に理解されることを言っています。
Posted by やまがみてるお at 2012年02月02日 20:29
娘を育てながら
思います…。
赤ちゃんの時…
生まれてしばらくの間は
神々しささえ感じられましたが
二歳くらいから
自我が芽生え
四歳の今は
自と他を完全に区別しながら
色んな感情を日々学び
成長しております。
自我の世界で生きる事は
愛を知る為に
必要な事のように思いました。
Posted by まい at 2012年02月02日 20:33
自我がないと仙人のような生き方をしてしまうと思うので、
やはり自我は必要。
中道の精神で微妙なバランスを保ちながら、
神我と自我の間を行きつ戻りつすればいいのではないかと思う。
Posted by ねこ at 2012年02月02日 20:33
思考の源は脳そのものじゃないとおもうんだ。
よく、頭で考えるなって比喩して言うけどね。
Posted by みな at 2012年02月02日 20:36
阿部さん みなさま こんばんは(^^)
泥んこ祭りさん こんばんは(^^)
素敵なお名前~☆ 泥んこ祭りさんとコネクター223さんのコメント読んで、、うっふふ、あはは・・・楽しくって、おかしくって・・・(笑)(笑)(笑) 今もにっこり&にんまりです。
私も、コネクター223さんと同じように、泥沼から浅瀬に乗り上げた泥んこ祭りさんの力強い意志&パワー、、感じます!スゴ~イ! 良かったですね~☆ 私も「「真っ白い画用紙」に思いっきり泥んこ塗ってみます!(^^)
泥んこ祭りさん ありがとうございます☆ コネクター223さん ありがとうございます☆
「自我」とか「悟り」とか、深く考えたことがないですが、、、もしかしたら、「自我」は泥んこのようなものかもしれませんね・・・泥んこが剥がれ落ちた時に垣間見える「笑顔の素顔」=「人間の正体・愛」だと思いますから・・・
互いに泥を塗ったり、塗られたりしながら(笑)成長を志向する意志、、いいも悪いもなく、ただただ成長したい!と、望む意志・・・
う~ん・・・よくわかりません。。。降参で~す。。。(^ー^)
今夜も冷え込むようですね~・・・・
みなさま ご自愛くださませ☆
いつもありがとうございます。 (^^)
Posted by しいちゃん at 2012年02月02日 20:37
海洋さんに一票。
エゴ=自分 です。
「邪険にせず、認めよう」と今は思っています。(エゴが?)
Posted by はち at 2012年02月02日 20:38
エゴってなんだろうか。
客観的に観察して分かることは・・
・表に出たり、気づくといなくなってたりするもの
・エゴが原因で争いが起きる、摩擦が起きる、苦しみを生む
・よくわらかないけどエゴの苦しみを真正面から味わうと、人間的に広がりが得られる(意識が拡大、心が穏やかになる)
今にあることは、エゴと向き合うことだなと感じます。
Posted by iwasaki at 2012年02月02日 20:51
久しぶりにコメントします。
エゴですか。なんかカッコイイこと書いてやろう思ったんですけど、みんなの
コメンントを読んでいたら感心してばかりで、何も思いつきませんでした(笑)
でもすごく嬉しいんです。時代の変化を感じますね。
自分がよくやっている事は、エゴを眺める、です。
笑ったり怒ったりしている時にも、そんな自分を、ただ眺めるんです。
そうするとエゴが慌てだすんです。心がザワザワ落ち着かなくなってきます。
「オイ、なにやっているんだよ!こっちに来い」
と言っているようです。
それでもエゴを眺め続けます。
そうすると何かを考えることが出来なくなってくるんです。
頭がしびれて、ぼーっとしてきます。
エゴって、自分が付き合い方を変えるとエゴも変わってくるんだなぁ、
と思っています。
エゴは命のうねり。エネルギーの流れ。
Posted by pen at 2012年02月02日 20:52
エゴ
あんまりかっこいい気づきはないけど
未だに付き合い方がわからない、理想主義なのに、怠けたがりなやーつ。
阿部さん、たくさん読むのがあって、今日はいっぱい頭つかいそうですね。
Posted by ゆうこ at 2012年02月02日 20:55
今日は、とても寒い。
湯たんぽを入れるつもりです。
いつも、良い悪いを判断しているのが自我
真我というか、ほんとの自分は判断をしないのかな?
すぐ判断する自分が出てきて困っています。
すべてを認めれば、いいのかな。
幸せの源は、全て自分にあるのですかね?
Posted by matasan at 2012年02月02日 20:58
エゴとは自己欺瞞。
幸せになりたいといいながら、不幸であり続け、苦しみたくないと言いながら苦しみを手放さない。
本当に正直になったら、消えるしかないもの。
Posted by 洋 at 2012年02月02日 21:00
エゴを例えれば、人差し指が「私は人差し指なんだ!」と主張するようなものでしょう。
確かに、人差し指は人差し指なんですけど、同時にそれは手という存在の一部でもあるのです。
また身体全体から見ても、指は身体の一部でもあるのです。
手や身体の働きを無視して、「私は人差し指であって、手や身体とは別個の存在であり、手や身体からは独立した存在だ!」と自分勝手な動きをしようとすれば、当然強烈なストレスが人差し指に掛って、下手すると人差し指自体が機能不全を起こしかねませんね。
エゴもまた、全体と一体の存在であり、エゴが全体から独立しようとすると、ストレスが掛り、機能不全を起こしてしまうでしょう。^^
Posted by 近藤 at 2012年02月02日 21:00
自分の出来る範囲を越えたのが、エゴだと思う。
Posted by みどり at 2012年02月02日 21:06
正直、わかりません!(;^_^A
なんとなく、本当は一つのものが、自分を知りたくて分離して、こんな一面もあったんだ!と気付くことかしらー?と。
一人一人が個別と思っていること、そしてその一人一人の考えかなぁ?と思いました。
時に自分や人を傷つけてしまったり、でも新たな自分に気付くために大事なものなのかなぁ。
Posted by うり at 2012年02月02日 21:21
エゴは直感を邪魔してると思うのです。もし自分が直感を得たければ、思考に振り回されないようにしなければならないし、エゴがそれを一生懸命邪魔してきますね!
直感が得た〜い!
これもエゴなんですよねえ。
まあ、無理なんですが、思考のパターンにはまらないよう頑張ります!心で考えるようにね!
Posted by フローラ at 2012年02月02日 21:24
自我と男性性 何か関係がありそうな気がします。この関係性に目覚めのヒントがありそうな気もします。
Posted by くまさん at 2012年02月02日 21:26
分離フィルター?
人の数だけ性能もちゃうような・・・
Posted by カカオ豆 at 2012年02月02日 21:30
こんばんわ~
自我・エゴで思い出したのですが。
脳機能科学分野の研究で、自由意志決定の0.35~8秒前に
脳から信号が送られている事が証明されているみたいです。
慶應義塾大学大学院 前野隆司教授
講義「システム生命論」の一部ですが↓を検索で見れます。
【意識は幻想か?―「私」の謎を解く受動意識仮説】
やはり、全ての事は既に決められれいて(決めてきて)
それを謳歌する為に自我があるのかな・・
このタイムラグは、自我と阿部さんの言われる「いまここ」で
一つにできるのかなぁなんて、ふと思いました(笑)。
Posted by カシジャス at 2012年02月02日 21:43
はじめまして、いつもありがとうございます。
自我は人生を創造するのに必要だと思っています。
Posted by くろ at 2012年02月02日 21:47
エゴ=煩悩それ自体。この私=エゴ=煩悩そのもの。一個の救いの無さ。煩悩即菩提。この即、色即空⇔空即色の即。起こることしか起こらないなかで、この起こりも起こる。それが自然法爾(じねんほうに)だと、私は思っています。
Posted by しくはっく at 2012年02月02日 21:53
自我って、怒ったり笑ったり、感情をむき出しにすること?
だけど、ポーカーフェイスを一切乱さないひとのそれも、自我?
阿部さんの過去記事を読んで
ありのままを受け入れて、毎日welcome!って気持ちで生きるようにしたら、いろんなことがスルスル享ようになって、すごく楽になりました…。
阿部さんありがとう!
Posted by ゆり at 2012年02月02日 21:56
いつもありがとうございます^^
最近、ちょっと考えてしまうことがあります。
例えば、明らかに『エゴ』というものが、自分に現れたとします。
(この場合は、あまり心地の良いものではない場合)
その時に、どっぷりとその感覚を味わうのか、
『エゴ』は、自分自身とは無関係のモノであると捉え、
一歩下がって、冷静(霊性ともいうかも)に、見つめる方が良いのか、
と・・・。
阿部さんは、どう思われますか?
とんちんかんな質問だったら、すみません(^^ゞ
Posted by 石屋のおこ☆ at 2012年02月02日 21:58
『鬼』のいない『鬼ごっこ』という感じでしょうか?
自我は僕のストーカーで、僕は自我のストーカーだと思いました!
Posted by ゆーき at 2012年02月02日 22:00
なんだか、自我(エゴ)は、”おまけ”のような気がします。
メインは、そっちじゃないよ!みたいな。
Posted by よっす at 2012年02月02日 22:04
自我は、肉体と同じようにこの3次元世界で生きていく上でどうしても必要なものだと思います。
しかし、最近は、自我にだんだん振り回されなくなった自分を感じ始めています。カッカきたりしても、へこんだときも、あー自我が自我をやってると思うと落ち着きます。
そして、カッカきている自分、へこんでいる自分を落ち着かせようといろいろ言い聞かせる自分がいると、またあー自我が自我をやってるなあと思うようにします。すると、ずいぶん穏やかな気分になります。
自我があることは肉体があるようなもんだから、自我をなくそうとしたり、自我があることにこだわらないようにしようと思っています。
Posted by さばとら at 2012年02月02日 22:05
いつも楽しく拝見しています。
エゴはなぜあるのか?と考えてしまいます。
何か目的があってエゴがあるのかなと。
我々がみんなつながっていて一つであるということを、ある目的のためにあえて別々であるようにするために作られたものなのかなぁと。
でも、そう考えても、その目的が良く分かりません。
良く肉体、幽体、霊体とがあると言いますが、エゴは幽体と肉体に関係しているようにも思うのですが。
そう考えても、そもそも肉体や幽体をなぜ作る必要があったのか?
やはり目的が分かりません。
うーん。すみません。質問のような内容になってしまいました。
Posted by さとまん at 2012年02月02日 22:09
エゴは本来ツールであったんだけれど
ツールの範疇を超えてしまったものでしょうか。
Posted by こい at 2012年02月02日 22:10
自我(エゴ)について考えてみました…。
育児の本などを見ますと、赤ちゃんは何ヵ月で段々、自我が芽生えて来ます〜などと表現されますけど、そこから考えると、産まれたばかりの赤ちゃんはいわゆるワンネス状態な訳ですね。で、段々他人との境界がハッキリして来る。そこから自分で何とか生きて行かなければ〜と気づき、知恵、思考が育まれる。従って、その知恵とか思考が自我かと思います。
私たちは色々な出来事に出会いますが、どう感じ受け止めるかは全くの自由であって幸せに感じても嫌な気分になっても自由。
自分でもってコントロールしなきゃならないんだけど、自己犠牲的なことになると自我くんがイヤイヤをする。
思考中の生存本能優先担当がエゴちゃんなのかなと思います。
Posted by 乙女 at 2012年02月02日 22:10
エゴがテーマだと
盛り上がりますねー
もう200位のコメントが
関心の高さがうかがえます
エゴを否定も抑圧もせず
程よく活用できたなら…
Posted by 転々 at 2012年02月02日 22:17
『我、もの思うとき、まさにエゴなり』
なんて、言葉が浮かんできました!
Posted by ポワンコ at 2012年02月02日 22:20
「これが私。」
なんて、「思いこんでいる私」を自分だと思いこんで生きてました。
「私は○○だ。」
と、「信じこんでいる私」を自分だと思いこんで生きていました。
そんな、思いこみ、信じこみを、
思いこんでる自分が
「思いこんでる私」「信じこんでる私」に気づいて、
それを見抜いて、
そして、思いこんでいる自分からも自由になることが、
新しいはじまり。
なんて感じてます。
すべての「思いこみ」とか「信じこみ」が自我なのかな?
Posted by 自我のこと。 at 2012年02月02日 22:24
「私」は「神」で
「私」は「大丈夫」なら
なんで「自我」はあるんですかね。
なんで右往左往、上がったり下がったりするんですかね。
なんで「自我」を体験する必要があるんですかね。
今でこそまぁ平和ですが、今までの歴史なんだったんですかね。
自我から発するルールだらけの歴史。
ありえないような理不尽の数々。
自己鍛錬(簡単に言って)にしてはおふざけが過ぎるような気もしてきました。この夢は。
自我社会で生まれて、自我社会で育つのに
自我以外を「気づく」て...まぁ大変ですよね!
なんでいまここにいるんですかね。
そもそも全然次元が違って対比させることも出来ないものなのかな。
Posted by ☆ at 2012年02月02日 22:37
すごいコメントの数で、コメントパクっちゃいますと祭りっすな~!(*^_^*)
阿部さん大変だ~。全部読めますかね~。
な~んて事を書いたのも!
僕は、カッコいい事を言いたいからさ!認めてよ!
みんながギャフンというような事を書きたいからさ!凄いだろ?
でしょ?オレは凄いでしょ~!
って感じでウズウズしてる。こんな出番を待ってたのだ!
・・・でも、何もない。アハハの歯。
呼んでないのに出てくる「オレオレ!」
「オレ」は騒いでないと、消えちゃう気がする。
騒ぐ事で存在できてるんだもん。
あんたがこの騒ぎに気付いてなければ、
これが普通だと思ってるなら、
オレは安泰。
でも、今が「騒ぎ」って気付かれたらヤベーぜ。
そもそも、おいらはあんたを守ろうとしているんだぜ?
だから、むげに扱わないでしんちゃんクレヨ~ン!
オレは、悪い事してるつもりないんだけどな・・・結果おいらは悪者か・・・悲しいな、サッチャー。
・・・帽子、じゃなくてハット気付いた!
あたしゃ何を書いたのでしょうか(^_^;)
文字を使って、近代美術的なものをかきたくなった。なーんちてー。
僕はある魚の絵を書くのが得意でして・・・はい、やめておきます・・・
Posted by ジョン・檸檬 at 2012年02月02日 22:53
過去の経験から自分の中にある不安や恐怖をなんとかして無くそうと行動してしまうことかなと思います。
Posted by ラーメン at 2012年02月02日 22:53
こんばんは。
わたしも参加させていただきます。
かつて、自我の渦で溺れかけた時期がありました。複雑な恋愛に四年間はまり込み、自分を過小評価したり過大評価したり、自分を哀れんだり、気持ちも荒れ気味な日々でした。
でもその四年間が過ぎたあたり、何か憑き物がとれたようにハートに光が差してきて、一人旅やスピリチュアルな本を通して心の静寂をえるようになりました。あの時期がなかったら今の私はいません。
いまは自我タイムと【いまここ】タイムがほどよいバランスな気がします。
これから私たちはどんなバランスで生きていくようになるのか‥とても気になるところです。
なんだか楽しみですね♪
ありがとうございました。
Posted by ☆AGAVE☆ at 2012年02月02日 22:54
人生を自分でコントロールしようする存在だと思いました。
幸せになる方法、悟る方法、を求める存在
方法なんてなかったんだ、今、幸せで良かったんだ、悟ろうとしなくても良かったんだと気づいても、そうであろうと努力する存在
私たちは愛です
そして愛でいようと努力する存在
何もしなくてもいいのに、しようとする存在
生きてる限り、決していなくなることはない、仲良くしたいです。
Posted by てくてく at 2012年02月02日 22:55
エゴは、お役だと思います。
以前、おもしろいたとえ話を聞きました。
舞台を見ていて、その舞台上で、危険な場面になった時、
「あぶない!」と思って、夢中で舞台にかけ上がり、事態を回避しようとするひとって
いませんよねっていう話(笑)
たしかに、そんな愛すべき人がいたら、抱きしめたいですが、あまりいませんね。
ここまで書いて、思ったのですが、その観ている方が、本当の自分
で、神様だとしたら、きっと人間と同じように泣いたり笑ったり怒ったりしている
のでしょう。
この一回ぽっきりの人生。お役を生き切りたいです。
さて、どんなお役を生きようかな~♪ 時をかける少年がいいかな!(笑)
それにしても、この舞台は、途方もないもんですね!まったく!!!
ありがたい、ありがたい・・・時をかけるおじいちゃんになってしまた(笑)
Posted by れれれ♪ at 2012年02月02日 22:55
しいちゃん さん
見守っていて下さりありがとうございました(笑)
それでは、ご一緒に、あっ違う違う
しいちゃんさんの、白い画用紙の詩、素敵でした
悶々さん改め、泥んこ祭りさんにも気持ち伝わって良かったですね
詩っていいですよね
絵もいいですね
泥沼から蓮華
実はエピソードがあって…
私の友人のお母さんが亡くなって、家に住職が来て、家族と戒名を話しあっていて
隣の部屋から叔父さんが「戒名は決まったか?貧乏でもな、お金をつまにゃないかんで」という声が聞こえ、友人は、来たー!
と思っているとご住職が「院、居士は金じゃない」と、言われたそうです。
戒名に『蓮』の文字がつき、その理由が「蓮は泥っ泥っの所から美しい花を咲かす」からで、
泥っ泥メンバーに叔父さんも入ってるはずなのに、なぜか「良かったな!いい戒名もらって」と喜んで帰ったそうです。
叔父さんは悪い人ではないけど、とかく金の話をすると、友人は笑っていました
そんな事をぼんやり思い出していました
明日も寒いんですね
お心にかけて頂き、ありがとうございました
Posted by コネクター223 at 2012年02月02日 23:00
ジョン・檸檬さん
たしかに、もう「エゴ祭り」ですね(笑)
どんどん積み上がるコメントと
自由の求めるバベルのおもちゃと解く
その心は・・・?
「エゴブロック!」(笑) なんちゃって♪
Posted by れれれ♪ at 2012年02月02日 23:09
人生が怖いから、人生の替わりに思考を生きること。
Posted by かっぱ at 2012年02月02日 23:14
何かもうエゴとか悟りとか疲れてきちゃったんすけど...
わからなさ過ぎてギブアップですm(_ _)m これがエゴっすかね↓泣
Posted by pinole at 2012年02月02日 23:18
自分とは何かといえば「肉体とそれに付随する精神作用」というのが今の私の実感です。従って死んで肉体が消滅すれば、自動的に思考も感情も感覚も消滅して一巻の終わりという感じです。何よりもこのことを強く感じるのは、死んだ人とは話をすることができないという事実からです。
私には娘が4人、孫が7歳を頭に男の子が2人、女の子が2人います。もし今このうちの誰かが事故や病気などで亡くなったとしたら、それこそ心の中にぽっかりと大きな穴が空いたようになることでしょう。
真我は不滅だなどと言ってみても、亡くなった者とは第一、話をすることができません。一緒に遊んだり誕生日のお祝いをしたりすることもできないでしょうとエゴは愚痴りたくなりますね。
エゴとは肉体に本来備わっている自己保存の本能からくるのでしょうか。
Posted by てなんつ at 2012年02月02日 23:30
エゴって結局、「尺度」であって
語り合う「尺度」決めないとキリないような・・・
その新しい「尺度」を阿部さんが提案し、
その結果がこのブログの賛同の高さかと・・・^^?
Posted by 頓沈還 at 2012年02月02日 23:30
初めてコメントします。
エゴは最近の私のテーマになっています。
例えば自分の欲求が周囲を傷つけてしまうと分かっているとき、理想的な選択をしようが、自分の気持に正直になろうが、本当に幸せにはなれない。
エゴは色んなところから、少しづつかけらを寄せ集めて理想郷を作ろうと頑張るけれど、幸せを作ることはできない。
私の中では、そんなイメージです。
Posted by sol at 2012年02月02日 23:31
自我は判断するのが大好きですよね
自分自身や周りにいる人、環境、状態…あらゆる事に対してジャッジしてる…
そんな時は心が苦しくてもがいているし、体の不調としても現れてきますが、何も判断せずに、ただただ感謝に溢れ愛を受け取ってる時は、心が満たされ、体も楽になるんです。
行ったり来たり…
正直もう疲れて来ちゃったぁ
私は愛を選択したいな
Posted by ハイジ at 2012年02月02日 23:36
活性酸素みたい!全くないと困るけど、肥大すると、とっても苦しくなる。「悟りの授業」では確か黒斉さんが絵をかいて説明してましたが、自我がないと生まれてきた意味がないとおっしゃてましたよね!人間として生まれてきた以上修行するために必要なものなのだと思います。
Posted by ふみ at 2012年02月02日 23:47
エゴって私がつくった最高の私だと思う。
時々泣かされたり、怒らされたりするけど、大好きです。
Posted by ひろ at 2012年02月02日 23:52
今朝出勤のバスの中で、「そうだ、自我についての本を書いて、ベストセラーになったらスゴいぞ!」なんて、にんまりしながら構想を考えていたので、シンクロにびっくりです。
今まさに、自我を意識し、自我を語るタイミングになってきているんですね。
自我はやっかいもので、ちょっと油断すると、思考の連鎖に飲み込まれしまいます。
でも、ハッと気がついて、今さっきまで自我が何を考えていたかなぁ、なんて思い返すと、「結構自我も一生懸命考えているな、我ながら真面目なやつだな」なんて感心してます。
そんな風に、自我について観察している見方考え方も、自我なんだけど、意識はできている。
Posted by はっし~ at 2012年02月02日 23:56
阿部さん、いつもblog拝見させて戴いてます(^-^)
ありがとうございます
ただ感じて体験したい意識の
サポート役がエゴだったのに。
いつでも変更可能なのに、変えられないと思い込んでいるもの。
使用が困難だと思い込まされている(込んでいる)もの。
本来は体験を選ぶ・認識するツールなんだろうけど。
自分をがんじがらめに制限する事、人を裁く事、差別化する事などが成長肥大化しちゃった大人。
この世を味わい、体験する為に付加したもので
エゴがあるから選択創造という楽しみを感じ、多様性が生まれる。
漠然とですが、いまそんな風に感じています。
Posted by hinanagashi at 2012年02月02日 23:57
えーと、エゴについてですよね?
エゴ、って、あまり真面目に考えたことがありません。
魂とのバランスがとれていれば いいんじゃないかな、くらいにしか感じた事がないもので…
お恥ずかしい
けど、正直に書きましたよ(^-^)
Posted by まりん at 2012年02月02日 23:58
エゴって基本“求める”方向性で考えられるけど、あえてそれを“求めない”方向で考えてみると面白い。
求めないからノルマから開放される。
求めないから人間関係から開放される…
ま、結局“求めない”ことを求めてるんだけどね(笑)
Posted by ふしぎ at 2012年02月03日 00:00
いつもありがとうございます。
エゴとは思考。
いまのままでは、ダメだと考える思考。
不安に思う思考。怖れもそうかな。
世間一般に称賛されていることを自分も欲しがる心。
あれもこれもと獲得しようと欲望が、次々と膨大していく。
エゴが人生のほとんどをコントロールしていると、真我、やすらぎを味わえない。
欲望で満たされているのがエゴ。
誰もがおんなじ心を持つ。
私自身エゴのかたまり。
エゴを全て手放せるのには時間がかかるが、エゴからの囚われがなくなった
時、悟れるのかも。
悟っても、エゴは死ぬまで残り続けるものでしょうね。
Posted by nurse at 2012年02月03日 00:01
例えば周りのみんなに動いてもらっても
それは満たされなくて、
良いと悪いの真ん中で右往左往して
どこにも行きつけない感じのもの
Posted by haru at 2012年02月03日 00:05
自我にはずっとふりまわされっぱなし。
だってあれこれ沢山の情報や感情を拾ってくるんだもの。
Posted by ゆゆ at 2012年02月03日 00:10
エゴってどんなふうに定義していいものやら。
(単純にエゴ=欲望としたら)
とりあえずエゴvsエゴの対立がほとんどの問題の根源…。
人間は皆、独りでは生きられないのに、なんでエゴを抱えているのかな。
不思議です。
もしも、物理的にも精神的にも一人一人の欲望が満たされる世界だったら、エゴはなくなるのかな。
ん?じゃあ、独りでは生きられないから、エゴが生まれてくる?
Posted by 勘太郎 at 2012年02月03日 00:21
ひとつであった私達は
個を体験してみたい!!
という好奇心から
エゴを生み出しました
そして現実がまさにあるかのように体験したかったので
恐怖を思考と結びつけ、葛藤、羨望を生み出し
どんどん夢を深くしていきました。
その夢はとてもリアルで、まさか夢だなんて本人は思いません
そうやって
眠りこけることに大成功したのです。
Posted by Faith at 2012年02月03日 00:25
最近は選択するエゴが最後の突破口かなどとおもっていたところです。
何気に選んでいる時ではなく、これは選びたくないという時の選択です。
避けてもよいのか?受けてたつべきか?
考えている時点で、好き嫌いと別な損得勘定中~~
Posted by tara at 2012年02月03日 00:25
エゴ
最近、心の中のそいつが
現れてきたような気がします。
ずっと我慢?してきた自分がいて
他にも色々あり
心が迷っている今、
思い立って、そいつの言うまま
このくそ寒い時期に坊主にしました。
さらにタイミングで
1人暮らしをしようと思っています。
支離滅裂ですが
今日のいまここ さんの日記の
タイトルが見事に自分にマッチして驚くほど
違和感を感じています。
初めは京都で修行でもと考えましたが気持ちが弱く
お電話した職人さんには
近い内に断りの電話をいれます。
弱さ、強さとはいったいなにか。
僕自身 流れに身をまかせ
心のままに。
Posted by ナガイシ at 2012年02月03日 00:26
お題ありがとうございます。
こうして考えるのは楽しいですね。
今回はあえて他の方のコメントを見ずにコメントし、
後でみなさんのコメントもゆっくりとみたいと思います(*^_^*)
自我は、私です。
私とあなたと私が自我だと思っています。
そして、今私が見ているもの全てが自我であり、
この世界こそが、自我です。
逆に真我については、ワンネスと安らぎという言葉くらいしか出てこず
よく分かりません。
Posted by ひまわりママ at 2012年02月03日 00:36
いつもありがとうございます。
エゴは生きがい。
Posted by 清左衛門 at 2012年02月03日 00:43
こんばんは
エゴはワンコみたいだなと思います。
犬って飼い主を信頼してないと自分主導で状況を操ろうとし、外敵から自分と飼い主を守るためピリピリ。
実際は飼い主が犬を守ってるんですけどね(^_^;)
でも完全に信頼関係ができると有能なパートナーとなってくれますよね。
真我から見て自我はこんな感じなのかなってワンコたちと遊んでてふと思いました。
早く飼い主を信頼したいです…
Posted by コーディー at 2012年02月03日 01:29
浅瀬の海に漂っていればくっ付いてくる、
フジツボみたいなものですかね。
Posted by 喜由 at 2012年02月03日 01:31
幼稚園に入るか入らない頃、ものの見方が変わった瞬間をはっきり記憶しています。ある日いつものように近所の友達大勢で、外でおおはしゃぎして遊んでいました。ぎゃはぎゃは大笑いしていたその時、はっっっと思いついたのです。私は私以外の個体になることはできないのかな?と。はたと気づいたのはそれまではその場にいる友達なら誰でも合体したり、いれ替わったり、顔がとりかえっこできたような(コワ~)な記憶がぼんやりと残っていて、瞬時に、もう元に戻れないのかな!?とがっかりした気持ちや、何でこんなこと気づいちゃったんだろう、と後悔しました。今までは確か色んな人になれて、色んな顔だったのに…私ってずっと私?などと悲しくなったり、不安になったりしたのです。これは、自我の目覚めでしょうか?遠い記憶ながら鮮明で、自分と自分以外を感じ怖かったのです。ところで自我って説明がつくものなんでしょうか??大学の心理学で習ってもちんぷんかんぷんで、テストも散々でした。自我。自我。この不可解な言葉を自分のものにしたい~!!
Posted by 三びきのこぶたと大ぶた at 2012年02月03日 01:47
自我とは
「情報によって形成されている自分」
「生じて変化して滅する自分」
真我とは
「情報を超えて存在する本当の自分」
「生じもしない・変化もしない・滅しもしない本当の自分」
自我とは
「思考のおしゃべり」
真我とは
「思考のおしゃべりの背景にずっと変わらず存在している静寂」
自我とは
「思考の雲」
真我とは
「思考の雲の背景にずっと変わらず存在している大空」
ですかね(^^?
自我に対する執着が落ちれば落ちるほど
真我を自覚しやすくなりますね^^
Posted by 大空 at 2012年02月03日 02:09
はっしーさん
「今朝出勤のバスの中で、「そうだ、自我についての本を書いて、ベストセラーになったらスゴいぞ!」なんて、にんまりしながら構想を考えていたので、シンクロにびっくりです。」
エックハルト・トール氏がエゴについて書いた本「ニューアース」は
スーパーベストセラーになっていますよ。
「ニュー・アース 意識が変わる 世界が変わる 」
http://www.sunmark.co.jp/local-cgi/hpage/search1_isbn.cgi?isbn_cd=ISBN978-4-7631-9872-3
Posted by 大空 at 2012年02月03日 02:27
阿部さんがブログ記事で
「もしよければ、自我について、どんな観点からでもコメントをいただけたらと思います。」
と呼びかけることで、ブログ読者から230件を超えるコメントが寄せられ
阿部さんも、コメントした読者も、コメントを読んだ読者も
「自我とは何か?」
という考察が進みますね。
自我に対する理解が
自我を超えていて
自我を包含している
真我に対する理解へと進んでいくと思います。
集合智は
本当に素晴らしいですね^^
Posted by 大空 at 2012年02月03日 02:42
僕の場合は
自分自分自分という感覚を自我と理解しています
考えるということが何かについて考えるということですから
考えている間
考えている自分とその対象に分かれるわけです
これが自我の発生する理由だと思います
室内の安全な場所で
瞑想をして思考が静まり返った時
考える自分もなくなり自我も消えると言えると思います
Posted by 甲賀忍者 at 2012年02月03日 04:48
阿部さん、皆さん、今晩は。
自我(エゴ)について、い・ま・思っていることを書きます。
明日だと違ったことを書いているかもしれません!
ようやく毎朝瞑想を続けられるようになりました。
でも、しっくりこないんですよネェ~。
だって、僕の瞑想には静けさがナイッ!
瞑想していても、心の中がうるさいッ!!
自我(エゴ)がヤンチャなんです。
そして、自我(エゴ)はお喋り好きなんだ!!!
僕の心の前に自我(エゴ)がズーッと対坐していて、ずっとお喋りを続けているんです。
「瞑想なんか、うまくいかないよ!!」
「そういえば、瞑想は行為じゃなくて状態だって、阿部さん言っていたよ」
「瞑想しようと意識しなければいいんだよ!!!」
「いつになったら悟れるのかな?」
「悟ったら、僕はいなくなるよ!!!!」
(ところで阿部さん、これって、瞑想していると言えるのかな?)
思考がお喋りをしだすと、自我(エゴ)が現れるって感じ。
心がいろいろ考え出すと自我(エゴ)が正体を現すのかな?
「無我夢中」って、何も考えずに夢中になって何かをしているから、そのときは自我(エゴ)がなくなっているのかな。
「無心」というと、そのとき心は何も考えていないよね。
そして、それって理想の「瞑想」ですよね。
言葉を使って「ああじゃ、こうじゃ」と考えて、ウルサク喋っているのは自我(エゴ)ですよね。
言葉を使わずに、何も考えていないときに、自我(エゴ)は、少しは大人しくしていてくれるようです。
ポワンコさんのコメント!!!!!!!
『我、もの思うとき、まさにエゴなり』
なんて、言葉が浮かんできました!
……なんて、コメントが飛び込んできました!
すんなりと腑に落ちました!!!!!!!
僕がコメントを長々と書きましたが、この2行に僕の思いも集約されているようです。
「私」は「神」で
「私」は「大丈夫」なら
なんで「自我」はあるんですかね。
という、☆atさんのコメントには同感至極!!!!!!!
時間がなくて、まだ皆さんのコメントを全部しっかり読んでいないけど、
皆さんのコメントにいろいろと気づかせて頂きました。
ありがとうございます。
今回のメッセージは後日また、ゆっくりと読みたいですね。
Posted by 夢そわか at 2012年02月03日 05:18
孫悟空がその力を誇示して見せたのは仏の手の平だった。
Posted by ナラヤナ at 2012年02月03日 05:43
阿部さん、はじめまして。
自分がエゴから解放されているかどうか、それをチェックするには
「自分は正しい」と言う反応があるか否かがわかりやすいです。
平穏無事ならない人でも、理不尽と感じることに遭遇すると、「自分は正しい」に基づくマインドが大騒ぎして、そこから抜けられません。
また、人から褒められると満足し、軽く扱われたり、けなされると怒り狂う、落ち込む反応。
自分が苦しいのは、○○のせいである。
およそ
事実をありのままに体験できないことによって生じるもの。
ここを超えた後は、
幸せで、感謝や謙虚さが自然に身について離れません。無条件に愛することができるようになります。
以上 思いつくままに書きました。まだあると思います。
Posted by クララ at 2012年02月03日 05:56
エゴというものは、何かしら架空の存在のように思える。
真実とは折り合えない。嘘には嘘の支えがいる。突然、未来を取り払われたら、どれほどエゴがうろたえるものか。
ドストエフスキーの『死の家の記録』に若い彼が逮捕され、死刑を執行されそうになる場面があったと思う。
時間という虚構がなくてはエゴは息することもできない。
「今」という次元に不用意に遭遇させられたらエゴは大変なショックを受けるだろう。
二度と神の家には近づくまいと思うことだろう。
Posted by ナラヤナ at 2012年02月03日 06:35
自我についてどんな観点からでもいいからよければ書いてみてくださいという阿部さんの呼びかけに反応して集まられたみなさん
すばらしいとおもいます。ビバドンドン!!!
Posted by ん at 2012年02月03日 06:49
>僕の心の前に自我(エゴ)がズーッと対坐していて、ずっとお喋りを続けているんです。
>「瞑想なんか、うまくいかないよ!!」
>「そういえば、瞑想は行為じゃなくて状態だって、阿部さん言っていたよ」
>「瞑想しようと意識しなければいいんだよ!!!」
>「いつになったら悟れるのかな?」
>「悟ったら、僕はいなくなるよ!!!!」
これって、雲黒斎さんのおしゃべりに似ている。
Posted by 自我 at 2012年02月03日 07:14
ほとんどの人が、自分で考えた意見を述べておられて、すばらしいと思います。
最近のコメントは、どこかの誰かが書いたものを丸写しする人が減ったみたいですね。
自分で考えて出した結論は、たとえ誰の結論と一致しなくても、自分自身の宝ですからね。
Posted by 自我 at 2012年02月03日 07:18
エゴ祭りに参加いたしま〜す。
昨日、ノブさんの<もぐらたたき論>を読ませて戴いた時、思わず己の膝を叩いておりました。あぁ、自分と同じエゴ感覚の方がいるぅ!!! って。
ずっと<もぐら>は<私>でした。だから、自分がもぐらである事にも気づきませんでした。
もぐらから離れる視点をもった時から、私のもぐらたたきが始まりました。で、叩きながらある日気がついたんです。
私がもぐら目掛けてハンマーを振り下せば振り下すほど、もぐらは存在の色を濃くしていくことに。。。もぐらは強くなってるっ!!!
アホラシ…そう思ってハンマーを放り出し、眺めるだけの自分にしました。それが現在の状態です。
(それでも時々、ひょこっと顔を出したもぐちゃんに思わず体が反応してガツーン、なんてこともございます。)
眺めていると、放られたもぐらは次第に輪郭が曖昧になり、透明化していって、じきに周りの景色に溶けこんでなくなります。ほぉ。。。
そして次に気づいたことが…もぐちゃんが透明化すればするほど、眺めている自分も透明になっていってる。
もぐらと私は、同体ではないけれど、シンクロしているんだ。
で、今はそのシンクロ状態を楽しんでます。
(たまに、苦しんでます (⌒-⌒;) )
もぐちゃんも私も溶けてなくなる<いまここ>の到来、お茶しながら待ってるぜ!!!
Posted by あほらし at 2012年02月03日 07:51
みなさん
エゴには素晴らしいご意見ありますね^^
エゴには陽と陰があります。
陽=顕在意識=主観的
陰=潜在意識=客観的
自らを常に客観的に眺める
そこがエゴの克服。
愛に繋がる唯一の道
愛こそすべて
Posted by バシャール at 2012年02月03日 08:27
阿部さん ごめんなさい
相川さんの文章をずっと読み続けたいです
Posted by 白い犬 at 2012年02月03日 11:35
Posted by Toshiro Abe at
08:43
│Comments(0)
2010年05月12日
普天間基地問題
阿部さんおはようございまーーーっしゅ。
沖縄問題、実はニュースが始まると、テレビを離れていたんです。
なんとなくモッタリした気分になってしまうので。
私の意見は、現在の同盟を維持し、世界協調を大切にする姿勢で外交し、防衛は、自衛隊だけで十分、という意見です。
自衛隊も段階的に縮小していけばいいと思います。
でも、そういう意見を人に言うと、必ず「北朝鮮、中国に脅されたり、攻められたらどうするんだ」と強く言われてしまうことです。
そうすると、
むーん。(~~)
となってしまうんです。
ラムズフェルド元国防長官が、「ここは何とかしなきゃいかん」って言ったのですか?それは相当ひどいんですね。
そこまでとは知りませんでした。
ボブさんの講演の内容、可能でしたら、ブログで、または映像とか書籍で、本土の人たちにも残していただけると、大変ありがたいです。
Posted by SS at 2010年05月11日 09:13
>彼は、「悟り」を科学的に証明しようとしています
この言葉とてもぞくぞくしました
飛んでいきたい衝動に駆られました
きっと私の分身が体感してそれが伝わってくると信じています☆
問題は、その地域の人しか痛みが伝わらないのでしょうか
宮崎も口蹄疫がとても大変な状態で深刻な問題なんですが
中央には全く伝わっていないのは何故なんでしょう
Posted by 007 at 2010年05月11日 09:35
沖縄問題・・・。直接影響を受ける沖縄の方、周辺の方にとっては、苦悩を伴う本当に大きな問題なんだと思う。
冷たいようだが、本土にいる私には、何も出来ない、どうしようもない出来事の一つと感じている。
世界中の犯罪、事故、飢餓、病気、死などに対する見方と変わらない。
勿論、全ての苦難と思える状況が無くなるのならば、それを一番に望む。
それが今の段階では無理なのであれば、全ての人が、苦難と思える状況を、乗り越えることができればと願う。
ボブさんとのコラボの内容、他の地域でのいまここ塾でも報告お願いします!
阿部さんの事だから、お願いしなくてもきっと話さずにはいられないな!?
Posted by ばいぶる at 2010年05月11日 09:37
はじめまして。私は病院で患者さんの身体的なリハビリをして働きながら、阿部さんのブログで精神的なリハビリをさせて頂いております。いつも阿部さんの愛のある言葉に感謝しています。沖縄の基地問題ですが、そもそも普天間に限らず、米軍基地が日本に駐留する必要性に疑問があります。世界で二番目の経済大国である日本はそろそろ自国で防衛することを真剣に考えるべきではないでしょうか。また、アメリカがほんとに日本を守ってくれるなどないと思います(特に中国等大国が日本に攻めてきて、アメリカ本国が被害がある場合は・・・)。
Posted by リハビリPT at 2010年05月11日 09:47
私は本州の人間ですが。
沖縄の基地問題、関心あります。
正しい意見じゃなくて感じたこと、なので・・
基地はもう、日本から出て行って欲しいです!
そして軍事費は福祉とかに回して。
将来的に、どの国も軍がいらなくなって
平和になったらいいな~と感じています。
Posted by 華夏 at 2010年05月11日 09:47
コメントありがとうございます。
みなさん率直な意見だと感じました。
このような問いかけは、スピリチュアルな話とは別に、僕たち同じ人間が、それぞれにどのような感じ方を持っているのかが分かり、とても有意義だと思います。
多くの方の参加をお待ちしています。
Posted by Toshiro Abe at 2010年05月11日 09:50
テレビは見ないし、新聞も購読していないので、みなさんより世情に疎い私の感想はトンチンカンでしょうけど。
基地をやめてしまうことって不可能なんでしょうか。
私が住む街に、基地があって、騒音や危険にさらされていたら、基地なんかいらないと思うと思います。
武力を備えて、武力に対抗するやり方が、結局なんにもならないことを、どうして人間は何千年もかけて学ばないのでしょうね。
ボブ氏とのコラボ講演に参加できる方が羨ましいです。
ぜひおすそ分けをお願いしますね。
Posted by ラベンダー at 2010年05月11日 09:50
ラベンダーさん
そうですよねぇ。ぼくもまったくそう思います。
今のぼくでさえそう思うのだから、ぼくもみんなも悟っちゃったら、明日から、世界にある武器をみんな捨てちゃうんじゃないかな。
そう思うと、世界中の国が、武器をもってヤンヤヤンヤやってること自体、「バカじゃないの?バカなの?」って思っちゃうんです。
基地なんて本当はいらないじゃん、それでみんなシアワセを感じれることにお金を回そうよ みたいなことって、実は多くの人が思ってることなのかもしれないですね。
でも、政治の世界みたいなところに身を置いたら、ぼくも鳩山さんとかその他の政治家の人みたいになっちゃうかもしれないなぁ。いろんな想像を絶するしがらみとかが有りそうだし。あーでもないこーでもないって。
ぞぞぞ~。
Posted by SS at 2010年05月11日 10:07
おはようございます。
関東在住ですが、うんざりするという意味で関心がなく、
国家間、国内でのエゴのせめぎ合いという意味で関心があります。
抑止力は表向きの話で、実際は利権の話なんじゃないでしょうか。
この世に基地(武器)が不要になればよいのですがね。
関係者の方々は悩みがつきないですね。
Posted by charizo at 2010年05月11日 10:22
沖縄の方々には大変申し訳ないですが、東京に住んでいる身としては、正直全く気にとめてないというのが本音です。興味すら抱いていないです。
よそ様のことはよそ様におまかせして、自分は日々、目の前のことだけに集中して生きています。
最近はテレビも新聞も全く見るのを止めました。なので、世の中で今何が話題になっているのかほとんど知りません。
無関心ですみません。
Posted by 神楽 at 2010年05月11日 10:25
こんにちは阿部さん、いつも読ませてもらってます。
普天間問題ですか。
正直私は、米軍は沖縄には要らない派です。
私も嘉手納基地のすぐ近くに住んでるのですが、飛行機の爆音のうるさいったらもう…とんでもないです
それだけではなく、米軍絡みの事件・事故も公表されないだけで、率からすると、決して低くはないと思います。
政権も代わり、私自身今の政権に期待していたのですが、そこはやはり国対国、一筋縄には・・・。
反面、『事は起きている』という事から考えると、全て起こる事が起きているんだと思う自分もいます。
全体から見れば、一つの流れで、全ては良かれですよネ?
今日のボブさんとのコラボ講演楽しみにしてます。
Posted by 【嗣】つぐ at 2010年05月11日 10:28
おはようございます^^
基地問題は、地球の問題だと思います。
一つの星の中でどうしてこんな争いが続いているのか・・
そろそろみんなで一斉に、心に正直になって
こんなことやめよう!となればいいのに。
同じ人間同士間で、自分がやられるからと、
殺し合いの準備、場所の確保なんて超超~!狂っていますね。
普通に考えて、なんておかしなことをしているという
認識を自覚することや、
やっぱりみんな同じものだと感じるココロや
いましかないと感じることが
一番の平和への早道だとおもいました。
Posted by tomatoma at 2010年05月11日 10:28
私は、日本が自国でまた闘えるような装備や人を作ることにお金をかけることは反対です。
今の北朝鮮や中国に対して、日本にいる米軍の存在がある程度の抑止力になっているというのは、やっぱり実際あると思う。
でも、その基地を沖縄や徳之島など、本土と離れた島に置いておこうとすることにどんな意味があるのか…それはよく分からない。
鳩山さんの悲痛な顔を見るたびに、こんなに国民のために考えていると言っている人が、「私の持つ敷地にどうぞ」くらいのことを言えないのかなとか…そんな非現実的なことも浮かんできたりしている。
いつか平和な世界がくることを願いつつ、でも今実際に起きていることや生きている人にどう現実的に関わっていくのかと考えると、今の日本を守るためにやっぱり意味があると思う米軍の存在を、沖縄や徳之島だけにとどまらせず、もっともっと全国の首長を交えて、日本のどこに置くのか、置くとしたらその負を背負う分、その場所を他の場所に住む人たちがどんなふうに守れるか、みんながみんな自分のこととして真剣に考えることが必要なんじゃないのかなと、私は思います。
Posted by 桜銀杏 at 2010年05月11日 10:39
敏郎さん、みなさん、おはようございます♪
沖縄の基地問題は、毎日のようにニュースで取り上げられていますね。
とても関心があります。
各メディアは一方的に、「基地反対」の声ばかりを取り上げていますが
沖縄の方々は、やみくもに基地反対を訴えているのではなく
国防に対して、どう折り合いをつけていこうかと長年に渡って
話し合いもされていたでしょうし、交渉もされていたことでしょう。
世間に出回っている情報は、真の地元の声を伏せて報道されているのかもな・・
そんな風に思ったりもします。
中央から遠く離れた沖縄なら、本土は痛くも痒くもない・・と言わんばかりの
なんだか傍観者的な押し付けみたいだな、といつもそう感じます。
県外、国外の案などもありますが、それも上で述べた通りで
その土地に住む人々や環境のことを全く考えていない
単なる押し付けにしか、私の目には映りません。
そしてこれは 『沖縄 対 国』 だけの問題でななく、日本全体の問題なのに
テレビのワイドショーは、なんだか他人事のように報道し、そしてそれよりも
芸能人のゴシップの方が大きく取り沙汰されているのを、とても不思議に感じます。
基地は必要か否か。
もっと大きく、軍は必要か否か。
核廃絶を推進している中で、大国は核保有を容認されている。
これって、おかしくない↑? [永遠の若人@敏郎さん風に Σ(- -ノ)ノ]
ジョン・レノンのイマジンの世界が、私の理想です。
You may say I'm a dreamer ・・?
今、基地問題がこれほどまでに大きく揺れているのはもしかして
イマジンに近づく第一歩なのでしょうか。
破壊の後には、必ずや再生が訪れるから。。
今日もとびっきり☆素敵な日をお過ごしください。
Posted by Luna at 2010年05月11日 10:54
基地問題はとてもデリケートな問題ですが、私はいわゆる迷惑施設に付き物の問題だと思うんです。
例えば原発やごみ処理場なども同じで、誰もが自分の住む近くにあってほしくない施設ですが、国家や県レベルで考えるとどうしても必要なものでもあるのです。
もちろん、基地がなくても良い平和な世界が誰しもが望むことでしょうが、まだまだ脅威がこの国を取り囲んでおり、自衛隊にしろ米軍にしろ、防衛のためには必要であるのが現実でしょう。
ではなぜ沖縄か?
それは地理的にも軍事的観点からすると沖縄がベストな位置にあるからです。百歩譲って徳之島辺りということでしょう。
また、最悪攻撃を受けたとしても、沖縄や徳之島が壊滅しても日本にとっては経済的あるいは人的打撃は最小限で食い止めることが出来るという考えもあるかもしれませんね。
ちなみに私は沖縄生まれの沖縄在住者ですので、他人事で言っているわけではありませんが、合理性の観点からすればやはり残念ながら沖縄から基地を無くすのは非現実的だと思っています。
その代わり政府に言いたいのは、我が国の安全を保障するためにこれだけのリスクを背負わされているのだから、とことん沖縄県民を経済的に優遇すべきだということです。圧倒的にね。
例えば沖縄県民の所得は全国最下位です。それに一律同じような税金を徴収するのではなく、大幅に税金を減らしまた様々な手当てを付与してもらいたいということです。そうして少なくとも全国1位の東京都民並の経済的豊かさを与えてもらいたい。
迷惑施設は誰もいらないのです。でもどうしても押しつけざるを得ないのなら、ぶっちゃけお金で解決するしかありません。
また、他県の方々も自分たちの身代りになってもらっていると考えればきっと文句は言えないでしょう。
そうした中で、基地のいらない平和な社会の実現に向けて努力していくというのが現実的ではないでしょうか。
Posted by 通りすがり at 2010年05月11日 11:08
沖縄問題というか、まだ基地が必要なのか?と思います。
沖縄に基地がある理由は今では考えられないことなのに、まだ過去を引きずって今必要ないということから目を背ける。
沖縄の人をただの土地としか認識していない。
(そんなことを言えばこの世の中おかしいところはたくさんありますが…)
変な話沖縄が大きなことをすれば強いメッセージになりえると思います。
東北で近くに一つ基地はありますが、比べものにならないくらい沖縄は酷いんでしょうね…。
人間の意識の問題…
そういってしまえば終わる話かもしれないけど、沖縄、日本は戦争や争うことに対してメッセージを発信しつづけるべきと思います。
まず私は周り、自分からなんとかします。
では
Posted by いいとも at 2010年05月11日 11:09
基地はどこにも要りません。
うろ覚えですが、アメリカ大統領だって移設先の地元住民に反対されない場所がいいような発言していませんでしたっけ?
こんなに反対されていて日本のどこにそんな場所がありますか?
国外ならいいですか?
自分が嫌なものを海外に押し付けていい訳ないですよね?
報道されている雰囲気を見ていると訳がわからなくなります。
私には理解出来ない理由で、どうしても日本に米軍基地がなければいけないなら東京にどうぞ。
Posted by でっけね at 2010年05月11日 11:16
沖縄の基地問題は、沖縄だけの問題ではないことが今回の普天間の報道で全国民に知ってもらうことができたのは、大変有意義だと思います。今まで沖縄県民の皆さんの心の痛みを考えず、日本の抑止力のために基地が必要だといってきた私達は、ここで日米安保が本当に必要なのか、必要ならアメリカ軍基地はどうしたらよいのかをきちんと考える時期に来ていると思います。米軍との地位協定なども検証する必要があるでしょう。そのためのあぶり出しに今回の普天間の話しは大いに寄与していると思います。戦中、戦後とアメリカ軍基地に支配され、今も支配され続けている沖縄の人たちに陳謝と感謝の気持ちをささげます。
Posted by すみ子 at 2010年05月11日 11:19
>SSさん
ああ、そうですねー。
悟る人がどんどん増えて、「武器って何だっけ?」てな世界になったら、どんなにいいかな。
戦争があると儲かる人(日本だって、かつて朝鮮戦争のときにはそうでしたしね)、基地で働いている人やその家族、利権や生活や、いろーんなものが絡み合っているんでしょうけれど・・・
私もその渦中にいたら、
自分の正しさを守るために、必死なんでしょうねー・・・
だけど
奪わないと、または、奪われないようにしないと幸せになれない、っていう勘違いが、もうどう考えてもチグハグだと気付く人が増えて、それが2年後の地球や人類のアセンションと同時に消滅してゆく(といいなァー)
Posted by ラベンダー at 2010年05月11日 11:30
他県で起こった事柄は私達はマスコミでしか
知ることはありません。
(しかも、起こってしまったあとで)
私の住む神奈川県にも横須賀という基地があります。
農地としてあるのならこんなにも
問題にならないのでしょうか・・
軍備の為だから・・でしょうか。
本当に問題だと感じるには偏らない観方で
この地球に生きるものとして
しっかり、観て、考える必要がある。と思います。
基地の代替地を探している時ではない・・とも思います。
しっかりと事の真相(なぜ、基地ができて、
問題になってきたのか・・など。)
私達がひとりひとり、深く探って、
知る必要があると思います。
人の意識が変わらない限り、
どこに、移転しても、問題はそのまままた、
起きると感じます。
日々、自分に起きることで精一杯の現状ですが
もっと、事を世界的に、地球規模で眺める
拓いた目が必要ですね(反省・・)
そういう大きい意識でないと、
解決には至らないと感じます。
Posted by Setsuko at 2010年05月11日 11:33
おはようございます。
私は基本的に基地の存在など要らないと思っています。
国と国とが力と力でやり合い、経済の事しか考えてなくとも
それを隠して国民の不安をあおって軍を作り、
つきるともない欲を追い求めているように見えます。
ぼんやりしていると、すぐに私たちは
プロパガンダに踊らされて、平べったい見方でものを見がちだと
最近戒めています。
何と言っても、普天間の住民の方々の安全が第一です。
それに対してまず、一国の首相がとるべき行動があるのではないでしょうか。
その安全策をとってからこそ、地域住民の方との話し合いが出来るのではと思います。
基地がいかに重要か、抑止力とは何なのか、
鳩山さんの考えがやっと伝えられるのではないのかと。
伝えた上で、やっと賛否が出来る状況になると思うのです。
他の考え方も生まれると思うのです。
軍事アナリスト、小川和久さんの映像でのお話も参考になるかと思います。お時間在る方、ごらんになられるといかがでしょうか。
http://www.choujintairiku.com/ogawak/
難しいと思いきや、これが結構、分かりやすいんですよ。^^
Posted by アツロウ at 2010年05月11日 11:35
以前仕事で何度も沖縄へ行きました。
でも、仕事の範囲でしか基地問題を捉えきれてませんでした。今回「普天間基地問題」によって基地容認側から反対側まで、とにかくどれだけ争いが嫌な事かは確実に感じたのではないでしょうか。 本当はそこから今迄とは違った方向が見えて来ると良いのでしょうけど。
Posted by 古古米 at 2010年05月11日 11:39
いらないと思います。すでに十分な戦力はあると思います。何もこうまでして沖縄に残す意味はないと思います、でも他の国へのメンツもあるのでどちらもごねているのでしょう。
http://diamond.jp/articles/-/8060
アメリカ人自体がいらないといっているくらいですから。
沖縄の人の「いる」「いらない」派の内訳がほしいですね
Posted by まあまあ at 2010年05月11日 11:39
感覚が理屈を超えた時 変化が訪れるのだと思います。
未来という不安なんてない という理解が多くの人に生まれたら
基地を手放す事が出来るのでしょう
理解は、バラバラなものを繋ぐ働きがあると思います。
まずは、沖縄とつながり・・・
更には、アメリカともつながり・・・
皆が いまここ を理解すれば解決に向かうと思います。
もう、人殺しの施設なんて捨てろ~~ と言いたいです!!
変な文章ですみません。
Posted by y.u at 2010年05月11日 11:44
基地の問題は二つに分けて考える必要があると思います。
一つは基地が必要かどうか。
これは今の世界の精神レベルからみれば必要だと思います、皆さんだって家にはカギをかけるでしよ、何が起こるかわからないから、ドローなんて一人もいない世界になればカギなんか必要のない時代がくると思います。
まだ狩りをして暮らしていた時代はカギなんて必要なかった、獲物は保存がきかなかったから皆に分け与えていた、その内、農耕がさかんになり貯蔵が出来るようになると、それを分配する人(官僚)、倉庫を守るひと(軍隊、警官)が自然と必要になってしまった。
もう一つは火葬場と同じで必要だけど自分の所はイヤって理論、だから基地は日本には必要ないっておかしな話。
Posted by JUN at 2010年05月11日 11:45
普天間基地は危険なので、辺野古沖に移設するということでありましたのに、混乱をきわめています。
辺野古沖ならば、沖縄の負担も軽減され日本の防衛にも有意義であり、私は自民党案を支持します。
鳩山政権は今、すったもんだの状態ですが、彼らの案が現行案よりすぐれているとは到底考えられません。
日米関係が危うくなれば、中国はそこに付け込むでしょう。チベットや東トルキスタンの状態を見て、中国が信用できますか?
中国は、そこに国防の意識がなければいくらでも付け込んでくる国だと思っています。事実、平然と武力行使を実行しています。
ベトナムだってフィリピンだって中国を怖れています。日本の政治家も鳩山由紀夫を中心に中国を恐れていると思います。
沖縄では、新聞も論調も、一方的な左翼傾向以外の発言がはばかれる、いわば言論統制状態にあるようにも感じています。
基地反対は沖縄の声、という建前というか、すりこみというか、そういう状態ではないかと思います。
沖縄戦はたしかに悲惨でありましたが、東京も焼け野原になったのであり、広島長崎には原爆が投下されております。
沖縄だけが被害者であるかのような風潮はいかがなものかと思います。
左翼活動家が沖縄問題を利用していると思います。
社民党の意見は、現実を見ないものであり、実行すれば国民が悲惨を味わわされるものだと思います。
ホントに鳩山由紀夫にも小沢一郎にも腹が立っています。小沢一郎は早く起訴されればいいのです。
Posted by 寅吉 at 2010年05月11日 11:51
今から40数年前、ベトナム戦争の最中、立川基地の滑走路の直ぐ近くにあった学校に通っていました。校庭での体育の授業は、真上で絶え間なく戦闘機や軍用機が飛び交っていたので、声が全く聞こえない騒音で、途中から中断せざるをえなかったと思います。側の小道を散策していると、低空飛行で樹の枝をかすめて飛んでいった時は、本当に恐ろしいと感じたものです。
今は、昭和記念公園に変わりました。
あの現実と、未だに向き合っている沖縄の方々には、本当に申し訳なく思います。
全ての人が、自分自身の問題として考える時が、訪れたと思います。
無関心が、一番卑劣かもしれません。
平和と自立と解放と目覚めを目指すために。
Posted by 二俣 直子 at 2010年05月11日 11:54
TVは観ないので、普天間基地問題が日々報道されていることは
知りませんでした。しかし、無関心でもありません。
沖縄の基地周辺の方々の日々の痛みを思うと
それは想像では語れないかもしれません。
神奈川の基地周辺を訪れた時、それはそれは
ものすごい騒音でしたから。
世界では平和、平等、自由といいながらも戦争をやめようとはしませんね。本当のところは止めたいのが実態のような気もするけど、
武器は捨ててない。
私も争いはしたくないけど、武器はね、いくらでも持ってるんです。
それを使うか使わないかは、私が選ぶことだけど・・・。
詳しくは解らないけど、移転とか形を変えても繰り返すだけだから、
やはり根っこが変わらないと、というのが私の思うところです。
人、家族、街、国、世界、地球。
この図式でいくと、やはり個人の意識は国をも地球をも変えてしまう。
今夜、ボブさんから、素敵なメッセージが届くのでしょうね。
神からの。
Posted by 麻美 at 2010年05月11日 11:54
普天間問題・・・知ってるようで知らない気がします(--;)
とても危険だというのは1度テレビで見ましたが、信じられない光景に嘘なんじゃないかと思えました。
わたしの家の上空にも、軍機が飛んだことがありますが、耳を裂くような音ですよね。
近くに、バンドレーダーが設置されてからは、関係者をよく見かけるようになりました。
こちらに配属された米関係者は、こんなド田舎に・・・・という不満の声もちらちら。
どうしようもない・・・というのが正直な気持ちです。
でも、みんなの心の変化と共に、こういう軍問題や核問題も変化していくと思います。
普天間をはじめ、基地の近くに住む人に平和が訪れることを祈りたいと思います。
Posted by MASAYO at 2010年05月11日 11:57
まず、ラムズフェルド氏が来日した時にはすでに基地移転は決定済だったはずです。アメリカは基地が日本になければならない理由がすでにないから。敵国を攻撃するための武器にはいろんなものがあって衛星からのレーザーなど。人海戦術、核なども今や時代遅れなのです。グアムに新しい基地を作る6000億円を日本に出させる為の口実として、ラムズは視察にやってきたのです。このように日本は戦後ずっとアメリカの采配の元にあり、何百兆円もの税金を貢いできたのが現実です。中国や朝鮮半島の国々に対しても、何をされても言われても日本としての立場を主張することなく来ました。脅されたら聞こえないフリするかお財布を投げ出して逃げるのが日本でした。
話戻って、基地はなくなればよいのか?ですが、現在の所日本の防衛力はアメリカなしでは弱すぎるのです。現状で基地がなくなるのは危険です。私は日本という国が自分で自分を守る(経済的にも自給自足する)十分な抑止力を持つことが大事だと思います。つまりまず脅されなくなること。その為の設備は必要と考えます。また日本という国が世界の中でどうあるべきか国民一人一人が考える必要があります。その上で、アメリカや特定アジア三国に良心を持って凛として意見を述べるのです。悪意や脅しのない外交がそろそろ産まれてもいいじゃありませんか。
Posted by あっきー at 2010年05月11日 12:01
私は関東在住ですが、基地問題には注目しています。
日本全国、米軍基地は必要ないと思っています。
在日米軍が本当に抑止力になるのか?!という記事もあります。
↓
http://www.j-cast.com/tv/2010/05/10066046.html
沖縄の問題じゃなくて、日本の問題で。
普天間をきっかけに平和な方向に転換していくことを
期待しています。
Posted by エフ at 2010年05月11日 12:22
現実的には、普天間基地周辺の住民を他所にやるしかないと思います。というより、もうじき住民が自主的に避難するような社会情勢になると思われます。今年の秋から社会情勢が急激に悪化する予感がしています。世界的大不作が決定的であり、上海万博が閉幕するタイミングで中国経済のバブルがはじける可能性がありますし。
アカシックレコードを読めるという如月マヤという方が興味深いことを言っています。どうやら中国崩壊とそれに伴う中国人の大量死は避け難い未来のようです。日本は中国難民の大量殖民により内乱のような状態になるみたいです。去年の選挙前に彼女は本物のスピリチュアル霊能者と偽者を区別する方法があると言っていました。その内容については言わなかったけれど。たぶん自民党と民主党どちらを支持するかということだと思います。彼女はどちらの政党の支持者でもなく、政党に関わらずマシな人物を選ぶとは言っていましたが、鳩山由紀夫に対しては批判的でした。
Posted by のつ at 2010年05月11日 12:24
神奈川の基地の近くに住んで初めて知りました。
騒音のすさまじさ・・・
私の住む地域はまだかなり良い方なのですが 基地に更に近づいた地域にも民家は沢山あって その辺りに行ったとき
軍用機があまりにも近く 目の前を飛んでいく姿を見たとき 戦争中にタイムスリップしたのでは という感覚に陥り恐ろしくなりました。
鼓膜が破れるのではという爆音。
あまりに驚いて 言葉もありませんでした。
え?本当にこの音の下で生活しているの?と
信じられない感じでした。
基地がなくなってくれたら どんなにうれしいかとも思いますが
自分で選んでしまったからしょうがないという諦めと段々とその音にも慣れてしまっている自分もいます。
Posted by さつき at 2010年05月11日 12:28
沖縄はどこに行くにも近い、もし沖縄にせめてきたら米軍がないとたいへんだろう??近いなら台湾も韓国も同じ、世界に何千もの基地があるのだから沖縄になくたってかまわない。せめてきたらって・・米軍がいなければ攻めてこないでしょう。
これ、見てみてください。実際に日本を研究している人がいっています。
http://diamond.jp/articles/-/8060
Posted by これ見て at 2010年05月11日 12:34
誠実なご意見をありがとうございます。
それぞれが持つ情報量と情報の質により、様々な意見があると思います。
したがって、意見を聞くのは、いまどのような情報が流れているのかを知ることにもなります。
参加してくださって感謝します。
どうぞ沖縄の皆さんも、自分の考えを言ってください。
マスコミ報道からは見えてこない側面があるはずです。
Posted by Toshiro Abe at 2010年05月11日 12:35
沖縄問題・・愛知に住んでいますからこの問題に触れるのはニュースだけですが 非常に気が重くなりますね
基地の必要性?→抑止力→核などの? アメリカが?
おかしなものですよね たとえば銃に置き換えて・・
アメリカ君とそのナカマが銃をちらつかせながら
『銃は危ないから作ったり使ったりするの止めて捨てようね』て・・
日本が言うなら分るけど・・核を持たず唯一の核被害者が世界に向けて「止めようよ」ってことなら説得力あると思う・・が
アメリカ君を盾にしてたら(基地)発言力ないよね
そういう意味で基地は要らないと思う 県内外移設だ~って言ってるけどどこに行っても批判出るだから いっそ国内の米基地出て行ってもらおうか って事にはならないのかねぇ いいチャンスだと思うのですが・・
有事の時どうするってことになるけど ソコは自衛隊に・・
銃は要らないけど 不安を感じる人のために盾ぐらいは持ってようかってw
自衛隊も正に「自衛」守るためだけの存在 戦争には加担しない
災害の出動 攻撃の手段を持たず身を守る為だけの技術に超特化した存在でどうだろう
と考えてるとふっと思うことが
巨額の金を軍事(日本も含め)につぎ込むぐらいなら貧困にあえぐ国地域に物資や仕事持ち込め 裕福な国の人々の気軽に使えるお金でどれほどの子の命が救われることか・・
沖縄問題から離れてる気がするのでおしまいw ナニがいいたいか分らなくなったし~
失礼しました
Posted by 名無しのげん at 2010年05月11日 12:51
今どき、本気で他国を侵略しようなんて思っている国があるんですかね?
所詮、国同士がいたずらに恐怖心を煽って軍需産業などの利権を貪りあって
るだけのような気がします。
やくざが一般人から身かみかじめ料を取ってる構図と何ら変わらないと
思います。
だいたい、自国に他の国の軍隊が駐留していること自体おかしいですよね。
日本に他国の軍隊は要りません。
真の独立国家として自分にの国は自分で守らねば・・
基地を排除しようがどこに移そうが他国に配慮する必要はないと思います。
Posted by カズ at 2010年05月11日 12:52
今の世界情勢というのは、日本の戦国時代に近いものがあるように感じます。
「平和がいいんだ、平和がいいんだ」ということで、備えもしないで暮らしているか、万一に備えて行政、軍事を整えているか・・・・。
戦国時代の名将といわれるような生き方が、現代の我々にも必要なのではないでしょうか?
そういう意味では、鳩山由紀夫などは最低のボンクラ武将でしょうな。
鳩山政権では、防衛費を上回る子ども手当をばらまくようですから、多くの子どもたちの命が救われるのでしょうね。(皮肉です)
Posted by 寅吉 at 2010年05月11日 13:04
身かみかじめ料
→みかじめ料
スイマセン 訂正させていただきます
Posted by カズ at 2010年05月11日 13:06
沖縄の普天間問題をみていると、日本はアメリカの呪縛から離れられないのかなと思います。 恐怖で押さえつけて、基地が必要だと思わせている。基地はいらないと思います。あっても、なくても、戦争になれば、被害は受けます。
世界から戦争や 争いが無くならないのは、兵器で儲ける金の亡者がいるからです。
宗教も壁をつくっています。人々が真の平和がなんであるか悟ったら、争うことの無意味さに気付くと思います。
バラバラな文章ですみません。
Posted by 水 at 2010年05月11日 13:07
自国は自分で守るのは当然ですが、防衛費が莫大になります。
また、他のアジアの国々が、米軍基地が日本にあることを支持しています。
基地があってもなくても、戦争になれば被害が出ます・・・当然です。
基地があるのは、他国に「攻め込んでやろう」という色気を出させないためです。つまり抑止ということです。
真の平和はすでに、自分の中に実在しています。ですから自分自身は平和そのものです。平和が私です。
だからといって、他国の侵略は許しません。日本を攻撃する艦艇を撃沈したからといって私の平和が揺らぐことはありません・・・・なんか、鳩山由紀夫みたいになってきた・・・・。きりがないからもうやめます。
Posted by 寅吉 at 2010年05月11日 13:25
基地は、子供のころからなくなってほしいと思っています。
那覇で育ち 結婚して 嘉手納にすんでいるものですが 那覇に住んでいるときより基地が 身近になって その恐怖というか みえない低い波動を感じいやな気分になります。
武器は持ったり近くに存在するだけで その目的を考えた場合 波動が 低くなるとおもいます。(基地撤去を唱える暴動や争いも同様です)
沖縄に生まれて 基地が近くにあっても 波動が低くならないように するために どのようにすればよいのか・・・・
本日の講演 楽しみにしております
Posted by ryukyu at 2010年05月11日 13:28
阿部さん、こんにちは。
基地問題に対してですが、今の世界情勢では、日本に米軍基地があるほうが、安心なのではないかなと、考えています。
日本は自分たちの力で守ることを目指すにしても、憲法改正が必要になると思うし、でも政治家をみたって、自分の意見を思いつきでポンポン発言しているだけのように見えるので、まとまらなさそうだし…。
自力だけで守ることが、ベストなことかも、今の私にはわかりません。
私は、沖縄に住んだこともありませんし、まだ行ったこともありませんので、沖縄の方々の心労を察することができずに、申し訳ないと思います。
この問題を考えるだけでもストレスがあるのでは、と思うのですが、沖縄の方々は、今現在、基地をどのようにするのがよいと考えますか?
テレビを見てると、反対派の意見が感情論で終わってるように見受けられます。
こんなことをいうのは心苦しいですが、感情で終わっていては、いつまでも同じ苦しみが続くと思うのです。
実際、基地と共に生活していらっしゃる方々の気持ちや、冷静な意見を、伺ってみたいと思っていたところだったので、思いきってコメントしました。
Posted by sai at 2010年05月11日 13:32
鳩山さんの奥様は初期のころの霊気を学ばれた方です。おそらく鳩山さんも奥様の影響を受けていらっしゃるはずなので優しい世界を望んでいらっしゃるのではないかな?でも時期尚早かな。。。
私は世界中から武器や紛争が無くなることを望んでいますが、現実では中々難しい。
基地問題についてですが、マスコミは鳩山さんが言った言わないだけを問題にするのではなく、敗戦後に植民地にされていた日本の歴史を踏まえて、日本に米軍の基地を置くという事自体の必要性や今後の日本のあり方(防衛や世界貢献)について真剣な議論を喚起するべきだと思います。
現状のとりあえずの落としどころとして、5年以内にアメリカに『日本から米軍を撤退させることを真剣に考え直す』という言質を取り付ける。というのはどうでしょうか?
現実問題、国内での基地問題に対する議論が高まっていない現状をなんとかするのが先決かと。。。
Posted by 慈恩 at 2010年05月11日 13:51
阿部さんて、さらりとした○○酒みたいですね。
軽やかで、梅雨の晴れ間のかぜみたいだなーと、
昨日、一昨日の記事の流れから感じました。
沖縄の基地ですか、こういう事を考えると
つい、熱くなってしまって
本土の人が引いてしまわないといいなと思います。
かねてから、日本は植民地だなあ、
そして日本人はそれに気づかないのと思ってました。
米軍は勿論、日本軍もいらないし
そして、巨人にも“軍”はつけてほしくないと思います。
抑止力という言葉をよく普天間の問題にも出てきますが、
世界中の経済が絡み合っている現在、
暴力(軍隊)は抑止力にはならないと思います。
フィリピンは米軍を追い出しましたよね。
政治家が自分の保身より
人々の事を思って行動したそうです。
日本でも自分の党の選挙の行方より
先に考えるべき事があり、その結果
党が信頼され支持されるのが本当じゃないでしょうか。
基地よさらば~です。
最後に私事ですが、
一昨日、私のコメントにコメントしてくださった
くにぴーさん、ありがとうございます。
コメントいただけるだけですごくうれしかったので。
Posted by i-rururu at 2010年05月11日 14:15
米軍には出て行って貰ったらいいんではないでしょうか。
他国のために命をかける必要もないと思いますし。
確かに抑止力にはなっているかもしれませんが…。
日本が戦争になる状況ってどんなもんなんでしょうか?
別に他国との宗教間の問題があるわけでもなく、資源が豊富にあるわけでもなく、隣国と陸地繋がりでもないですし。
今、日本を殖民地にしようてしている国があれば、その国は他国から叩かれると思いますけれど(;^_^A
兎に角こっちから戦争を吹っ掛けなければいいような気がします。
反対に軍隊を持てば、他国から危険視されると思います、自衛のみでいいんじゃないですかね!?
外交で上手く戦争を起こさないようにしてほしいですね、暴力はナンセンスです。
Posted by わらびもち at 2010年05月11日 14:30
知識も乏しく、よくわからないのですが、
関心がない訳ではなくて、でも、テレビ等で、報道されているのを見ると、
なんだか、見る気がしなくて・・・。(すみません。。m(__)m)
ただ心が痛んで。(基地問題にかぎりませんが・・)
だけど、思うのは、
「アメリカ軍の基地って、日本国内にいるんですか?」
「基地を置くのは、だれのためになっているんですか?」
「アメリカのためなんじゃあないのかなあ?(このヘンはわかっていません)」
「じゃあ、なぜ、日本には、基地はいりません、って、言えないのかなあ?」
「日本って、いま、経済的に大変だ、ってよく聞くけど、こういうとこ、削れないのかなあ?」
わからないことだらけで・・・すみません。勉強不足ですね。。
けど、ここに集まっておられる方々のような意識に、みんなが、なっていけば、変わっていく、
変わるには、そこ(ひとりひとりの意識)を変えるしか、ない・・・のかなあ?
と、思います。。
Posted by のの(野のすみれ) at 2010年05月11日 14:51
戦争でとても苦しい思いをして心の傷跡を持ち続けている
沖縄のお年寄りや私の叔父、親戚。
深い恨み(日本本土や米軍への)をもったまま今も過ごされています。
テレビドラマの沖縄戦再現、
感動的なラストシーンなど見ては、
なんの現実味もない、
本当はただただ「悲惨・恐怖」以外になかったと。
感動できることなんか何もなかったと。
恐怖の中で、死んでいった家族を返してほしいと言っていました。
言葉では伝えられない、悲しみや苦しみです。
そんな沖縄になぜ、こんなに多くの基地があるのでしょうか。
悲しみを消したくても消せない現実がここにあると思います。
せめて基地を沖縄から無くしてほしいと思います。
Posted by tomatoma at 2010年05月11日 15:14
沖縄在住の友人達がいます。
初めて訪れた時、基地の身近さにショックを受けました。
街のど真ん中に悠々と広がる基地。その周辺にひしめき合う日本人の家々。
刺々しい鉄条網がその間を別世界のように区切っていました。
それまでは実感することもなく他人事だったなあと恥ずかしくなりました。
元もとの土地の所有者にはまともに働いて得る以上のお金が与えられ、
仕事するのもバカらしくなっている人もいると聞きました。
そこまでして守ってもらわなければいけないのでしょうか…。
そもそも敵なんて都合よく作られた幻想じゃないでしょうか。
中国は国内の経済格差が著しく情勢不安という話です。
輸出で潤ってるのに、今さら主要国を敵に回すようなことをするとも思えません。
個人的には米軍には出て行って欲しい。
もうこんな手段で利権を得ることはできないと気づいて欲しい。
今、基地問題に光が当っているのは、
一人一人がそのことを考えて行動する時期が来たからじゃないかなあ。
Posted by ebine at 2010年05月11日 15:23
阿部さんこんにちは。
いつも読ませていただいてます。
私は基地はいらないと思います。
基地がないと確かに近隣諸国にたいする抑止力がなくなる状況になりますが、万が一、攻め入られた場合にその他の国々と協力して防衛できるような日本の価値を創出した方が建設的な気がします。
財政的にも治安的にもモラル的にも。
大人な対応をしようとしてるのに、後ろに鉄砲もたないと話し合いにならないなんて変ですよね?
Posted by うっぴ at 2010年05月11日 15:49
私は 今 京都にいますが なかなか伝わってこないなってのを感じます。
私は 沖縄生まれ 沖縄育ちです
沖縄で 県民集会 参加したかった〜
後で 友達から 参加できなくても その日は黄色のものを身に付けて 意思表示しようというのも あったそうです
基地をつくる、つくらないでなく、基地そのものがなくなって欲しいというのが沖縄の人々の願いだと思います。
本土だろうが、他の外国にだろうが つくってほしくない
もう あんな悲惨なことは二度と嫌だ と思っているのです
お父さんがいいます
アメリカだけが敵ではなかったと 味方のはずが 味方同士も 疑いスパイ扱いされて殺されたり 子供が泣くのを止めるために我が子にてをかけないといけなかったり
ほんとにつらかったと それを見て何も出来なかった自分が嫌で苦しかったと
捕虜になって ホッとしたそうです
力に力で対抗することで つらく悲しいことは 大きくなると思いました。
あの時あげれなかった声を今 精一杯 あげたいです
基地はいらない
戦争はいらない 意思表示の黄色いリング とかあると いいな
Posted by くにぴー at 2010年05月11日 15:58
沖縄県民で、現在は、那覇市に住んでいます。
二年前は、名護市に住んでいて、名護市内に米軍機の墜落事故がありました。去年は、仕事の都合上、宜野湾市に住んでいて、普天間基地の下のアパートなのですが、住んでびっくりしました。
ありえない!状態なのです。基地は、反対です。米国に帰って下さい!
平和で、住みよい沖縄に なるように…今日の講演会で、良い波動を受け学びます。よろしくお願いします。
Posted by ともこ at 2010年05月11日 16:03
沖縄の自然の美しさ。伝統や文化の素晴らしさに加えて、
そこに住む家族思いで、シャイだけど陽気で開放的な人たち。
泣けるほどあったかくって、やさしい人たち。
私も短期間でしたが、沖縄に住み、たくさんの出会いの中で、
沖縄に心を育てていただきました。沖縄に頂いた物がいっぱいあります。
だからこそ普天間基地の問題は「起こるべくして起こっている」と思うとともに、
過去、沖縄は国内で唯一の地上戦にも巻き込まれ、私たちはおなじ日本人なのに、
その過大な負担を人ごとに思ったり、無視することはできません。
甘っちょろいといわれようとも、国防なんて考え方が本当にまだ必要なの?
北朝鮮の脅威、中国の脅威、とか言いますが、本当に今どき戦争して
日本をどうにかしよう、なんて思ってる脅威なんてあるの?
あ~馬鹿馬鹿しいっていうのが本音です。
いのちは、いのちを知っているのに。
私は民主党に希望を感じていました。
今でも鳩山さんの本音は、本当に基地をなくしたいんだと思っています。すごくつらそうですよね。
でも、政治家ができることへの期待も最近は空しく感じていました。
そんなとき、阿部さんとお話する機会があり、ある参議院議員さんの話になりました。阿部さんは、
「でも、誰かがやらなければならない仕事だったら、僕たちの仲間にやってほしいよね」
と言われたのですが、私もやっぱりそう思います。
政治って難しい言葉がいっぱいだし、とっつきにくいけど、
そもそも現実の認識の違いが根本にあることが、ますます複雑にしてるって思います。
大きな意味で「ふつうのひと」の「ふつうの政治」が開花することに、やはり希望をもっていたいなと思います。
今のところは過渡期の段階なのでしょう。あきらめないで関心をもつことで、みんなが政治に係わっていれば、
そのうち、わかりやすくなる日もくるでしょう!政治って言葉もなくなればいいのに。
「沖縄はもう自立している。あとは日本の自立です!」
受け売りの言葉ですが、そうかも!って感じた言葉です。
Posted by ひーこ at 2010年05月11日 16:07
阿部さん こんにちは。
日本には自衛隊があるので
普天間基地はいりません。
と言うよりも日本に米軍基地は必要ありません派です。
人を殺し、国を破壊し、資源を搾取する戦争。
そんな訓練するなら自国に戻ってやってもらいたい。
そんなことに日本人の税金を何十億円も使わないでもらいたい。
よく他の国が攻めてきたらと言いますが
日本の場合、原子力発電所が沢山ありますから
原発を一斉攻撃されたらそれこそ日本はひとたまりも
ないでしょう。
それでも米軍は日本を守る手段があるのか疑問です。
また辺野古案もまだ可能性を残していますが
辺野古を見越して周辺の土地を購入していた
約9名の国会議員たちの
心情を察するとハラハラドキドキの
日々を送られていることでしょうね。^^
本当の事を言わない政治屋と
本当の事を伝えないマスゴミにはうんざりです。
日本もいいかげん対米従属国を終わりにしないとね。
Posted by くるみ at 2010年05月11日 16:14
ややもすると日本人は感傷的、感情的に物事をとらえがちな傾向があると私は思っていますが、皆さんはどうお考えでしょうか。
基地の件についてみなさんが「どう感じるか」、ご自分を観察なさる上で、情報提供の意味でいくつかリンクをご紹介したいと思います。
情報の真偽の程についてはどうか皆様ご自身で吟味しご判断ください。
これをご覧下さい。皆さんが想像していた普天間の基地問題の「経緯」とは、果たしてこのようなものだったでしょうか。
http://netateki.blog46.fc2.com/blog-entry-1984.html
http://www.excite.co.jp/News/column/20100505/Getnews_57859.html
僕は全然勘違いしていました。だからといって基地周辺の状況は放置できる物でもなく、現状を踏まえて何らかの対応は必要でしょう。
しかし、自分の常識や思い込みが必ずしも事の経緯を正しく映し出していない面があるかもしれないという見方も必要なのではないでしょうか。ネット上ではもはや常識になっていますが、
「私、ひょっとして洗脳されてた???」
ということです。さて、沖縄の米軍基地問題について結論を言えば、「基地は沖縄に無ければならない」のです。米軍が駐留しないのであれば、同等またはそれ以上の規模の自衛隊を駐留させざるを得ません。
沖縄の基地は、台湾有事に即応することを主要な目的としています。少なくともそれが大義名分であり、実際その役を果たしていることに異存はないでしょう。仮に台湾が中国に併合されれば、日本から中東へのシーレーン = 原油のルートは完全に中国の支配下に入ってしまいます。その日から、中国のご機嫌を損ねれば灯油もガソリンもプラスチックもビニールも、原料が一切入ってこなくなります。電気も2~3割は無くなります。つまり日本人の生殺与奪が、完全に中国に握られてしまうことを意味しています。
沖縄の基地は、台湾有事が現実の物とならないように、中国を牽制するための「抑止力」として存在しています。県外に移転しろというのは、東京の消防署をすべて23区外に移転しろと言っているようなものです。基地を他県に移転してしまっては、いざというときに間に合わないのです。
米軍の救援が間に合わないと分かった中国は果たしてどうするでしょうか。ちなみに中国は、ここ20~30年を振り返っただけでも、近隣に軍事的な空白ができれば即、軍隊を送り込んで占領、実効支配しています。もちろん、ずっと中国の領土だったと居直っています (*^_^*)
戦争が嫌なのは私も全く同感です。しかし、であればこそです。近隣諸国(なんと友国と思われた韓国もデス)が、我が国を実質的な仮想敵国に想定して急速に「軍拡の道を突き進んでいる」以上、当面は最低限の自衛力(楯)は手放すことができないと思います。
http://chinalifecost.seesaa.net/article/20307753.html
http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/2469139.html
http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20080415
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/a5e7543eedbc57e3e4933b40e17eda48
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/d/20100423
http://www.google.co.jp/images?um=1&hl=ja&tbs=isch%3A1&sa=1&q=%E6%A5%B5%E6%9D%B1%E3%83%9E%E3%83%83%E3%83%97&aq=f&aqi=&aql=&oq=&gs_rfai=
http://www.google.co.jp/images?um=1&hl=ja&tbs=isch%3A1&sa=1&q=%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%88%97%E5%B3%B6%E7%B7%9A&aq=f&aqi=&aql=&oq=&gs_rfai=
http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2007/05/16_188c.html
http://nokan2000.nobody.jp/switz/
Posted by 僕の家の上も戦闘機が飛んでいました at 2010年05月11日 16:34
政治的なことは、よくわからないのですが
今ふと思ったのは、
アメリカと日本の、共依存関係です。
日本が、「アメリカの傘下でなくても、(自立して)やっていける」
と思えばいいのではないかと。。
北朝鮮のミサイルが怖いのは、過去に、日本人が戦争中に彼らに対してやった残虐行為の報いのような気もします。
その部分を、クリーニングする必要がある気がします。
そして、私自身も、共依存は、ずっと大きなテーマなので、この部分をクリアーにすれば、すべては解決する気がします。
(日本も、依存社会と言われてますね。。)
一意見ですので、スルーしてください^^
ありがとうございます☆
Posted by とも at 2010年05月11日 16:35
鳩山内閣メールマガジンです。
「普天間への思い」を語っておられます。
http://www.mmz.kantei.go.jp/jp/m-magazine/backnumber/2009/1217cp/index.html
(これはすでに昨年末に掲載されたものです。)
そして↓は先日沖縄訪問した後のコメント(鳩山twitterより)
「昨日は沖縄を訪問し、普天間飛行場の移設について、仲井真知事を始め沖縄の皆さんの厳しいご意見をいただきました。一日も早く普天間飛行場の危険をなくし、県民の負担を軽減するため、全力を尽くします」
オバマさんの普天間に対するtwitterコメントは見当たりませんでした。(あった場合はすみません)
ここからは私の見解です。↓
世界が潤っている実状として、争いは共にあります。
戦力=国益
悲しいですね。
オバマさんは日本と話す気がなさそうだし、
鳩山さんは話し合いで調和をはかろうとするし・・・。
そして鳩山さんの支持率は低下する一方・・・。
鳩山さんは普天間のことだけではなく日々、めまぐるしいほどの問題を考えなければならない。
けど、どれも彼のできる最大の思いやりをもっているように感じています。だから見守りたい。
そして私にできることは本気でしたい。
沖縄のみなさんは自分で乗り越えられるだけの魂をもって、
その問題と向き合っているのではないでしょうか。
地域地域、それぞれ色々とあります。
それもまたその人に出来、必要な事柄なのかも知れません。
決して理想を語っているのではありません。
だからこそ、私は私で本気です。
Posted by 麻美 at 2010年05月11日 16:38
阿部さん、ブログ読者の皆さんこんにちは。
いつもブログを拝見させていただいてますが、初めて書き込みさせていただきます。
僕は生まれてからずっと普天間飛行場のそばで暮らしてきました。
(鳩山首相と地域住民の対話集会のあった小学校が僕の母校です。)
そんな僕の意見は
「基地はないほうがいい」+「でも今は時期ではない」です。
ほかの方の意見にもありました通り、日本を取り巻く環境上、沖縄に基地を置くのは当たり前の事だと思います。
阿部さんの「かんながら」やブログでも記述のあった「愛の精神を根底に置いた世界国家」が実現でもしない限り現状維持でもかまわないとすら思ってます(もちろん地位協定は見直しは必要だと思います)。
戦争の悲惨さを伝えるのは大事だと思いますが、今の報道や教育では憎しみや怒りまで伝えている気がするのです。それでは怒りや恐れによる苦しみが「遺伝」します。
でも僕は愛に満ちた世界がいずれ来る事を信じています。
「そんな世界になってから基地なくせばいいんじゃないの?」
「沖縄から基地をなくす事より世界から戦争の必要の無いシステム作り(戦争したモン勝ちの世界の常識を変える)」
「でも今は基地は必要」
これが僕の意見です。矛盾してますでしょうか(笑)
長文失礼しました。
Posted by ただもの at 2010年05月11日 16:43
2回目の投稿です。
みなさん色んな意見や考えがあっておもしろいですね。
コメントを読んでいると基地反対派が多数を占めているようですが、私はそれこそ平和ボケもいいとこではないかと思ってしまいます。
少なくとも北朝鮮という狂気の国家がすぐそばにある中、もし我が国に自衛隊も日米安保もなければ、確実に彼らは我が国を武力で脅し金を巻き上げるでしょう。植民地にされ奴隷のように扱われても、それでもみなさん無抵抗ですかね?
こういう言葉があります。「正義なき力は暴力だが、力なき正義は無力だ」と。
全くその通りで、今NHKで龍馬伝やってますが、坂本龍馬がなぜ海軍を作ったのか?それは戦争するためではなくまさしく抑止力のための力をつけることにより平和を目指そうとしたからです。
>これは今の世界の精神レベルからみれば必要だと思います、皆さんだって家にはカギをかけるでしよ
というJUNさんの意見に同意ですね。
Posted by 通りすがり at 2010年05月11日 16:47
阿部さん、皆様 こんにちは^^
テレビはもう見ていません。
新聞とネットで日本・世界の動向を気にしております。
勿論、オブラートに包まれていると感じながら。
基地問題は真剣に見つめています。
数度、沖縄に行きましたが基地の敷地面積に驚きました。
また、レンタカーを運転していました所、アメリカ軍の車が事故をして、その処理に軍の車がサイレンを鳴らして来た事に驚きました。
日本のパトカーは見当たりませんでした。
ここは、どこ? 日本よね? っと。
私は、きっと沖縄から基地がなくなると信じております。
だって日本から気付きが始まるんですよね?
世界に広げなくちゃ!
Posted by nako at 2010年05月11日 16:50
アメリカは計算高く、自国の利益にとてもしたたかな国。中国は自国(共産党独裁)が世界の中心と考えている国。
アメリカに軍事的に守られている(これこそ幻想だと思うのですが・・・)のに、日本が政治・軍事的に物申すのはまず無理ではないでしょうか。まずは日本自体が過去の戦争体験も含め克服し、当然のこととして自国で防衛することを覚悟することが大事だと思います。
軍隊はいらない今の自衛隊だけでいいとなると、攻められるかどうかまでは分かりませんが、他の国(中国等)に政治的・経済的に搾取され従属国になるだけです。
Posted by リハビリPT at 2010年05月11日 17:03
沖縄は大好きな場所です。
初めて那覇空港に降り立った時の感覚は「ただいま!」でした。
奥底の繋がりをずうっと感じています。
そんな愛する沖縄に、基地は必要ありません。
美しい海に囲まれて、穏やかな人たちが自然と共に暮らす島・・
・・そんな素晴らしい場所であって欲しいと思います。
当事者のみなさんの気持ちの全てを理解することは到底できませんが
あの集会の様子をテレビで見るだけで伝わってきます。
八百万の神を生み出した日本だからこそできる平和外交を真剣に考え
世界に発信していくくらいの気概が欲しいものです。
どこまで行ってもアメリカの策略に巻き込まれているみたいで
情けないです。
そりゃ、国際問題は一筋縄ではいかないでしょうが
基本、大切なものって何?・・ってこと、
みんなもう一度、小学生の純粋な心を取り戻して考えたいですね。
Posted by noritai at 2010年05月11日 17:04
普天間問題:日本国民すべての人々が関心をもつべきであり、鳩山政権だけに任せるべきなでない案件だと思います。私は川崎に住んでいますが、ニュースを見るとやるせない不公平感におそわれます。
短期的には、例えば配備や演習の割合を関東の基地に厚くするといった実質的な犠牲の公平を前提に日本全国で話し合いの上(具体的には都道府県知事レベルで)決定するべき内容だと考えます。
関東に住んでいても、たとえば厚木基地の近くにお住まいの方はジェット戦闘機の離発着の爆音がいかにすさまじく、住む者を不安にさせるか知っていると思います。私も10年前に大和市に住んでいましたが、演習が平日に行われ外で遊んでいる子供たちはふるえながら道にしゃがんで両手で耳を塞ぎます。
従って分散させるのも簡単な話ではないのですが、複合的に実質的なリスクをできるだけ各所に分散させなければならないと考えます。
長期的にはどうでしょう。軍備を一切許さない完全な非武装国家をめざすのか、自分の国は自分で守る国家をめざすのかついに決めなければならない時期に来ており、そのことを前提に10年から20年かけて新しい日本国を作らねばならないと考えます。私はつらい選択ですが「自分の国は自分で守る」国家をめざすべきであると考えています。他国が自らの安全保障を前提としており、人類のマインドとして不安定な要素が存在する以上自前で軍隊としての軍備を持たねばならないと考えます。
完全な非武装国家が本当は理想ですが、これをめざすとどうしても国内では部分的に、さらには他国に頼った犠牲を払わねばならなくなります。「いまここ」がすべての人間に行きわたればいいわけです---と思います。これができれば理想なんて言わなくても「完全な非武装国家」があたりまえのようにできると思います。
だから自分がまずは目ざめばならない---とやっぱり自分に返ってきますね。全部自分のことなんですね。たとえば自分が持ってしまう怒りや悩みがゴロゴロ回り回って普天間問題を作ってしまうのですね。自分を責めはしませんが、沖縄の人のためにも自分の毎日の心模様を大切にします。あわせて具体的なサポートや話し合いにも参画したい、と考えています。
Posted by うーむ at 2010年05月11日 17:16
いつもありがとうございます!
わたしも沖縄には米軍基地は必要ないと思います。というか、日本に基地は必要ないです。戦争が起きたとき守ってもらうって・・・そもそも戦争なんかしないって、そんな世界にしたいです。米軍の維持に使われているお金を福祉や環境のために使いたい。テレビに出てくるコメンテーターの方たちはいかに基地が必要かばかり発言してますけど、いらないんじゃないかって思ってる人も多いと思う。どの国の人も平和で安心して暮らせる地球にするためにまずは自分を平和に!ですね。
沖縄が基地問題から解放される日が楽しみです。
Posted by みりあむ at 2010年05月11日 17:38
日の記事と全く関係無いことを書いてしまいますがお許しください。
「引き寄せの法則」ってありますよね。自分の思っていることが現実になる。
「思考は現実化する」ということと同じことを言っていると思うのですが、それで私は悩んでいます。
私は歯医者なのですが、今までは「歯科疾患で困っている人達がいるから助けなきゃ!そのために様々な勉強して技術もあげなくては!」と思っていたのです。
でも「思考は現実化する」ということは私が「歯科疾患で困っている人達がいる」と思うからその現実、つまり「歯科疾患で困っている人達」をつくりあげてしまうのでしょうか?
罪悪感と失望感を感じます。自分なりに一生懸命ここまでやってきたのにこんな落とし穴があるとは…
歯医者を辞めようかと悩みましたが人生も1/3が終わってしまいましたし、今まで築き上げた人間関係やアイデンティティーがなくなるのも不安です。
それでも新しく自分のため人のため世界のためになるような仕事を始めたほうがいいのでしょうか?
本来ならここに書き込むような内容ではなく大変失礼なことをしてしまい申し訳ありません。
しかし阿部さんに聞いてみたい衝動を抑えることができませんでした。すみません…
Posted by snowdrop at 2010年05月11日 17:49
今日はブログをかくべきかずいぶんとまよってしまった。
政治的な色合いも強いし地元の人にしか本当のところはわからないこと
だろうし日米地位協定やら治外法権やら安保やら自衛問題やらが大きく
ねそべっいてその一つ一つに国家とか軍産複合体にかかわる人間たちの
エゴが等身大に映し出され辟易するするのだ。
でもある人の書いた文章が私の脳裏をかすめた、、、、、、、、、、、、
その人とは沖縄出身のミュージシャンで喜納昌吉というかたなのだが
その喜納さんが以前どこかの雑誌に書いてあったと記憶している。
その内容とはつぎのようなものであった。その一部分が強烈であった。
そんなに沖縄が欲しいか、、、、、、、、、、
それならくれてやろうただしそれなら、沖縄のハラワタマデ食らえと、、、、、
喜納さんの
花というウタがありますが個人的にはとても好きなウタですがなぜか
哀愁をおびています。ウタっている最中涙が出そうになります。
人間て悲しい生き物やなーとそんな風に聞こえるのはわたしだけでしょうか
あのウタには沖縄の悲しい歴史とともにいままでの人間の浅はかなエゴの
鎮魂歌に聞こえて仕方がありません。
宇宙から地球をながむればそこには国境線はないのに人間のエゴで
わざわざソレをこしらえて戦争ごっこに余念がありません。
何時までつずくぬかるみぞ、、、、、もうそろそろ日が暮れそうだというのに、、
はらわたまで食え、、、、とは痛烈な皮肉で阿鼻叫喚で沖縄のひとの
心理を代弁しているようで爽快ですらあります。
何時まで沖縄に依存するつもりなのだろう。この国の人たちは、、、、、
それとも誇り高き琉球人達はとっくに次のステップへあるきはじめたのだろうか。
人知れず無言のままで、、、、、、、、、、、、、、、、、、
相手にしない、、相手にならないといいながら、、、、、、、、、、、、、
Posted by アンドロメ座M星雲M31 at 2010年05月11日 17:54
普天間基地の問題は、とても沖縄県民にとっては大変な問題です。中国、北朝鮮などの攻撃からアメリカが日本を守るために沖縄の基地は存在していると言っているが、アメリカの本音はいかに自国の力を世界に示す事が出来るのか。また日本から多くのマネーを引き出すことが出来るのかそれ以外はないでしょう。ムダな軍事費を1日でも早く無くして、生きるために必要な事に使って欲しいと思います。
Posted by メルシャン at 2010年05月11日 18:34
そんなに沖縄が欲しいか、、、、、、、、、、
それならくれてやろうただしそれなら、沖縄のハラワタマデ食らえと、、、、、
これは、中国に対するメッセージだと思います。だって、沖縄は日本の一部だから・・・・・。欲しがる必要ありませんからね・・・。
沖縄が独立したけりゃそれもいいと思いますがね、しかしそれじゃその先がチベットのようになりはしないかと思いやられますからねー。
非武装中立なんていっている人は、中国の性質やら最近の軍事力増強やら日本の自衛隊に対する挑発やら知らないのですかねー?
やはり強固な同盟関係が無ければ、つけ入れられるのが現実ですからねー。
日教組の教育が、日本人をことごとく洗脳して今日に至っていると思います。日教組解体こそ急務だと思います。また書き込んでしまった・・・。
Posted by 寅吉 at 2010年05月11日 18:47
坂本龍馬の大河ドラマの内容とほぼ同じ問題をこの時代に直面している感じがします。勝海舟と龍馬との会話で、攘夷をしたいが、異国に負けるではどうしたら良いか話し合った時、異国に負けない軍艦を日本が持てば、攘夷ができるという会話でした。その時、新しい価値観、一つになった強い日本というパラダイムを坂本龍馬、勝海舟は持ち、明治維新の基礎を作って行ったドラマです。
そのドラマに日本人は共鳴し、この時期にそのドラマが取り上げられているシンクロの事実に感嘆しています。
今回の沖縄の普天間の問題と鳩山総理の対応、そして世界同時不況、環境問題、明治維新の数百倍の問題が山積して、社会問題に成って、阿部さんの目覚め元年というのもシンクロしています。
平成維新、アセンション、パラダイムの変換が見事に一直線に並んだ感があります。
分離意識が生んだ、戦争、競争、環境破壊、経済競争の終焉をこの沖縄の普天間から始まるのではとの予感がしています。
米軍の属国、自立できない日本は嫌です。沖縄の苦しみは庶民で、そこから利権を得ている状況は嫌です。
今度のパラダイムはひとつであると神との対話にあるように、ひとつである地球人が目覚めれば、そこから新たな地球社会が生み出されるのでは、壮大な理想にいまこことなっていくのが、カッコイイなーと思います。
Posted by toshi at 2010年05月11日 19:00
2014年、普天間返還は決まっていたのに、それを蹴散らしたのは、バカのルーピー鳩山由紀夫です。 まーた書き込んでしまった・・・。
Posted by 寅吉 at 2010年05月11日 19:19
snowdropさんへ
阿部さんじゃなくて申し訳ないけれど、ちょっと気になったので書いてみます。
>「歯科疾患で困っている人達がいるから助けなきゃ!そのために様々な勉強して技術もあげなくては!」
という思いが、歯科疾患で困る人を作り上げているのでは、と思ったのなら、その気持ちの表現を、ちょっと変えればいいことで、絶望感や罪悪感など、どうして感じる必要があるでしょう。
困っている人がいるから助けるのではなく、
歯を治して、笑顔をみるのが好きだからがんばろう、にしてみるとか?
snowdropさんは、お仕事に誇りと情熱を持っていらして、すばらしい医師だと思います。
あなたの所に来る患者さんたちは幸せです。
>新しく自分のため人のため世界のためになるような仕事を始めたほうがいいのでしょうか?
とんでもない。
どうか今のまま、一人でも多くの人を笑顔にする、snowdropさんにしかできないお仕事を続けてほしいと思います。
生意気に書いてしまい、ごめんなさい。
Posted by ラベンダー at 2010年05月11日 19:22
阿部さん、今日もありがとうございますm(__)m
普天間の事、TVで拝見すると状況を見守っています。派遣ギリとか、地震とか、TVが詳しく教えてくれるので、何か出来る事あるのだろうかと思いながら見ています。
基地が撤退した後の引き換えに起こる問題を指摘する報道もあり、沖縄の方々の不安と、鳩山さんの苦悩が伝わってきます。
しかし、実際は私も何が出来るわけでもなく、ただただ見ているしかありません。いい方向に向かって行くのを願ってるしかありませんよ(;_;)
Posted by emi at 2010年05月11日 19:29
毎日ニュースで普天間の基地の移転の問題をマスコミで流していますが、辺の古であれ徳之島にしても、そこに住んでいる人たちの平和を脅かしている基地は脅威に感じるし、いつ敵からのミサイルの攻撃の標的になるのかわかりません。中には基地があると仕事、雇用が増えるという方もいますが、それは一時的な事だと思います。国から年間何億円と基地のある市町村に支援金があり、財政が潤うとも言っていますが、それも大きな危険と隣り合わせの交換条件に過ぎないと思います。特に普天間は市街地のど真ん中に基地を作った理由は、米国の交通便が良かったからで、そこは沖縄県民の感情を全く考えていません。ミサイルや爆弾を積んだヘリや戦闘機が墜落したらどれだけの被害が出るのかも全く考慮されていません。沖縄から全ての基地をなくして平和の人間本来の姿に戻る日が、1日でも早く戻りますように願っております。
Posted by ナオタロウ at 2010年05月11日 19:37
うーん、憲法改正するべき時がきたのでは・・・
いやー、でも三島さんは、早かったねぇー
Posted by jin at 2010年05月11日 19:46
初めてコメントさせて頂きます。
軍事基地の存在意義でよく言われている「抑止力」がどうのこうの・・・というのは、本当に意味があるのかな?というのが正直な感想です。
力で抑えつけられた欲求は何倍、何十倍になって跳ね返ってきてしまうと思うからです。
なので、個人的には、軍事基地は必要ないというのが私の考えです。
じゃあ、仮に中国が攻めてきたら、どうするのか?というと、
「攻めさせてあげればいいじゃん」と思っています。
安部さんも仰っているように、「いつ死んでも構わない」と自分も思っているので。。
映画での知識しかないので、間違っているかもしれませんが、、
十字軍がエルサレムを侵略しようとしたときに、キリストが言った「侵略したいのであればさせてあげなさい」という言葉が私は好きです。
「非協力、非暴力、非服従」で大量の犠牲を出しながらインドの独立を果たしたガンジーが私は好きです。
また、幕末を例にすると、
「西郷が薩摩を基本に物を考えた薩摩人、桂が長州人、勝は幕府人だったのに対して、唯一竜馬だけが日本人だった」
と司馬さんが書いていますが、
これからは「地球人」としての意識が大切になってくると考えています。
地球のためには、日本がなくなったとして構わないと考えています。
(実際に、どこかの国に攻められたら、私はおどおど震え、うろたえ、 どうしようもない醜態をさらすでしょうが・・・それはどうしようもないことですね、涙)
上に書いたことはすべて直感で、深い考察は何もなく、ただなんとなくそう思います。
Posted by 孤独の逃亡者 at 2010年05月11日 19:56
戦争が起こった時を想定しての基地配備ですよね。
どうしても起こるだろうと決め付けていませんか?
でも、多くの方々は起こる事を想定してますよね。
余談ですが、基地移転予定の辺野古は小沢さんが、
徳之島は久間さんが、3~4年程前に土地購入済みなんです。
なので、もうその時既に構想が完全に出来上がっておりました。
ですから、アメリカがグアムを予定してたにも関わらず、
辺野古と、徳之島に移転しないとまずいんですよ。
政治とは、誰が私腹を肥やすかという戦いなんです。
話がずれて済みません。
最後に、戦争はないと思います。
Posted by 今日は匿名で at 2010年05月11日 20:25
いつ死んでもかまわないのなら、いさぎよく外敵と戦ったらどうですか?
Posted by 寅吉 at 2010年05月11日 20:28
追記
なので、何処にも基地は要りません。!
Posted by 今日は匿名で at 2010年05月11日 20:33
若干、主旨からズレて申し訳ないのですが、阿部さんにお聞きしたいです。
今日の沖縄問題についての問いかけに対し、私はこれまで無関心だったと朝方、書き込みをしました。
その後、みなさんの書き込みを見させて頂いたのですが、日本人みんなで真剣に考えないといけない!というような空気がほとんどを占めています。
私は「よそ様のことはよそ様におまかせ…」と発言しましたが、これは自分がこの問題に対してほとんど無力に近いことを認識しているためです。きれいごとは言いたくないので正直に書き込みをしました…。
私はマスコミの世界に長くいたので、マスコミが都合よく情報操作を行っているのをよく見知っています。洗脳といってもいいくらい日常茶飯事です。
そのため今はテレビも新聞も目を通しません。歪曲されたものを見聞きしても、本質は何もわからないと思うからです。
もちろん全ての報道が歪曲ではないし、中には真実もあります。ただ、どれが真実でどれがそうでないかを私たちが見抜くのは相当困難と言わざるをえない。
それでまずはそんな大きな問題よりも、自分自身の日常をしっかり生きることに集中しているわけです。
私のように無関心でいることは悪いことなのでしょうか? 罪なのでしょうか?
みなさんの発言を見ていると、無関心な自分が非常に悪いことをしているように思えて仕方がありません。
今回の問題も直面している沖縄の人のことを思うと、気の毒だと思います。今日のみなさんの書き込みを見ていて、いたたまれない気持ちにもなりました。
ですが、そういう気に病むような感情を抱いて生活をしていては、自分の日々の生活に少しずつ悪影響が出るように思うのです。
私はそれが気になるため、直面していないことには、あまり目を向けず、目の前のことだけに集中して、自分のやるべきことをするように心がけています。
それが「いまここ」だと思っているのですが、私の捉え方は間違っているのでしょうか?
何だか頭が混乱して、よくわからない自分がいます。
Posted by 神楽 at 2010年05月11日 20:36
沖縄の人たちは、沖縄戦の経緯、本土復帰に携わった政治家、日米安保
、基地の中にある隣国の慰霊碑設置の経緯など、そういった歴史を知って
いる県民はどれくらいいますかね?
知っている人は4割くらいではないですか。
まずは県民の無関心を無くす事が必要かと思います。
図書館に行けば歴史も学べますし、自宅ではパソコンで学べます。
もっと県民が、この沖縄の歴史を子どもの時から学ぶ事が必要ですし、ま
た、子どもたちに教えないといけないのです。
沖縄は「複雑」なのです。
だから私は県外で仕事をしていて、本土復帰がいつなのか答えきれず恥
をかきました♪ 毎日沖縄についての勉強をしております。そして早く
・・・ 母に会いたいです・・・
Posted by 蒼い弾丸 at 2010年05月11日 21:06
神楽さん、
阿部さんは本日の記事で言ってらっしゃいます。
正しい意見ではなく、どう感じているのか聞きたい、と。
だから神楽さんはその感じたことを書いただけ。
ただそれだけです。
だれも責めていませんし、ご自分を責める必要はないので
安心してください。
私たちは本当は何もしていないんですよ。
実際は問題も起きてはいません。自然も破壊されていないのです。
私たちには決して命を奪うことなどできないのです。
寝たら、夢をみますね?夢の中で色々としでかしたとしましょう。
起きた時、それは実態としてありますか?
ないですよね。
この世の不思議ですが、その夢がこの世です。
ただ夢とはいえ、痛いものは痛いし、嬉しいは嬉しい、
バラの種を植えたらバラが咲きます。
なのに人はガーベラの種を植えながらも、バラが咲かないことに
あーだこーだ不平不満の嵐です。
根を知るとは、そのようなことです。
戦争は私たちの恐怖が生みだしました。
その戦争を作り出した人もまた恐怖が凝縮され形をとりました。
核兵器はまさにそうしたエネルギーが凝縮しています。
ただそれもアセンションと共に消えていきます。
記憶にも残らなくなります。
地上天国には恐怖のない、愛しか存在できないからです。
皆で支え合い、協力しあう場所です。
皆が自分にくつろぎ、全てを愛せる場所です。
だから何もしなくていいのか?ではないのです。
恐怖を溶かしていきましょう。
そんなモノは実在しませんから。
私たちは神であり、光です。
何者も、何事も、そこに入り込む余地はありません。
大丈夫です。
私たちは既に選んでいます。
共に地上天国へ行くことを。
本当に大丈夫です。
ただただ安心してください。
そして与えられた自由を味わってください。
Posted by 匿名で失礼いたします at 2010年05月11日 21:15
移設されようとする、辺野古の海。
眺めたことありますか。潜ったことありますか。
透き通る海中、潜ると何メートル先までも見えます。
白いサラサラとした海中の綺麗な砂。
人間の愚かなエゴで壊すものではありません。
基地が作られることで、この貴重な自然が見られなくなると思うと、涙が出ます…
だからといって他だと良いという事ではありません。
鳩山政権に変わって基地問題が今までになく大きく取り上げられた事、それだけでありがたいです。
日本の方向性や防衛などを、全体で考える良い機会となるといいなと思います。
Posted by あり at 2010年05月11日 21:26
もし、沖縄から米軍基地が撤退したら、残念ながら数年で中国に沖縄は飲み込まれ大変な状況になると思います。
中国は、世界的に見ても異常な軍拡を続け、周辺国を侵略し続けているわけですから、米軍に撤退されるとかなりまずいと思います。
周辺への居住を許可したのもいけなかったと思いますが、もともと先に米軍基地があったわけですし、住民や施設に補助金を出して周辺から離れてもらうのが一番いいのではないかと思います。
土地の賃貸料や騒音や作物の買取りなど色々なものすべてにおいて、相場よりかなり高くても税金から支払われているわけですから、働く意欲がそがれるという悪影響もあるかもしれませんが、折り合いをつけ、沖縄にとっても世界にとってもどういう選択がいいのかを沖縄の皆さんには決断していただきたいと思っています。
Posted by taizou at 2010年05月11日 21:34
阿部さんはじめまして。
いつもはロムってばかりなのですが、今回は沖縄・普天間のことで意見を募るとのことなので、僭越ながら書き込ませていただきます。
沖縄には基地があるというのは漠然としか知りません。
何のためにあるのかという理由は、恥ずかしながら、つい最近まで詳しく知りませんでした。昨年の選挙で、鳩山さんが声を枯らしてマニフェストをやり遂げるって、いやになるほどテレビで繰り返し流れていて、その中の一つの政策として普天間の話が出てきたので、『あーそうなんだ』との認識でしかなかったんです。
時は流れ、今感じるのは、政治家は都合よくその場限りのうそをつく生き物なんだな、ということです。
振り回された沖縄の人はいい迷惑ですよね。
僕は県外に移設するべきだと思ってます。
でも・・・本当にできないんでしょうかね?
もしアメリカ海兵隊が沖縄からいなくなったら、次の問題は、中国ですよね。
東シナ海を巡る漁業権とか、航路を巡る領海侵犯とか、特に中国は昔から領土を広げるのが好きな国ですから、ちょっとしたところでも図々しく我が物顔で出入りしてくるんでしょうね。
そういう問題に睨みをきかせるために日米安全保障条約って、あるのかなぁ?
何か腑に落ちないけど。
僕は思います。沖縄の人達もアメリカばかりに意識を向けずに、中国との問題も考えなければならないんじゃないか、と。 特に海に囲まれた都市なので、考えたくはないけど、中国の、漁船への攻撃とか、日本領海内でのガス田開発とか、ややこしい事がでてくるんじゃないでしょうか?
政府もそれを分かってる上で、結局東京からじゃ手が届かないもんで、やっぱりアメリカさんお願いしますm(_ _)mということなんでしょう。
なんかふざけてますよね
話が逸れてたらすいません。
脈絡のない書き込みで申し訳ありません
Posted by すずき at 2010年05月11日 21:35
沖縄は昔、琉球といって世界中の海を航海し
近隣諸国との友好貿易を営んでおりました。
特に中国とは大変交易が盛んで信頼関係も特に深かったのです。
勿論、その時は琉球国であったのです。が、
薩摩藩の侵略により、日本本土の好き勝手に翻弄され続け今日現在に
至っております。
沖縄の人々は争わず友好交易で生きてきました。
しかし、侵略されたのです。日本に。
これって、今の問題と変わりないですよね。
基地は要りません。
Posted by 今日は匿名で at 2010年05月11日 22:06
普天間問題は、難しい問題だと思います。
軍事抑止力としての米軍基地は現実的に必要だと感じます。
しかし民間レベルでは、迷惑な話でしょう。
しかし、必要である限りは、どこかが受け入れなくてはならないでしょう。
鳩山総理は、普天間問題に関しては、自民党の尻拭いをしているから大変でしょうが、誠心誠意努力されていると応援しています。
「普天間は自民党政権下で10年以上受け皿となってきたのだから、他の地域国民も責任を分散するべきである」という民主党案には大賛成です。
Posted by 近藤 at 2010年05月11日 22:10
私は通りすがりさんやJUNさん、リハビリPTさんと意見が似ています。
もちろん戦争は体験していませんが、沖縄は非常に特殊です。沖縄の方の犠牲の上、本土決戦とはなりませんでしたし、日本に返還された唯一の土地でもありました。沖縄の方たちは、本土の人たちのことを
どう思っているのだろう…?かねがね思っていました。こちらの書き込みにも少しありましたよね。
ちょっと負い目の感じがあります。はっきり物申せない感じかな?
基地問題だけ取り出して、語れない感じがあります。安保条約とか
自衛隊の位置づけとか…。アメリカの庇護のもと、自国で軍隊を持たない以上、やむないのかな???と…。(普天間、辺野古はまた別の観点)
日本は平和ボケしているとも思います。永世中立国のスイスだって
軍隊もっているし、普通の家にも、ライフルなどの武器は置いてあるそうですし…。でも、それは国を守るためのものです。ある意味、
やっぱり抑止力だと思います。日本は徴兵制すらありません。
攻め込まれたら、そのときは、無抵抗のまま、日本国民全員観念しましょう!!って、国民の総意になれば話は別ですが…。
Posted by kaorin at 2010年05月11日 22:12
米軍基地はいらないと思います。
全国比の0.6%の沖縄に 74%の米軍基地。
米軍基地の周りに 沖縄県民が住居を構えたのだから、基地に関する問題は我慢したらどうだ!というような内容を聞いたことがあります。
県の74%が基地であることを承知の上でのお考えなのでしょうか。
沖縄に存在する米軍基地のほとんどが(はっきりした数字は覚えていないのですが、確か80%位だったかと) 海軍。
海軍の役目は 戦争を開始する時の先発隊のようなものだと聞いたことがあります。
その戦争を始めるための海軍の訓練施設が 日本に必要なのでしょうか。
ここ10年位は 米軍やその家族が起こした人身事故は毎年何百件超えているそうです。
(勿論この数字の中には、事件やヘリコプター事故等は含まれてません。)
事件事故を起こした後、日米地位協定の抜本的改正が行われていないため、本国に逃げ帰れるという事が 事件事故を多発させているのでしょうか。。。
『抑止力』という言葉もよく耳にします。
誰が、どこを守ってくれると?
米国の軍事力を誇示したいだけではないのでしょうか。
米国民ですら、日本にある米軍基地は本国に戻したらいいと言っているのに、未だに 日本国内で移設をしようとしている政府の対応に疑問を感じてます。
日本の政府は隠し事が多いので アメリカ政府の言いなりになっているのには 何かあるのでは・・・と思ってしまいます。
この軍事費用。
難病等で個人にかかる医療費の負担が大きすぎて(特定疾患に指定されていなかったり、保険適用外のため) 命をなくす方もいます。
大切な人命、人権を守る為まだまだ お金を本当にかけなければいけないところがあるのに なぜ今でも アメリカに対して対等に話し合い「ノー」が言えないのか。
本当に膨大な軍事費用が今でも必要なのか・・・
何故 日本に米軍基地が必要なのか
米軍の昨今の本当の役割はなんなのか 国民が納得、理解できるきちんとした説明が必要だと思います。
Posted by きくの at 2010年05月11日 22:13
日米安保(基地)は日本を守るため絶対必要、しかし我が自治体には絶対基地はいらない。で日本を守る基地は沖縄にいままでも、これからもずっと残してもらいましょう。それでなくては困る。仮想敵国が攻めてきたらどうする。
これをみなさん平然と言われている。
これってなんかおかしくないって私はおもいます。
必要なら自分の住む町にも基地を作らないと、絶対基地は要らないと思うなら、安保(基地)も要らないというべきではないでしょうか。
でわたしは基地は要らないと言っておきます。
Posted by 負けワン at 2010年05月11日 22:16
先ほどのコメントの訂正をさせて下さい。
『県の74%が基地であることを承知の上でのお考えなのでしょうか』と載せてしまいました。
消去出来なかったので訂正をさせていただきます。
在日米軍専用施設面積の約74%の米軍基地が沖縄に存在しているという事を御存じなのかと書きたかったのですが。。。
意味が全く違ってきますよね。
アップした後読み直してみて 間違いに気付きました。
どうもすみません。
Posted by きくの at 2010年05月11日 22:28
こばんわ。
いろいろな意見がありますねぇ~。すごいです。
私が政治家なら、今日は会う人全員とハグをする日と決めました。そして、1,2の3で世界中の人殺しの道具を捨てましょう。
と提案するかも。(笑)
やろうと思ったらできるよね?
もしかして、殺してしまった人が実は幼いころ生き別れたかわいい我が子かもしれない、、、もしかして、銃で撃った人は前世で自分を愛してくれた母かもしれないのに・・・・。(泣)
夢見る夢子ちゃんでしょうか?
Posted by なお at 2010年05月11日 22:31
初めて書き込みさせて頂きます。
半年前くらいにいまここ塾を知ってから、毎日読んでいます。
阿部さんのおかげで、瞑想伝授を知って、伝授を受けて、人生がいい方向に変化してきました☆
ありがとうございます!
都内在住ですが、普天間基地の問題に、関心があります。
鳩山総理が沖縄の方に政府の意向を伝えたときの映像をニュースで見て、とても印象に残っています。
自分が知らないことについて評価や判断をしてしまうことは非常に危険ではないかと思います。
僕はいまここ塾を読んでいて、瞑想をしていて、スピリチュアルなことに関心がありますが、そのことに関して特に知識もなく、偏見丸出しで嫌悪感を示してくる人がたまにいます。
知らない=批判的に見てしまうということが結構あると思います。
思えば、特に理由もなく、政治家への不信感や米軍基地に対する嫌悪感を持っていました。
これはテレビや新聞の影響が大きいと思います。
日本のメディアは、事実をありのままに伝えない傾向があるように思います。
だから、個人の政治的な考えはしっかりと自分自身で事実関係を把握して、ある程度の知識がある上で、成り立つものではないでしょうか?
知らないことはわからないことです。
普天間基地の問題から少しずれてしまいましたが、日本人のそういった政治に対する無知や関心の低さ、少々平和ボケなところはあまり良くないと思います。
だから結局、一人一人の意識の向上に尽きると思います。
その点で、アセンションや悟りというものは、一部の限りある人々のものではなく、地に足の付かない理想論でもなく、世界が平和になる為の最も効果的かつ現実的な方法であると思います。
だから、阿部さんがしてくれていることは本当に価値のあることだと思っています。
そして、僕自身が世界の為にできることもあると思いますし、今日じぶんがした朝夕の瞑想が、世界の平和に繋がるものだと確信しています☆
長々と失礼致しましたm(_ _)m
Posted by カブトムシ at 2010年05月11日 22:35
平和になったら基地を撤去
ってのはないと思います。
相手がまだ武器もってるもん。(お互いに)
先にどっちかが捨てなければ終わりません。
後のことは確かに怖いけれど、
先に手放したほうが、勇気があるような気がします。
周りを変えるのではなく、自分がまず変わるというの
を、国単位でできれば・・。
先月テレビで、北部のおじぃが
全国区のニュースのインタビュー受けてて(顔隠して)、
「基地賛成。結局は金よ、金」
と言ってるのを見てくやしくて仕方ありませんでした。
人殺し産業なんかで潤っても、島に誇りなんかもてないです。
Posted by みなも at 2010年05月11日 22:35
阿部さん。
皆さん。
こんばんは。
僕が持っている沖縄のイメージですが・・。
僕がまだ幼い頃。沖縄はパスポートがないと渡航出来ない外国でした。
だから今だに、アメリカの植民地というイメージが強いです。
もし日本が敗戦せず戦勝国になっていたらグアム・サイパン・朝鮮半島etcは日本の軍事基地になってた訳で・・・。
そういうふうに想定して見ると今の日本の平和や経済力はまた違ったものになってたはずです。
少なくとも今の世界情勢より緊迫した軍事国家になっている可能性を考えると
いたしたかないと思っています。
Posted by 大工見習い at 2010年05月11日 22:36
きくのさんへ
念の為、沖縄県の面積における米軍基地の面積の割合は11%で、本島だけでいうのなら20%です。それでも確かに驚異的な数字ですね。
また、海軍ではなく正確には海兵隊です。海軍、陸軍、空軍とは別部隊で、おっしゃる通り切り込み部隊です。
以上、情報まで。
Posted by 通りすがり at 2010年05月11日 22:37
戦後、アメリカ-日本は支配-被支配の関係が続いており、アメリカ基地はその一つのシンボルであると思います。
最近マスゴミ・新聞は、ある権力に都合の良い一方的な情報か嘘しか流さないことに気付きました。
これもアメリカの支配の影響があるからでしょう。
どうして人は支配したがるのだろう。権力を欲しがるのだろう。
私はあまりそのような欲がないからよく分からない。
最近は会社での人間関係よりも、社会的な嘘や傲慢さによって感情がダメージを受ける。
愛を与えず、多くの人に苦痛を与えるアメリカ基地は、アメリカに引き取ってもらいたいです。
Posted by ヨッシー at 2010年05月11日 22:39
書き込み全て読みました。多くの人が、沢山の立場から、
色々な目線で、一人一人の考えがあります。ここで、これだけ
の意見が出るのだから、現政権がまとめられるワケないよなぁ
と感じました。戦争があったから平和にしたい、平和を守るために
防衛がいる、確かに現状ではそうです。
個人的には、現状では誰かが国を守らなくてはなりませんと
思ってます、日本がチベットみたいに、絶対的な武力で
押さえ付けられるはイヤです、意見を言っただけで、
ボコボコにリンチされ刑務所で銃殺されたくはないです。
卑怯で臆病な意見ですけれど、誰かが守ってくれていて
欲しいです。今の生活を手放したくはないです。
でも、どこかが攻めて来るなら、国や地域や家族や自分を
守るために、戦います、死んでもそれもヨシと思ってます。
基地問題で、あらためて自分がこう考えているのが
解りました。
情報とか思考ってめんどくさいモノですね~。
Posted by 一陽来福 at 2010年05月11日 22:56
私は生まれも育ちも普天間です。
運動場のフェンスを越えると普天間基地…
という普天間第二小出身でまた、私のこども二人も普天間第二小に通っています。
幼い頃からヘリコプター・飛行機・エンジンの騒音に慣れ鈍感になっていた私。
こどもの入学式、授業参観の時もまだまだ『うるさいなぁ〜』に感じる程度
長男が少年野球部に入りたいと体験させてもらった時運動場のすぐ上を飛行機が着陸するのをみて鈍感になりすぎている自分自身に驚きました。
基地はないほうがいい。
ないほうがいいけど返還されたあとにショッピングセンターとか商業地区になるのがなんともいえません…
近くにある緑って軍の中しか思いだせない環境で育ってたんで緑がなくなるならそのままでも…
って思ってました。
思っていました が、
今日、ボブ氏の話をきいて目の前の事をやる。
これってそぅなのかな?
じゃあ、私に何ができるかな?
こども達の未来のため、地球のため、愛をもって行動すれば答えはでてくるんだろうと思います。
阿部さん、ボブ氏は来るべくして沖縄に来たんですねぇ♪
ありがとうございました○
智子さんにこちらへどぅぞ(^-^)
と譲ってもらい真ん前でお話が聞けた事も嬉しかったぁ〜
ありがとうございました○
Posted by フェンネル at 2010年05月11日 22:58
阿部さんこんばんは。
アメリカは、日本のお金で新基地をつくります。その後の設備の維持も日本がお世話します。アメリカの経済状況が厳しくなれば、日本の負担も増えます。日本の経済力も落ちています、資源も少ない。その意味で「基地問題」は沖縄だけの問題ではありません。「解りにくく」してるのです。「問題は本土より遠くへ」にしてるだけです。そのために今「地域力」を強くしようと、各自治体が頑張っています。内地の皆様、「地元」を大切にしましょう。
高齢化と少子化、これからの日本の財政を支えていけるかは、不安を感じます。アメリカ軍兵舎の建て替えで、地元(名護市)の建設業社に4年間300億の防衛費がおりてきました。内地のK建設が元です。基地関連の交付金がなければ、地元経済が厳しいのも現実です。
地域産業の開発・発展と人材育成、なんとかしたいですね。
長くなりました、失礼します。
「随(かんながら)神」待っちょいびんど~。
Posted by 俺も7ミリストローク at 2010年05月11日 23:16
私の本能の部分、心の深い部分(天の声?)が基地はいらないと言っています。
命あるものはみんな、次の命を産み育て子孫繁栄しようとしているのに
どうしてその対極にあるものが必要なのですか?
「抑止力」とか「お金のため」とかいろいろ言われていますが
とても頭でっかちな感じがします。
私は単純に、次の世代=こども達に基地のある社会を残したくないし
国同士がこんなにもお互いを疑い合っていることが淋しくてしょうがありません。
国のトップに立つ者はみんな
スペースシャトルに乗って宇宙から地球を見てみればいいのに。
国同士で疑い合って牽制しあっていることがどんなにバカらしいことか。
いろんな問題が絡まり合っているので、時間はかかるかもしれませんが
この普天間基地問題をきっかけにして、地球上から基地や軍隊がなくなる方向へ、一歩でも半歩でも進んでいけると私は信じています。
バカにされようが相手にされまいがかまいません。
私は信じます。
Posted by ねこ at 2010年05月11日 23:43
阿部さん みなさん こんばんわ
今日も、一日本当にお疲れさまでした・・・。
お昼に、携帯で記事を読みましたが、とても片手間に読めるものでは・・・と帰宅後開いてコメント数にビックリ・・・。
関心の高さを物語っていますが、私は、阿部さんがこの件に関してコメントをされている記憶が無いので、少し疑問を抱いていました。
政治的なことなので、控えておられるのかしら・・・?とか。
様々な考え方があって良いと思うし、どれも間違っていないと思います。
大騒ぎになっているようにも見えますが、それも良いタイミングだったのでしょうか・・・?
先日、友人が沖縄に旅行したらしいのですが、マスコミがあおるほど
現地は混乱していなかったとか・・・。
いずれにしろ、無関心は賛成できないですね・・・。
Posted by Imakoko at 2010年05月11日 23:46
わたしの地球
わたしの国
わたしの島
わたしの自然
わたしの土地
わたしのモノ
人はそうやって
わたしのモノにしたがる
なので争い事は
たえない
問題はつきない
だが
実際は何も
わたしのモノなんてない
自分の身体でさえ
地球で起きていることは
私達の身体の中でも起きていること
Posted by わたしとあなた at 2010年05月12日 00:00
こんばんは、 私は 基地内で働いている者の一人です。ただ、わたしは、civilian と呼ばれるアメリカの民間人と働いています。職場でも、この話題は出ます。私と、そこで働く私の周りの沖縄のひとは、基本的に基地の存在に反対です。ただ、生活の糧になるお給料をそこで働くことによってもらっているという現実 (仕事が無くなるのではという不安)があります。私の友人でもある彼ら(アメリカ人)とも、その話題になることもあります。基本的に討論が上手で戦争を正義だと思い込んでいるので話をしてもなかなか日本人の考えを理解してもらうのは、簡単ではありません。もちろん、私の知識や英語力もあるかとおもいます。ただ、感じるのは彼らも私たちと同じ人間だということ。一人ひとりは、いいヤツなんです。アフガニスタンに行く兵士やその家族の心配や不安をかいま見ることもあります。どうしてだか、沖縄が大好きだといいます。普天間基地は、いまの場所から移動しないといけないと思います。ただ、私個人としては彼らに出会えたことで得たこと、見えてきたこともたくさんあります。また、機会をみて、平和について彼らと話をしたいと思います。
Posted by 匿名希望 at 2010年05月12日 00:16
今さらですが、阿部さんの字を間違えていました。
本当に申し訳ないです。
ただ、この記事のコメントの多さに、関心の高さに、なんだか嬉しくなってしまいました。
Posted by 孤独の逃亡者 at 2010年05月12日 01:06
普天間の基地は居住区と隣接しているのをテレビを見てはじめて知り、驚きました。
そもそも米軍基地が日本に必要なのかも疑問に思っています。
Posted by りさ at 2010年05月12日 01:08
自分の意見を書くのに躊躇する程、皆さん基地問題に対して熱い思いをお持ちですが
一番勘違いしていけないのが、沖縄県民が平和に暮らしてたとこに
いきなり基地がきたのではなく、もともと琉球王国が
第二次世界大戦敗戦後、アメリカの領土となり基地ができ
その周辺に後々住宅や学校が建ってったまでの話で、
私達は幼い頃から基地が身近にあり、授業中窓からも米軍の
パラシュート降下訓練を見ながらだったりだったので
今さら騒音がどうとか、あまり騒ぐ気になれません・・・。
それにしても沖縄は中国からも欲しがられモテますね~。
マスコミだけを見ていると沖縄県民の全体が基地反対と思われてるようですが
しかし私を含め何パーセントかは、基地と友好的な関係を持てているので今回の件は申し訳ないですが他人事のように感じてました・・・。
一昔前までは基地側も凄く友好的で、県民によく基地開放したりしてたのですが
テロ後から緊迫し始め、最近では各ゲートにバズーカーを持った兵隊のパネルが設置されています。
果たしてそれが何を意味するか知りませんが・・・。
一歩基地の中に入れば、ライフルを肩に訓練してる姿があります。
何のためにこんな事やってるんだろう?と思いますが、彼らからしたら、仕事(訓練)の一環なんですよね・・・。
CAMPフォスターやキンザー、シュワブなどの基地名は、戦争で活躍した大佐の名前からとったと聞くと、それだけでゾっとしますが
本気で「平和のために沖縄を守りにやってきた」と使命感に燃えてる兵士もいます・・・
イラクに行き、心と精神を病んで自ら命を絶つ兵士も少なくありません。
基地の中には兵隊さんだけではなく色々な方が住んでます。
人種も違えば、それぞれ考え方も違うでしょう・・・。
元の原因は戦争であり、その戦争が起こる原因についてもっと考えたらどうかと思います。
みんなが、自分が正しいって主張するとどうなるんでしょう?
ブログの炎上とかも小さな戦争ではないでしょうか?
知人が先日来沖したばかりの鳩山首相に会った時、向こうから挨拶されとてもフレンドリーだったと聞きました。
しかし、その後皆さんご存知のように国民から非難され続け笑顔が消えたようです。
批判するよりは、具体的な案を持ってって検討して頂いた方がいいと思うんですけどね・・・。
マスコミは、具体的案とどうしてそれが通らなかったとか、じゃあ
次はどうしたらいいと思いますか?ともっと国民の意見も取り上げ
わかり易く説明して欲しいです。
政府ももっとオープンな政治を目指してほしいですね。
まずは身近な人との関係を大切に一人の穏やかな平和が世界平和に
繋がる事を願ってやみません・・・。
Posted by Peace at 2010年05月12日 01:14
どう感じているかをということでしたので…
まずアメリカ軍を日本から全て叩き出します。次に核武装をし、ニューヨークとワシントンに核爆弾を落とします(広島と長崎のかたき討ちです)。傲慢なアメリカに思い知らせてやらなくてはなりません。
中国が攻めてきたらどうするか。鎌倉時代に中国が攻めてきた時はどうなったか?中国は大丈夫です。北朝鮮は問題にもなりません。
決め手は日本が保有する全てのアメリカ国債の即時売却です。米ドルは大暴落し、世界経済は大混乱に陥るでしょう。その時受ける大ショックによって初めて私たちは間違いに気づくでしょう。
頻発する地域紛争、南北経済格差、地球規模の環境汚染、悲惨な飢餓問題、明らかに現代文明は行き詰っています。それは現代資本主義がが貪欲と競争原理に基づくものだからです。
日本がアメリカ国債を売却することがきっかけとなって現代資本主義が崩壊し(もうすでにそれは始まっていますが)、その時のショックによって人類的規模の目覚めの機会がもたらされ(個人的な目覚めは阿部さんの活動等によってもう広がっていますが)、正義と分かち合いを原理とする全く新しい文明が芽生えて来るのではないでしょうか。
Posted by テナンツ at 2010年05月12日 01:15
産まれも育ちも沖縄市です。
極東最大の米軍基地、嘉手納基地がすぐそばにあります。
普天間基地をなくそうと言っているだけですよね。
沖縄からすべての基地がなくなるわけではないのですよね。
普天間の部隊がなくなると抑止力が失われると言われていますが
嘉手納はその抑止力にはなりえないのでしょうか?
基地はないほうが良いに決まっています。
ですが、現実問題、地理的問題、基地が全面撤退ってないですよね。
普天間問題って沖縄から基地がなくなると・・・ってことではなく
住宅街にある世界で最も危険な基地を一刻も早く取り除こうということではないのでしょうか?
とにかく、足踏みではなく、後戻りでもなく、前に進んでほしいです。
基地はないほうがいいです。少ないほうがいいです。
Posted by mi-cyan at 2010年05月12日 01:17
みなさんのコメントを読みました。
勉強になりました。それで、私も思ったことを、勇気を出して書いて見ます。
日本がしたらいいこと
1 中国や北朝鮮に、援助を申し出る。
2 アメリカ軍には、日本から出て行ってもらう。
コメントから初めて知った不勉強者ですが、
中国や北朝鮮が、日本に攻め入ってくる可能性があるのでしょうか。
だとしたら、その理由を聞く。
攻撃する人、怒る人には理由があります。
貧困なのか、恨みなのか・・・
恨みには何度でも謝罪を、
貧困には、こちらのできる限りの援助をする。
それでもやっぱり、ミサイルを日本に落とすかもしれないですね。
それは私もいやだし、避けたいと思っています。
攻撃するとしたら、こちらの援助が足りないのかもしれない、とも思います。
一般の日本人は、何もしてこない外国を、今すぐに攻めて占領したいとは思っていません。
その理由がないから。
でも、政府はわかりませんね・・・・
それは、よその国でも同じかもしれない。
どうやっても、確実な安全はないかもしれない。
日本は唯一の被爆国だし、アメリカにおんぶに抱っこであっても非武装国。
その日本が、「危険があるから叩こう」では、
永遠に警戒連鎖も続いてしまう。
理想論ですが。
Posted by ベル at 2010年05月12日 01:22
本来ならば、沖縄にアメリカの基地があるのはおかしいだろう。日本がアメリカとの戦争に負けたためにアメリカの基地が現在も存続しているのだと思う。
独立国ならば、日本の軍隊の基地が沖縄に駐留するのが良いだろう。
リアルな目で見たならば、現在において中国共産党国家が隣国に存在している限り、日本は特に沖縄方面に防衛力を維持しておく必要がある。
中国共産党の考えは、沖縄はどこの国にも属していないのだから、中国が獲っても良いのだというものだろう。
中国共産党は、アメリカ軍を沖縄から追い出し、日本から沖縄を独立させ、その後中国人を大量に入植させ、最終的に中国共産党国の一つに入れようとするだろう。
多くの日本人は、あまりにナイーブすぎる。特に精神世界などを学んでいる人たちは、物事をきれいごとの面でしか見ようとはしない。
日本が中国の属国になることは何としても阻止しなくてはならない。
日本にアメリカの基地はいらない。しかし、今の日本人の多くは、自らの国を守ろうという気概が足りないのであるから、アマリカの基地はいりません。日本は、日本の軍隊でもって日本、沖縄を守りますといえない限り、まだ基地は必要だろう。
中国にこそ憲法9条が必要である。
Posted by 北海道人 at 2010年05月12日 01:32
沖縄在住10年以上のヤマトンチュです。
沖縄に来てから、ものすごくいろいろなことを考えさせられています。沖縄の歴史と状況と感情の複雑さは、本土にはほとんど伝わらず、理解もされていないと思います。
でも沖縄の負担を思うなら、それらを伝える義務は沖縄にあるのではなく、本土の方が理解しようと務めるのが筋でしょう。
10年以上住んでも、私はまだ知らないことだらけです。
辺野古の海は本当にきれいです。普通の感覚なら埋めようとか考えられません。
そして、沖縄の台風はすごい。巨大なテトラポッドが道路に打ち上げられるような波がきます。桟橋式が可能なんて信じられません。
普天間は移設なしに返還できると思います。日本の政治が話をややこしくしているだけのような。もう少しもめて、県内・国内は無理だから国外・本国へ、となれば…。沖縄の米軍基地は他にもたくさんあるので、普天間の海兵隊がいなくなっても、抑止力どうのなんて関係ないはず。
やんばるの山の中にも北部演習場があります。米軍唯一のジャングル演習施設と言われます。そこも新たなヘリパッド建設問題で地元が抗議中です。ヤンバルクイナを始め、貴重な動植物が山ほどいる森…辺野古の海と同じです。私は自然が好きなので、基地で自然を壊さないでほしい。これは私のわがままです。でもそういう自然や住民の犠牲と沖縄の歴史を見据えた上で、それでも沖縄に基地がいると言うのか、他の選択肢はないのか、多くの人に吟味してほしいと思います。
中国・台湾に十分近く極東最大だったフィリピンのクラーク空軍基地とスービック海軍基地は閉鎖されました。北朝鮮で何かあれば一番近いのは在韓米軍ですが、韓国内の米軍基地は縮小が合意されているそうです。紛争地の近さに関わらず、駐留国が反対すれば、米軍基地は返還可能なのでしょう。軍事的に距離が第一の問題ではないのなら、「東アジア有事に対して地政学的に沖縄」という理由もなくなります。
沖縄に基地を置いておきたいのは、日本なんです。そう言うと、本土のみなさんは居心地が悪くなると思います。
どうぞ居心地が悪くなってください。そして、なぜ居心地が悪いと感じるのかを、掘り下げて考えてみてください。
そこから、気づきと学びが始まるのだと思います。
長くなり、失礼いたしました。
Posted by 貝 at 2010年05月12日 03:07
普天間の件、そもそもは「飛行場が最初にあって、後から住宅地ができた」そうですけどね。
沖縄出身のジャーナリスト、惠隆之介氏が動画で以下のように語っています。
(URLを載せるとエラーになるようなので、YouTubeで『11/30 普天間の真実』で検索して下さい)
・人口密集地に基地ができたのではなく、基地ができてそこに県民が住み始めて人口密集地になった。
・普天間には「基地があって、そこに住宅ができた」という歴史的な経過を、今の(宜野湾)市長もわかっていないで、突然(基地が)現れたように発言している。
とは言うものの、「今の普天間の危険な状態を何とかしなければならない」のは確かなようですね。
できるだけ沖縄の人々の負担が少ない場所へ移転させる・・・となると、「ベストではないにしろベターな選択」が元々の日米合意案である名護市辺野古であるようです。
あと、どなたかが「フィリピンの米軍基地が閉鎖された」件について書いておられますが・・・
米軍が撤退した結果、フィリピンは南沙諸島を中国に取られました。
つまり日本もそうなれば沖縄を中国に取られる可能性があるということです。
米軍の代わりに自衛隊が日本を、そして沖縄を守れれば良いのですが、残念ながら現在の自衛隊の規模や装備では難しいのです。
必要なだけ増強するには憲法改正などが必要となってくるでしょう。
ちなみに宮古島には、観光客を装った人民解放軍(中国の軍隊)の人間がしょっちゅう出入りして情報集めしているそうです(産経新聞に載っていた地元の人の話)
Posted by ひのもと桜 at 2010年05月12日 04:45
いつも見てます(^O^)
鳩山さんがしたいのは、
批判をうけても、形式的にオバマさんに現実を知らせたいのだと思いたいです。ニュースでは釘付け阿部さんがインタビューうけてないかな。なんておもいながら沖縄の問題を感じてるところです。沖縄には
いったことはないけど、人々があたたかい、
海がきれい、ソーキそば、ハイビスカス、ハブ酒、パイナップルなどの情報しかしりません(;_;)ニュースでみた 騒音が気になりますね。
鳥たちは?どうしてるの?
授業が中断するほど…(≧∇≦)とききましたが 知らず知らずのストレスになりそうですね(>_<)
国民は柔軟ですね。
両方の意見が…これからどうなるのか…。
私はなるべく自然は自然のままがいいので、限りなく美しい自然を壊さないでほしいなと思っています。移設の件では これ以上埋め立てたりしないでねと思います。 燃料を使わない大きな船で飛行場を離れた場所に海の孤島みたいなのを浮かべてつくればいいんじゃない?とか。思いました。すると海のさかなたちがね…。
空軍基地がある意味が何なのか作った人とその意味合いがはっきりして地球に必要なのかがそもそも問題なのかな…。
うちのちかくにも陸上自衛隊の飛行場がわんさか飛んでいます。
二酸化炭素がでてる(T_T)
と思って眉間にシワをよせてしまいます。
みんな気にならないのかな‥と。
あ
私も準備ができています。
私の中ではもう充分なのですが、母と言う役割があるからか、生きてます。
どんな最後なのかなぁ~と考えたりしました。
でもお任せしています。
孫の顔がみたいでしょ!!と
子供たちにいわれても、
うーんわかんない。でした。
多分
生まれてきたときから一人の人と思いながら育てたもので、 期待に応える言葉が出てきませんでした。つめたいなぁ~って言われたけど。深い考えはありませんでした。
しかも今日やっとこちらにコメントの仕方わかりました。
前はパソコンがあったのになくなって、どうやっていいのか
ずーっとわからなかったと言うか気づかなかった~ぁ
何度かコメントしたかったのに~(>_<)
お引っ越しで忙しくて、
目の前のこと
見過ごしてました~ (;_;)ばかですわぁ(≧∇≦)
こんなんだから、まだまだ学ばなければ、いけないようです(;_;)
Posted by adamasu at 2010年05月12日 04:45
地元ならでは講演会いいなぁ~ミーハーな私は見てみたいです。阿部さんをみても感じることがあったけど、西洋の方もみてみたい。弧線に響くものが必ずあるから(^w^)
地元の方々うらやましいっす。
おせーておせーて(≧∇≦)
どんなだったかぁ♪
Posted by adamasu at 2010年05月12日 04:54
どこかが引き受けなければならないのですよね…
自分の村にもし来たら…
っと考える いい機会だと思います。
他人事で済ませてること たくさんあると思いますから…
Posted by 須磨イル at 2010年05月12日 08:24
>2010年05月11日 16:50
>nako
>阿部さん、皆様 こんにちは^^
>
>テレビはもう見ていません。
>新聞とネットで日本・世界の動向を気にしております。
>勿論、オブラートに包まれていると感じながら。
>
>基地問題は真剣に見つめています。
>数度、沖縄に行きましたが基地の敷地面積に驚きました。
>また、レンタカーを運転していました所、アメリカ軍の車が事故をして、その処理に軍の車がサイレンを鳴らして来た事に驚きました。
>日本のパトカーは見当たりませんでした。
>ここは、どこ? 日本よね? っと。
>
>私は、きっと沖縄から基地がなくなると信じております。
>
>だって日本から気付きが始まるんですよね?
>世界に広げなくちゃ!
はじめましてnakoさんm(_ _)m
adamasuと申します。
信じる力がいいですよねo(^-^)o
私コメ書いたあとに皆さんのコメントずーっと読んできてここ
で『そうだぁ~っ』て思いましたよo(^-^)o
阿部さん選挙にでたらいいなぁ~なんて思うんですが…
うーん
なんて党だろうか
ここにくるみんなで支援できそうだけども…
とかも…
沖縄の風土を知り、国民に元気を与えていると思いますし、
沖縄県のとっても大事なことを世界に向けての発信元になるのではないかなと…
思いましたが…。
あ どこかで見たんだけど
沖縄には
なんか人柄がいいのも、
世界を動かす使命を持った人が現れるって…
もしかして阿部さん?
奥様も素晴らしい人だし、
助っ人でござるひと今は全国に北から南にいるんだもの
夢じゃないと思います。
時間がないから話せないオバマさんに鳩山さん
じゃあ誰が話を
解決に導くんでしょうか…
北には勇気印の黒斎さんもo(^-^)o
これってみんなのちからかもしれないようです。
信じる力を…うーん祈りますo(^-^)o
Posted by adamasuでした。 at 2010年05月12日 09:31
現在の日本の軍事的、経済的な脅威は中国ですよね。その為に民主政権は大陸に寄っている訳です。でも残念ながら中国や朝鮮半島の国々には反日の思想が学校で教育されています(それら国々の日本人に対する感情は様々アンケートに数字が出ていますので検索下さい。)中国の領土拡大の意図は民主政権になった今、沖縄にいる中国人の数はここ数年でうなぎのぼりということからも明らかです。民主党の大陸との友愛政策の1つです。また、外国人にその地方での参政権を与えようとしてます。これが現時点での事実なのです。ウイグルやチベットにはまず大量の漢人が移民し、血が混ざり、もともとの民族や文化が少数化する、そうやって中国は現在も静かな拡大をやめていません。他国の出来事ではないのです。基地のこともさることながら沖縄の方々の今後を心配しています。
Posted by あっきー at 2010年05月12日 10:23
書き込みが1日遅れになりましたが・・・
私は、マスコミの情報提供にかなり違和感を持っているため、テレビも新聞も読みません。そして、普天間基地のことも、あまり分かっていません。
「関心がある」という言葉が、何を指しているのかによりますが、関心があるといえば、ある、ないといえば、ない、というのが正直なところです。
具体的な言動を起こしたことはなく、このことについて発言をするのは、このコメントが初めてです。
普天間基地をはじめとした、数多くの在日米軍基地。
これは、表面的に現れていることで、その根底には、やはり、未来に対する不安や未知のものへの恐怖、過去からの遺恨などの感情の渦があるように感じています。そこが癒されない限り、根本的な解決はないな、と感じています。
そもそも、「米国」「日本」「中国」という言葉を使った時に、「米国」とは何を指しているのか。国としての「米国」や「日本」の政治関係として捉えるのであれば、「米国」の根底にある恐れは何なのか。「日本」や「中国」の心配は何で、それぞれ、どういう状態になれば理想的なのか。
根底の感情を踏まえた上で、物理的な解決を試みること:本質を背景に含んだ上で、政治的にしたたかに行動すること。そのことが求められているように感じます。
なんだか、どうしてもアメリカって、
「自分はすごいんだぞ。だから、大事に扱ってくれ。自分の意見を聴いてくれ。愛してくれ。」
と言っている、クラスの暴力的な男の子みたいなイメージに見えるんですが…。
その子に盗られたものを「返して!」って言ってみてるが、うまくいかない…言うのも、他で仕返しされそうで怖いし…みたいな。
彼は、どうなったら、安心して、クラスのみんなと仲良くできるんでしょうか…。そして、クラスメイトとして、私たちは、どういう関係を創りたいんでしょうか…。
量子力学の原則であるカオス(混沌)とフラクタル(相似)。そのフラクタル(相似)では、大きいものは小さいものに喩えられる。小さいものは大きいものに喩えられる。というものがあります。そういう観点でも、このクラスの問題としての感覚、それは、私自身が教師をやっているというのもありますが、一番実感しやすいです。
クラスに大切なものを盗られた子がいる。強引に取り返しても、また問題は出るでしょう。だから、できれば、「力が自分を守る」と信じているその子に、友好的に返してもらいたい。それまで、時間もかかるかもしれません。その間、盗られた子が必要なものを、みんなでサポートしあうのは、1つ大切なことかな、と思います。
普天間基地の即時返還は、恐らくまだ難しいでしょう。ではその間、具体的にどのようなサポートが必要なのか。地元と中央政府が膝を突き合わせて、日ごろから意識的に会話をもつ必要がありそうですね。
殴られないように、力をつける(自国軍を鍛える)子もいれば、そもそも、殴り甲斐がないので、相手にされない(資源がないので脅すメリットがない)子もいれば、あまりにも目立たず、目をつけられない(経済的・政治的に脅威を与えない)子もいる。今、そういう子どもたちもグループになって、力のある子に意見を言いはじめたりしています。力のある子が、そもそものルールを創っているので、なかなか前進しないところもありますが、それでも、1人になれば何もできない。今、力のある子も、変わる時が来ているようですね。
この教室、先生がいないんですよね。
生徒たちだけで、解決する必要がある。
アメリカは、何を求めているんでしょうか。
そして、日本は、何ができるんでしょうか。
すみません、えらく長文になってきてしまいましたが、感じるままに書いていたら、こんなことになってしまいました^^;
自分の日常にも、同じようなことがあるような気がします。
今日は、そこに取り組んでみます。
素晴らしい機会をありがとうございました゚・*:.。. .。.:*・゜
Posted by ヒロミ at 2010年05月12日 10:40
日本に米軍基地はいらないと思います。
いろいろな政治事情や経済事情もどがえしして、アメリカに対していやなものはいやだ!と、日本国民全体で訴えていくことはできないでしょうか?敵対するということではありません。ここはアメリカには大国としての全世界の指導者らしい(自称)大人の判断を望みます。この問題が愛で解決できれば、日本とアメリカにもっとすばらしい関係が築けるのではないでしょうか・・・
日本政府にだけ解決を求めるのではなく、アメリカに直接日本国民の意思を伝えていくことができればいいと思います。
Posted by 爽 at 2010年05月12日 10:42
半年程前から毎日読ませてもらっていますが、初めてのコメントです。
正直、ここに来るようになってから、ニュースとかワイドショーにあまり興味がなくなり、お笑い番組位しかテレビも見ないので、普天間問題の事もあまり詳しくありません。
当事者の方には申し訳ないかもしれませんが、いい意味でも悪い意味でもなくて、なるようになるのかな・・・ と思います。
なので、関心があるかないかでいうと、「ない」です。
ちらっとテレビで見た反対運動も、気持ちはわかりますが、何だか負のエネルギーを感じてちょっと怖かった。
そもそも基地とかいらないと思うので、きっと何らかの平和な解決方法が見つかって、みんなが安全で安心して暮らせるようになるのでは?・・・ と感じます。
普天間問題に関心は「ない」としましたが、みんなが安全で安心して暮らせるようにきっとなる・・・ といつも思っています。
Posted by hana at 2010年05月12日 11:05
皆さんのコメントを読ませていただくと出来れば基地は要らない
でも中国や北朝鮮に侵略されたらどうするの?
そんな意見が多いような気がします。
でも気づかなければいけないのはすでに日本は米国に侵略されて
いるということです。
その為に長年、沖縄の方たちがつらく苦しい思いをしているという事実です。
中国や北朝鮮にに侵略されるよりましだろうって思ったりしますが
そんなものは米国の自由主義という響きのいい言葉に長年洗脳されてきた
に過ぎません。
今こそ日本は長年苦しんできた沖縄の方たちを解放すべきです。
米軍の基地は要りません
どうしても中国や北朝鮮が信用できないのなら核武装しても
いいと思います。
今の我々の意識レベルでは仕方ないと思います。
本当に平和な世界が来るまでは・・
Posted by カズ at 2010年05月12日 11:25
初めてメールします
普天間に居住しています。
沖国にヘリコプターが落ちたと情報が入った時
まず、気になった事は、自分の子供(友人、知人)は巻き添えになってないか、怪我を負ってないかという心配でした
毎日の様に空の上には軍事用ヘリコプターが恐ろしい騒音を
響かせながら、飛び回っている現実はまるで戦争です
そこに住む私が思うことは是時ここから出て行ってもらいたい
抑止力として必要という人がいるならば、その人の傍に行ってもらいたい、ただそれだけです。
Posted by teana1007 at 2010年05月12日 14:55
阿部さん こんにちは
私自身は普天間基地を一刻も早く国外に撤去してほしいです。
日本の防衛力、抑止力はどうするのか?
と議論している報道番組もありますが、普天間基地移設とまったく別問題だと思います。
沖縄の58号線をドライブすればわかりますが、米軍基地施設はいたるところにあります。
これだけたくさんの基地があるのに普天間基地が撤去されたとしても日本の防衛力、他国への抑止力が弱くなるとは考えられません。
マスコミに踊らされている気がします。
国民の税金を使って新しい基地を造ることも、今ある基地を維持していくこともしてほしくないです。
Posted by ばるんちゅ at 2010年05月12日 15:14
沖縄問題、実はニュースが始まると、テレビを離れていたんです。
なんとなくモッタリした気分になってしまうので。
私の意見は、現在の同盟を維持し、世界協調を大切にする姿勢で外交し、防衛は、自衛隊だけで十分、という意見です。
自衛隊も段階的に縮小していけばいいと思います。
でも、そういう意見を人に言うと、必ず「北朝鮮、中国に脅されたり、攻められたらどうするんだ」と強く言われてしまうことです。
そうすると、
むーん。(~~)
となってしまうんです。
ラムズフェルド元国防長官が、「ここは何とかしなきゃいかん」って言ったのですか?それは相当ひどいんですね。
そこまでとは知りませんでした。
ボブさんの講演の内容、可能でしたら、ブログで、または映像とか書籍で、本土の人たちにも残していただけると、大変ありがたいです。
Posted by SS at 2010年05月11日 09:13
>彼は、「悟り」を科学的に証明しようとしています
この言葉とてもぞくぞくしました
飛んでいきたい衝動に駆られました
きっと私の分身が体感してそれが伝わってくると信じています☆
問題は、その地域の人しか痛みが伝わらないのでしょうか
宮崎も口蹄疫がとても大変な状態で深刻な問題なんですが
中央には全く伝わっていないのは何故なんでしょう
Posted by 007 at 2010年05月11日 09:35
沖縄問題・・・。直接影響を受ける沖縄の方、周辺の方にとっては、苦悩を伴う本当に大きな問題なんだと思う。
冷たいようだが、本土にいる私には、何も出来ない、どうしようもない出来事の一つと感じている。
世界中の犯罪、事故、飢餓、病気、死などに対する見方と変わらない。
勿論、全ての苦難と思える状況が無くなるのならば、それを一番に望む。
それが今の段階では無理なのであれば、全ての人が、苦難と思える状況を、乗り越えることができればと願う。
ボブさんとのコラボの内容、他の地域でのいまここ塾でも報告お願いします!
阿部さんの事だから、お願いしなくてもきっと話さずにはいられないな!?
Posted by ばいぶる at 2010年05月11日 09:37
はじめまして。私は病院で患者さんの身体的なリハビリをして働きながら、阿部さんのブログで精神的なリハビリをさせて頂いております。いつも阿部さんの愛のある言葉に感謝しています。沖縄の基地問題ですが、そもそも普天間に限らず、米軍基地が日本に駐留する必要性に疑問があります。世界で二番目の経済大国である日本はそろそろ自国で防衛することを真剣に考えるべきではないでしょうか。また、アメリカがほんとに日本を守ってくれるなどないと思います(特に中国等大国が日本に攻めてきて、アメリカ本国が被害がある場合は・・・)。
Posted by リハビリPT at 2010年05月11日 09:47
私は本州の人間ですが。
沖縄の基地問題、関心あります。
正しい意見じゃなくて感じたこと、なので・・
基地はもう、日本から出て行って欲しいです!
そして軍事費は福祉とかに回して。
将来的に、どの国も軍がいらなくなって
平和になったらいいな~と感じています。
Posted by 華夏 at 2010年05月11日 09:47
コメントありがとうございます。
みなさん率直な意見だと感じました。
このような問いかけは、スピリチュアルな話とは別に、僕たち同じ人間が、それぞれにどのような感じ方を持っているのかが分かり、とても有意義だと思います。
多くの方の参加をお待ちしています。
Posted by Toshiro Abe at 2010年05月11日 09:50
テレビは見ないし、新聞も購読していないので、みなさんより世情に疎い私の感想はトンチンカンでしょうけど。
基地をやめてしまうことって不可能なんでしょうか。
私が住む街に、基地があって、騒音や危険にさらされていたら、基地なんかいらないと思うと思います。
武力を備えて、武力に対抗するやり方が、結局なんにもならないことを、どうして人間は何千年もかけて学ばないのでしょうね。
ボブ氏とのコラボ講演に参加できる方が羨ましいです。
ぜひおすそ分けをお願いしますね。
Posted by ラベンダー at 2010年05月11日 09:50
ラベンダーさん
そうですよねぇ。ぼくもまったくそう思います。
今のぼくでさえそう思うのだから、ぼくもみんなも悟っちゃったら、明日から、世界にある武器をみんな捨てちゃうんじゃないかな。
そう思うと、世界中の国が、武器をもってヤンヤヤンヤやってること自体、「バカじゃないの?バカなの?」って思っちゃうんです。
基地なんて本当はいらないじゃん、それでみんなシアワセを感じれることにお金を回そうよ みたいなことって、実は多くの人が思ってることなのかもしれないですね。
でも、政治の世界みたいなところに身を置いたら、ぼくも鳩山さんとかその他の政治家の人みたいになっちゃうかもしれないなぁ。いろんな想像を絶するしがらみとかが有りそうだし。あーでもないこーでもないって。
ぞぞぞ~。
Posted by SS at 2010年05月11日 10:07
おはようございます。
関東在住ですが、うんざりするという意味で関心がなく、
国家間、国内でのエゴのせめぎ合いという意味で関心があります。
抑止力は表向きの話で、実際は利権の話なんじゃないでしょうか。
この世に基地(武器)が不要になればよいのですがね。
関係者の方々は悩みがつきないですね。
Posted by charizo at 2010年05月11日 10:22
沖縄の方々には大変申し訳ないですが、東京に住んでいる身としては、正直全く気にとめてないというのが本音です。興味すら抱いていないです。
よそ様のことはよそ様におまかせして、自分は日々、目の前のことだけに集中して生きています。
最近はテレビも新聞も全く見るのを止めました。なので、世の中で今何が話題になっているのかほとんど知りません。
無関心ですみません。
Posted by 神楽 at 2010年05月11日 10:25
こんにちは阿部さん、いつも読ませてもらってます。
普天間問題ですか。
正直私は、米軍は沖縄には要らない派です。
私も嘉手納基地のすぐ近くに住んでるのですが、飛行機の爆音のうるさいったらもう…とんでもないです
それだけではなく、米軍絡みの事件・事故も公表されないだけで、率からすると、決して低くはないと思います。
政権も代わり、私自身今の政権に期待していたのですが、そこはやはり国対国、一筋縄には・・・。
反面、『事は起きている』という事から考えると、全て起こる事が起きているんだと思う自分もいます。
全体から見れば、一つの流れで、全ては良かれですよネ?
今日のボブさんとのコラボ講演楽しみにしてます。
Posted by 【嗣】つぐ at 2010年05月11日 10:28
おはようございます^^
基地問題は、地球の問題だと思います。
一つの星の中でどうしてこんな争いが続いているのか・・
そろそろみんなで一斉に、心に正直になって
こんなことやめよう!となればいいのに。
同じ人間同士間で、自分がやられるからと、
殺し合いの準備、場所の確保なんて超超~!狂っていますね。
普通に考えて、なんておかしなことをしているという
認識を自覚することや、
やっぱりみんな同じものだと感じるココロや
いましかないと感じることが
一番の平和への早道だとおもいました。
Posted by tomatoma at 2010年05月11日 10:28
私は、日本が自国でまた闘えるような装備や人を作ることにお金をかけることは反対です。
今の北朝鮮や中国に対して、日本にいる米軍の存在がある程度の抑止力になっているというのは、やっぱり実際あると思う。
でも、その基地を沖縄や徳之島など、本土と離れた島に置いておこうとすることにどんな意味があるのか…それはよく分からない。
鳩山さんの悲痛な顔を見るたびに、こんなに国民のために考えていると言っている人が、「私の持つ敷地にどうぞ」くらいのことを言えないのかなとか…そんな非現実的なことも浮かんできたりしている。
いつか平和な世界がくることを願いつつ、でも今実際に起きていることや生きている人にどう現実的に関わっていくのかと考えると、今の日本を守るためにやっぱり意味があると思う米軍の存在を、沖縄や徳之島だけにとどまらせず、もっともっと全国の首長を交えて、日本のどこに置くのか、置くとしたらその負を背負う分、その場所を他の場所に住む人たちがどんなふうに守れるか、みんながみんな自分のこととして真剣に考えることが必要なんじゃないのかなと、私は思います。
Posted by 桜銀杏 at 2010年05月11日 10:39
敏郎さん、みなさん、おはようございます♪
沖縄の基地問題は、毎日のようにニュースで取り上げられていますね。
とても関心があります。
各メディアは一方的に、「基地反対」の声ばかりを取り上げていますが
沖縄の方々は、やみくもに基地反対を訴えているのではなく
国防に対して、どう折り合いをつけていこうかと長年に渡って
話し合いもされていたでしょうし、交渉もされていたことでしょう。
世間に出回っている情報は、真の地元の声を伏せて報道されているのかもな・・
そんな風に思ったりもします。
中央から遠く離れた沖縄なら、本土は痛くも痒くもない・・と言わんばかりの
なんだか傍観者的な押し付けみたいだな、といつもそう感じます。
県外、国外の案などもありますが、それも上で述べた通りで
その土地に住む人々や環境のことを全く考えていない
単なる押し付けにしか、私の目には映りません。
そしてこれは 『沖縄 対 国』 だけの問題でななく、日本全体の問題なのに
テレビのワイドショーは、なんだか他人事のように報道し、そしてそれよりも
芸能人のゴシップの方が大きく取り沙汰されているのを、とても不思議に感じます。
基地は必要か否か。
もっと大きく、軍は必要か否か。
核廃絶を推進している中で、大国は核保有を容認されている。
これって、おかしくない↑? [永遠の若人@敏郎さん風に Σ(- -ノ)ノ]
ジョン・レノンのイマジンの世界が、私の理想です。
You may say I'm a dreamer ・・?
今、基地問題がこれほどまでに大きく揺れているのはもしかして
イマジンに近づく第一歩なのでしょうか。
破壊の後には、必ずや再生が訪れるから。。
今日もとびっきり☆素敵な日をお過ごしください。
Posted by Luna at 2010年05月11日 10:54
基地問題はとてもデリケートな問題ですが、私はいわゆる迷惑施設に付き物の問題だと思うんです。
例えば原発やごみ処理場なども同じで、誰もが自分の住む近くにあってほしくない施設ですが、国家や県レベルで考えるとどうしても必要なものでもあるのです。
もちろん、基地がなくても良い平和な世界が誰しもが望むことでしょうが、まだまだ脅威がこの国を取り囲んでおり、自衛隊にしろ米軍にしろ、防衛のためには必要であるのが現実でしょう。
ではなぜ沖縄か?
それは地理的にも軍事的観点からすると沖縄がベストな位置にあるからです。百歩譲って徳之島辺りということでしょう。
また、最悪攻撃を受けたとしても、沖縄や徳之島が壊滅しても日本にとっては経済的あるいは人的打撃は最小限で食い止めることが出来るという考えもあるかもしれませんね。
ちなみに私は沖縄生まれの沖縄在住者ですので、他人事で言っているわけではありませんが、合理性の観点からすればやはり残念ながら沖縄から基地を無くすのは非現実的だと思っています。
その代わり政府に言いたいのは、我が国の安全を保障するためにこれだけのリスクを背負わされているのだから、とことん沖縄県民を経済的に優遇すべきだということです。圧倒的にね。
例えば沖縄県民の所得は全国最下位です。それに一律同じような税金を徴収するのではなく、大幅に税金を減らしまた様々な手当てを付与してもらいたいということです。そうして少なくとも全国1位の東京都民並の経済的豊かさを与えてもらいたい。
迷惑施設は誰もいらないのです。でもどうしても押しつけざるを得ないのなら、ぶっちゃけお金で解決するしかありません。
また、他県の方々も自分たちの身代りになってもらっていると考えればきっと文句は言えないでしょう。
そうした中で、基地のいらない平和な社会の実現に向けて努力していくというのが現実的ではないでしょうか。
Posted by 通りすがり at 2010年05月11日 11:08
沖縄問題というか、まだ基地が必要なのか?と思います。
沖縄に基地がある理由は今では考えられないことなのに、まだ過去を引きずって今必要ないということから目を背ける。
沖縄の人をただの土地としか認識していない。
(そんなことを言えばこの世の中おかしいところはたくさんありますが…)
変な話沖縄が大きなことをすれば強いメッセージになりえると思います。
東北で近くに一つ基地はありますが、比べものにならないくらい沖縄は酷いんでしょうね…。
人間の意識の問題…
そういってしまえば終わる話かもしれないけど、沖縄、日本は戦争や争うことに対してメッセージを発信しつづけるべきと思います。
まず私は周り、自分からなんとかします。
では
Posted by いいとも at 2010年05月11日 11:09
基地はどこにも要りません。
うろ覚えですが、アメリカ大統領だって移設先の地元住民に反対されない場所がいいような発言していませんでしたっけ?
こんなに反対されていて日本のどこにそんな場所がありますか?
国外ならいいですか?
自分が嫌なものを海外に押し付けていい訳ないですよね?
報道されている雰囲気を見ていると訳がわからなくなります。
私には理解出来ない理由で、どうしても日本に米軍基地がなければいけないなら東京にどうぞ。
Posted by でっけね at 2010年05月11日 11:16
沖縄の基地問題は、沖縄だけの問題ではないことが今回の普天間の報道で全国民に知ってもらうことができたのは、大変有意義だと思います。今まで沖縄県民の皆さんの心の痛みを考えず、日本の抑止力のために基地が必要だといってきた私達は、ここで日米安保が本当に必要なのか、必要ならアメリカ軍基地はどうしたらよいのかをきちんと考える時期に来ていると思います。米軍との地位協定なども検証する必要があるでしょう。そのためのあぶり出しに今回の普天間の話しは大いに寄与していると思います。戦中、戦後とアメリカ軍基地に支配され、今も支配され続けている沖縄の人たちに陳謝と感謝の気持ちをささげます。
Posted by すみ子 at 2010年05月11日 11:19
>SSさん
ああ、そうですねー。
悟る人がどんどん増えて、「武器って何だっけ?」てな世界になったら、どんなにいいかな。
戦争があると儲かる人(日本だって、かつて朝鮮戦争のときにはそうでしたしね)、基地で働いている人やその家族、利権や生活や、いろーんなものが絡み合っているんでしょうけれど・・・
私もその渦中にいたら、
自分の正しさを守るために、必死なんでしょうねー・・・
だけど
奪わないと、または、奪われないようにしないと幸せになれない、っていう勘違いが、もうどう考えてもチグハグだと気付く人が増えて、それが2年後の地球や人類のアセンションと同時に消滅してゆく(といいなァー)
Posted by ラベンダー at 2010年05月11日 11:30
他県で起こった事柄は私達はマスコミでしか
知ることはありません。
(しかも、起こってしまったあとで)
私の住む神奈川県にも横須賀という基地があります。
農地としてあるのならこんなにも
問題にならないのでしょうか・・
軍備の為だから・・でしょうか。
本当に問題だと感じるには偏らない観方で
この地球に生きるものとして
しっかり、観て、考える必要がある。と思います。
基地の代替地を探している時ではない・・とも思います。
しっかりと事の真相(なぜ、基地ができて、
問題になってきたのか・・など。)
私達がひとりひとり、深く探って、
知る必要があると思います。
人の意識が変わらない限り、
どこに、移転しても、問題はそのまままた、
起きると感じます。
日々、自分に起きることで精一杯の現状ですが
もっと、事を世界的に、地球規模で眺める
拓いた目が必要ですね(反省・・)
そういう大きい意識でないと、
解決には至らないと感じます。
Posted by Setsuko at 2010年05月11日 11:33
おはようございます。
私は基本的に基地の存在など要らないと思っています。
国と国とが力と力でやり合い、経済の事しか考えてなくとも
それを隠して国民の不安をあおって軍を作り、
つきるともない欲を追い求めているように見えます。
ぼんやりしていると、すぐに私たちは
プロパガンダに踊らされて、平べったい見方でものを見がちだと
最近戒めています。
何と言っても、普天間の住民の方々の安全が第一です。
それに対してまず、一国の首相がとるべき行動があるのではないでしょうか。
その安全策をとってからこそ、地域住民の方との話し合いが出来るのではと思います。
基地がいかに重要か、抑止力とは何なのか、
鳩山さんの考えがやっと伝えられるのではないのかと。
伝えた上で、やっと賛否が出来る状況になると思うのです。
他の考え方も生まれると思うのです。
軍事アナリスト、小川和久さんの映像でのお話も参考になるかと思います。お時間在る方、ごらんになられるといかがでしょうか。
http://www.choujintairiku.com/ogawak/
難しいと思いきや、これが結構、分かりやすいんですよ。^^
Posted by アツロウ at 2010年05月11日 11:35
以前仕事で何度も沖縄へ行きました。
でも、仕事の範囲でしか基地問題を捉えきれてませんでした。今回「普天間基地問題」によって基地容認側から反対側まで、とにかくどれだけ争いが嫌な事かは確実に感じたのではないでしょうか。 本当はそこから今迄とは違った方向が見えて来ると良いのでしょうけど。
Posted by 古古米 at 2010年05月11日 11:39
いらないと思います。すでに十分な戦力はあると思います。何もこうまでして沖縄に残す意味はないと思います、でも他の国へのメンツもあるのでどちらもごねているのでしょう。
http://diamond.jp/articles/-/8060
アメリカ人自体がいらないといっているくらいですから。
沖縄の人の「いる」「いらない」派の内訳がほしいですね
Posted by まあまあ at 2010年05月11日 11:39
感覚が理屈を超えた時 変化が訪れるのだと思います。
未来という不安なんてない という理解が多くの人に生まれたら
基地を手放す事が出来るのでしょう
理解は、バラバラなものを繋ぐ働きがあると思います。
まずは、沖縄とつながり・・・
更には、アメリカともつながり・・・
皆が いまここ を理解すれば解決に向かうと思います。
もう、人殺しの施設なんて捨てろ~~ と言いたいです!!
変な文章ですみません。
Posted by y.u at 2010年05月11日 11:44
基地の問題は二つに分けて考える必要があると思います。
一つは基地が必要かどうか。
これは今の世界の精神レベルからみれば必要だと思います、皆さんだって家にはカギをかけるでしよ、何が起こるかわからないから、ドローなんて一人もいない世界になればカギなんか必要のない時代がくると思います。
まだ狩りをして暮らしていた時代はカギなんて必要なかった、獲物は保存がきかなかったから皆に分け与えていた、その内、農耕がさかんになり貯蔵が出来るようになると、それを分配する人(官僚)、倉庫を守るひと(軍隊、警官)が自然と必要になってしまった。
もう一つは火葬場と同じで必要だけど自分の所はイヤって理論、だから基地は日本には必要ないっておかしな話。
Posted by JUN at 2010年05月11日 11:45
普天間基地は危険なので、辺野古沖に移設するということでありましたのに、混乱をきわめています。
辺野古沖ならば、沖縄の負担も軽減され日本の防衛にも有意義であり、私は自民党案を支持します。
鳩山政権は今、すったもんだの状態ですが、彼らの案が現行案よりすぐれているとは到底考えられません。
日米関係が危うくなれば、中国はそこに付け込むでしょう。チベットや東トルキスタンの状態を見て、中国が信用できますか?
中国は、そこに国防の意識がなければいくらでも付け込んでくる国だと思っています。事実、平然と武力行使を実行しています。
ベトナムだってフィリピンだって中国を怖れています。日本の政治家も鳩山由紀夫を中心に中国を恐れていると思います。
沖縄では、新聞も論調も、一方的な左翼傾向以外の発言がはばかれる、いわば言論統制状態にあるようにも感じています。
基地反対は沖縄の声、という建前というか、すりこみというか、そういう状態ではないかと思います。
沖縄戦はたしかに悲惨でありましたが、東京も焼け野原になったのであり、広島長崎には原爆が投下されております。
沖縄だけが被害者であるかのような風潮はいかがなものかと思います。
左翼活動家が沖縄問題を利用していると思います。
社民党の意見は、現実を見ないものであり、実行すれば国民が悲惨を味わわされるものだと思います。
ホントに鳩山由紀夫にも小沢一郎にも腹が立っています。小沢一郎は早く起訴されればいいのです。
Posted by 寅吉 at 2010年05月11日 11:51
今から40数年前、ベトナム戦争の最中、立川基地の滑走路の直ぐ近くにあった学校に通っていました。校庭での体育の授業は、真上で絶え間なく戦闘機や軍用機が飛び交っていたので、声が全く聞こえない騒音で、途中から中断せざるをえなかったと思います。側の小道を散策していると、低空飛行で樹の枝をかすめて飛んでいった時は、本当に恐ろしいと感じたものです。
今は、昭和記念公園に変わりました。
あの現実と、未だに向き合っている沖縄の方々には、本当に申し訳なく思います。
全ての人が、自分自身の問題として考える時が、訪れたと思います。
無関心が、一番卑劣かもしれません。
平和と自立と解放と目覚めを目指すために。
Posted by 二俣 直子 at 2010年05月11日 11:54
TVは観ないので、普天間基地問題が日々報道されていることは
知りませんでした。しかし、無関心でもありません。
沖縄の基地周辺の方々の日々の痛みを思うと
それは想像では語れないかもしれません。
神奈川の基地周辺を訪れた時、それはそれは
ものすごい騒音でしたから。
世界では平和、平等、自由といいながらも戦争をやめようとはしませんね。本当のところは止めたいのが実態のような気もするけど、
武器は捨ててない。
私も争いはしたくないけど、武器はね、いくらでも持ってるんです。
それを使うか使わないかは、私が選ぶことだけど・・・。
詳しくは解らないけど、移転とか形を変えても繰り返すだけだから、
やはり根っこが変わらないと、というのが私の思うところです。
人、家族、街、国、世界、地球。
この図式でいくと、やはり個人の意識は国をも地球をも変えてしまう。
今夜、ボブさんから、素敵なメッセージが届くのでしょうね。
神からの。
Posted by 麻美 at 2010年05月11日 11:54
普天間問題・・・知ってるようで知らない気がします(--;)
とても危険だというのは1度テレビで見ましたが、信じられない光景に嘘なんじゃないかと思えました。
わたしの家の上空にも、軍機が飛んだことがありますが、耳を裂くような音ですよね。
近くに、バンドレーダーが設置されてからは、関係者をよく見かけるようになりました。
こちらに配属された米関係者は、こんなド田舎に・・・・という不満の声もちらちら。
どうしようもない・・・というのが正直な気持ちです。
でも、みんなの心の変化と共に、こういう軍問題や核問題も変化していくと思います。
普天間をはじめ、基地の近くに住む人に平和が訪れることを祈りたいと思います。
Posted by MASAYO at 2010年05月11日 11:57
まず、ラムズフェルド氏が来日した時にはすでに基地移転は決定済だったはずです。アメリカは基地が日本になければならない理由がすでにないから。敵国を攻撃するための武器にはいろんなものがあって衛星からのレーザーなど。人海戦術、核なども今や時代遅れなのです。グアムに新しい基地を作る6000億円を日本に出させる為の口実として、ラムズは視察にやってきたのです。このように日本は戦後ずっとアメリカの采配の元にあり、何百兆円もの税金を貢いできたのが現実です。中国や朝鮮半島の国々に対しても、何をされても言われても日本としての立場を主張することなく来ました。脅されたら聞こえないフリするかお財布を投げ出して逃げるのが日本でした。
話戻って、基地はなくなればよいのか?ですが、現在の所日本の防衛力はアメリカなしでは弱すぎるのです。現状で基地がなくなるのは危険です。私は日本という国が自分で自分を守る(経済的にも自給自足する)十分な抑止力を持つことが大事だと思います。つまりまず脅されなくなること。その為の設備は必要と考えます。また日本という国が世界の中でどうあるべきか国民一人一人が考える必要があります。その上で、アメリカや特定アジア三国に良心を持って凛として意見を述べるのです。悪意や脅しのない外交がそろそろ産まれてもいいじゃありませんか。
Posted by あっきー at 2010年05月11日 12:01
私は関東在住ですが、基地問題には注目しています。
日本全国、米軍基地は必要ないと思っています。
在日米軍が本当に抑止力になるのか?!という記事もあります。
↓
http://www.j-cast.com/tv/2010/05/10066046.html
沖縄の問題じゃなくて、日本の問題で。
普天間をきっかけに平和な方向に転換していくことを
期待しています。
Posted by エフ at 2010年05月11日 12:22
現実的には、普天間基地周辺の住民を他所にやるしかないと思います。というより、もうじき住民が自主的に避難するような社会情勢になると思われます。今年の秋から社会情勢が急激に悪化する予感がしています。世界的大不作が決定的であり、上海万博が閉幕するタイミングで中国経済のバブルがはじける可能性がありますし。
アカシックレコードを読めるという如月マヤという方が興味深いことを言っています。どうやら中国崩壊とそれに伴う中国人の大量死は避け難い未来のようです。日本は中国難民の大量殖民により内乱のような状態になるみたいです。去年の選挙前に彼女は本物のスピリチュアル霊能者と偽者を区別する方法があると言っていました。その内容については言わなかったけれど。たぶん自民党と民主党どちらを支持するかということだと思います。彼女はどちらの政党の支持者でもなく、政党に関わらずマシな人物を選ぶとは言っていましたが、鳩山由紀夫に対しては批判的でした。
Posted by のつ at 2010年05月11日 12:24
神奈川の基地の近くに住んで初めて知りました。
騒音のすさまじさ・・・
私の住む地域はまだかなり良い方なのですが 基地に更に近づいた地域にも民家は沢山あって その辺りに行ったとき
軍用機があまりにも近く 目の前を飛んでいく姿を見たとき 戦争中にタイムスリップしたのでは という感覚に陥り恐ろしくなりました。
鼓膜が破れるのではという爆音。
あまりに驚いて 言葉もありませんでした。
え?本当にこの音の下で生活しているの?と
信じられない感じでした。
基地がなくなってくれたら どんなにうれしいかとも思いますが
自分で選んでしまったからしょうがないという諦めと段々とその音にも慣れてしまっている自分もいます。
Posted by さつき at 2010年05月11日 12:28
沖縄はどこに行くにも近い、もし沖縄にせめてきたら米軍がないとたいへんだろう??近いなら台湾も韓国も同じ、世界に何千もの基地があるのだから沖縄になくたってかまわない。せめてきたらって・・米軍がいなければ攻めてこないでしょう。
これ、見てみてください。実際に日本を研究している人がいっています。
http://diamond.jp/articles/-/8060
Posted by これ見て at 2010年05月11日 12:34
誠実なご意見をありがとうございます。
それぞれが持つ情報量と情報の質により、様々な意見があると思います。
したがって、意見を聞くのは、いまどのような情報が流れているのかを知ることにもなります。
参加してくださって感謝します。
どうぞ沖縄の皆さんも、自分の考えを言ってください。
マスコミ報道からは見えてこない側面があるはずです。
Posted by Toshiro Abe at 2010年05月11日 12:35
沖縄問題・・愛知に住んでいますからこの問題に触れるのはニュースだけですが 非常に気が重くなりますね
基地の必要性?→抑止力→核などの? アメリカが?
おかしなものですよね たとえば銃に置き換えて・・
アメリカ君とそのナカマが銃をちらつかせながら
『銃は危ないから作ったり使ったりするの止めて捨てようね』て・・
日本が言うなら分るけど・・核を持たず唯一の核被害者が世界に向けて「止めようよ」ってことなら説得力あると思う・・が
アメリカ君を盾にしてたら(基地)発言力ないよね
そういう意味で基地は要らないと思う 県内外移設だ~って言ってるけどどこに行っても批判出るだから いっそ国内の米基地出て行ってもらおうか って事にはならないのかねぇ いいチャンスだと思うのですが・・
有事の時どうするってことになるけど ソコは自衛隊に・・
銃は要らないけど 不安を感じる人のために盾ぐらいは持ってようかってw
自衛隊も正に「自衛」守るためだけの存在 戦争には加担しない
災害の出動 攻撃の手段を持たず身を守る為だけの技術に超特化した存在でどうだろう
と考えてるとふっと思うことが
巨額の金を軍事(日本も含め)につぎ込むぐらいなら貧困にあえぐ国地域に物資や仕事持ち込め 裕福な国の人々の気軽に使えるお金でどれほどの子の命が救われることか・・
沖縄問題から離れてる気がするのでおしまいw ナニがいいたいか分らなくなったし~
失礼しました
Posted by 名無しのげん at 2010年05月11日 12:51
今どき、本気で他国を侵略しようなんて思っている国があるんですかね?
所詮、国同士がいたずらに恐怖心を煽って軍需産業などの利権を貪りあって
るだけのような気がします。
やくざが一般人から身かみかじめ料を取ってる構図と何ら変わらないと
思います。
だいたい、自国に他の国の軍隊が駐留していること自体おかしいですよね。
日本に他国の軍隊は要りません。
真の独立国家として自分にの国は自分で守らねば・・
基地を排除しようがどこに移そうが他国に配慮する必要はないと思います。
Posted by カズ at 2010年05月11日 12:52
今の世界情勢というのは、日本の戦国時代に近いものがあるように感じます。
「平和がいいんだ、平和がいいんだ」ということで、備えもしないで暮らしているか、万一に備えて行政、軍事を整えているか・・・・。
戦国時代の名将といわれるような生き方が、現代の我々にも必要なのではないでしょうか?
そういう意味では、鳩山由紀夫などは最低のボンクラ武将でしょうな。
鳩山政権では、防衛費を上回る子ども手当をばらまくようですから、多くの子どもたちの命が救われるのでしょうね。(皮肉です)
Posted by 寅吉 at 2010年05月11日 13:04
身かみかじめ料
→みかじめ料
スイマセン 訂正させていただきます
Posted by カズ at 2010年05月11日 13:06
沖縄の普天間問題をみていると、日本はアメリカの呪縛から離れられないのかなと思います。 恐怖で押さえつけて、基地が必要だと思わせている。基地はいらないと思います。あっても、なくても、戦争になれば、被害は受けます。
世界から戦争や 争いが無くならないのは、兵器で儲ける金の亡者がいるからです。
宗教も壁をつくっています。人々が真の平和がなんであるか悟ったら、争うことの無意味さに気付くと思います。
バラバラな文章ですみません。
Posted by 水 at 2010年05月11日 13:07
自国は自分で守るのは当然ですが、防衛費が莫大になります。
また、他のアジアの国々が、米軍基地が日本にあることを支持しています。
基地があってもなくても、戦争になれば被害が出ます・・・当然です。
基地があるのは、他国に「攻め込んでやろう」という色気を出させないためです。つまり抑止ということです。
真の平和はすでに、自分の中に実在しています。ですから自分自身は平和そのものです。平和が私です。
だからといって、他国の侵略は許しません。日本を攻撃する艦艇を撃沈したからといって私の平和が揺らぐことはありません・・・・なんか、鳩山由紀夫みたいになってきた・・・・。きりがないからもうやめます。
Posted by 寅吉 at 2010年05月11日 13:25
基地は、子供のころからなくなってほしいと思っています。
那覇で育ち 結婚して 嘉手納にすんでいるものですが 那覇に住んでいるときより基地が 身近になって その恐怖というか みえない低い波動を感じいやな気分になります。
武器は持ったり近くに存在するだけで その目的を考えた場合 波動が 低くなるとおもいます。(基地撤去を唱える暴動や争いも同様です)
沖縄に生まれて 基地が近くにあっても 波動が低くならないように するために どのようにすればよいのか・・・・
本日の講演 楽しみにしております
Posted by ryukyu at 2010年05月11日 13:28
阿部さん、こんにちは。
基地問題に対してですが、今の世界情勢では、日本に米軍基地があるほうが、安心なのではないかなと、考えています。
日本は自分たちの力で守ることを目指すにしても、憲法改正が必要になると思うし、でも政治家をみたって、自分の意見を思いつきでポンポン発言しているだけのように見えるので、まとまらなさそうだし…。
自力だけで守ることが、ベストなことかも、今の私にはわかりません。
私は、沖縄に住んだこともありませんし、まだ行ったこともありませんので、沖縄の方々の心労を察することができずに、申し訳ないと思います。
この問題を考えるだけでもストレスがあるのでは、と思うのですが、沖縄の方々は、今現在、基地をどのようにするのがよいと考えますか?
テレビを見てると、反対派の意見が感情論で終わってるように見受けられます。
こんなことをいうのは心苦しいですが、感情で終わっていては、いつまでも同じ苦しみが続くと思うのです。
実際、基地と共に生活していらっしゃる方々の気持ちや、冷静な意見を、伺ってみたいと思っていたところだったので、思いきってコメントしました。
Posted by sai at 2010年05月11日 13:32
鳩山さんの奥様は初期のころの霊気を学ばれた方です。おそらく鳩山さんも奥様の影響を受けていらっしゃるはずなので優しい世界を望んでいらっしゃるのではないかな?でも時期尚早かな。。。
私は世界中から武器や紛争が無くなることを望んでいますが、現実では中々難しい。
基地問題についてですが、マスコミは鳩山さんが言った言わないだけを問題にするのではなく、敗戦後に植民地にされていた日本の歴史を踏まえて、日本に米軍の基地を置くという事自体の必要性や今後の日本のあり方(防衛や世界貢献)について真剣な議論を喚起するべきだと思います。
現状のとりあえずの落としどころとして、5年以内にアメリカに『日本から米軍を撤退させることを真剣に考え直す』という言質を取り付ける。というのはどうでしょうか?
現実問題、国内での基地問題に対する議論が高まっていない現状をなんとかするのが先決かと。。。
Posted by 慈恩 at 2010年05月11日 13:51
阿部さんて、さらりとした○○酒みたいですね。
軽やかで、梅雨の晴れ間のかぜみたいだなーと、
昨日、一昨日の記事の流れから感じました。
沖縄の基地ですか、こういう事を考えると
つい、熱くなってしまって
本土の人が引いてしまわないといいなと思います。
かねてから、日本は植民地だなあ、
そして日本人はそれに気づかないのと思ってました。
米軍は勿論、日本軍もいらないし
そして、巨人にも“軍”はつけてほしくないと思います。
抑止力という言葉をよく普天間の問題にも出てきますが、
世界中の経済が絡み合っている現在、
暴力(軍隊)は抑止力にはならないと思います。
フィリピンは米軍を追い出しましたよね。
政治家が自分の保身より
人々の事を思って行動したそうです。
日本でも自分の党の選挙の行方より
先に考えるべき事があり、その結果
党が信頼され支持されるのが本当じゃないでしょうか。
基地よさらば~です。
最後に私事ですが、
一昨日、私のコメントにコメントしてくださった
くにぴーさん、ありがとうございます。
コメントいただけるだけですごくうれしかったので。
Posted by i-rururu at 2010年05月11日 14:15
米軍には出て行って貰ったらいいんではないでしょうか。
他国のために命をかける必要もないと思いますし。
確かに抑止力にはなっているかもしれませんが…。
日本が戦争になる状況ってどんなもんなんでしょうか?
別に他国との宗教間の問題があるわけでもなく、資源が豊富にあるわけでもなく、隣国と陸地繋がりでもないですし。
今、日本を殖民地にしようてしている国があれば、その国は他国から叩かれると思いますけれど(;^_^A
兎に角こっちから戦争を吹っ掛けなければいいような気がします。
反対に軍隊を持てば、他国から危険視されると思います、自衛のみでいいんじゃないですかね!?
外交で上手く戦争を起こさないようにしてほしいですね、暴力はナンセンスです。
Posted by わらびもち at 2010年05月11日 14:30
知識も乏しく、よくわからないのですが、
関心がない訳ではなくて、でも、テレビ等で、報道されているのを見ると、
なんだか、見る気がしなくて・・・。(すみません。。m(__)m)
ただ心が痛んで。(基地問題にかぎりませんが・・)
だけど、思うのは、
「アメリカ軍の基地って、日本国内にいるんですか?」
「基地を置くのは、だれのためになっているんですか?」
「アメリカのためなんじゃあないのかなあ?(このヘンはわかっていません)」
「じゃあ、なぜ、日本には、基地はいりません、って、言えないのかなあ?」
「日本って、いま、経済的に大変だ、ってよく聞くけど、こういうとこ、削れないのかなあ?」
わからないことだらけで・・・すみません。勉強不足ですね。。
けど、ここに集まっておられる方々のような意識に、みんなが、なっていけば、変わっていく、
変わるには、そこ(ひとりひとりの意識)を変えるしか、ない・・・のかなあ?
と、思います。。
Posted by のの(野のすみれ) at 2010年05月11日 14:51
戦争でとても苦しい思いをして心の傷跡を持ち続けている
沖縄のお年寄りや私の叔父、親戚。
深い恨み(日本本土や米軍への)をもったまま今も過ごされています。
テレビドラマの沖縄戦再現、
感動的なラストシーンなど見ては、
なんの現実味もない、
本当はただただ「悲惨・恐怖」以外になかったと。
感動できることなんか何もなかったと。
恐怖の中で、死んでいった家族を返してほしいと言っていました。
言葉では伝えられない、悲しみや苦しみです。
そんな沖縄になぜ、こんなに多くの基地があるのでしょうか。
悲しみを消したくても消せない現実がここにあると思います。
せめて基地を沖縄から無くしてほしいと思います。
Posted by tomatoma at 2010年05月11日 15:14
沖縄在住の友人達がいます。
初めて訪れた時、基地の身近さにショックを受けました。
街のど真ん中に悠々と広がる基地。その周辺にひしめき合う日本人の家々。
刺々しい鉄条網がその間を別世界のように区切っていました。
それまでは実感することもなく他人事だったなあと恥ずかしくなりました。
元もとの土地の所有者にはまともに働いて得る以上のお金が与えられ、
仕事するのもバカらしくなっている人もいると聞きました。
そこまでして守ってもらわなければいけないのでしょうか…。
そもそも敵なんて都合よく作られた幻想じゃないでしょうか。
中国は国内の経済格差が著しく情勢不安という話です。
輸出で潤ってるのに、今さら主要国を敵に回すようなことをするとも思えません。
個人的には米軍には出て行って欲しい。
もうこんな手段で利権を得ることはできないと気づいて欲しい。
今、基地問題に光が当っているのは、
一人一人がそのことを考えて行動する時期が来たからじゃないかなあ。
Posted by ebine at 2010年05月11日 15:23
阿部さんこんにちは。
いつも読ませていただいてます。
私は基地はいらないと思います。
基地がないと確かに近隣諸国にたいする抑止力がなくなる状況になりますが、万が一、攻め入られた場合にその他の国々と協力して防衛できるような日本の価値を創出した方が建設的な気がします。
財政的にも治安的にもモラル的にも。
大人な対応をしようとしてるのに、後ろに鉄砲もたないと話し合いにならないなんて変ですよね?
Posted by うっぴ at 2010年05月11日 15:49
私は 今 京都にいますが なかなか伝わってこないなってのを感じます。
私は 沖縄生まれ 沖縄育ちです
沖縄で 県民集会 参加したかった〜
後で 友達から 参加できなくても その日は黄色のものを身に付けて 意思表示しようというのも あったそうです
基地をつくる、つくらないでなく、基地そのものがなくなって欲しいというのが沖縄の人々の願いだと思います。
本土だろうが、他の外国にだろうが つくってほしくない
もう あんな悲惨なことは二度と嫌だ と思っているのです
お父さんがいいます
アメリカだけが敵ではなかったと 味方のはずが 味方同士も 疑いスパイ扱いされて殺されたり 子供が泣くのを止めるために我が子にてをかけないといけなかったり
ほんとにつらかったと それを見て何も出来なかった自分が嫌で苦しかったと
捕虜になって ホッとしたそうです
力に力で対抗することで つらく悲しいことは 大きくなると思いました。
あの時あげれなかった声を今 精一杯 あげたいです
基地はいらない
戦争はいらない 意思表示の黄色いリング とかあると いいな
Posted by くにぴー at 2010年05月11日 15:58
沖縄県民で、現在は、那覇市に住んでいます。
二年前は、名護市に住んでいて、名護市内に米軍機の墜落事故がありました。去年は、仕事の都合上、宜野湾市に住んでいて、普天間基地の下のアパートなのですが、住んでびっくりしました。
ありえない!状態なのです。基地は、反対です。米国に帰って下さい!
平和で、住みよい沖縄に なるように…今日の講演会で、良い波動を受け学びます。よろしくお願いします。
Posted by ともこ at 2010年05月11日 16:03
沖縄の自然の美しさ。伝統や文化の素晴らしさに加えて、
そこに住む家族思いで、シャイだけど陽気で開放的な人たち。
泣けるほどあったかくって、やさしい人たち。
私も短期間でしたが、沖縄に住み、たくさんの出会いの中で、
沖縄に心を育てていただきました。沖縄に頂いた物がいっぱいあります。
だからこそ普天間基地の問題は「起こるべくして起こっている」と思うとともに、
過去、沖縄は国内で唯一の地上戦にも巻き込まれ、私たちはおなじ日本人なのに、
その過大な負担を人ごとに思ったり、無視することはできません。
甘っちょろいといわれようとも、国防なんて考え方が本当にまだ必要なの?
北朝鮮の脅威、中国の脅威、とか言いますが、本当に今どき戦争して
日本をどうにかしよう、なんて思ってる脅威なんてあるの?
あ~馬鹿馬鹿しいっていうのが本音です。
いのちは、いのちを知っているのに。
私は民主党に希望を感じていました。
今でも鳩山さんの本音は、本当に基地をなくしたいんだと思っています。すごくつらそうですよね。
でも、政治家ができることへの期待も最近は空しく感じていました。
そんなとき、阿部さんとお話する機会があり、ある参議院議員さんの話になりました。阿部さんは、
「でも、誰かがやらなければならない仕事だったら、僕たちの仲間にやってほしいよね」
と言われたのですが、私もやっぱりそう思います。
政治って難しい言葉がいっぱいだし、とっつきにくいけど、
そもそも現実の認識の違いが根本にあることが、ますます複雑にしてるって思います。
大きな意味で「ふつうのひと」の「ふつうの政治」が開花することに、やはり希望をもっていたいなと思います。
今のところは過渡期の段階なのでしょう。あきらめないで関心をもつことで、みんなが政治に係わっていれば、
そのうち、わかりやすくなる日もくるでしょう!政治って言葉もなくなればいいのに。
「沖縄はもう自立している。あとは日本の自立です!」
受け売りの言葉ですが、そうかも!って感じた言葉です。
Posted by ひーこ at 2010年05月11日 16:07
阿部さん こんにちは。
日本には自衛隊があるので
普天間基地はいりません。
と言うよりも日本に米軍基地は必要ありません派です。
人を殺し、国を破壊し、資源を搾取する戦争。
そんな訓練するなら自国に戻ってやってもらいたい。
そんなことに日本人の税金を何十億円も使わないでもらいたい。
よく他の国が攻めてきたらと言いますが
日本の場合、原子力発電所が沢山ありますから
原発を一斉攻撃されたらそれこそ日本はひとたまりも
ないでしょう。
それでも米軍は日本を守る手段があるのか疑問です。
また辺野古案もまだ可能性を残していますが
辺野古を見越して周辺の土地を購入していた
約9名の国会議員たちの
心情を察するとハラハラドキドキの
日々を送られていることでしょうね。^^
本当の事を言わない政治屋と
本当の事を伝えないマスゴミにはうんざりです。
日本もいいかげん対米従属国を終わりにしないとね。
Posted by くるみ at 2010年05月11日 16:14
ややもすると日本人は感傷的、感情的に物事をとらえがちな傾向があると私は思っていますが、皆さんはどうお考えでしょうか。
基地の件についてみなさんが「どう感じるか」、ご自分を観察なさる上で、情報提供の意味でいくつかリンクをご紹介したいと思います。
情報の真偽の程についてはどうか皆様ご自身で吟味しご判断ください。
これをご覧下さい。皆さんが想像していた普天間の基地問題の「経緯」とは、果たしてこのようなものだったでしょうか。
http://netateki.blog46.fc2.com/blog-entry-1984.html
http://www.excite.co.jp/News/column/20100505/Getnews_57859.html
僕は全然勘違いしていました。だからといって基地周辺の状況は放置できる物でもなく、現状を踏まえて何らかの対応は必要でしょう。
しかし、自分の常識や思い込みが必ずしも事の経緯を正しく映し出していない面があるかもしれないという見方も必要なのではないでしょうか。ネット上ではもはや常識になっていますが、
「私、ひょっとして洗脳されてた???」
ということです。さて、沖縄の米軍基地問題について結論を言えば、「基地は沖縄に無ければならない」のです。米軍が駐留しないのであれば、同等またはそれ以上の規模の自衛隊を駐留させざるを得ません。
沖縄の基地は、台湾有事に即応することを主要な目的としています。少なくともそれが大義名分であり、実際その役を果たしていることに異存はないでしょう。仮に台湾が中国に併合されれば、日本から中東へのシーレーン = 原油のルートは完全に中国の支配下に入ってしまいます。その日から、中国のご機嫌を損ねれば灯油もガソリンもプラスチックもビニールも、原料が一切入ってこなくなります。電気も2~3割は無くなります。つまり日本人の生殺与奪が、完全に中国に握られてしまうことを意味しています。
沖縄の基地は、台湾有事が現実の物とならないように、中国を牽制するための「抑止力」として存在しています。県外に移転しろというのは、東京の消防署をすべて23区外に移転しろと言っているようなものです。基地を他県に移転してしまっては、いざというときに間に合わないのです。
米軍の救援が間に合わないと分かった中国は果たしてどうするでしょうか。ちなみに中国は、ここ20~30年を振り返っただけでも、近隣に軍事的な空白ができれば即、軍隊を送り込んで占領、実効支配しています。もちろん、ずっと中国の領土だったと居直っています (*^_^*)
戦争が嫌なのは私も全く同感です。しかし、であればこそです。近隣諸国(なんと友国と思われた韓国もデス)が、我が国を実質的な仮想敵国に想定して急速に「軍拡の道を突き進んでいる」以上、当面は最低限の自衛力(楯)は手放すことができないと思います。
http://chinalifecost.seesaa.net/article/20307753.html
http://blogs.yahoo.co.jp/success0965/2469139.html
http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20080415
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/a5e7543eedbc57e3e4933b40e17eda48
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/d/20100423
http://www.google.co.jp/images?um=1&hl=ja&tbs=isch%3A1&sa=1&q=%E6%A5%B5%E6%9D%B1%E3%83%9E%E3%83%83%E3%83%97&aq=f&aqi=&aql=&oq=&gs_rfai=
http://www.google.co.jp/images?um=1&hl=ja&tbs=isch%3A1&sa=1&q=%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%88%97%E5%B3%B6%E7%B7%9A&aq=f&aqi=&aql=&oq=&gs_rfai=
http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2007/05/16_188c.html
http://nokan2000.nobody.jp/switz/
Posted by 僕の家の上も戦闘機が飛んでいました at 2010年05月11日 16:34
政治的なことは、よくわからないのですが
今ふと思ったのは、
アメリカと日本の、共依存関係です。
日本が、「アメリカの傘下でなくても、(自立して)やっていける」
と思えばいいのではないかと。。
北朝鮮のミサイルが怖いのは、過去に、日本人が戦争中に彼らに対してやった残虐行為の報いのような気もします。
その部分を、クリーニングする必要がある気がします。
そして、私自身も、共依存は、ずっと大きなテーマなので、この部分をクリアーにすれば、すべては解決する気がします。
(日本も、依存社会と言われてますね。。)
一意見ですので、スルーしてください^^
ありがとうございます☆
Posted by とも at 2010年05月11日 16:35
鳩山内閣メールマガジンです。
「普天間への思い」を語っておられます。
http://www.mmz.kantei.go.jp/jp/m-magazine/backnumber/2009/1217cp/index.html
(これはすでに昨年末に掲載されたものです。)
そして↓は先日沖縄訪問した後のコメント(鳩山twitterより)
「昨日は沖縄を訪問し、普天間飛行場の移設について、仲井真知事を始め沖縄の皆さんの厳しいご意見をいただきました。一日も早く普天間飛行場の危険をなくし、県民の負担を軽減するため、全力を尽くします」
オバマさんの普天間に対するtwitterコメントは見当たりませんでした。(あった場合はすみません)
ここからは私の見解です。↓
世界が潤っている実状として、争いは共にあります。
戦力=国益
悲しいですね。
オバマさんは日本と話す気がなさそうだし、
鳩山さんは話し合いで調和をはかろうとするし・・・。
そして鳩山さんの支持率は低下する一方・・・。
鳩山さんは普天間のことだけではなく日々、めまぐるしいほどの問題を考えなければならない。
けど、どれも彼のできる最大の思いやりをもっているように感じています。だから見守りたい。
そして私にできることは本気でしたい。
沖縄のみなさんは自分で乗り越えられるだけの魂をもって、
その問題と向き合っているのではないでしょうか。
地域地域、それぞれ色々とあります。
それもまたその人に出来、必要な事柄なのかも知れません。
決して理想を語っているのではありません。
だからこそ、私は私で本気です。
Posted by 麻美 at 2010年05月11日 16:38
阿部さん、ブログ読者の皆さんこんにちは。
いつもブログを拝見させていただいてますが、初めて書き込みさせていただきます。
僕は生まれてからずっと普天間飛行場のそばで暮らしてきました。
(鳩山首相と地域住民の対話集会のあった小学校が僕の母校です。)
そんな僕の意見は
「基地はないほうがいい」+「でも今は時期ではない」です。
ほかの方の意見にもありました通り、日本を取り巻く環境上、沖縄に基地を置くのは当たり前の事だと思います。
阿部さんの「かんながら」やブログでも記述のあった「愛の精神を根底に置いた世界国家」が実現でもしない限り現状維持でもかまわないとすら思ってます(もちろん地位協定は見直しは必要だと思います)。
戦争の悲惨さを伝えるのは大事だと思いますが、今の報道や教育では憎しみや怒りまで伝えている気がするのです。それでは怒りや恐れによる苦しみが「遺伝」します。
でも僕は愛に満ちた世界がいずれ来る事を信じています。
「そんな世界になってから基地なくせばいいんじゃないの?」
「沖縄から基地をなくす事より世界から戦争の必要の無いシステム作り(戦争したモン勝ちの世界の常識を変える)」
「でも今は基地は必要」
これが僕の意見です。矛盾してますでしょうか(笑)
長文失礼しました。
Posted by ただもの at 2010年05月11日 16:43
2回目の投稿です。
みなさん色んな意見や考えがあっておもしろいですね。
コメントを読んでいると基地反対派が多数を占めているようですが、私はそれこそ平和ボケもいいとこではないかと思ってしまいます。
少なくとも北朝鮮という狂気の国家がすぐそばにある中、もし我が国に自衛隊も日米安保もなければ、確実に彼らは我が国を武力で脅し金を巻き上げるでしょう。植民地にされ奴隷のように扱われても、それでもみなさん無抵抗ですかね?
こういう言葉があります。「正義なき力は暴力だが、力なき正義は無力だ」と。
全くその通りで、今NHKで龍馬伝やってますが、坂本龍馬がなぜ海軍を作ったのか?それは戦争するためではなくまさしく抑止力のための力をつけることにより平和を目指そうとしたからです。
>これは今の世界の精神レベルからみれば必要だと思います、皆さんだって家にはカギをかけるでしよ
というJUNさんの意見に同意ですね。
Posted by 通りすがり at 2010年05月11日 16:47
阿部さん、皆様 こんにちは^^
テレビはもう見ていません。
新聞とネットで日本・世界の動向を気にしております。
勿論、オブラートに包まれていると感じながら。
基地問題は真剣に見つめています。
数度、沖縄に行きましたが基地の敷地面積に驚きました。
また、レンタカーを運転していました所、アメリカ軍の車が事故をして、その処理に軍の車がサイレンを鳴らして来た事に驚きました。
日本のパトカーは見当たりませんでした。
ここは、どこ? 日本よね? っと。
私は、きっと沖縄から基地がなくなると信じております。
だって日本から気付きが始まるんですよね?
世界に広げなくちゃ!
Posted by nako at 2010年05月11日 16:50
アメリカは計算高く、自国の利益にとてもしたたかな国。中国は自国(共産党独裁)が世界の中心と考えている国。
アメリカに軍事的に守られている(これこそ幻想だと思うのですが・・・)のに、日本が政治・軍事的に物申すのはまず無理ではないでしょうか。まずは日本自体が過去の戦争体験も含め克服し、当然のこととして自国で防衛することを覚悟することが大事だと思います。
軍隊はいらない今の自衛隊だけでいいとなると、攻められるかどうかまでは分かりませんが、他の国(中国等)に政治的・経済的に搾取され従属国になるだけです。
Posted by リハビリPT at 2010年05月11日 17:03
沖縄は大好きな場所です。
初めて那覇空港に降り立った時の感覚は「ただいま!」でした。
奥底の繋がりをずうっと感じています。
そんな愛する沖縄に、基地は必要ありません。
美しい海に囲まれて、穏やかな人たちが自然と共に暮らす島・・
・・そんな素晴らしい場所であって欲しいと思います。
当事者のみなさんの気持ちの全てを理解することは到底できませんが
あの集会の様子をテレビで見るだけで伝わってきます。
八百万の神を生み出した日本だからこそできる平和外交を真剣に考え
世界に発信していくくらいの気概が欲しいものです。
どこまで行ってもアメリカの策略に巻き込まれているみたいで
情けないです。
そりゃ、国際問題は一筋縄ではいかないでしょうが
基本、大切なものって何?・・ってこと、
みんなもう一度、小学生の純粋な心を取り戻して考えたいですね。
Posted by noritai at 2010年05月11日 17:04
普天間問題:日本国民すべての人々が関心をもつべきであり、鳩山政権だけに任せるべきなでない案件だと思います。私は川崎に住んでいますが、ニュースを見るとやるせない不公平感におそわれます。
短期的には、例えば配備や演習の割合を関東の基地に厚くするといった実質的な犠牲の公平を前提に日本全国で話し合いの上(具体的には都道府県知事レベルで)決定するべき内容だと考えます。
関東に住んでいても、たとえば厚木基地の近くにお住まいの方はジェット戦闘機の離発着の爆音がいかにすさまじく、住む者を不安にさせるか知っていると思います。私も10年前に大和市に住んでいましたが、演習が平日に行われ外で遊んでいる子供たちはふるえながら道にしゃがんで両手で耳を塞ぎます。
従って分散させるのも簡単な話ではないのですが、複合的に実質的なリスクをできるだけ各所に分散させなければならないと考えます。
長期的にはどうでしょう。軍備を一切許さない完全な非武装国家をめざすのか、自分の国は自分で守る国家をめざすのかついに決めなければならない時期に来ており、そのことを前提に10年から20年かけて新しい日本国を作らねばならないと考えます。私はつらい選択ですが「自分の国は自分で守る」国家をめざすべきであると考えています。他国が自らの安全保障を前提としており、人類のマインドとして不安定な要素が存在する以上自前で軍隊としての軍備を持たねばならないと考えます。
完全な非武装国家が本当は理想ですが、これをめざすとどうしても国内では部分的に、さらには他国に頼った犠牲を払わねばならなくなります。「いまここ」がすべての人間に行きわたればいいわけです---と思います。これができれば理想なんて言わなくても「完全な非武装国家」があたりまえのようにできると思います。
だから自分がまずは目ざめばならない---とやっぱり自分に返ってきますね。全部自分のことなんですね。たとえば自分が持ってしまう怒りや悩みがゴロゴロ回り回って普天間問題を作ってしまうのですね。自分を責めはしませんが、沖縄の人のためにも自分の毎日の心模様を大切にします。あわせて具体的なサポートや話し合いにも参画したい、と考えています。
Posted by うーむ at 2010年05月11日 17:16
いつもありがとうございます!
わたしも沖縄には米軍基地は必要ないと思います。というか、日本に基地は必要ないです。戦争が起きたとき守ってもらうって・・・そもそも戦争なんかしないって、そんな世界にしたいです。米軍の維持に使われているお金を福祉や環境のために使いたい。テレビに出てくるコメンテーターの方たちはいかに基地が必要かばかり発言してますけど、いらないんじゃないかって思ってる人も多いと思う。どの国の人も平和で安心して暮らせる地球にするためにまずは自分を平和に!ですね。
沖縄が基地問題から解放される日が楽しみです。
Posted by みりあむ at 2010年05月11日 17:38
日の記事と全く関係無いことを書いてしまいますがお許しください。
「引き寄せの法則」ってありますよね。自分の思っていることが現実になる。
「思考は現実化する」ということと同じことを言っていると思うのですが、それで私は悩んでいます。
私は歯医者なのですが、今までは「歯科疾患で困っている人達がいるから助けなきゃ!そのために様々な勉強して技術もあげなくては!」と思っていたのです。
でも「思考は現実化する」ということは私が「歯科疾患で困っている人達がいる」と思うからその現実、つまり「歯科疾患で困っている人達」をつくりあげてしまうのでしょうか?
罪悪感と失望感を感じます。自分なりに一生懸命ここまでやってきたのにこんな落とし穴があるとは…
歯医者を辞めようかと悩みましたが人生も1/3が終わってしまいましたし、今まで築き上げた人間関係やアイデンティティーがなくなるのも不安です。
それでも新しく自分のため人のため世界のためになるような仕事を始めたほうがいいのでしょうか?
本来ならここに書き込むような内容ではなく大変失礼なことをしてしまい申し訳ありません。
しかし阿部さんに聞いてみたい衝動を抑えることができませんでした。すみません…
Posted by snowdrop at 2010年05月11日 17:49
今日はブログをかくべきかずいぶんとまよってしまった。
政治的な色合いも強いし地元の人にしか本当のところはわからないこと
だろうし日米地位協定やら治外法権やら安保やら自衛問題やらが大きく
ねそべっいてその一つ一つに国家とか軍産複合体にかかわる人間たちの
エゴが等身大に映し出され辟易するするのだ。
でもある人の書いた文章が私の脳裏をかすめた、、、、、、、、、、、、
その人とは沖縄出身のミュージシャンで喜納昌吉というかたなのだが
その喜納さんが以前どこかの雑誌に書いてあったと記憶している。
その内容とはつぎのようなものであった。その一部分が強烈であった。
そんなに沖縄が欲しいか、、、、、、、、、、
それならくれてやろうただしそれなら、沖縄のハラワタマデ食らえと、、、、、
喜納さんの
花というウタがありますが個人的にはとても好きなウタですがなぜか
哀愁をおびています。ウタっている最中涙が出そうになります。
人間て悲しい生き物やなーとそんな風に聞こえるのはわたしだけでしょうか
あのウタには沖縄の悲しい歴史とともにいままでの人間の浅はかなエゴの
鎮魂歌に聞こえて仕方がありません。
宇宙から地球をながむればそこには国境線はないのに人間のエゴで
わざわざソレをこしらえて戦争ごっこに余念がありません。
何時までつずくぬかるみぞ、、、、、もうそろそろ日が暮れそうだというのに、、
はらわたまで食え、、、、とは痛烈な皮肉で阿鼻叫喚で沖縄のひとの
心理を代弁しているようで爽快ですらあります。
何時まで沖縄に依存するつもりなのだろう。この国の人たちは、、、、、
それとも誇り高き琉球人達はとっくに次のステップへあるきはじめたのだろうか。
人知れず無言のままで、、、、、、、、、、、、、、、、、、
相手にしない、、相手にならないといいながら、、、、、、、、、、、、、
Posted by アンドロメ座M星雲M31 at 2010年05月11日 17:54
普天間基地の問題は、とても沖縄県民にとっては大変な問題です。中国、北朝鮮などの攻撃からアメリカが日本を守るために沖縄の基地は存在していると言っているが、アメリカの本音はいかに自国の力を世界に示す事が出来るのか。また日本から多くのマネーを引き出すことが出来るのかそれ以外はないでしょう。ムダな軍事費を1日でも早く無くして、生きるために必要な事に使って欲しいと思います。
Posted by メルシャン at 2010年05月11日 18:34
そんなに沖縄が欲しいか、、、、、、、、、、
それならくれてやろうただしそれなら、沖縄のハラワタマデ食らえと、、、、、
これは、中国に対するメッセージだと思います。だって、沖縄は日本の一部だから・・・・・。欲しがる必要ありませんからね・・・。
沖縄が独立したけりゃそれもいいと思いますがね、しかしそれじゃその先がチベットのようになりはしないかと思いやられますからねー。
非武装中立なんていっている人は、中国の性質やら最近の軍事力増強やら日本の自衛隊に対する挑発やら知らないのですかねー?
やはり強固な同盟関係が無ければ、つけ入れられるのが現実ですからねー。
日教組の教育が、日本人をことごとく洗脳して今日に至っていると思います。日教組解体こそ急務だと思います。また書き込んでしまった・・・。
Posted by 寅吉 at 2010年05月11日 18:47
坂本龍馬の大河ドラマの内容とほぼ同じ問題をこの時代に直面している感じがします。勝海舟と龍馬との会話で、攘夷をしたいが、異国に負けるではどうしたら良いか話し合った時、異国に負けない軍艦を日本が持てば、攘夷ができるという会話でした。その時、新しい価値観、一つになった強い日本というパラダイムを坂本龍馬、勝海舟は持ち、明治維新の基礎を作って行ったドラマです。
そのドラマに日本人は共鳴し、この時期にそのドラマが取り上げられているシンクロの事実に感嘆しています。
今回の沖縄の普天間の問題と鳩山総理の対応、そして世界同時不況、環境問題、明治維新の数百倍の問題が山積して、社会問題に成って、阿部さんの目覚め元年というのもシンクロしています。
平成維新、アセンション、パラダイムの変換が見事に一直線に並んだ感があります。
分離意識が生んだ、戦争、競争、環境破壊、経済競争の終焉をこの沖縄の普天間から始まるのではとの予感がしています。
米軍の属国、自立できない日本は嫌です。沖縄の苦しみは庶民で、そこから利権を得ている状況は嫌です。
今度のパラダイムはひとつであると神との対話にあるように、ひとつである地球人が目覚めれば、そこから新たな地球社会が生み出されるのでは、壮大な理想にいまこことなっていくのが、カッコイイなーと思います。
Posted by toshi at 2010年05月11日 19:00
2014年、普天間返還は決まっていたのに、それを蹴散らしたのは、バカのルーピー鳩山由紀夫です。 まーた書き込んでしまった・・・。
Posted by 寅吉 at 2010年05月11日 19:19
snowdropさんへ
阿部さんじゃなくて申し訳ないけれど、ちょっと気になったので書いてみます。
>「歯科疾患で困っている人達がいるから助けなきゃ!そのために様々な勉強して技術もあげなくては!」
という思いが、歯科疾患で困る人を作り上げているのでは、と思ったのなら、その気持ちの表現を、ちょっと変えればいいことで、絶望感や罪悪感など、どうして感じる必要があるでしょう。
困っている人がいるから助けるのではなく、
歯を治して、笑顔をみるのが好きだからがんばろう、にしてみるとか?
snowdropさんは、お仕事に誇りと情熱を持っていらして、すばらしい医師だと思います。
あなたの所に来る患者さんたちは幸せです。
>新しく自分のため人のため世界のためになるような仕事を始めたほうがいいのでしょうか?
とんでもない。
どうか今のまま、一人でも多くの人を笑顔にする、snowdropさんにしかできないお仕事を続けてほしいと思います。
生意気に書いてしまい、ごめんなさい。
Posted by ラベンダー at 2010年05月11日 19:22
阿部さん、今日もありがとうございますm(__)m
普天間の事、TVで拝見すると状況を見守っています。派遣ギリとか、地震とか、TVが詳しく教えてくれるので、何か出来る事あるのだろうかと思いながら見ています。
基地が撤退した後の引き換えに起こる問題を指摘する報道もあり、沖縄の方々の不安と、鳩山さんの苦悩が伝わってきます。
しかし、実際は私も何が出来るわけでもなく、ただただ見ているしかありません。いい方向に向かって行くのを願ってるしかありませんよ(;_;)
Posted by emi at 2010年05月11日 19:29
毎日ニュースで普天間の基地の移転の問題をマスコミで流していますが、辺の古であれ徳之島にしても、そこに住んでいる人たちの平和を脅かしている基地は脅威に感じるし、いつ敵からのミサイルの攻撃の標的になるのかわかりません。中には基地があると仕事、雇用が増えるという方もいますが、それは一時的な事だと思います。国から年間何億円と基地のある市町村に支援金があり、財政が潤うとも言っていますが、それも大きな危険と隣り合わせの交換条件に過ぎないと思います。特に普天間は市街地のど真ん中に基地を作った理由は、米国の交通便が良かったからで、そこは沖縄県民の感情を全く考えていません。ミサイルや爆弾を積んだヘリや戦闘機が墜落したらどれだけの被害が出るのかも全く考慮されていません。沖縄から全ての基地をなくして平和の人間本来の姿に戻る日が、1日でも早く戻りますように願っております。
Posted by ナオタロウ at 2010年05月11日 19:37
うーん、憲法改正するべき時がきたのでは・・・
いやー、でも三島さんは、早かったねぇー
Posted by jin at 2010年05月11日 19:46
初めてコメントさせて頂きます。
軍事基地の存在意義でよく言われている「抑止力」がどうのこうの・・・というのは、本当に意味があるのかな?というのが正直な感想です。
力で抑えつけられた欲求は何倍、何十倍になって跳ね返ってきてしまうと思うからです。
なので、個人的には、軍事基地は必要ないというのが私の考えです。
じゃあ、仮に中国が攻めてきたら、どうするのか?というと、
「攻めさせてあげればいいじゃん」と思っています。
安部さんも仰っているように、「いつ死んでも構わない」と自分も思っているので。。
映画での知識しかないので、間違っているかもしれませんが、、
十字軍がエルサレムを侵略しようとしたときに、キリストが言った「侵略したいのであればさせてあげなさい」という言葉が私は好きです。
「非協力、非暴力、非服従」で大量の犠牲を出しながらインドの独立を果たしたガンジーが私は好きです。
また、幕末を例にすると、
「西郷が薩摩を基本に物を考えた薩摩人、桂が長州人、勝は幕府人だったのに対して、唯一竜馬だけが日本人だった」
と司馬さんが書いていますが、
これからは「地球人」としての意識が大切になってくると考えています。
地球のためには、日本がなくなったとして構わないと考えています。
(実際に、どこかの国に攻められたら、私はおどおど震え、うろたえ、 どうしようもない醜態をさらすでしょうが・・・それはどうしようもないことですね、涙)
上に書いたことはすべて直感で、深い考察は何もなく、ただなんとなくそう思います。
Posted by 孤独の逃亡者 at 2010年05月11日 19:56
戦争が起こった時を想定しての基地配備ですよね。
どうしても起こるだろうと決め付けていませんか?
でも、多くの方々は起こる事を想定してますよね。
余談ですが、基地移転予定の辺野古は小沢さんが、
徳之島は久間さんが、3~4年程前に土地購入済みなんです。
なので、もうその時既に構想が完全に出来上がっておりました。
ですから、アメリカがグアムを予定してたにも関わらず、
辺野古と、徳之島に移転しないとまずいんですよ。
政治とは、誰が私腹を肥やすかという戦いなんです。
話がずれて済みません。
最後に、戦争はないと思います。
Posted by 今日は匿名で at 2010年05月11日 20:25
いつ死んでもかまわないのなら、いさぎよく外敵と戦ったらどうですか?
Posted by 寅吉 at 2010年05月11日 20:28
追記
なので、何処にも基地は要りません。!
Posted by 今日は匿名で at 2010年05月11日 20:33
若干、主旨からズレて申し訳ないのですが、阿部さんにお聞きしたいです。
今日の沖縄問題についての問いかけに対し、私はこれまで無関心だったと朝方、書き込みをしました。
その後、みなさんの書き込みを見させて頂いたのですが、日本人みんなで真剣に考えないといけない!というような空気がほとんどを占めています。
私は「よそ様のことはよそ様におまかせ…」と発言しましたが、これは自分がこの問題に対してほとんど無力に近いことを認識しているためです。きれいごとは言いたくないので正直に書き込みをしました…。
私はマスコミの世界に長くいたので、マスコミが都合よく情報操作を行っているのをよく見知っています。洗脳といってもいいくらい日常茶飯事です。
そのため今はテレビも新聞も目を通しません。歪曲されたものを見聞きしても、本質は何もわからないと思うからです。
もちろん全ての報道が歪曲ではないし、中には真実もあります。ただ、どれが真実でどれがそうでないかを私たちが見抜くのは相当困難と言わざるをえない。
それでまずはそんな大きな問題よりも、自分自身の日常をしっかり生きることに集中しているわけです。
私のように無関心でいることは悪いことなのでしょうか? 罪なのでしょうか?
みなさんの発言を見ていると、無関心な自分が非常に悪いことをしているように思えて仕方がありません。
今回の問題も直面している沖縄の人のことを思うと、気の毒だと思います。今日のみなさんの書き込みを見ていて、いたたまれない気持ちにもなりました。
ですが、そういう気に病むような感情を抱いて生活をしていては、自分の日々の生活に少しずつ悪影響が出るように思うのです。
私はそれが気になるため、直面していないことには、あまり目を向けず、目の前のことだけに集中して、自分のやるべきことをするように心がけています。
それが「いまここ」だと思っているのですが、私の捉え方は間違っているのでしょうか?
何だか頭が混乱して、よくわからない自分がいます。
Posted by 神楽 at 2010年05月11日 20:36
沖縄の人たちは、沖縄戦の経緯、本土復帰に携わった政治家、日米安保
、基地の中にある隣国の慰霊碑設置の経緯など、そういった歴史を知って
いる県民はどれくらいいますかね?
知っている人は4割くらいではないですか。
まずは県民の無関心を無くす事が必要かと思います。
図書館に行けば歴史も学べますし、自宅ではパソコンで学べます。
もっと県民が、この沖縄の歴史を子どもの時から学ぶ事が必要ですし、ま
た、子どもたちに教えないといけないのです。
沖縄は「複雑」なのです。
だから私は県外で仕事をしていて、本土復帰がいつなのか答えきれず恥
をかきました♪ 毎日沖縄についての勉強をしております。そして早く
・・・ 母に会いたいです・・・
Posted by 蒼い弾丸 at 2010年05月11日 21:06
神楽さん、
阿部さんは本日の記事で言ってらっしゃいます。
正しい意見ではなく、どう感じているのか聞きたい、と。
だから神楽さんはその感じたことを書いただけ。
ただそれだけです。
だれも責めていませんし、ご自分を責める必要はないので
安心してください。
私たちは本当は何もしていないんですよ。
実際は問題も起きてはいません。自然も破壊されていないのです。
私たちには決して命を奪うことなどできないのです。
寝たら、夢をみますね?夢の中で色々としでかしたとしましょう。
起きた時、それは実態としてありますか?
ないですよね。
この世の不思議ですが、その夢がこの世です。
ただ夢とはいえ、痛いものは痛いし、嬉しいは嬉しい、
バラの種を植えたらバラが咲きます。
なのに人はガーベラの種を植えながらも、バラが咲かないことに
あーだこーだ不平不満の嵐です。
根を知るとは、そのようなことです。
戦争は私たちの恐怖が生みだしました。
その戦争を作り出した人もまた恐怖が凝縮され形をとりました。
核兵器はまさにそうしたエネルギーが凝縮しています。
ただそれもアセンションと共に消えていきます。
記憶にも残らなくなります。
地上天国には恐怖のない、愛しか存在できないからです。
皆で支え合い、協力しあう場所です。
皆が自分にくつろぎ、全てを愛せる場所です。
だから何もしなくていいのか?ではないのです。
恐怖を溶かしていきましょう。
そんなモノは実在しませんから。
私たちは神であり、光です。
何者も、何事も、そこに入り込む余地はありません。
大丈夫です。
私たちは既に選んでいます。
共に地上天国へ行くことを。
本当に大丈夫です。
ただただ安心してください。
そして与えられた自由を味わってください。
Posted by 匿名で失礼いたします at 2010年05月11日 21:15
移設されようとする、辺野古の海。
眺めたことありますか。潜ったことありますか。
透き通る海中、潜ると何メートル先までも見えます。
白いサラサラとした海中の綺麗な砂。
人間の愚かなエゴで壊すものではありません。
基地が作られることで、この貴重な自然が見られなくなると思うと、涙が出ます…
だからといって他だと良いという事ではありません。
鳩山政権に変わって基地問題が今までになく大きく取り上げられた事、それだけでありがたいです。
日本の方向性や防衛などを、全体で考える良い機会となるといいなと思います。
Posted by あり at 2010年05月11日 21:26
もし、沖縄から米軍基地が撤退したら、残念ながら数年で中国に沖縄は飲み込まれ大変な状況になると思います。
中国は、世界的に見ても異常な軍拡を続け、周辺国を侵略し続けているわけですから、米軍に撤退されるとかなりまずいと思います。
周辺への居住を許可したのもいけなかったと思いますが、もともと先に米軍基地があったわけですし、住民や施設に補助金を出して周辺から離れてもらうのが一番いいのではないかと思います。
土地の賃貸料や騒音や作物の買取りなど色々なものすべてにおいて、相場よりかなり高くても税金から支払われているわけですから、働く意欲がそがれるという悪影響もあるかもしれませんが、折り合いをつけ、沖縄にとっても世界にとってもどういう選択がいいのかを沖縄の皆さんには決断していただきたいと思っています。
Posted by taizou at 2010年05月11日 21:34
阿部さんはじめまして。
いつもはロムってばかりなのですが、今回は沖縄・普天間のことで意見を募るとのことなので、僭越ながら書き込ませていただきます。
沖縄には基地があるというのは漠然としか知りません。
何のためにあるのかという理由は、恥ずかしながら、つい最近まで詳しく知りませんでした。昨年の選挙で、鳩山さんが声を枯らしてマニフェストをやり遂げるって、いやになるほどテレビで繰り返し流れていて、その中の一つの政策として普天間の話が出てきたので、『あーそうなんだ』との認識でしかなかったんです。
時は流れ、今感じるのは、政治家は都合よくその場限りのうそをつく生き物なんだな、ということです。
振り回された沖縄の人はいい迷惑ですよね。
僕は県外に移設するべきだと思ってます。
でも・・・本当にできないんでしょうかね?
もしアメリカ海兵隊が沖縄からいなくなったら、次の問題は、中国ですよね。
東シナ海を巡る漁業権とか、航路を巡る領海侵犯とか、特に中国は昔から領土を広げるのが好きな国ですから、ちょっとしたところでも図々しく我が物顔で出入りしてくるんでしょうね。
そういう問題に睨みをきかせるために日米安全保障条約って、あるのかなぁ?
何か腑に落ちないけど。
僕は思います。沖縄の人達もアメリカばかりに意識を向けずに、中国との問題も考えなければならないんじゃないか、と。 特に海に囲まれた都市なので、考えたくはないけど、中国の、漁船への攻撃とか、日本領海内でのガス田開発とか、ややこしい事がでてくるんじゃないでしょうか?
政府もそれを分かってる上で、結局東京からじゃ手が届かないもんで、やっぱりアメリカさんお願いしますm(_ _)mということなんでしょう。
なんかふざけてますよね
話が逸れてたらすいません。
脈絡のない書き込みで申し訳ありません
Posted by すずき at 2010年05月11日 21:35
沖縄は昔、琉球といって世界中の海を航海し
近隣諸国との友好貿易を営んでおりました。
特に中国とは大変交易が盛んで信頼関係も特に深かったのです。
勿論、その時は琉球国であったのです。が、
薩摩藩の侵略により、日本本土の好き勝手に翻弄され続け今日現在に
至っております。
沖縄の人々は争わず友好交易で生きてきました。
しかし、侵略されたのです。日本に。
これって、今の問題と変わりないですよね。
基地は要りません。
Posted by 今日は匿名で at 2010年05月11日 22:06
普天間問題は、難しい問題だと思います。
軍事抑止力としての米軍基地は現実的に必要だと感じます。
しかし民間レベルでは、迷惑な話でしょう。
しかし、必要である限りは、どこかが受け入れなくてはならないでしょう。
鳩山総理は、普天間問題に関しては、自民党の尻拭いをしているから大変でしょうが、誠心誠意努力されていると応援しています。
「普天間は自民党政権下で10年以上受け皿となってきたのだから、他の地域国民も責任を分散するべきである」という民主党案には大賛成です。
Posted by 近藤 at 2010年05月11日 22:10
私は通りすがりさんやJUNさん、リハビリPTさんと意見が似ています。
もちろん戦争は体験していませんが、沖縄は非常に特殊です。沖縄の方の犠牲の上、本土決戦とはなりませんでしたし、日本に返還された唯一の土地でもありました。沖縄の方たちは、本土の人たちのことを
どう思っているのだろう…?かねがね思っていました。こちらの書き込みにも少しありましたよね。
ちょっと負い目の感じがあります。はっきり物申せない感じかな?
基地問題だけ取り出して、語れない感じがあります。安保条約とか
自衛隊の位置づけとか…。アメリカの庇護のもと、自国で軍隊を持たない以上、やむないのかな???と…。(普天間、辺野古はまた別の観点)
日本は平和ボケしているとも思います。永世中立国のスイスだって
軍隊もっているし、普通の家にも、ライフルなどの武器は置いてあるそうですし…。でも、それは国を守るためのものです。ある意味、
やっぱり抑止力だと思います。日本は徴兵制すらありません。
攻め込まれたら、そのときは、無抵抗のまま、日本国民全員観念しましょう!!って、国民の総意になれば話は別ですが…。
Posted by kaorin at 2010年05月11日 22:12
米軍基地はいらないと思います。
全国比の0.6%の沖縄に 74%の米軍基地。
米軍基地の周りに 沖縄県民が住居を構えたのだから、基地に関する問題は我慢したらどうだ!というような内容を聞いたことがあります。
県の74%が基地であることを承知の上でのお考えなのでしょうか。
沖縄に存在する米軍基地のほとんどが(はっきりした数字は覚えていないのですが、確か80%位だったかと) 海軍。
海軍の役目は 戦争を開始する時の先発隊のようなものだと聞いたことがあります。
その戦争を始めるための海軍の訓練施設が 日本に必要なのでしょうか。
ここ10年位は 米軍やその家族が起こした人身事故は毎年何百件超えているそうです。
(勿論この数字の中には、事件やヘリコプター事故等は含まれてません。)
事件事故を起こした後、日米地位協定の抜本的改正が行われていないため、本国に逃げ帰れるという事が 事件事故を多発させているのでしょうか。。。
『抑止力』という言葉もよく耳にします。
誰が、どこを守ってくれると?
米国の軍事力を誇示したいだけではないのでしょうか。
米国民ですら、日本にある米軍基地は本国に戻したらいいと言っているのに、未だに 日本国内で移設をしようとしている政府の対応に疑問を感じてます。
日本の政府は隠し事が多いので アメリカ政府の言いなりになっているのには 何かあるのでは・・・と思ってしまいます。
この軍事費用。
難病等で個人にかかる医療費の負担が大きすぎて(特定疾患に指定されていなかったり、保険適用外のため) 命をなくす方もいます。
大切な人命、人権を守る為まだまだ お金を本当にかけなければいけないところがあるのに なぜ今でも アメリカに対して対等に話し合い「ノー」が言えないのか。
本当に膨大な軍事費用が今でも必要なのか・・・
何故 日本に米軍基地が必要なのか
米軍の昨今の本当の役割はなんなのか 国民が納得、理解できるきちんとした説明が必要だと思います。
Posted by きくの at 2010年05月11日 22:13
日米安保(基地)は日本を守るため絶対必要、しかし我が自治体には絶対基地はいらない。で日本を守る基地は沖縄にいままでも、これからもずっと残してもらいましょう。それでなくては困る。仮想敵国が攻めてきたらどうする。
これをみなさん平然と言われている。
これってなんかおかしくないって私はおもいます。
必要なら自分の住む町にも基地を作らないと、絶対基地は要らないと思うなら、安保(基地)も要らないというべきではないでしょうか。
でわたしは基地は要らないと言っておきます。
Posted by 負けワン at 2010年05月11日 22:16
先ほどのコメントの訂正をさせて下さい。
『県の74%が基地であることを承知の上でのお考えなのでしょうか』と載せてしまいました。
消去出来なかったので訂正をさせていただきます。
在日米軍専用施設面積の約74%の米軍基地が沖縄に存在しているという事を御存じなのかと書きたかったのですが。。。
意味が全く違ってきますよね。
アップした後読み直してみて 間違いに気付きました。
どうもすみません。
Posted by きくの at 2010年05月11日 22:28
こばんわ。
いろいろな意見がありますねぇ~。すごいです。
私が政治家なら、今日は会う人全員とハグをする日と決めました。そして、1,2の3で世界中の人殺しの道具を捨てましょう。
と提案するかも。(笑)
やろうと思ったらできるよね?
もしかして、殺してしまった人が実は幼いころ生き別れたかわいい我が子かもしれない、、、もしかして、銃で撃った人は前世で自分を愛してくれた母かもしれないのに・・・・。(泣)
夢見る夢子ちゃんでしょうか?
Posted by なお at 2010年05月11日 22:31
初めて書き込みさせて頂きます。
半年前くらいにいまここ塾を知ってから、毎日読んでいます。
阿部さんのおかげで、瞑想伝授を知って、伝授を受けて、人生がいい方向に変化してきました☆
ありがとうございます!
都内在住ですが、普天間基地の問題に、関心があります。
鳩山総理が沖縄の方に政府の意向を伝えたときの映像をニュースで見て、とても印象に残っています。
自分が知らないことについて評価や判断をしてしまうことは非常に危険ではないかと思います。
僕はいまここ塾を読んでいて、瞑想をしていて、スピリチュアルなことに関心がありますが、そのことに関して特に知識もなく、偏見丸出しで嫌悪感を示してくる人がたまにいます。
知らない=批判的に見てしまうということが結構あると思います。
思えば、特に理由もなく、政治家への不信感や米軍基地に対する嫌悪感を持っていました。
これはテレビや新聞の影響が大きいと思います。
日本のメディアは、事実をありのままに伝えない傾向があるように思います。
だから、個人の政治的な考えはしっかりと自分自身で事実関係を把握して、ある程度の知識がある上で、成り立つものではないでしょうか?
知らないことはわからないことです。
普天間基地の問題から少しずれてしまいましたが、日本人のそういった政治に対する無知や関心の低さ、少々平和ボケなところはあまり良くないと思います。
だから結局、一人一人の意識の向上に尽きると思います。
その点で、アセンションや悟りというものは、一部の限りある人々のものではなく、地に足の付かない理想論でもなく、世界が平和になる為の最も効果的かつ現実的な方法であると思います。
だから、阿部さんがしてくれていることは本当に価値のあることだと思っています。
そして、僕自身が世界の為にできることもあると思いますし、今日じぶんがした朝夕の瞑想が、世界の平和に繋がるものだと確信しています☆
長々と失礼致しましたm(_ _)m
Posted by カブトムシ at 2010年05月11日 22:35
平和になったら基地を撤去
ってのはないと思います。
相手がまだ武器もってるもん。(お互いに)
先にどっちかが捨てなければ終わりません。
後のことは確かに怖いけれど、
先に手放したほうが、勇気があるような気がします。
周りを変えるのではなく、自分がまず変わるというの
を、国単位でできれば・・。
先月テレビで、北部のおじぃが
全国区のニュースのインタビュー受けてて(顔隠して)、
「基地賛成。結局は金よ、金」
と言ってるのを見てくやしくて仕方ありませんでした。
人殺し産業なんかで潤っても、島に誇りなんかもてないです。
Posted by みなも at 2010年05月11日 22:35
阿部さん。
皆さん。
こんばんは。
僕が持っている沖縄のイメージですが・・。
僕がまだ幼い頃。沖縄はパスポートがないと渡航出来ない外国でした。
だから今だに、アメリカの植民地というイメージが強いです。
もし日本が敗戦せず戦勝国になっていたらグアム・サイパン・朝鮮半島etcは日本の軍事基地になってた訳で・・・。
そういうふうに想定して見ると今の日本の平和や経済力はまた違ったものになってたはずです。
少なくとも今の世界情勢より緊迫した軍事国家になっている可能性を考えると
いたしたかないと思っています。
Posted by 大工見習い at 2010年05月11日 22:36
きくのさんへ
念の為、沖縄県の面積における米軍基地の面積の割合は11%で、本島だけでいうのなら20%です。それでも確かに驚異的な数字ですね。
また、海軍ではなく正確には海兵隊です。海軍、陸軍、空軍とは別部隊で、おっしゃる通り切り込み部隊です。
以上、情報まで。
Posted by 通りすがり at 2010年05月11日 22:37
戦後、アメリカ-日本は支配-被支配の関係が続いており、アメリカ基地はその一つのシンボルであると思います。
最近マスゴミ・新聞は、ある権力に都合の良い一方的な情報か嘘しか流さないことに気付きました。
これもアメリカの支配の影響があるからでしょう。
どうして人は支配したがるのだろう。権力を欲しがるのだろう。
私はあまりそのような欲がないからよく分からない。
最近は会社での人間関係よりも、社会的な嘘や傲慢さによって感情がダメージを受ける。
愛を与えず、多くの人に苦痛を与えるアメリカ基地は、アメリカに引き取ってもらいたいです。
Posted by ヨッシー at 2010年05月11日 22:39
書き込み全て読みました。多くの人が、沢山の立場から、
色々な目線で、一人一人の考えがあります。ここで、これだけ
の意見が出るのだから、現政権がまとめられるワケないよなぁ
と感じました。戦争があったから平和にしたい、平和を守るために
防衛がいる、確かに現状ではそうです。
個人的には、現状では誰かが国を守らなくてはなりませんと
思ってます、日本がチベットみたいに、絶対的な武力で
押さえ付けられるはイヤです、意見を言っただけで、
ボコボコにリンチされ刑務所で銃殺されたくはないです。
卑怯で臆病な意見ですけれど、誰かが守ってくれていて
欲しいです。今の生活を手放したくはないです。
でも、どこかが攻めて来るなら、国や地域や家族や自分を
守るために、戦います、死んでもそれもヨシと思ってます。
基地問題で、あらためて自分がこう考えているのが
解りました。
情報とか思考ってめんどくさいモノですね~。
Posted by 一陽来福 at 2010年05月11日 22:56
私は生まれも育ちも普天間です。
運動場のフェンスを越えると普天間基地…
という普天間第二小出身でまた、私のこども二人も普天間第二小に通っています。
幼い頃からヘリコプター・飛行機・エンジンの騒音に慣れ鈍感になっていた私。
こどもの入学式、授業参観の時もまだまだ『うるさいなぁ〜』に感じる程度
長男が少年野球部に入りたいと体験させてもらった時運動場のすぐ上を飛行機が着陸するのをみて鈍感になりすぎている自分自身に驚きました。
基地はないほうがいい。
ないほうがいいけど返還されたあとにショッピングセンターとか商業地区になるのがなんともいえません…
近くにある緑って軍の中しか思いだせない環境で育ってたんで緑がなくなるならそのままでも…
って思ってました。
思っていました が、
今日、ボブ氏の話をきいて目の前の事をやる。
これってそぅなのかな?
じゃあ、私に何ができるかな?
こども達の未来のため、地球のため、愛をもって行動すれば答えはでてくるんだろうと思います。
阿部さん、ボブ氏は来るべくして沖縄に来たんですねぇ♪
ありがとうございました○
智子さんにこちらへどぅぞ(^-^)
と譲ってもらい真ん前でお話が聞けた事も嬉しかったぁ〜
ありがとうございました○
Posted by フェンネル at 2010年05月11日 22:58
阿部さんこんばんは。
アメリカは、日本のお金で新基地をつくります。その後の設備の維持も日本がお世話します。アメリカの経済状況が厳しくなれば、日本の負担も増えます。日本の経済力も落ちています、資源も少ない。その意味で「基地問題」は沖縄だけの問題ではありません。「解りにくく」してるのです。「問題は本土より遠くへ」にしてるだけです。そのために今「地域力」を強くしようと、各自治体が頑張っています。内地の皆様、「地元」を大切にしましょう。
高齢化と少子化、これからの日本の財政を支えていけるかは、不安を感じます。アメリカ軍兵舎の建て替えで、地元(名護市)の建設業社に4年間300億の防衛費がおりてきました。内地のK建設が元です。基地関連の交付金がなければ、地元経済が厳しいのも現実です。
地域産業の開発・発展と人材育成、なんとかしたいですね。
長くなりました、失礼します。
「随(かんながら)神」待っちょいびんど~。
Posted by 俺も7ミリストローク at 2010年05月11日 23:16
私の本能の部分、心の深い部分(天の声?)が基地はいらないと言っています。
命あるものはみんな、次の命を産み育て子孫繁栄しようとしているのに
どうしてその対極にあるものが必要なのですか?
「抑止力」とか「お金のため」とかいろいろ言われていますが
とても頭でっかちな感じがします。
私は単純に、次の世代=こども達に基地のある社会を残したくないし
国同士がこんなにもお互いを疑い合っていることが淋しくてしょうがありません。
国のトップに立つ者はみんな
スペースシャトルに乗って宇宙から地球を見てみればいいのに。
国同士で疑い合って牽制しあっていることがどんなにバカらしいことか。
いろんな問題が絡まり合っているので、時間はかかるかもしれませんが
この普天間基地問題をきっかけにして、地球上から基地や軍隊がなくなる方向へ、一歩でも半歩でも進んでいけると私は信じています。
バカにされようが相手にされまいがかまいません。
私は信じます。
Posted by ねこ at 2010年05月11日 23:43
阿部さん みなさん こんばんわ
今日も、一日本当にお疲れさまでした・・・。
お昼に、携帯で記事を読みましたが、とても片手間に読めるものでは・・・と帰宅後開いてコメント数にビックリ・・・。
関心の高さを物語っていますが、私は、阿部さんがこの件に関してコメントをされている記憶が無いので、少し疑問を抱いていました。
政治的なことなので、控えておられるのかしら・・・?とか。
様々な考え方があって良いと思うし、どれも間違っていないと思います。
大騒ぎになっているようにも見えますが、それも良いタイミングだったのでしょうか・・・?
先日、友人が沖縄に旅行したらしいのですが、マスコミがあおるほど
現地は混乱していなかったとか・・・。
いずれにしろ、無関心は賛成できないですね・・・。
Posted by Imakoko at 2010年05月11日 23:46
わたしの地球
わたしの国
わたしの島
わたしの自然
わたしの土地
わたしのモノ
人はそうやって
わたしのモノにしたがる
なので争い事は
たえない
問題はつきない
だが
実際は何も
わたしのモノなんてない
自分の身体でさえ
地球で起きていることは
私達の身体の中でも起きていること
Posted by わたしとあなた at 2010年05月12日 00:00
こんばんは、 私は 基地内で働いている者の一人です。ただ、わたしは、civilian と呼ばれるアメリカの民間人と働いています。職場でも、この話題は出ます。私と、そこで働く私の周りの沖縄のひとは、基本的に基地の存在に反対です。ただ、生活の糧になるお給料をそこで働くことによってもらっているという現実 (仕事が無くなるのではという不安)があります。私の友人でもある彼ら(アメリカ人)とも、その話題になることもあります。基本的に討論が上手で戦争を正義だと思い込んでいるので話をしてもなかなか日本人の考えを理解してもらうのは、簡単ではありません。もちろん、私の知識や英語力もあるかとおもいます。ただ、感じるのは彼らも私たちと同じ人間だということ。一人ひとりは、いいヤツなんです。アフガニスタンに行く兵士やその家族の心配や不安をかいま見ることもあります。どうしてだか、沖縄が大好きだといいます。普天間基地は、いまの場所から移動しないといけないと思います。ただ、私個人としては彼らに出会えたことで得たこと、見えてきたこともたくさんあります。また、機会をみて、平和について彼らと話をしたいと思います。
Posted by 匿名希望 at 2010年05月12日 00:16
今さらですが、阿部さんの字を間違えていました。
本当に申し訳ないです。
ただ、この記事のコメントの多さに、関心の高さに、なんだか嬉しくなってしまいました。
Posted by 孤独の逃亡者 at 2010年05月12日 01:06
普天間の基地は居住区と隣接しているのをテレビを見てはじめて知り、驚きました。
そもそも米軍基地が日本に必要なのかも疑問に思っています。
Posted by りさ at 2010年05月12日 01:08
自分の意見を書くのに躊躇する程、皆さん基地問題に対して熱い思いをお持ちですが
一番勘違いしていけないのが、沖縄県民が平和に暮らしてたとこに
いきなり基地がきたのではなく、もともと琉球王国が
第二次世界大戦敗戦後、アメリカの領土となり基地ができ
その周辺に後々住宅や学校が建ってったまでの話で、
私達は幼い頃から基地が身近にあり、授業中窓からも米軍の
パラシュート降下訓練を見ながらだったりだったので
今さら騒音がどうとか、あまり騒ぐ気になれません・・・。
それにしても沖縄は中国からも欲しがられモテますね~。
マスコミだけを見ていると沖縄県民の全体が基地反対と思われてるようですが
しかし私を含め何パーセントかは、基地と友好的な関係を持てているので今回の件は申し訳ないですが他人事のように感じてました・・・。
一昔前までは基地側も凄く友好的で、県民によく基地開放したりしてたのですが
テロ後から緊迫し始め、最近では各ゲートにバズーカーを持った兵隊のパネルが設置されています。
果たしてそれが何を意味するか知りませんが・・・。
一歩基地の中に入れば、ライフルを肩に訓練してる姿があります。
何のためにこんな事やってるんだろう?と思いますが、彼らからしたら、仕事(訓練)の一環なんですよね・・・。
CAMPフォスターやキンザー、シュワブなどの基地名は、戦争で活躍した大佐の名前からとったと聞くと、それだけでゾっとしますが
本気で「平和のために沖縄を守りにやってきた」と使命感に燃えてる兵士もいます・・・
イラクに行き、心と精神を病んで自ら命を絶つ兵士も少なくありません。
基地の中には兵隊さんだけではなく色々な方が住んでます。
人種も違えば、それぞれ考え方も違うでしょう・・・。
元の原因は戦争であり、その戦争が起こる原因についてもっと考えたらどうかと思います。
みんなが、自分が正しいって主張するとどうなるんでしょう?
ブログの炎上とかも小さな戦争ではないでしょうか?
知人が先日来沖したばかりの鳩山首相に会った時、向こうから挨拶されとてもフレンドリーだったと聞きました。
しかし、その後皆さんご存知のように国民から非難され続け笑顔が消えたようです。
批判するよりは、具体的な案を持ってって検討して頂いた方がいいと思うんですけどね・・・。
マスコミは、具体的案とどうしてそれが通らなかったとか、じゃあ
次はどうしたらいいと思いますか?ともっと国民の意見も取り上げ
わかり易く説明して欲しいです。
政府ももっとオープンな政治を目指してほしいですね。
まずは身近な人との関係を大切に一人の穏やかな平和が世界平和に
繋がる事を願ってやみません・・・。
Posted by Peace at 2010年05月12日 01:14
どう感じているかをということでしたので…
まずアメリカ軍を日本から全て叩き出します。次に核武装をし、ニューヨークとワシントンに核爆弾を落とします(広島と長崎のかたき討ちです)。傲慢なアメリカに思い知らせてやらなくてはなりません。
中国が攻めてきたらどうするか。鎌倉時代に中国が攻めてきた時はどうなったか?中国は大丈夫です。北朝鮮は問題にもなりません。
決め手は日本が保有する全てのアメリカ国債の即時売却です。米ドルは大暴落し、世界経済は大混乱に陥るでしょう。その時受ける大ショックによって初めて私たちは間違いに気づくでしょう。
頻発する地域紛争、南北経済格差、地球規模の環境汚染、悲惨な飢餓問題、明らかに現代文明は行き詰っています。それは現代資本主義がが貪欲と競争原理に基づくものだからです。
日本がアメリカ国債を売却することがきっかけとなって現代資本主義が崩壊し(もうすでにそれは始まっていますが)、その時のショックによって人類的規模の目覚めの機会がもたらされ(個人的な目覚めは阿部さんの活動等によってもう広がっていますが)、正義と分かち合いを原理とする全く新しい文明が芽生えて来るのではないでしょうか。
Posted by テナンツ at 2010年05月12日 01:15
産まれも育ちも沖縄市です。
極東最大の米軍基地、嘉手納基地がすぐそばにあります。
普天間基地をなくそうと言っているだけですよね。
沖縄からすべての基地がなくなるわけではないのですよね。
普天間の部隊がなくなると抑止力が失われると言われていますが
嘉手納はその抑止力にはなりえないのでしょうか?
基地はないほうが良いに決まっています。
ですが、現実問題、地理的問題、基地が全面撤退ってないですよね。
普天間問題って沖縄から基地がなくなると・・・ってことではなく
住宅街にある世界で最も危険な基地を一刻も早く取り除こうということではないのでしょうか?
とにかく、足踏みではなく、後戻りでもなく、前に進んでほしいです。
基地はないほうがいいです。少ないほうがいいです。
Posted by mi-cyan at 2010年05月12日 01:17
みなさんのコメントを読みました。
勉強になりました。それで、私も思ったことを、勇気を出して書いて見ます。
日本がしたらいいこと
1 中国や北朝鮮に、援助を申し出る。
2 アメリカ軍には、日本から出て行ってもらう。
コメントから初めて知った不勉強者ですが、
中国や北朝鮮が、日本に攻め入ってくる可能性があるのでしょうか。
だとしたら、その理由を聞く。
攻撃する人、怒る人には理由があります。
貧困なのか、恨みなのか・・・
恨みには何度でも謝罪を、
貧困には、こちらのできる限りの援助をする。
それでもやっぱり、ミサイルを日本に落とすかもしれないですね。
それは私もいやだし、避けたいと思っています。
攻撃するとしたら、こちらの援助が足りないのかもしれない、とも思います。
一般の日本人は、何もしてこない外国を、今すぐに攻めて占領したいとは思っていません。
その理由がないから。
でも、政府はわかりませんね・・・・
それは、よその国でも同じかもしれない。
どうやっても、確実な安全はないかもしれない。
日本は唯一の被爆国だし、アメリカにおんぶに抱っこであっても非武装国。
その日本が、「危険があるから叩こう」では、
永遠に警戒連鎖も続いてしまう。
理想論ですが。
Posted by ベル at 2010年05月12日 01:22
本来ならば、沖縄にアメリカの基地があるのはおかしいだろう。日本がアメリカとの戦争に負けたためにアメリカの基地が現在も存続しているのだと思う。
独立国ならば、日本の軍隊の基地が沖縄に駐留するのが良いだろう。
リアルな目で見たならば、現在において中国共産党国家が隣国に存在している限り、日本は特に沖縄方面に防衛力を維持しておく必要がある。
中国共産党の考えは、沖縄はどこの国にも属していないのだから、中国が獲っても良いのだというものだろう。
中国共産党は、アメリカ軍を沖縄から追い出し、日本から沖縄を独立させ、その後中国人を大量に入植させ、最終的に中国共産党国の一つに入れようとするだろう。
多くの日本人は、あまりにナイーブすぎる。特に精神世界などを学んでいる人たちは、物事をきれいごとの面でしか見ようとはしない。
日本が中国の属国になることは何としても阻止しなくてはならない。
日本にアメリカの基地はいらない。しかし、今の日本人の多くは、自らの国を守ろうという気概が足りないのであるから、アマリカの基地はいりません。日本は、日本の軍隊でもって日本、沖縄を守りますといえない限り、まだ基地は必要だろう。
中国にこそ憲法9条が必要である。
Posted by 北海道人 at 2010年05月12日 01:32
沖縄在住10年以上のヤマトンチュです。
沖縄に来てから、ものすごくいろいろなことを考えさせられています。沖縄の歴史と状況と感情の複雑さは、本土にはほとんど伝わらず、理解もされていないと思います。
でも沖縄の負担を思うなら、それらを伝える義務は沖縄にあるのではなく、本土の方が理解しようと務めるのが筋でしょう。
10年以上住んでも、私はまだ知らないことだらけです。
辺野古の海は本当にきれいです。普通の感覚なら埋めようとか考えられません。
そして、沖縄の台風はすごい。巨大なテトラポッドが道路に打ち上げられるような波がきます。桟橋式が可能なんて信じられません。
普天間は移設なしに返還できると思います。日本の政治が話をややこしくしているだけのような。もう少しもめて、県内・国内は無理だから国外・本国へ、となれば…。沖縄の米軍基地は他にもたくさんあるので、普天間の海兵隊がいなくなっても、抑止力どうのなんて関係ないはず。
やんばるの山の中にも北部演習場があります。米軍唯一のジャングル演習施設と言われます。そこも新たなヘリパッド建設問題で地元が抗議中です。ヤンバルクイナを始め、貴重な動植物が山ほどいる森…辺野古の海と同じです。私は自然が好きなので、基地で自然を壊さないでほしい。これは私のわがままです。でもそういう自然や住民の犠牲と沖縄の歴史を見据えた上で、それでも沖縄に基地がいると言うのか、他の選択肢はないのか、多くの人に吟味してほしいと思います。
中国・台湾に十分近く極東最大だったフィリピンのクラーク空軍基地とスービック海軍基地は閉鎖されました。北朝鮮で何かあれば一番近いのは在韓米軍ですが、韓国内の米軍基地は縮小が合意されているそうです。紛争地の近さに関わらず、駐留国が反対すれば、米軍基地は返還可能なのでしょう。軍事的に距離が第一の問題ではないのなら、「東アジア有事に対して地政学的に沖縄」という理由もなくなります。
沖縄に基地を置いておきたいのは、日本なんです。そう言うと、本土のみなさんは居心地が悪くなると思います。
どうぞ居心地が悪くなってください。そして、なぜ居心地が悪いと感じるのかを、掘り下げて考えてみてください。
そこから、気づきと学びが始まるのだと思います。
長くなり、失礼いたしました。
Posted by 貝 at 2010年05月12日 03:07
普天間の件、そもそもは「飛行場が最初にあって、後から住宅地ができた」そうですけどね。
沖縄出身のジャーナリスト、惠隆之介氏が動画で以下のように語っています。
(URLを載せるとエラーになるようなので、YouTubeで『11/30 普天間の真実』で検索して下さい)
・人口密集地に基地ができたのではなく、基地ができてそこに県民が住み始めて人口密集地になった。
・普天間には「基地があって、そこに住宅ができた」という歴史的な経過を、今の(宜野湾)市長もわかっていないで、突然(基地が)現れたように発言している。
とは言うものの、「今の普天間の危険な状態を何とかしなければならない」のは確かなようですね。
できるだけ沖縄の人々の負担が少ない場所へ移転させる・・・となると、「ベストではないにしろベターな選択」が元々の日米合意案である名護市辺野古であるようです。
あと、どなたかが「フィリピンの米軍基地が閉鎖された」件について書いておられますが・・・
米軍が撤退した結果、フィリピンは南沙諸島を中国に取られました。
つまり日本もそうなれば沖縄を中国に取られる可能性があるということです。
米軍の代わりに自衛隊が日本を、そして沖縄を守れれば良いのですが、残念ながら現在の自衛隊の規模や装備では難しいのです。
必要なだけ増強するには憲法改正などが必要となってくるでしょう。
ちなみに宮古島には、観光客を装った人民解放軍(中国の軍隊)の人間がしょっちゅう出入りして情報集めしているそうです(産経新聞に載っていた地元の人の話)
Posted by ひのもと桜 at 2010年05月12日 04:45
いつも見てます(^O^)
鳩山さんがしたいのは、
批判をうけても、形式的にオバマさんに現実を知らせたいのだと思いたいです。ニュースでは釘付け阿部さんがインタビューうけてないかな。なんておもいながら沖縄の問題を感じてるところです。沖縄には
いったことはないけど、人々があたたかい、
海がきれい、ソーキそば、ハイビスカス、ハブ酒、パイナップルなどの情報しかしりません(;_;)ニュースでみた 騒音が気になりますね。
鳥たちは?どうしてるの?
授業が中断するほど…(≧∇≦)とききましたが 知らず知らずのストレスになりそうですね(>_<)
国民は柔軟ですね。
両方の意見が…これからどうなるのか…。
私はなるべく自然は自然のままがいいので、限りなく美しい自然を壊さないでほしいなと思っています。移設の件では これ以上埋め立てたりしないでねと思います。 燃料を使わない大きな船で飛行場を離れた場所に海の孤島みたいなのを浮かべてつくればいいんじゃない?とか。思いました。すると海のさかなたちがね…。
空軍基地がある意味が何なのか作った人とその意味合いがはっきりして地球に必要なのかがそもそも問題なのかな…。
うちのちかくにも陸上自衛隊の飛行場がわんさか飛んでいます。
二酸化炭素がでてる(T_T)
と思って眉間にシワをよせてしまいます。
みんな気にならないのかな‥と。
あ
私も準備ができています。
私の中ではもう充分なのですが、母と言う役割があるからか、生きてます。
どんな最後なのかなぁ~と考えたりしました。
でもお任せしています。
孫の顔がみたいでしょ!!と
子供たちにいわれても、
うーんわかんない。でした。
多分
生まれてきたときから一人の人と思いながら育てたもので、 期待に応える言葉が出てきませんでした。つめたいなぁ~って言われたけど。深い考えはありませんでした。
しかも今日やっとこちらにコメントの仕方わかりました。
前はパソコンがあったのになくなって、どうやっていいのか
ずーっとわからなかったと言うか気づかなかった~ぁ
何度かコメントしたかったのに~(>_<)
お引っ越しで忙しくて、
目の前のこと
見過ごしてました~ (;_;)ばかですわぁ(≧∇≦)
こんなんだから、まだまだ学ばなければ、いけないようです(;_;)
Posted by adamasu at 2010年05月12日 04:45
地元ならでは講演会いいなぁ~ミーハーな私は見てみたいです。阿部さんをみても感じることがあったけど、西洋の方もみてみたい。弧線に響くものが必ずあるから(^w^)
地元の方々うらやましいっす。
おせーておせーて(≧∇≦)
どんなだったかぁ♪
Posted by adamasu at 2010年05月12日 04:54
どこかが引き受けなければならないのですよね…
自分の村にもし来たら…
っと考える いい機会だと思います。
他人事で済ませてること たくさんあると思いますから…
Posted by 須磨イル at 2010年05月12日 08:24
>2010年05月11日 16:50
>nako
>阿部さん、皆様 こんにちは^^
>
>テレビはもう見ていません。
>新聞とネットで日本・世界の動向を気にしております。
>勿論、オブラートに包まれていると感じながら。
>
>基地問題は真剣に見つめています。
>数度、沖縄に行きましたが基地の敷地面積に驚きました。
>また、レンタカーを運転していました所、アメリカ軍の車が事故をして、その処理に軍の車がサイレンを鳴らして来た事に驚きました。
>日本のパトカーは見当たりませんでした。
>ここは、どこ? 日本よね? っと。
>
>私は、きっと沖縄から基地がなくなると信じております。
>
>だって日本から気付きが始まるんですよね?
>世界に広げなくちゃ!
はじめましてnakoさんm(_ _)m
adamasuと申します。
信じる力がいいですよねo(^-^)o
私コメ書いたあとに皆さんのコメントずーっと読んできてここ
で『そうだぁ~っ』て思いましたよo(^-^)o
阿部さん選挙にでたらいいなぁ~なんて思うんですが…
うーん
なんて党だろうか
ここにくるみんなで支援できそうだけども…
とかも…
沖縄の風土を知り、国民に元気を与えていると思いますし、
沖縄県のとっても大事なことを世界に向けての発信元になるのではないかなと…
思いましたが…。
あ どこかで見たんだけど
沖縄には
なんか人柄がいいのも、
世界を動かす使命を持った人が現れるって…
もしかして阿部さん?
奥様も素晴らしい人だし、
助っ人でござるひと今は全国に北から南にいるんだもの
夢じゃないと思います。
時間がないから話せないオバマさんに鳩山さん
じゃあ誰が話を
解決に導くんでしょうか…
北には勇気印の黒斎さんもo(^-^)o
これってみんなのちからかもしれないようです。
信じる力を…うーん祈りますo(^-^)o
Posted by adamasuでした。 at 2010年05月12日 09:31
現在の日本の軍事的、経済的な脅威は中国ですよね。その為に民主政権は大陸に寄っている訳です。でも残念ながら中国や朝鮮半島の国々には反日の思想が学校で教育されています(それら国々の日本人に対する感情は様々アンケートに数字が出ていますので検索下さい。)中国の領土拡大の意図は民主政権になった今、沖縄にいる中国人の数はここ数年でうなぎのぼりということからも明らかです。民主党の大陸との友愛政策の1つです。また、外国人にその地方での参政権を与えようとしてます。これが現時点での事実なのです。ウイグルやチベットにはまず大量の漢人が移民し、血が混ざり、もともとの民族や文化が少数化する、そうやって中国は現在も静かな拡大をやめていません。他国の出来事ではないのです。基地のこともさることながら沖縄の方々の今後を心配しています。
Posted by あっきー at 2010年05月12日 10:23
書き込みが1日遅れになりましたが・・・
私は、マスコミの情報提供にかなり違和感を持っているため、テレビも新聞も読みません。そして、普天間基地のことも、あまり分かっていません。
「関心がある」という言葉が、何を指しているのかによりますが、関心があるといえば、ある、ないといえば、ない、というのが正直なところです。
具体的な言動を起こしたことはなく、このことについて発言をするのは、このコメントが初めてです。
普天間基地をはじめとした、数多くの在日米軍基地。
これは、表面的に現れていることで、その根底には、やはり、未来に対する不安や未知のものへの恐怖、過去からの遺恨などの感情の渦があるように感じています。そこが癒されない限り、根本的な解決はないな、と感じています。
そもそも、「米国」「日本」「中国」という言葉を使った時に、「米国」とは何を指しているのか。国としての「米国」や「日本」の政治関係として捉えるのであれば、「米国」の根底にある恐れは何なのか。「日本」や「中国」の心配は何で、それぞれ、どういう状態になれば理想的なのか。
根底の感情を踏まえた上で、物理的な解決を試みること:本質を背景に含んだ上で、政治的にしたたかに行動すること。そのことが求められているように感じます。
なんだか、どうしてもアメリカって、
「自分はすごいんだぞ。だから、大事に扱ってくれ。自分の意見を聴いてくれ。愛してくれ。」
と言っている、クラスの暴力的な男の子みたいなイメージに見えるんですが…。
その子に盗られたものを「返して!」って言ってみてるが、うまくいかない…言うのも、他で仕返しされそうで怖いし…みたいな。
彼は、どうなったら、安心して、クラスのみんなと仲良くできるんでしょうか…。そして、クラスメイトとして、私たちは、どういう関係を創りたいんでしょうか…。
量子力学の原則であるカオス(混沌)とフラクタル(相似)。そのフラクタル(相似)では、大きいものは小さいものに喩えられる。小さいものは大きいものに喩えられる。というものがあります。そういう観点でも、このクラスの問題としての感覚、それは、私自身が教師をやっているというのもありますが、一番実感しやすいです。
クラスに大切なものを盗られた子がいる。強引に取り返しても、また問題は出るでしょう。だから、できれば、「力が自分を守る」と信じているその子に、友好的に返してもらいたい。それまで、時間もかかるかもしれません。その間、盗られた子が必要なものを、みんなでサポートしあうのは、1つ大切なことかな、と思います。
普天間基地の即時返還は、恐らくまだ難しいでしょう。ではその間、具体的にどのようなサポートが必要なのか。地元と中央政府が膝を突き合わせて、日ごろから意識的に会話をもつ必要がありそうですね。
殴られないように、力をつける(自国軍を鍛える)子もいれば、そもそも、殴り甲斐がないので、相手にされない(資源がないので脅すメリットがない)子もいれば、あまりにも目立たず、目をつけられない(経済的・政治的に脅威を与えない)子もいる。今、そういう子どもたちもグループになって、力のある子に意見を言いはじめたりしています。力のある子が、そもそものルールを創っているので、なかなか前進しないところもありますが、それでも、1人になれば何もできない。今、力のある子も、変わる時が来ているようですね。
この教室、先生がいないんですよね。
生徒たちだけで、解決する必要がある。
アメリカは、何を求めているんでしょうか。
そして、日本は、何ができるんでしょうか。
すみません、えらく長文になってきてしまいましたが、感じるままに書いていたら、こんなことになってしまいました^^;
自分の日常にも、同じようなことがあるような気がします。
今日は、そこに取り組んでみます。
素晴らしい機会をありがとうございました゚・*:.。. .。.:*・゜
Posted by ヒロミ at 2010年05月12日 10:40
日本に米軍基地はいらないと思います。
いろいろな政治事情や経済事情もどがえしして、アメリカに対していやなものはいやだ!と、日本国民全体で訴えていくことはできないでしょうか?敵対するということではありません。ここはアメリカには大国としての全世界の指導者らしい(自称)大人の判断を望みます。この問題が愛で解決できれば、日本とアメリカにもっとすばらしい関係が築けるのではないでしょうか・・・
日本政府にだけ解決を求めるのではなく、アメリカに直接日本国民の意思を伝えていくことができればいいと思います。
Posted by 爽 at 2010年05月12日 10:42
半年程前から毎日読ませてもらっていますが、初めてのコメントです。
正直、ここに来るようになってから、ニュースとかワイドショーにあまり興味がなくなり、お笑い番組位しかテレビも見ないので、普天間問題の事もあまり詳しくありません。
当事者の方には申し訳ないかもしれませんが、いい意味でも悪い意味でもなくて、なるようになるのかな・・・ と思います。
なので、関心があるかないかでいうと、「ない」です。
ちらっとテレビで見た反対運動も、気持ちはわかりますが、何だか負のエネルギーを感じてちょっと怖かった。
そもそも基地とかいらないと思うので、きっと何らかの平和な解決方法が見つかって、みんなが安全で安心して暮らせるようになるのでは?・・・ と感じます。
普天間問題に関心は「ない」としましたが、みんなが安全で安心して暮らせるようにきっとなる・・・ といつも思っています。
Posted by hana at 2010年05月12日 11:05
皆さんのコメントを読ませていただくと出来れば基地は要らない
でも中国や北朝鮮に侵略されたらどうするの?
そんな意見が多いような気がします。
でも気づかなければいけないのはすでに日本は米国に侵略されて
いるということです。
その為に長年、沖縄の方たちがつらく苦しい思いをしているという事実です。
中国や北朝鮮にに侵略されるよりましだろうって思ったりしますが
そんなものは米国の自由主義という響きのいい言葉に長年洗脳されてきた
に過ぎません。
今こそ日本は長年苦しんできた沖縄の方たちを解放すべきです。
米軍の基地は要りません
どうしても中国や北朝鮮が信用できないのなら核武装しても
いいと思います。
今の我々の意識レベルでは仕方ないと思います。
本当に平和な世界が来るまでは・・
Posted by カズ at 2010年05月12日 11:25
初めてメールします
普天間に居住しています。
沖国にヘリコプターが落ちたと情報が入った時
まず、気になった事は、自分の子供(友人、知人)は巻き添えになってないか、怪我を負ってないかという心配でした
毎日の様に空の上には軍事用ヘリコプターが恐ろしい騒音を
響かせながら、飛び回っている現実はまるで戦争です
そこに住む私が思うことは是時ここから出て行ってもらいたい
抑止力として必要という人がいるならば、その人の傍に行ってもらいたい、ただそれだけです。
Posted by teana1007 at 2010年05月12日 14:55
阿部さん こんにちは
私自身は普天間基地を一刻も早く国外に撤去してほしいです。
日本の防衛力、抑止力はどうするのか?
と議論している報道番組もありますが、普天間基地移設とまったく別問題だと思います。
沖縄の58号線をドライブすればわかりますが、米軍基地施設はいたるところにあります。
これだけたくさんの基地があるのに普天間基地が撤去されたとしても日本の防衛力、他国への抑止力が弱くなるとは考えられません。
マスコミに踊らされている気がします。
国民の税金を使って新しい基地を造ることも、今ある基地を維持していくこともしてほしくないです。
Posted by ばるんちゅ at 2010年05月12日 15:14

